2019年3月【再認識~re:alize~】―③
「さてさて、沢山お喋りもできたし! 日が暮れちゃう前に解散しよっか!」
そう言ってレジで会計を済ませ、再び駅へと戻る。その道中でも、[ケルベロス]は[シトリー]を捕まえて何やら話していたけど――あれだけ騒いでいてまだ足りていないらしい。
「グラたんは電車が混んでるのが嫌いなんだっけ」
「混んでるのが好きって言う奴の方が危ないと思うぞ」
『みんなどっち方面?』という[ケルベロス]の問いかけに。
別に示し合わせたわけでもなく、三人が三人とも同じ方向を指さした。
「うえぇぇ……私だけ反対方向なんだ」
「べ、別に落ち込むことでもないんじゃないかな……」
肩を落として呻る[ケルベロス]を、[シトリー]が慰める。家が逆方向なだけで大袈裟な……。とは思ったが――何に対しても大袈裟な反応をするのが、哀歓苦楽、喜怒哀楽、何をするにしても全力なのが[ケルベロス]なのだった。
「同じ電車だったら、もう少し長くお喋りできるんだよ!? ホームで一人寂しく電車を待つなんて嫌だぁぁぁ」
「人生楽しそうだよなぁ、お前は」
若さって凄い。途中で電話でもかけかねない勢いだった。
「しかも、もうすぐ電車来ちゃうじゃん。うあー」
「ホームで待つ必要が無くなって良かったな」
そう皮肉っていたら、いつの間にか二人が隣にいない。辺りを見ると、既に券売機の方へと歩き出していた。もしかして置いて行くつもりなんじゃ……。いや、別に一人でも帰れるから問題はないのだけれど。
「[ЯU㏍∀]さんたちが切符買いに行くみたいだし、それじゃあまたWoAで――」
あまり長々と話していて、電車に乗り遅れるのも可哀想だろうと。そう言って踵を返し、自分も券売機へと向かったところで――
「どーん!」
「……ぐぉっ!?」
――背中に衝撃。
何を思ったのか、いきなり体当たり、タックルをかましてきた。そしてそのまま後ろから腕を回して、身体をがっちりとホールドされている。……なんでだ。
改札口前の広場で。別段勢いがあったわけでもなく、向こうも力を入れていなかったから少し驚いたぐらいで済んだが――これがホームならばちょっとした事件である。いや、流石にそこまで狂気に塗れてはいないと思うけど――
いや、これはむしろ……。
別れを惜しむとかドラマティックな展開な予感――!
「なんか隙だらけだったから。今ならKillできるかなって」
「殺すな」
一瞬、自分の耳がおかしくなったかと思ったけれども――前から来たのならともかく、後ろから飛び込んできた時点で間違いなくKillである。
……Kissじゃなくて、Killだった。
甘々な展開など欠片ほども無かった。
「また戻ったらWoAでね!」
「お、おう……」
本当に驚かすだけが目的だったのか、本気で電車に間に合わなくなるからか、さっさと離れていく[ケルベロス]。にへらにへらと満足そうに笑顔を浮かべながら、自分の方のホームへ向かっていく。
……本当に何がしたかったのだろう。
[ケルベロス]は電子マネーがあるのか、はたまた定期でも持っているのかで、そのまま改札口へと入っていったけど――自分達はわざわざ券売機で切符を買っていた。何気に彼女が今回の面子の中では一番の文明人である。
そういやアイツ、女子高生か。……女子高生だったか。
「――何個目の駅だ?」
「ここからなら……七つ先ですけど。どうしました?」
現在地の駅の名前を探し、そこから辿っていって――券売機上の路線図を眺めながら、自分の降りる駅までの金額を確認する。何の気なしに、どれぐらい離れているのか気になったのかと思いきや、尋ねてきた[ЯU㏍∀]さんは切符を買う様子もなく――
「……瑠璃、私は――物に――――がある――」
「お姉――……? ……――、分かった」
隣で同じく切符を買っていた[シトリー]と、何やら一言二言会話しており。最後に自分の方を指さして言った言葉に、またしても耳を疑った。
「――ちょうどいいし、コイツに家の近くまで送ってもらえ」
「……はい?」
……危うく切符を取り落としそうになった。
いやいや、何言ってんだ。まだ実際に会って一日――って、[ЯU㏍∀]さんが流れるように肩を組もうと迫ってくる!
「なんで逃げるんだよ、おい。傷ついちゃうだろうが」
事前に危険を察知して距離を置こうとしたものの、ハエトリグモさながらの機敏さになす術もなく捕まってしまう。……おかしいだろ、今回は油断してなかったのに。
「……手を出したらどうなるかは分かってるよな?」
「え、えぇ。もちろんですとも。しっかりと送迎させていただきます」
『初対面の人間に手が出るのはアンタぐらいだ』とは口が裂けても言えなかった。
「それじゃ、またな」
「……はい。またWoAで」
後ろ手に手を振って去っていく[ЯU㏍∀]さん。
残された自分達は『17時10分発の電車が――』という自動放送に急かされ、ホームへの階段を下った。その後数分もしないうちに電車が乗り場へと到着し、殆ど人も乗って居ない車両の中、ドア横の席に二人で並んで座る。
「急すぎて聞けなかったけど、[ЯU㏍∀]さんと一緒に来たんじゃないのか?」
「お姉ちゃんは実家出て一人暮らししてて――昼は車で迎えに来てもらったから。これから買い物して帰るんだって」
「へぇ、車で……」
確かに、あの出で立ちで電車に乗る[ЯU㏍∀]さんが想像できない。
そもそも、あの人がオフ会に参加すること自体が予想外だったのだけれど。
「なんにしても意外だったよ。二人がこうしてオフ会に参加するなんて」
「私だって、お姉ちゃんがオフ会に出るとは思ってなかったし。ゲームの中ではあんな感じで、誰かと仲良くするってことが無かったから。……たぶん、今回のは私のためにだと思う」
「[シトリー]のため?」
[シトリー]も初めのうちは『不参加で』と言っていたはず。[ЯU㏍∀]さんに言われて、それなら仕方なくという感じじゃなかったか?
「お姉ちゃんがいなかったら、尻込みしちゃうから。グラたんと――誰かと実際に顔を合わせて話をするなんて、きっとできなかったから」
内弁慶の外地蔵。今では“ネット弁慶”って言葉しか聞かないけれども、[シトリー]も往々にしてそんな感じらしい。隣に座っている泉川瑠璃と――公式サイトの掲示板で相手を煽っていた[シトリー]が、同一人物だとは誰も思わないだろう。
そうして駅を出発してから十分程度、当たり障りのない会話を続けながら電車に揺られ、[シトリー]が降りる駅に到着した。――と言っても、[ЯU㏍∀]さんから送迎を命令されたため、自分も降りないといけないんだが。
昼に集合場所に指定されていた所は、ちょうど都市部の端っこ辺りで。駅周辺の整備も整っていたのだけれど、駅を二つか三つ渡った所ではもう何も無くなる。自分の住んでいる地域など、時間帯によっては無人駅かと思うぐらいに閑散としてしまう程だった。
「駅からそう遠くないから。歩きながら話そう?」
――夕方、日の傾いて行く中で。
二人で線路沿いの道を並んで歩く。
話題は電車の中と同じく、他愛のないものだった。WoA内での話だったり、最近のテレビの話だったり。……一人暮らしを始めてからはテレビなんて殆ど見ないので、大半は[シトリー]が話してこっちが相槌を打つばかりになっていた。
WoAでの自分と[シトリー]の距離感って、こんな感じだっただろうか?
――ちょうど太陽が真横にきている時間帯で。
ときおり横を走り抜けていく電車が、断続的に夕日を遮る。
「でさ、玉ちゃんも珍しく張り切ってて――」
「へぇ、それはこんど聞いてみないと――」
「…………」
人通りのない田舎道。線路沿いを五分程度歩き続けたあたりで、[シトリー]が急に黙り込み立ち止まった。
「……ん? [シトリー]どうし――……っ!」
――急に視界から外れてしまったので、こちらも立ち止まり振り返ったところで。[シトリー]がこちらの胸へと飛び込んできたのだった。
[ケルベロス]のように不意を打ってきたわけでもなく。
[ЯU㏍∀]さんのように予想以上の機敏さを持っていたわけでもなく。
三度目の正直というやつで(昼から数えれば四度目だけれど)、避けようと思えば避けられた。
――けど、今回だけは自分の意志で。飛び込んできた[シトリー]を、しっかりと受け止める。
「――――」
ちょうど貨物列車が横を走り抜け、ガタンゴトンと車軸の揺れる音だけが響く。その中で、表情の見えない[シトリー]の声が辛うじて聞き取れた。
「――お姉ちゃんもケロちゃんもしてたし、私もいいよね……?」
「……[ЯU㏍∀]さんのは違わないか?」
……というか、[ケルベロス]のも見られてたのかよ。
内心でため息を吐く。あんちくしょうめ。
「違わないよ。本当に嫌いな相手なら、いちいち捕まえないで最初から殴るもん」
いや、殴っちゃダメだろ。
社会人としての節度だけは守ってくれよ[ЯU㏍∀]さん。
「……冗談だけどね。あんなことしてるの、グラたん以外に見たことないし」
「それはそれで喜んでいいものか困るな」
「………………」
「……[シトリー]?」
服を掴む手に力が籠っているのが分かる。ずっと何かを堪えていたような――そんな感情が、その手から感じられた。
「――やっぱりケロちゃんが羨ましい。グラたんと肩を並べて、同じステージで戦って。直接支えたり、支えられたりしているのが羨ましくて堪らない」
それは――人の前で決して吐くことの無かった心の声。
[シトリー]が[シトリー]であったが故に。互いが得た――得てしまった立場によって、雁字搦めになった女の子の心の叫びだった。
「本当は辛かったの。今日だって、ケロちゃんがオフ会を企画してくれて感謝している反面、自分の中に悔しい気持ちもあったの。『あぁ、また私は何もしていないんだなぁ』って」
「あの時……私も一緒に城まで行きたかったんだよ……」
「『また何もしていない』ってなんだよ」
「あの時、[シトリー]がいてくれなかったら城まで辿りつくことは出来なかったし、[ベアトリーチェ]を止めることなんて出来なかった。たとえ距離が離れていても、俺をいつも支えてくれていたのは[シトリー]だろ?」
確かにあの時、あの別れの時に、自分はそう言ったはずなのに。
「俺が初めてフレンド登録をしたのは、他でもないお前だろうが」
自分が一人でWoAをプレイしていた頃。自分だけの力で【グラシャ=ラボラス】第一位へと上り詰めた頃。
各グループの第一位の集まりに、自分を誘ってきたのは[シトリー]だった。そしてそのまま、流されるまま。集まりに参加して、気が付いたらフレンド申請が送られてきていたのだ。
「[シトリー]のことは、他の誰よりも大切に思って――ぐっ!?」
何故か密着したままで鳩尾に一発。その手に力は籠められてはいないものの、突然の一撃に身体がぐらつく。……いや、なんでだよ。お前ら姉妹は人を殴らないと気が済まないのか?
身体を離して一歩二歩と下がる[シトリー]。
それは――目元に残る涙の名残も認識できるほどに近く。
きっと笑い合う表情さえもはっきり分かる距離で。
これがいつもの、本来の[グラシャ=ラボラス]と[シトリー]の距離感だった。
「心臓バクバク鳴らせちゃって、何言ってんのさ!」
そう言って笑う彼女に――WoAでの姿がダブって見えた。




