2019年3月【再認識~re:alize~】―①
作中では皆無だった現実サイドの話です。
『――ねぇ、オフ会してみない?』
きっかけは[ケルベロス]のその一言だった。
『……は?』
『オーフーかーいー。面子だとか場所だとかは私がなんとかするからさ』
[ニスロク]に頼まれた材料集めに、インスタントダンジョンへ潜っていた時のこと。パーティは急にオフ会を提案した[ケルベロス]と、元[ケルベロス]である[ЯU㏍∀]さん、そして広域監視役、パーティの‟眼”である[シトリー]、最後に[グラシャ=ラボラス]である自分の四人だった。
メンバー全員が【グループ】の第一位(一人は‟元”だけれど)。たかだか材料集めで苦戦することなどある訳も無く、だらだらと道中でも駄弁りながら進んでいる最中に[ケルベロス]が『オフ会をしよう』と言い始めたのである。
まぁ、一年以上も一緒にプレイしているのだ。絶対どこかで言い出すとは思っていたし、むしろ一年も持った方なのだろう。けれど――
自分はあまりオフ会とかに興味は無いんだよなぁ……。
『俺は別に……』
『なんで!? 一緒に世界を救った仲じゃん!』
『あー……まぁ、そうなんだけどさ……』
――そう、2019年の1月。自分達は世界を確かに救った。
とは言っても、ただのデータ、一つのオンラインゲームの世界をだけれども。
運営NPCとして新しく導入されたAI[ベアトリーチェ]の暴走により、崩壊していく世界。一度でもゲーム内で死亡してしまったり落ちてしまったら、再ログインできない状況。
表側としては、ただのサーバーエラーとして処理されているが、当事者だった自分達にとっては、全力で、それこそ命がけでそれを止めるだけの理由があった。
あの時、一歩でも間違えていれば――[ベアトリーチェ]を止めることが出来ていなければ――永久にWoAのデータは失われ、二度とこの世界に降り立つことは出来なかったのだから。
『一緒に死線を潜り抜けた仲ですよ! 英雄フレンズですよ! グラたんと私は一年間繋がりっぱなしの仲だったんですよ!?』
『もう少しマシな言い方が無かったのか。あと、一度喧嘩別れしてるんだからな』
――英雄。
その事件の真相を知っているプレイヤーはほんの一握りだけれども、世界を救ったという功績だけが日に日に拡散されていく毎日。
特に自分と、さっきから騒いでる[ケルベロス]と、黙って様子を見ている[ЯU㏍∀]さん――最終的に[ベアトリーチェ]を止めに城へと乗り込んだ三人は、犬系統の【グループ】だったこともあり、一部からはアバターの色から[黒狗]、[白狗]、[赤狗]と呼ばれているらしい。
……まぁ、誰が拡散していたのかは予想がつくけど。
『もう一心同体、二人三脚と言っても過言じゃないよね?』
『いや、それはおかしい』
二人三脚ってなんだ。運動会か。
肩を並べて戦いはしていたけど、肩を組んで走ったことは無いぞ。
『もう一緒のお墓に入っていいレベルだよね!?』
『いいわけあるかよ……』
ネットでの出会いから――ネットを揺らしてゴールインどころか、同じ墓穴にカップインだった。待ってくれ、いくらなんでも重すぎだろ。
『「おのれ……こうなったら貴様も道連れにっ――」みたいな!』
……敵じゃねぇか。
テンション上げ過ぎて、自分で何を言ってるのか分かってないだろこいつ。
『――いやー、ボクもちょっとオフ会は遠慮しとこうかなぁ……』
『…………』
しばらくこちらのやり取りを黙って見ていた[シトリー]。その口からようやく出たのは、“NO”という答えだった。[ЯU㏍∀]さんは変わらず黙ったままだけれど、あの性格からしてオフ会に参加するようなタイプじゃないだろう。
――つまりは、この時点で多数決に勝ったも同然だった。
『ほらみろ、二対一だ。数の暴力を甘んじて受け入れろ』
『え゛ー……』
ゲームの世界での出会いなんて、結局はゲームの中に留めておくのが一番幸せだと思う。理想と現実は違うのだ。
『ルカさんも参加しないだろうし、不満そうな声を出したところで無駄――』
『――いや、私は参加する。勝手に決めつけてんじゃねぇぞ』
『なっ……!?』
『え――』
『やった!』
突然の裏切りに驚く自分、[シトリー]も[ЯU㏍∀]さんが参加すると言い出すのが意外だったのか、驚きの声を上げていた。そして、嬉しそうに飛び跳ねているのが一名。
『ほ、本気で言ってるんです……?』
『あんまり嫌そうな声を出すなよ、つい反抗したくなっちゃうだろうが』
――しまった、この人はこういう人だった。
『もちろん、シトリーも参加だ』
『えっ? あー……うん。こ、これはボクも参加しないとだよね!』
これで一気に形勢逆転。二対一が一対三へと早変わりである。
盤上をひっくり返すのが上手いな、クソッタレめ!
『ウソだろおい……』
『数の暴力を甘んじて受け入れるんだろ? なぁ?』
「で、こうして駅に来たのはいいんだが――」
[ケルベロス]にメールで指定されたのは、待ち合わせ場所と時間だけ。誰が、どんな服装で来るのか、そういった情報が殆ど伏せられている以上、ちょっとした冒険である。
……流石に、俺を待ちぼうけさせよう、なんて大規模な嫌がらせだったってことはないよな?
そんな不安を抱えて、しぶしぶ指定された場所――バスターミナル前の案内板の前に、愚痴りながら歩いて向かう。
「そもそも、こんな待ち合わせの仕方で分かる人がいるわけが――」
――いた。
なんか、目的地である案内板の前に、すっごい赤赤とした女の人がいた。
寄りかかるように背中を案内板に預けて、片手で携帯を操作していた。
身長は自分よりも上だろうか? 肩よりも下の位置まで伸ばした、異様に明るい茶髪だけでも、場所に寄ってはかなり浮きそうなものだけれど、それ以上に自己主張する赤いコートが印象的過ぎる。
……自分の予想が正しければ、間違いなくあの人だろう。
‟綺麗”というよりも、‟格好いい”という表現の方がしっくりくる女性だった。髪を真っ赤にしたら、そのまんまそれだ。
アバターは‟プレイヤーの分身”。そんな、月並みな言葉が思い浮かんだ。キャラクターメイキング――『自分の思い通りの姿を作ることができる』ということは、極端なことを言ってしまえば、『“理想の自分”を作り上げることができる』ということに他ならないだろう。だからこそ、プレイヤーはそのアバターに自分を重ね、まるで同化しているかのように振る舞うことができるのだ。
英雄的精神さえ内側にあるのなら、それに準じた行動もとれる。なぜならそれがゲームの世界だから。現実世界の自分という縛りなど無く――どうかしているかの様に振る舞うこともできるのだ。
身長の高い人に憧れているのならば、長身に設定したアバターを使う人間もいるだろう。派手な髪の色に憧れていても現実的な問題で染めることのできない人間ならば、アバターで望み通りの髪の色をすることもあるかもしれない。つまりはそういうこと。
そんな自由な仮装世界で。無限の可能性を持つ仮想世界で。現実の姿とアバターの姿にそう差異の無い人も希にいる。現実世界でもゲームさながらに真紅な彼女もそうだし、わざわざゲームの世界なのに黒髪のまま、地味で特徴の無い姿を選んだ自分もそう例外ではない。
――ただ、そこには大きな違いがあるだけ。
“そもそもの理想が存在しない”自分と、“恐らく理想を体現するだけの力がある”彼女との大きな違いが。
「…………」
……なんで自分はこんな自虐的考察をしているんだ。せっかくの休日で、わざわざオフ会に参加するために駅まで来たというのに。
――さて。ここからどうしたものだろう。まさかこのままずっと、遠巻きに眺めておくわけにはいかないだろう。……声をかけてみようか。あまりウロウロし続けて、不審者と思われるのも避けたいし。
「あの――」
「……はい?」
――うわ、身長高っ。175cm以上はあるよな……?
最悪、無視される可能性もあるかもと、内心怯えていたのだが――おそらく[ЯU㏍∀]さんであろう女性は、携帯から目を離しこちらに向けて返事をした。
「――――」
「…………?」
けれども、新たな不安が自分を襲ってくる。
あれ? [ЯU㏍∀]さんってこんな声だったっけ? 良く通る声、周囲に馴染むことのない外見とは裏腹に、まるでそよ風が吹き抜けるような――
……いや、知ってるぞ。これ。実家でよくある、アレ。
母親が電話口に出る時の、そんな外向けに出す声である。
「……ルカさん……ですよね……?」
「ああ゛?」
一気に声に圧が加わった。……なんでだよ、維持しておいてくれよ。
「ええぇ……」
人違いでは無かったと安心はしたものの、なぜ自分に対してその外向けスマイルが行使されないのか甚だ不満だった。
「――あぁ、悪い悪い。気づいたら思わずな、どうも癖になってるみたいだわ。なぁ、グラシャ=ラボラス?」
癖でいちいち凄まれていては堪ったものじゃない。
「最悪のスタートですね……」
「まぁ、なんにせよ、だ。――今日はよろしく頼むぞ、真っ黒々助」
「…………」
さっきからЯU㏍∀さんの後ろにいたのだろう。ЯU㏍∀さんとは対照的に、淡い色感で抑えたようなワンピースの女の子がぺこりと頭を下げた。自分よりも頭一つ身長が低く、髪はЯU㏍∀さんよりも少し短いぐらい。
「…………?」
……誰なのだろう。容姿はともかく、こんな性格の人が知り合いにいただろうか。[ケルベロス]だったら、公衆の面前でも構わずに『やっほーグラたん!』なんて大声で叫びかねないだろうし。せめて声を聞けば分かるのかもしれないけれど……それは追々でいいだろう。
「……ルカさん達はどれぐらいに着いていたんですか?」
「ちょいと事情があってな。二十分も早くに着いちまって、どう時間を潰すか考えてたところだよ」
――携帯で時間を確認する。今の段階で、待ち合わせまであと十五分もあった。適当な店にでも入って、軽くコーヒーでも飲めるぐらいはできそうである。
「まぁ、電車だと時間の調整が難しいですからね」
「そういうことじゃねぇよ、馬鹿が」
「……? それじゃあ――」
「うわー!」
突然の大声、この聞き覚えのある声は――
「もうみんな集まってる!? 早くない!?」
ファー付きの白いコートを着て、髪はさらりと肩口まで伸ばしたのブラウン。身長は自分とさっきのワンピースの女の子との間ぐらいだろうか。慌てて駆けてくるさまは、いかにも『学生です!』という雰囲気を纏っていた。
「あ、やっほーグラたん!」
「ほらみたことか!」
やっぱり公衆の面前で大声出しやがった! しかも名指しで!
自分達の横を通る人々の視線が痛い。絶対に『なんであの子、グラタンって呼ばれているんだろう?』みたいなことを考えているような視線が痛い!
「五月蠅ぇ。外で騒ぐな」
ゴンッと後頭部に軽く衝撃が走る。――[ЯU㏍∀]さんだ。
さっきも馬鹿と罵ったり、現実では初対面の人間にこの仕打ちって……この人、現実でもこんな感じなのかよ。
「で、みんな早かったね、どうしたの?」
『ルカさんもグラたんも分かり易い格好してるねー。おかげで遠目からも気づけたから良かったけど』と言いながら、あっちにこっちにウロウロとしている[ケルベロス]。お前がそれを言うか?
「……俺は原則十五分前行動だ。ルカさん達はもっと早く来てたらしいけどな」
「ホントに? これでも一番乗りするつもりだったんだけどなー」
「私はもっとギリギリでもいいだろって言ってたんだけどな、こいつが張り切るもんで仕方なく早く来ただけだよ」
――こいつ?
「も、もぉ! やめてよお姉ちゃん!」
「……お姉ちゃん?」
[ЯU㏍∀]さんをお姉ちゃん呼び? 姉妹のプレイヤーなんていたっけか? ハルファスとマルファス――は、姉弟だし、双子だし。そもそも年齢がもう少し下だったはずだし……。
「うわぁ! もしかしてシトリーって良い所のお嬢様とか? お人形みたいって言われない?」
「け、ケロちゃんまで……」
[シトリー]と呼ばれた少女が、顔を真っ赤にして俯く。
し、[シトリー]……? この娘が?
「……な、は? ……え?」
いやいやいや、シトリーが女だってことはあの事件の時に知ったけど――こんなアバターとは真逆の『フワゆる小動物系女子!』みたいだとは予想がつくわけがないだろ?
もっと[ケルベロス]寄りの――こう、ボーイッシュな感じを想像していただけに、衝撃が尋常ではない。更に言えば……姉妹? [ЯU㏍∀]さんと[シトリー]が? なにかの冗談だろ? エイプリルフールにはまだ少し早いぞ?
「えええええええええぇぇぇぇぇ!?」
思わず駅前であることも忘れて大声を出してしまい――
再び[ЯU㏍∀]さんに後頭部を殴られたのは言うまでもない。




