2018年9月【十五夜!月下のうさうさパニック!?】―⑤
『さぁて、そんじゃあもう一戦といこうか』
今ならば敵は、目の前の[デスバニー]のみ。ここまでしつこく追ってくるのは勝ちの目があると見ているからか、それとも自分が[グラシャ=ラボラス]だからか。
仲間が増えたわけでもなし。さっきと同じように見えるだろうさ。
――けれど、さっきとは何もかもが違う。
『今度は――』今度こそは。
『――二対一です』
良い話を何一つ聞いた覚えがないけれども、過去には第一線で活躍していらっしゃった大先輩である。背中を任せるのは些か不安はあるものの――彼女が、彼女自身が合わせてくれと頼んだのならば、それに応えてやるのも筋というものじゃないだろうか。
『……三、二、一』とカウントダウンする[ミント]。彼女の言葉を絶対に聞き漏らすまいと意識を集中する。【シトリー】の命令は厳守だの、そんなものに縛られているわけじゃない。一人の仲間として協力するために、その一瞬を待ち続ける。
それがたとえ、目の前の[デスバニー]が鎌を振りかぶっていても。
……一番初めに見た時のエフェクトは無い。通常攻撃ならばいっそのこと――
『前に出る!』
[デスバニー]の攻撃をあえて受け――『ゼロ!』の合図でスキルを使用した。
――直後。自分を中心にして爆発が起き、目の前のデスバニーを巻き込んでいく。
『……直接ぶち込まれりゃ、多少は効くだろうよ』
自分が相手から受けていた二倍、三倍以上の値。超至近距離から、回避の余裕もないまま。ダイレクトにダメージを与えられた気分はどうだ?
カフェインちゃん三号――最初の一号と比べてサイズが小さいものだったが、敵に設置して爆発させることができる。三号と聞いて冷や汗が出たものの、これほど自分と相性のいいアイテムもなかった。
[デスバニー]の体力は、今ので二割近くが削られて。対して、こちらのダメージは0で。向こうのプレイヤーが困惑しているのが、透けて見えるようだった。
狼狽えて距離を離そうとしたり、引き剥がそうとスキルを放ってきたり。そんなデスバニーを自分がひたすらに引きつけ、引き留め。隙ができたのを見計らっては、[ミント]が自分へ爆弾を設置していく。
『はは――』
ただ張りついているだけで、確実にダメージを与えられる。まるで、自身が爆弾になったかのような楽しさが、全身を駆け巡っていた。一時的な相方にも関わらず、ここまで噛み合うものなのかと、感心すらしていた。
『楽しそうですねぇ』
『……ん?』
『漏れてますよ、笑い声』
……改めて指摘されると少し恥ずかしい。
『これはこれで――初めての感覚なのは否定しないな』
――ここだけ見れば完全に別ゲー。戦略だのなんだのを全て否定しまうような、これ以上ないぐらいの力技で。これは流石にやり過ぎているなと思いながらも、一方的な蹂躙を謳歌していた。
『……終わりましたか』
そして――決着。あれだけいた天使も一人残らず。建物もボロボロになった上に、人っ子一人周りにはいない。まさに爆心地という呼び名が相応しい状態になっていた。
自分もどうやら、知らぬ間にクレイジーの仲間入りをしていたらしい。『狂気は伝播するもの』と、何かで見たような気もするけれど。ここまで他者を染めるものなのかと。
『……うひひ』
『おい、笑い方どうした』
さっきも思ったけれど――女子の笑い声じゃねぇぞ、それ。
『あぁ、すいません。私も少し楽しかったですから』
『……そうかい』
『文句も言わずに犠牲になってくれる味方がいるのって、とっても楽しいです』
『それを味方って言える神経が凄いな』
世間ではそれを肉壁って言うんだぜ。
「やあやあお帰りー。マーブルちゃんが待ってるよー」
おい、混ざってんぞ。マーブルちゃんってもはや誰だよ。
『……で、この件に関して何か言うことは?』
「今日はありがとうございました」と手を振る[ミント]と別れ、ゲートで待っていたシトリーに詰め寄る。
『……ガス抜きしてあげないと爆発しちゃうからねぇ』
『思いっきり爆発してたんだけどなぁ!?』
一度は本気で死にかけたんだが。
……というかこいつ、やっぱり分かっていて押し付けやがったんだな?
『いいじゃない。どうせグラたんなら死なないと思ったんだし』
『いいわけあるかい。そりゃあ死ななかったけれども、ありゃあチームで動くのには問題がありすぎるだろ』
殲滅力は高くともデメリットが大きすぎて使用に値しない爆弾アイテムを、わざわざ好んで使うような奴である。直接の戦闘に関わらない【シトリー】だから許される部分もあるとはいえ、味方でも良い顔をしない奴が出るのも事実。
『広く全体を見渡せる【シトリー】と爆弾アイテムって相性いいんだけどね。たとえ味方が死なないように調節しながら‟あのやり方”をやってても、理解できる人の方が少ないからさ』
「やれやれ」と肩を竦める仕草をしながら。
『……グループの役割が決まってるって言ってもさぁ、やりたいことが出来なくなるのは間違ってると思うんだよねぇ。本人は少し抑えながら、みんなと仲良くしてるけど――やっぱり【シトリー】でやりたいって言う以上、トップのボクが応援してあげないと駄目じゃない』
『…………』
グループを纏めるリーダーとして。頂点として他者の目標となり、支えになろうとして。[シトリー]の考えに少しは感心していたのだけれども――
『……まぁ本音を言えば、「最終的に勝てば良し」ってグラたんなら人柱にピッタリだと思ったんだよ』
『あぁ、そうかい。馬鹿にしてんだろお前』
前言撤回するしかなかった。やっぱり問題児を押し付けて、その反応をただ楽しんでるだけに違いない。
『みんなで馬鹿やればいいじゃない。そっちの方が楽しいよ』
『あー、ケロちゃんもお帰りー』
別組でスコア稼ぎに出ていた[ケルベロス]と[藍玉]も、いつの間にかロビーへと戻って来ていた。
「どうだったタマちゃん? ケルベロスについてった感想は」
「と、当分はいいです。あんなのを毎日とか無理無理無理」
「正気の沙汰じゃねーです」と言い残し、他のメンバーがいるギルドルームへと戻って行く[藍玉]。どうやら外面を取り繕う余裕も失くすぐらいに、相当な出来事があったようで。
『そっちもクレイジーだったんだねぇ』
『なんだか進んでいくうちに楽しくなっちゃってねー』
話を聞く限りだと――向こうでも上位の天使が出てきたらしい。しかもこちらと違い四大天使の一人とその他諸々。自分なら裸足で逃げるレベルである。
まぁ、多少はキツかろうと逃げないよなぁ、たぶん。キツいの基準からして違うだろうし、本人が言うように、楽しかったのも事実だろう。……付き合わされた[藍玉]には、同情を禁じ得ないけれども。
『……ま、十五夜だし尚更か』
『なんの話ー?』
そうして気狂い兎の、『うひひ』という少し悪戯っぽい笑いを思い出す。満月の下、少しの間自由を満喫していた彼女――
――‟満月は人を狂わせる”と。昔の人はよく言ったもんだ。