2018年9月【十五夜!月下のうさうさパニック!?】―②
『……おい、ケルベロスがいないぞ』
翌日、言われた通りにいつもの時間に≪憤怒地獄≫のゲート前に来たものの――そこにいたのは[シトリー]のみ。嫌な予感がして尋ねると『あー、ケロちゃんはねぇ……』と言葉を濁し始める。
『藍玉さんが一緒に現界へ行きたいって言うからお願いしちゃった』
『お願いしちゃったって……』
[藍玉]っていうと――この間第二位へと上がったばかりの、あの【シトリー】か。やたらと野心に燃えていたような気がするけど……早速行動に移してんのかい。
別行動なら別行動で仕方がないと、諦めてシトリーにどうするのか聞いたところで。なんともはや、『ついてきなよ』と招かれたのは≪地獄の宮殿≫にあるルームの一つだった。
『第一位権限でグループルームに招待しちゃいます! ようこそ!』
『いやいや、ただのアウェイだろこんなの!』
メンバールームには所狭しと家具や小物が置かれており、何人もの【シトリー】がくつろいでいた。
――想像していた以上に集まりがいい……。自分も何度か【グラシャ=ラボラス】のルームに入ったことはあるけれど、ここまでじゃなかったぞ。
「あ、シトリーさん」
「どうもー」
近くを通った二人がこちらに挨拶する。なんだよこれ。普通にグループとして機能してるんだけど。通りがかっただけで挨拶されるとか、お前は学校の先生かよ。
「やぁやぁ。ちょっと隅っこで話すけど、みんな気にしなくていいからねー」と、簡単に挨拶を返す[シトリー]。このまま本題に入るかと思いきや、なんとルーム内のメンバーの何人かをVCに繋ぎ始めた。
『そんじゃあ、グラたんを呼んできましたので! ――総員、整列!』
号令を受けてバタバタと寄ってきたのは、部屋の中央に座っていた二人。それと――隅のソファに腰かけていた一人がぬらりと。……総員と言っても三人だけだった。
『言われた通りに並ぶあたりが凄いな……』
『グラたんと違ってメンバーとコミュニケーション取ってるからねぇ。伊達に【シトリー】やってるわけじゃないのさ』
……そんな簡単な話じゃないだろ。
たとえグループのトップだといっても、所詮は他人。他人様の指示に従うのを良しとしない奴もいるだろうし、それがゲームなら尚更だってのに。
そりゃあ軍隊のようにキビキビとなんてしてないけれど――それでも群体としての動きを考えるならば。戦況を操作したいのならば、十分過ぎる程である。
『それではご紹介いたしましょう! 【シトリー】自慢の、息ピッタリ三人組ぃ!』
『ちょこです!』
『ヴァニラです!』
『……ミントです』
あぁ、うん。頭の上に名前が出てるから分かるんだけどな?
自己紹介した順番に、向かって左から黒いの白いの青いのと並んでおり――三人とも頭には例のウサミミが付いている。……いや、最後の青髪だけタレ耳をハンチング帽から覗かせていたけど、そこはウサミミには違いないだろう。
目の前にいるのは、[ミント]と自己紹介したプレイヤーのアバター。ハンチング帽から水色の髪と、覇気も無く垂れたロップイヤー型のウサミミを覗かせて。標準から少し白めの肌にケープを羽織り、煉瓦色のごくごく一般的な学園服を着ていた。
残りの二人、黒髪で小麦色の肌をした[ちょこ]は何故か体操服。[ヴァニラ]は真っ黒な冬のセーラー服に白い長髪という外見をしていて。
『学生もので揃えてんのな。……ここまで統一感がないのも珍しいけど』
背は高い順に[ちょこ]、[ヴァニラ]、[ミント]となっていて。前二人は高校生サイズで、[ミント]だけ中学生というところだろうか。ちょうど[シトリー]と同じぐらいだった。
『名前は偶然だったんだけどねぇ。服装はチームを意識してってことらしいよぉ』
……というか、全員女子かよ。普通にネカマの多いオンラインゲームの世界で、なんともまぁ揃うものだと。まぁ[シトリー]の言うように、三人でチームを組んでいるらしいし、元々‟同性で”と条件があったのかもしれないけれども。
『というわけで――はい! 三人揃ってー?』
『――っ!?』
全員が小さく『えっ?』と漏らしたのを聞き逃さなかったぞ。アドリブかい。
『えっと……いくよ?』
『……うん』
『せーの――」
それでも、上の者の無茶振りには頑張って応えようとするらしい。三人が大きく息を吸って、タイミングを合わせようとしていた。
チョコ、バニラ、ミントと来て連想できるものなんてたかが知れているし。
きっと何とかなるはずだ。頑張れ!
『三段マシマシ――』
『サーティーアイス――』
『うずまきソフ――』
『――バラバラじゃねぇか!』
発言も統一性がなけりゃあ、モーションまでバラバラだった。『【シトリー】自慢の息ピッタリ三人組』とはなんだったのか。
『ひっ……』
いや、思わず突っ込んでしまったけれども、萎縮してもらっても困る。別に責めてるわけじゃないんだ。悪いのはこいつだって分かってるから。
『グラたんやめてよー。みんなが怖がってるじゃないのさー』
『少なくとも半分はお前のせいだろうが! 見りゃ分かるとは思うけど……グラシャ=ラボラスだ。よろしく』
『で、だねぇ。グラたん』
『……なんだ』
開幕からゴタゴタしたけれども、どうやら本題に移るらしい。……この三人をわざわざ集めて何をするつもりなんだか。
『ちょいとこれからチョコバニラちゃんが忙しいということで――』
『ちょっと!?』
『分ける努力を惜しまないで!』
『お前も人のこと言えねぇぞ、シトリー。二人とも困ってるだろうが』
『なかなか細かいところに食いつくんだねぇ……もう』
雑な紹介もコミュニケーションの内なのは、[藍玉]の時から分かっていたこと。本人も相手が理解していると分かってるからこそ、『別に気にするようなことでもないじゃない』と肩を竦める仕草をしながら話を続ける。
『――ちょこちゃんとヴァニラちゃんがいない間、ミントちゃんのスコア稼ぎを手伝ってあげて欲しいんだよねぇ』
『はぁ。スコア稼ぎの手伝い』
……鸚鵡返しである。こうしてわざわざルームまで呼ばれた以上、紹介だけだとは思ってなかったし。薄々そんな気はしていたけども――
『実質、俺が戦うことになるんだよな?』
『そりゃあ【シトリー】だもの、当たり前のこと聞くなよー』
ちょっくらこの部下を連れて、戦場のど真ん中に突っ込んで来いと。初めて組む相手にサポートを任せるというのは、中々に勇気がいるもの。
[シトリー]もそこは重々承知している筈だよな?
『まぁミントちゃんも実力はある方だし? 大船に乗せられた気でいなよ』
『あぁ、漕ぐのは俺の役割なんだろ』
『そうそう。分かってんじゃん』
つまりは奴隷船なんじゃねぇか、こんちくしょうめ。
『ごめんねー、ミントちゃん』
『一位と組めるの少し羨ましいかも……』
『二人はまた今度だねぇ。お疲れさまー』
そうして直ぐに、他の二人は例の用事のために落ちて。自分を含めた三人は、未だメンバールームの隅っこで固まったまま。なぜかというと――約一名、自己紹介が済んでから身動き一つしていない奴がいたからで。
『――ミントちゃん? おーい』
『……はっ、すいません。寝落ちしかけてましたー』
『大丈夫なのかよ、おい』
間延びした口調といい、ダラダラとした動きといい。[ミント]とは名ばかりの、清涼感とは程遠い印象がファーストコンタクトの感想だった。
『現界に降りる前にカフェインちゃんのチェックは?』
『……カフェインちゃん?』
『……もちです。二号もばっちり』
『わお。……うん、それじゃああれだね。大丈夫そうかな』
何やら二人でごそごそと話をして。‟カフェインちゃん”だの‟二号”だのと、自分には分からないやりとりをしていた。……この時点で不安になってきたんだが?
『さてグラたん。グラたんもベテランだし、わざわざ言うようなことでもないんだけど、行く前に注意事項があるんだよね。あくまで再確認しとくと――』
『なんだよ』
『街中では【シトリー】の言うことは厳守! 命令は絶対です!』
『そんなこと初めて聞いたんだが?』
いや、ナビゲートに従うのは当たり前なんだけどさ。あくまで効率がいいと判断した結果で、そうなっているだけで。――かといって、絶対服従だなんて勘違いをされても困る。
『あくまでミントちゃんのお手伝いなんだからさ。オーケー?』
『……まだ納得はしてないが』
『口でクソたれる前と後に「サー」と言えぃ!』
『お前、昨日の洋画見ただろ。戦争物の』
駄目だこいつ。口調がどこかの軍曹のようになっていた。
『あ、ミントちゃんは好きにしていいからねぇ』
『身内に甘すぎやしないか!?』
それだけでは飽き足らず――『回復アイテムは持った? 知らない人についてっちゃダメだからね?』とあれこれ確認し始める始末。お母さんかお前は。
『あ、あとだねぇ。ついでに頼まれて欲しいんだけどさ――』
何気なく。流れで肯定してしまいそうなぐらい、ごくごく自然を装って。そんな[シトリー]の問いかけに――自分は反射的に口を開いていた。
『……嫌だ』




