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WoA 設定等 物置  作者: Win-CL
WoA番外編!
12/27

2019年2月【とあるバレンタインの日常】

 さて、今日は2月14日。……それだけ。

 なんの変哲もない、ただの平日。


 ――と、いけばいいのだけれど。


『そういう訳にもいかないんだよねぇ』

『……なんでもかんでも他所(よそ)から取り入れすぎなんだよ、この国は』


 何の話かと問われれば、現在WoA内で行われているイベントのことである。クリスマス、ハロウィンはまだいいとして――この2月14日だけは、バレンタインデーだけは。心底どうでもいいイベントの一つだった。


 いや本気で。この日をきっかけに告白するぐらいなら、さっさと別の日にすればいいじゃないかと。そんな冷めた目をして学生生活を送っていた自分からすれば、あってもなくても変わらない。むしろ無い方がいいイベントの一つとも言えるだろう。


 ……こんな斜に構えた立ち方をしていたから、こんなに無縁な人生を送ってきたのだろうけども。いや、無縁な人生だったから、斜に構えていたのか?


 あー、やめだ。やめておこう。

 考えれば考える程、黒歴史と化していく気がする。

 ‟卵か先か、鶏が先か”。そんなのどっちでもいいじゃないか。


 どうせいくら考えたところで、学生時代に戻れるわけでもなく。

 戻ったからといって、何をするわけでもないのだから。


 ――と、そんなことを考えていた自分とは対極に、ワイワイと騒いでるのが二人。


『はーい! グラたんにチョコー!』

『ボクもボクも。大事に持っておきなよ』


 [ケルベロス]と[シトリー]の二人。相変わらずの面子である。


『あーはいはい』


 イベント用にアイテムの素材を集めるためのID――インスタントダンジョンも大して興味を引くようなものでなければ、特別に配布されたアイテムもこれまた微妙なもので。


 ≪バレンタインチョコ≫

 定値固定型の回復アイテム、それも大した回復量ではない。

 普段使っているポーションの劣化版。


 ……インベントリが埋まるんだよな……。


『ほらほら、バレンタインにチョコ貰ったんだから、もっと嬉しそうにしないと!』


 どうせネトゲのアイテムなのだし、そこまで真剣に考えることでもないのだけれど。それでも、ポンポンとメールで送りつけてくるのはどうなのだろうか。


 ……まぁ、あとで倉庫にでも入れておくか。

 それまでメールに添付された状態で置いておこう。


 そんなこんなで、まったく必要性の感じられないイベントの真っ只中なのである。


 今年から新しく用意された街で、いつものように集まる日常。

 ――それに少し彩りが増えただけ。


 そう、目の前にいる彼女――新しく仲間に加わった[ベアトリーチェ]のように。


『うむ! 今回のイベントはチョコを贈りあうイベントなのか!

 あちこちから甘い匂いがしてきて、いいイベントだな!』


 ゲームの世界の住人からすれば、インベントリの中身の匂いも感じ取れるらしい。……それはそれでどうなのだろう。腐った肉とか持ってたら距離を置かれてしまうのだろうか。そんなアイテムはないけれども。


『…………』


 まだ幼いというか、欲望に忠実というか。[ベアトリーチェ]はあたりの匂いにつられて、今にもよだれを零しそうな表情をしていた。……決して見栄えのいいものではないし、公衆のど真ん中で口を半開きにするのはやめたほうがいいと思う。


『今回のイベントアイテムなぁ……。ほら、これやるよ』


『へぁっ!?』

『……へぇ。グラたん、そういうことするんだねぇ……』


『いや、お前らのどちらかに渡すわけにもいかないだろ……』


 イベントアイテムだし、一人一個しか配布されていないわけで。二人から貰っておいて片方にしか返さないなんて、そんな不公平なことできるわけがないだろうに。


 ――かといって、わざわざオークションで買うのもどうかと。


 [ベアトリーチェ]からすれば、回復量よりもアイテム自体の性質の方が重要らしいし。プレイヤーからしたら使えないものでも、彼女からすれば至高のおやつである。


 こうするのが、一番角の立たない選択なんじゃないか?


『わ、私は別にお返しとかいいし! [シトリー]にあげればいいじゃない』

『えっ!? ……いやぁ、べっつにぃ?』


『…………?』

『はぁぁぁぁぁ……』


 仕舞には、二人からため息を吐かれる始末。


『なーんか、グラたんから『チョコ欲しい!』オーラが感じられないんだよねぇ』


 オーラってなんだ。そんな分かり易そうなモノ出してたまるか。


『現実でも、ちゃんと欲しがっているアピールしないと。

 将来損するよ? 貰えるものも貰えないよ?』

『別にチョコが欲しいかと言われるとなぁ……』






『グラたんってば、そんなこと言ってんだよ!? どう思う!?』


 街の中を散歩すると言っていた[ベアトリーチェ](きっとチョコを貰いに回るつもりだろう)と別れ、所変わって≪大図書館≫。


 ……何かある度に、毎回ここで駄弁っている気がする。


『チョコをあげたり貰ったり、そんなに嬉しいものなのかね。……まぁ、ただの僻みと言われりゃそれまでなんだが』


 学校でも会社でも。実際に他の人が貰っている場面を見たことは一度や二度あるのだけれど、正直な話あまり羨ましいと思ったことがないのだ。まぁ、どの場面でも貰った本人が嬉しそうにしていたし、別にそれに水を差すようなつまらないことはしたくないため、今まで口に出すことは無かったけれども。


『うーん……。[グラシャ=ラボラス]、これは僕の個人的な考えなんだけど――』


 少し考えるようにして。言葉を選びながら。

 悪魔陣営の賢者さまから、いたってシンプルな答えが返ってきた。


『それは自分のために時間を使ってもらえたことが嬉しいんだよ、きっと』

『――――』


 ――物じゃなくて、それに費やした時間が。


 男性は結果を重視する生き物で、女性は過程を重視する生き物だと、そんな文章を読んだことを思い出した。まぁ、なんというか、乙女心というか、そういう男女の違いだとかに気づけるかの試験みたいなものらしい。


 言われてみれば、そんな感じもする。……この歳までそれに気付かないってことは、自分は未だに男子止まりだったのだろうと思う。きっと自分は死ぬまで男子のままだと思うけれども。


『まぁ、そんなことを言ってみたけど――僕も実際に貰ったことはないんだけどね』

『それでも、カッコいいと思うよ。そうやってちゃんと考えが回るってのは』


 ――そうやって話していると。プレイヤーが二人、こちらへと近づいてきていた。

 名前もあまり見覚えがないけれども、[ダンタリオン]は知っている様子で。恐らく、普段から図書館を利用している人たちなのだろう。


「あのー……[ダンタリオン]さん……」

「よ、よかったらチョコ……いりませんか?」


「あぁ、ありがとう。嬉しいよ、大事に使わせてもらうね」


 ペコリと頭を下げて礼を言う[ダンタリオン]。

 チョコを渡した二人は同じくペコリとお辞儀をし、そそくさと図書館を後にする。


『…………』


 なんだこいつ。普通にそれっぽくチョコ貰ってるんだけど。


 [ダンタリオン]の話を聞いたからか――この《バレンタインチョコ》が、少しだけ価値のあるような物に見えてきたから不思議である。


『はー、人気だね。[ダンタリオン]も』

『……僕は人と接する機会も多いからさ。単純な知名度の違いだよ。このアイテムも人に贈らないと意味がないし、渡すには僕が丁度いいんじゃないかな』


 そうやって謙遜した言い方が実に[ダンタリオン]らしかった。

 この語り口だと、ちょくちょくこうやってチョコを受け取っているらしい。


『いろいろと苦労してるんだねぇ』

『別に断る理由もないし、僕は気にしないけどね。……まぁ、向こうの人たちほど酷くないしさ』


『……向こう?』







 図書館の奥の方で座っていた二人――[アスモデウス]と[ブエル]。


 [アスモデウス]は相変わらずの白衣姿で。

 [ブエル]はこれまた、イベントに合わせた課金装備に身を包んでいた。


 クリスマスの時もそうだったが、“仕事”の時以外は二人で行動することが多いらしい。同性で歳も近いようだし、何かと気の合う部分があるのだろうか。……傍から見てると正反対のようにも見えるけれども。


「[ブエル]ちゃんもモーさんも、やっほー」


「あぁ、ケロちゃん。やっほー」

「…………」


 手をヒラヒラと揺らして挨拶を返したのは[アスモデウス]のみ。

 [ブエル]はと言うと、椅子に座ったまま無言で固まっている。


 いの一番に『やっほー!◝( •௰• )◜』と返すかと思いきや、身動きもせず。

 完全に椅子に座ったままフリーズしていた。


「ありゃ、[ブエル]はどったの? 離席中?」

「んー。贈られてきたチョコのお返しメールで手一杯なんだって」


「なんとまぁ。一つ一つにお返しのメッセージ送ってるんだ」

「これまた律儀だな」


 ――どうやら、面と向かってではなくメールでいきなり贈られてきたため、同じくメールで返事をするしかないらしい。……見ず知らずの他人なら、自分だったら絶対に無視するけども――[ブエル]の場合はそうもいかないか。


 地獄のアイドル()。序列十位のグループ【ブエル】の第一位の彼女の場合は。


「手一杯って……何個貰ったの」

「うーん。二百から二百五十ぐらいじゃない?」


「に……二百……」

「そんだけのメールが来てるって、軽くホラーだろ……」


 想像するだけで引いてしまうレベルだった。


 ……まぁ、人気を考えれば妥当なところなんだろうけれども。普段は華々しく歌えや踊れやしている彼女も、人知れず、人並み以上の苦労をしているらしい。


「顔合わせて渡す必要もないし、贈るにしてもハードル低いもんねぇ」

「最近は贈り物をするにも男女関係ない風潮だしね」


「難儀なことだな……」


「はー! もう休憩に入りますっ_(┐「ε:)_」

「うわっ」


 まるで息を吹き返したかのように、突然[ブエル]が動きだす。

 実に疲労困憊具合の解り易い顔文字だった。


 一応、こちらの会話を横で見ていたらしく、そのまま会話に混ざってくる。

 というよりも、相変わらずの勢いで流れをぶった切ってくる。


「……グラたんも欲しい? 特製チョコ( *´艸`)」

「いらない」


「えー(╭☞•́⍛•̀)╭☞」

「おい。指さすな」


 行儀が悪いぞ。というか、これ注意するの二度目なんだが。


「えー(☝ ՞ਊ ՞)=☞)՞ਊ ՞)」


『ちっ』


 煽り芸が前よりも悪化していた。実に見事に煽られた。素の舌打ちだ。

 わざわざコメントに書こうかとも思ったけれども、ここは抑えて話を進める。

 

「……そこまで無理して返事を送る必要あるのか?」


「ネット上のやりとりとはいえ、こういう部分はしっかりとしておかなきゃね。

 返事を出せば、それだけ喜んでくれるし(๑•̀ㅂ•́)و✧」

「[ブエル]からのメッセージ付きチョコなんて、レア中のレアよ。

 SS撮って保存してる人もいるんじゃない」


 チョコ付きって、運営から送られて来るのは一人一つだったはず。


「貰ったチョコをまた送り返してるの?」

「まぁ、ファンからすればチョコなんてオマケみたいなものだし。

 メッセージのやり取りができただけで目的は達成してるでしょうし。

 商品に付加価値を付けるのは常識よねー」


「……リアルでそんなことしてるんじゃないよな?」

「まっさかぁ(´^ิ┏益┓^ิ`)」


 悪い顔しやがって。一ミリたりとも信用できねぇ。


「どうせデータだし、ね。みんなそれを分かって贈り合いしてるんでしょ。

 だから気軽に贈れるんだし、受け取れるんだから」

「下手に使えるアイテムでもないから、別にあげて損した気分もしないし。

 言うなれば、『嬉しさのおすそわけ』みたいな?(灬╹ω╹灬)」


「なんかドライだな……お前ら」


 自分が人のことを言えた義理ではないけれど。義理チョコすら貰ったことのない自分が、こんなことに口を出すのもどうかと思うけれど。


 それでも――『チョコはオマケ』か……。

 言い方は違えど[ダンタリオン]と同じことを言ってるんだよなぁ、こいつら。


 とても悔しいけれども。バレンタインという行事をよく理解できていないのは、やはり自分の方だと。そう認めざるを得なかった。


「まーちょうどいい所にチョコ余ってるし、グラたんにあげるわ。私は別にお返しするつもりもないし? これを機会に、普段から仲良くしてる人に贈り物したら?」


 そんなことを言いながら、[アスモデウス]がメールを送ってくる。


「どうせ、普段から感謝の言葉を口にするのも難しいんだろうし?」

「母の日も父の日も敬老の日も勤労感謝の日も関係ないって感じだもんねぇ」

「いいねー! みんな喜ぶと思うよ!(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾♡」


「贈り物ねぇ……」


 有無を言わさず贈られてきた大量の――といっても二十かそこらだが――のチョコを受け取って。こうなると、処分にとりかかるしか道はないだろう。


『――はぁ……』






「あ、帰ってきた」

「おかえりー」


『グラたん、ありがとー。ちゃんとメール来たよー』

『顔真っ赤にしながら書いてたんだろうねぇ、って話してたとこだよ』


『なんて嫌な話してんだ、お前ら』


 人間のすることじゃねぇぞ。


 一人一人に向けて書いた送信メールの内容は、当分開くことはないだろう。

 ……あの黒歴史の山は、この先いつになったら埋もれてくれるのだろうか。


『それにしても――」


 一旦、別行動に入ってから戻ってくるまで。

 だいたい一時間ぐらいの間だとは思うけど、すでに何人かから返事のメールが届き始めていた。――もちろん、目の前の二人も含めて。


 一通目のメールを開こうとしたところで、新たに一通。

 二通目のメールを開くころには、さらに二通。


『……この返信率の高さは、なんと言えばいいんだろうな』

『いいじゃない。別に悪い事でもないんだしさ』


 中身も多種多様、それぞれで――


「ちゃんと言われたら素直に送るんだ。かーわいーww」(アスモデウス)

「チョコありがとねー。倍にして返したげる( *´艸`)」(ブエル)

「お前な……メールでツンデレ発揮しなくてもいいんだぞ?」(ベリアル)

「お疲れ様。君の雄姿はチョコと共に永久保存しておきます」(ダンタリオン)

「……ありがとうございます。まさか[グラシャ=ラボラス]さんからメールを頂くなんて……少し意外でした」(括木)


 ――などなど。


 こっちの事情を見越した上で返事を送って来る者、純粋に喜んでくれた者。

『珍しいことを』と驚く者、そっけない返事を返す者と、いろいろな人からの返事が送られてきた。


 そしてその中に――


『……え?』


 一瞬目を疑った。むしろバグか何かかと思って、一旦メール画面を閉じた。

 再び開くも、はっきりとリストにある“ЯU㏍∀(ルカ)”さんの名前。


 ……まさか、ЯU㏍∀(ルカ)さんから返事が来るなんて思ってもみなかった。

 いったいどんな返事が返ってきたのか、内心ワクワクしながら――


『――うわっ……』


『……? どしたの、グラたん』

『お礼に猛烈なラブコールでも届いた?』


『……あー……』


 どうコメントすればいいのか分からない。

 とりあえず見せた方が早いので、内容をコピペしてチャットに貼り付けてやる。


 …………


『あはは……。あー……『グラたん、レベル200!』みたいな?』

『……らしいと言えばらしいけどねぇ』


 メッセージの内容は簡潔に一行だった。


「ゴミ送りつけてんじゃねぇ。ぶっ殺すぞ」(ЯU㏍∀(ルカ)


 ……うん。慣れないことはするもんじゃないな。


『……この人にだけは送るのを止めとけばよかった……』

『でも、自分だけ除け者にされたと分かると怒りそうだよね』


 いったいどうしろというのか。


 ――2月14日。バレンタインデー。

 世の中には例外もいる、ということを再認識した一日だった。


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