2018年9月【十五夜!月下のうさうさパニック!?】―③
『復活した気狂い兎を探す?』
『まぁ、いろんな街で出没の話が出てるからさぁ。どうしても気になるなら、直接見てくればいいじゃないってこと』
『なぜに、んな危険なのが分かり切っているところに飛び込まないといかんのだ』
クレイジーって名前からして近づいちゃいけないヤツだと分かる。敵味方問わず殲滅するような奴だってんなら、更に面倒くさいことになるのは容易に予想がついた。
『グラたんも言ってたじゃん。このままじゃ世界の危機なんだよぅ』
『大げさ過ぎんだろ』
そこまで言った覚えはないぞ、俺は。
その場限りの楽しさに流されるプレイヤーが多すぎて、ゲームのバランスが崩れつつあるのは確かだけども――アルマゲドンで一度叩きのめされれば、どうせ嫌でも目が覚めるだろう。序盤に死んで脱落するのは、精神的にかなりキツいものがあるし。
『ここでさ、グラたんがさ、「ラビット絶対殺すマン」になれば抑止力にもなるんじゃないかな?』
『「ラビット絶対殺すマン」ってなんだよ』
その響きだけで十分に頭おかしい人認定を受けそうなんだが。
『今ならこのミントちゃんを付けますから! お願い!」
『新聞の勧誘みたいに言うな!」
『尾けます』
『尾けるな』
――ただ、まぁ。今の状態が少し目に余るのは事実で。『ラビット絶対殺すマン』だなんて物騒なあだ名は御免だけれども、ここで動いておくのも一つのやり方としてはアリなんじゃないかとは思う。
『でもウサミミ付けてるだけで、能力は変わんないから油断は禁物だよ』
『分かってるならお前も付いてこいよ。雑魚の片付けぐらいならできんだろ』
『嫌だよ。素人ってときどき何するか分かんないじゃん』
『テメェ!!』
『――月が綺麗ですね?』
『お前それ、意味が分かって言ってんだろ』
――現界は‟十五夜仕様”ということもあって、空に満月が浮かんでいた。普段のように一定周期で昼夜が変わるわけではなく、この数日間だけはずっと夜なのである。
そんなこんなで現界へと降りたのはいいものの、具体的なプランがあるわけでもなく。結局のところやることは単純明快。敵陣に乗り込んでドンパチやらかすだけ。
「一点を除けば楽な仕事なんだけどなぁ……」
巷で噂になっている‟気狂い兎”――かつては有名なプレイヤーのあだ名だったらしいが、今では何も考えずに初心者を揶揄った蔑称になってるぐらいで。蹴散らすのにそこまで苦労はしないだろう。
……別に自称していたのかどうかは知らないけれど。関知していないうちに用途が変えられていたと知ったら、本人にとっちゃあ堪ったもんじゃねぇ。
『――で、だ。ターゲットは【ゼラキエル】の上位プレイヤーだったか』
ゼラキエル――普通は‟サリエル”の方が馴染み深いのだけれど、ここの運営はどうにも一捻り加えないと気が済まないらしい。天使の中ではステータスは低い方で、補助型。ちょうど【シトリー】のような監視タイプである。
『月に関する天使としては、確かに組み合わせとして違和感ないけれどな』
『月の兎ってやつですね。不老不死の薬を臼で挽いたり?』
『死も司ってるくせに不老不死とは』
『望月で餅つきですね。ぺったんぺったん』
『ぺったんぺったんー』と抑揚のないままに歌い始める[ミント]。
『ということは、武器は鎌か杵?』
『鎌だろ普通』、『もしかしたらハンマーかも』と、ぼちぼちと雑談を交わしながら歩き、街の入り口へと辿り着く。
『ターゲット以外は大した相手もいないだろうし、【シトリー】だっつってもある程度は戦えるんだろ? ステータスはどうなってんだ』
『んー、防御全振りですねぇ』
有り得ない単語を耳にして、立ち止まる。こいつ今、なんつった?
『……全振り?』
『全振り』
『……なんだそりゃ。聞いたことねぇぞ』
どんだけ死にたくないさんなんだよ。
あくまで補助役の【シトリー】だから、そこまで期待していなかったけど――こいつは輪をかけて酷い。というよりも、そもそも武器を持ってないって。てか、その右手に持っている兎のヌイグルミはなんだ。それで相手を殴るのか? ん?
『でもですね――』
『――いや、いい。聞いた俺が悪かった。……戦闘に巻き込まれないように、離れた場所からのサポートを頼む』
……どうりでチームで行動しているわけだ。まさか[シトリー]のやつ、ちょうどいいし俺にお守りをさせておこうだとか、そういうつもりで?
流石にちゃんと頼まれている以上、死んでもらっても困るし。言われたとおりに作戦はこなすつもりだけども、流石にこれはないんじゃないでしょうかね。[シトリー]さん。
『……で、なにしてんだ?』
『マーキングみたいなものですかねぇ』
そう言っては、道端にヌイグルミを置いていくミント。次から次へ右手に湧いてくるって――それ、もしかしてアイテムなのか?
いや、街中に異物ばら撒かれても困るんですけど。マーキングってお前、それに天使が気づいて応援を呼ぶ可能性もあるだろうに。【シトリー】ならばマップの把握ぐらいしてるだろうに、この体たらくである。
『やる気があるのか……?』
『もっちろん。張り切ってますよー』
――とは言いながらも、再び道端でもぞもぞ。言動と行動が噛み合ってないとは、まさにこの事だった。
……本気で[シトリー]に問題児を押し付けられているだけなんじゃなかろうか。
そして天使と出会うこともなく、街の中心へと来ていた。……そうじゃないだろ、待ってくれ。別に隠密行動をするでもなし、出会わないと話にならないんだが。
『ここまで天使と一度も遭遇してないってどういうことだ?』
『……? 三回ほどすれ違ってますよ?』
『っ!? なんで言わねぇの!?』
三回も無警戒のまま背中を晒してたのかよ。死にてぇのかコイツ。
『ちょっとポイントが悪いんですよねぇ』
『ポイントもクソもあるかい。別に入口で迎え撃てばいいところを、ずるずると奥まで来ちまったじゃねぇか』
前後から挟まれるだけでも鬱陶しいってのに。下手すると四方から囲まれそうな広場まで経由して。いくら多少は信用していたとはいえ、些か迂闊に過ぎた。もう少し有利が取れる場所を選ぶべきだと言おうとしたところで――
『――っ!』
こちらに向けて、光の矢が何本も飛んできた。
『もう向こうに感知されたのか……?』
『あー、北側から天使ちゃんが一人二人――来てますねぇ』
…………
『あぁ、うん。そうだな。俺にもばっちり見えてる』
……目視で確認できるところまで接近されてから言われても。これまでのアルマゲドンでも名前が耳に入ってきたこともないし、本当に使いものにならないってレベルじゃない。
『しっかり‟見て”ろよ――』
ようやくここからが自分の担当だ。雑魚の片付けまで全部一人で引き受けるとは思っていなかったが、そこはもうサービスとして割り切るしかないだろう。
そして案の定、頭の上に白く長いウサ耳が二つ。よくもまぁ、そんなに軽々と流行に乗れるものだと思う。スキルを抑えながらも確実にダメージを与えて、あっという間に二体の天使を――
『グラたんさーん、戻ってきてくださーい』
『はぁ!? 戦闘中だぞ!?』
ここでまさかの「その敵はもういいから戻れ」と言われて、はいそうですかと頷けるわけもない。自分が敵に背中を晒すことに他ならない以上に、それは[ミント]のいた場所に戻ることに他ならず――ここで不要な危険を呼び込む必要もないだろうに。
『いいからいいから。【シトリー】の命令は絶対って出発前に言われたでしょ』
『――くそっ!』
多少の苛立ちを覚えながらも、牽制に一発放ちながら踵を返す。
当然、向こうは追ってくるわけで。そのまま合流したのはいいけれども、どこに逃げるのかは[ミント]のナビに任せるしかない。
『どうすんだ、中途半端に残してたら数が増える一方だぞ?』
『出口の方にゴーゴーです。来た道戻りまーす』
……なにがしたかったのだろう。小一時間は問い質したいところだけれども、そんなことをしている暇などあるわけもなく。ついでに言えば、何やらミントが横でごそごそし始めて――
『カフェインちゃーん一号!』
そんなことを言い放ったかと思うと、後方で小規模な爆発がおきた。
『――っ!?』
驚きながら走り抜けていくなかで、ちらりと視界に入ったのは街に入った時から[ミント]が置いていた兎のヌイグルミで。案の定と言うべきか、自分たちが通りすぎ天使たちが遅れて通過するタイミングに合わせて、轟音を伴い爆発していた。
『なかなかに良い感じで嵌ってくれますねぇ。とても気持ちがいいです』
『カフェインちゃんって、だから何だそれ!?』
自分が聞いたことがないのだから、勝手に名前をつけているだけなのだろうけども。にしても、そのネーミングはどっから来たんだ。
『食らえばたちまち目が覚めるー』
『過剰摂取でポックリ逝きそうな名前だなぁおい!』
そんな馬鹿なやり取りをしながら。出口近くまでいければ万々歳だったのだが、そうは問屋も降ろさず。
『あー、と……。目標が出てきたみたいですねぇ』
むしろ最初に戦った天使のどちらも監視タイプではない以上、ずっとこちらの様子を窺っていたに違いない。いけると踏んで出てきたか?
『すぐ近くに高レベルの天使が……【ゼラキエル】みたいです』
『――来たか』




