訓練場所を確保せよ
(天空都市群グングニル・中央島中央地区グングニル市役所第一庁舎三階:アニマ―ガス管理課受付)
俺とキーロは、グングニル市役所のアニマ―ガス管理課にやってきた。
グングニルというのは、この中央島だけでなく、全ての島の集まりを言う。
つまり、この市役所は、グングニルにある九つの島全てを管理する行政の司令塔なのだ。
無論、その機能に比例して建物も立派である。第一庁舎から第三庁舎まである。(※二番目の人口の島に第四庁舎が、三番目の人口の島に第五庁舎がある。それ以外の島には、小さな支部がある)
俺達がやってきたのは、最も立派な第一庁舎だ。アニマ―ガス管理部は、ここの三階にある。アニマ―ガス関連案件は天空都市の重要問題だから、広い三階のフロア全てを、このアニマ―ガス管理課が占めている。
行政の中でも、まあまあの花形部らしい。詳しい事情は知らないが。噂程度の知識だ。
こういう大きな建物に慣れていないのか、キーロはおろおろしている。
これは期待できそうにないな。俺がなんとかするしかあるまい。
俺は、アニマ―ガスに貸し出す訓練場の案件を扱う窓口を探した。
――あった。『演習場管理課窓口』。あの看板のところだな。
初老のスーツを着た男性が受け付けをしている。市長や議員、それにランク一位のグラディエーターは古代ローマのトーガを着るが、普通の職員は地上界と変わらぬスーツ姿だ。なんでも、スーツの方が動きやすいらしい。地上界の名残だろう。
確かに、大きい布でつくられるトーガは、動きにくそうだものな。因みに、天空都市で主流のスーツの色は水色だ。スカイブルーといってもいい。それか白。天空人は、明るい配色を好むのである。
年齢によってもう少しくらい群青になったりもする。天空人は天空に居住する人々だから、自然と青系統の色が好きになるんだろうか。目の前の職員は、若くはないからか群青色だ。
ちなみに、黒色のスーツは天空都市ではまず見かけない。葬式のときくらいかな?
まあ、スーツの話なんて、どうでもいいさ。それよりも、訓練場だ。
俺はサングラスをしたまま、にこやかに窓口職員に話しかける。
「おはようございます。訓練場の相談にきたのですが……」
俺に話しかけられた初老の職員は、律儀そうな笑顔で対応した。ラッキーなことに、他に相談にきている市民はいない。
「おはようございます。どのようなご用件で?」
よし。ここからが勝負だ。
「この書類なのですが」
俺は、さっき送られてきた不許可申請表を見せた。
職員の表情は変わらない。
「ああ。これは不許可通知ですね。アニマ―ガスの演習施設は、有免許者優先ですので」
「そうなんです。うちのマネージャーの手違いでして」
「手違い?」
職員が小首をかしげる。
よしよし、のってきたぞ。
「そうなんです。うちのマネージャーが、あろうことか私ではなく自分の名前で申請書を書いてしまいまして。いや、お恥ずかしい」
といって、脇に経ってるキーロを呆れた目でみる。
キーロは、俺の意図を理解して、じろりと睨んできた。が、次の瞬間には、しおらしい声で演技をする。
「……申し訳ありません。私がどじなせいで、こんなことになってしまって……。ごめんなさい。ごめんなさい……!」
目に涙を浮かべるキーロ。
その様子を見て、人の良さそうな職員は焦り出す。
「あ、ええと、泣かないでください。落ち着いて」
職員がキーロを慰める。が、これが俺達の狙いだ。
「いいえ! 私が悪いんです。私がドジで馬鹿だから、ザザ選手に迷惑をかけてしまって……。私が悪いんです。全部、私が悪いんです……!ザザ選手、私を罰してください!」
「ええ!? ザザ? あの氷息帝の?」
キーロが出した名前に驚愕して、男性職員が俺をみる。
俺はサングラスをわざとらしく外し、悲しそうにキーロをなだめた。
「不許可通知が届いたときからこうでして。私の復帰計画を自分が潰してしまったと、彼女は責任を感じているんです。彼女が不憫でね。なんとか、なりませんか」
慈愛の目でキーロを見つめ、それから職員に視線を戻す。
人柄の良さそうな職員は動揺していた。よし。あと一息だな。
俺はキーロに視線で合図を送る。
「……ああ。やっぱりだめなんだわ。私、取り返しのつかないことをしてしまったんですね。……責任をとります。私、これから飛び降ります! 中央島の崖から飛び降ります!」
俺は激しく動揺するふりをして、キーロを眺める。
というより、あいつ女優の才能あるぞ。頭も切れるうえに演技もできんのか。
「おい、やめたまえ! そんなことをしても、何にもならないんだ。職員の方だって、無理だといっているだろう。早まるのはやめなさい!」
俺は少女の純真に振り回される、善人の雇い主を演じた。
一瞥すると、職員の男性は血相を変えて席を立った。どうやら上司と相談しているようだ。しめしめ。思い通りだな。
一抹の罪悪感はあるが、もしこれがだめなら、再度申請書類を書いて、数日後の審査を待たなくてはならない。今の俺達には、一日だって惜しいのだ。
「……厳正な審査の結果、別の訓練場を用意することができそうです」
額に冷や汗を浮かべた職員は、そう提案してくれた。三億五千万も来年度に納税する意義もあるってもんだ。
「ありがとうございます。ありがとう……」
歓喜の表情を浮かべるキーロ。俺はもう、こいつが怖い。
「最初に申請した二か所は、他の誰かにまわってしまったんですね?」
俺が確認する。
「ええ。犀粉帝ギラドア選手に、許可が下りました」
「犀粉帝ギラドア?」
誰だっけ、そいつ。現役時代にそんな七帝いなかったぞ。
職員が親切に教えてくれる。意外そうな表情でだ。
「ザザ選手がご存じないので? あなたのかわりに七帝入りした選手です。昇格前のランクは八位。スーパーリーガーの頂点でした」
思い出した。あの脳筋だ。確かに、あいつは「プレミア・プロ」の頂点だった。七帝に最も近い男だったな。そういえば。俺が引退して空いた席に、あいつが代わりに入ったのか。
俺は親切に教えてくれた職員に笑みを浮かべた。
「ご親切に、どうもありがとう。それで、代わりの競技場というのは……」
大事なのは、此処からだ。どの競技場だろう。もちろん、元七帝の俺が使う演習場だ。中央島の何処かに違いない。
職員は、にこやかに返答した。
「ええ。最北島の、ウェンカムイ演習場です。ワイバーンタイプのザザ選手には少々手狭ですが、貸切で用意できました」
俺は愕然とした。
最北島! 九つある島の中で、一番ド田舎だ。しかも、寒い。地上界の雪国レベルだ。
(※グングニルには、浮遊島が九つある。中央島を中心にして、八方それぞれに他の島は点在する。最北島は、この中央島の真北に位置している。場所からも分かるように、最北島は寒い。正確にいえば、気温が他の島と比べて低めに設定されている)
最北島の中央にあるコロッセウムならまだいい。だが、そうでもない。
ウェンカムイ? どこだそこ。聞いたこともないぞ!?
俺は猛然と抗議しようとした。が、キーロがその前に職員の手をとる。
「ありがとうございます。私、馬鹿でした。心を入れ替えてお仕事がんばります。職員さんのおかげです」
強引にエンディングに持ち込もうとしている。くそ! なんで最北島に抗議しない?
「いえ。これが仕事ですので」
手を握られた職員の方も、照れながら誇らしげに応対している。
何だろう。蚊帳の外に追いやられた気分だ。
でも、一応お礼は言うべきだよな。
「あー。ありがとうございます。大変お世話になりました」
職員に手を差し伸べる。職員の男性と握手をかわす。
「復帰、頑張ってください。やはりまだ、あなたは諦めてはいなかったのですね」
「ええ。まあ。ご好意が無駄にならぬよう、精進します」
できれば、そのためにも中央島の練習施設を貸してほしかったが、主治医の判断だ。
あとで、訳は聞いてやるけど。
感動のエンディングを迎えた行政との交渉は、謎の訓練施設の貸出という形で、幕を降ろした。
市役所を後にする。
――――というより、本当に都会の中央島から、ド田舎の最北島にいくのか。
引っ越しの荷造りとか、しなきゃいけないんだろうな。俺は今からでもすぐ行けるからいいけど、キーロは専門書とかを荷造りしないといけないだろう。
――――俺も手伝わされるんだろうな、荷づくり。




