2018年9月【十五夜!月下のうさうさパニック!?】―①
『最近さー、楽に片付けられるようになったと思わない?』
いつもの様に三人で現界へと降り、“仕事”を済ませてきた帰り。ふんすと鼻息荒く、自慢げに話し始めたのは[ケルベロス]だった。
白い髪を揺らし、シャドウボクシングよろしく『シュッシュッ』と拳を突き出している様は目障り極まりない。他所でやれ、他所で。
『迫り来る天使たちを、千切っては投げ千切っては投げ! 一騎当千、孤軍奮闘と言っても過言じゃないよね!』
『勝手に記憶から消してんじゃねぇ』
『ボクらが強くなったと言うよりは、単純に連携無しで突出するプレイヤーが増えちゃってるだけなんだよねぇ』
『……シトリーの言う通りだな』
――味方による強化や回復があるわけでもなく。ただ溶かされに突っ込んで来るだけ。たとえ敵の数が多かったとしても、個別に来るのなら順番に片付けていけばいいだけで。こちらからすれば入れ食い状態に近かった。
『それで自分たちが楽できたとしても、単純に喜んでばかりもいられないってのがなぁ……』
『向こうが‟そう”なら、こっちもってハナシだよねぇ』
――九月。控えるイベントは十五夜お月見。辺りでは因幡の白兎よろしく、一対のウサミミを生やした悪魔たちが湧いていた。
『また今度、ダンタリオンにでも話を聞いて――』
「巻き起こせ! 一大ムーブメンッ!(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾♡」
「うわ、出た」
「ブエルじゃん、やっほー」
――ひょこひょこと、前へ後ろへ。
「まぁた、その耳か……」
そして、自分たちの目の前にいるブエルも例外ではなく。栗毛のショートヘアの中から、落ち着きなく白い耳が動いていて。今日一日で何度目にしたのか数え切れないぐらいである。
「今週に入って、一気に需要が爆発したらしいねぇ。イベント仕様でピョコピョコ動くやつ」
――ひょこひょこと、右へ左へ。
「ちょっと前から始まったお月見ガチャに入ってるんだっけ?」
「そのとーり!ԅ( ˘ω˘ԅ)」
今回のブエルはいつものフリフリした洋服ではなく――輝夜姫よろしく十二単のようなゴツい和服を纏っていた。
「……何でも着るんだな、お前」
名実共に地獄のファッションリーダーであるブエル。単純にガチャで揃えた装備だけでなく、自身で試行錯誤しながら完成させたその着こなしは、服なんてのには疎い自分ですら雅と思わせるほどで。伊達にアバター装備の為だけに課金してはいないらしい。
「キミモイッショニ、ラビットニナローヨ!ლ(ㅇㅅㅇლ) 」
「はいはいラビットラビット」
――ただ、そのウサミミに関してだけはノイローゼになりそうなんだけれど。
[シトリー]の言っていたように、謎の流行が起きたことによって右を見ても左を見ても大半の悪魔が同じものを頭に付けていて。それだけならば、見ていて気持ちのいい光景ではない、というのはあくまで私事なのだから口に出しはしないのだけれど――
ゲームの中身にも影響が少なからず出ているのなら、愚痴も言いたくなるのも仕方のない事。少し辟易としてきた、というのが正直な感想である。
「気狂い兎が復活したとか、それがきっかけなんじゃないかって、掲示板でも話題に上がってたねぇ」
「クレイジーラビット? なにその厨二心がくすぐられる二つ名みたいなの」
「実際、二つ名らしいんだけどさ。《眠りの森の~》とか、《閃光の~》とか、そういう感じのやつ」
……このご時世に《〜の》なんて二つ名は流石にダサくないか?
「そうそうそれそれ! カッコいいよね、二つ名( *´艸`)」
「えっ」
「えっ?」
どうやらサービスの初期あたりに、ウサミミのプレイヤーで滅茶苦茶に目立ってた奴がいたらしい。……自分がまだ一位ではなかったころの話にしても、そんなプレイヤーがいればアルマゲドン中に気づくと思うが。
「へぇ……まったく知らねぇ」
「どうせその時は引きこもってばっかりだったんじゃないのー?」
「…………」
[ケルベロス]の言葉に『そんなことはない!』と反論したいのは山々なのだけれど、事実である以上否定し辛い。引きこもってはいないとログインしては一人でレベル上げの毎日だったからなぁ……。
「ざまぁm9(^Д^)」
「うるせぇ!」
「最初の数か月だけで、パタッと消えたってのもあるだろうねぇ」
「どうせシトリーのことだから、なんか知ってるんだろ?」
暇さえあれば掲示板を覗いて、情報を集めているような奴である。他所の裏事情にも詳しいらしいし、例の気狂い兎についても一つや二つ面白そうな話が出てくると思いきや――
「……さぁ?」
返ってきたのは、そっけない一言だった。
「『さぁ?』って……。悪魔か天使かも分からないのか?」
「敵も味方も無差別ってスタイルだったらしいからねぇ。分かってるのはそれとウサミミだけで、逆に候補的なのが多すぎるんだよ」
むしろ昔からそんなにいたのか、ウサミミ。
当時のアルマゲドン中は、気が付けばマップ上に極端にバランスが崩れる場所が出ていたようで――《奥義スキル》も実装されていなかったにも関わらず、誰かが広範囲に亘る大技をブチかましたらしく、事態を把握したときには既に後の祭りだったというのが[シトリー]の知る限りの情報だとか。
「ЯU㏍∀さんより酷ぇな」
「またそんなこと言ってー。追っかけ回されるようなことになっても知らないよ?」
……んなことはないだろう、と笑い飛ばせないから性質が悪い。四月の[ガブリエル]との件といい、あの火力としつこさは思い出しただけでもゾッとする。
「……全力で逃げるね、俺は」
「絶対、逃げ切れないと思うんだよね……」
「あ゛ー……無理だな」
……町中を追われ、追い詰められる姿を想像して――堪らず呻く。
天使側に行ったってことは、下手すると【ケルベロス】だった時よりも火力が上がるってことだろ? 無理だって、そんなの。台風の中に飛び込むようなもんだ。
「で、グラたんが追いかけ回される話はいいとして」
「おい」
「服装なんて流行り廃りの激しいものだからねー。来月にはまたイベントに合わせてコーディネイト決めなきゃだし!(´。✪ω✪。`)」
「服装だけならまだいいんだけどねぇ。はっきり情報が出てないおかげで、『我こそは元祖気狂い兎!』と言わんばかりに、好き勝手やるプレイヤーとか出てるとか、そんなことをよく聞くよ」
――[シトリー]と[ブエル]は例のウサミミについて話したままで。話題はちょうど今日のスコア稼ぎ中に出会った奴等についてだった。
「名前もウサギっぽいのに変更してる人もいたねー。[ラビ]だとか[ラパン]だとか。天使も悪魔も、両方でウサミミ付けてさ」
「そんなに他人に染まりたいものかね……」
これはもはや『個性の喪失』と言っても過言ではないのじゃなかろうか。――誰もが有名な誰かの真似をして。話題の何かに同調して。甘んじて‟誰かのレプリカ”になり下がっていると。正直、ぞっとしない話である。
「まぁ、ブエルの言っているようにさ? どうせ一過性のものだろうし、グラたんもそんなに目くじら立てなさんなって」
「……別にそんなんじゃないさ」
『んじゃ、そろそろ落ちるね。グラたん、シトリー』
『おう、それじゃまたな』
『お疲れさま、ケロちゃん』
今日はここらでお開きということで「ノシ」と残し、[ケルベロス]がログアウトしていく。自分は明日の予定もないし、もう少し残ってスコアを稼ぎに出ようとしたところで――デデンッと[シトリー]が行き先を塞ぐように立っていた。
『なんや』
『雑っ! なんでそんなに冷たいのさ!』
『この状態からして既に、嫌な予感しかしないからなぁ』
今までの経験上、大体こういう場合はロクなことにならない。――とはいえ、ここで断りきれないことも薄々覚悟しているのだけれど。
『いやいや、ケロちゃんにはもう言ってあるんだけどね? ちょっと明日に、【シトリー】のメンバーでも紹介しとこうかなぁって思っただけだからさ。忘れずに≪憤怒地獄≫のゲート前に集合だかんね!』
『……紹介ぃ?』




