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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

みっちゃん、ファイト!

作者: カレー大平

吾輩は帝である、名前はない。


転生時に喪くした


吾輩はいわゆるこの全国民戦闘国家における最重要人物であるが過去生ではそんなんでもなかったのである、ニートであった、付けくわえるならばおっさんでもあった、おっさんでニート、そのうえハゲていた、三重苦である。


そんな吾輩であったがなにがどうやら気まぐれに散歩でもするかと思い立ちこの身ひとつで外界にまろび出たのである、それが間違いだった。


太陽は眩しかった、しかしこの不可思議世界の太陽のように笑ってはいなかった、ここ「ホウライ」から見える太陽はいつも笑っておられる、ほとばしる笑顔が眩しい、気が狂いそうである。


そんなこんなで炎天下の中、セミが喚き、太鼓が響き、恋人たちが手をつなぎ、祭り囃子が聞こえてくる、盆祭りであった。クソァ!!!


はやくも挫折しそうになった吾輩であったが、このまま踵を返すのもやんぬるかなと気が乗らない歩みを無理に押し進めた。


ひとりさもしく屋台がならぶ喧騒の中をぶらりと歩き、りんご飴を大人買いして、射撃を外す少年どもを煽り、金魚の群れを金の力で殲滅した、すこぶるいい気分であった、おそらく過去世でも最盛期といっても過言ではなかった。


なんだかんだで気が良くなった吾輩はその勢いで神社に赴き、財布を逆さにしてその中身一切合財を供物にしてこう祈った。


「転生チート、美女ハーレム、酒池肉林、絢爛豪華!なにとぞ〜、なにとぞお頼み申しますぞ神さま仏さまメシアさま御先祖さま!」


二拍一例、鈴をこれでもかというほど鳴らし、ありとあらゆるなにかにこれを祈願したのであった。


ほんの冗談のつもりであった


負け惜しみなどではない、たしかに吾輩は過去世ではいわゆる負け組であり、世間様に笑われてナンボのような生き様を示してはいた。


が、そこに不満などはなかった、むしろ充実していた、十分であった。


職はなく、親しい者もいない、人に誇れるような特技も能力もなく知恵も回らぬ、容姿はおっさんの世界代表を務められるほどである、しかしそれで足りていたのである。


金があった


両親が残した遺産がこれでもかというほどあった、それを任せて堅実に運用してくれるようなコネも遺してくれた、気まぐれに資産を確認してみれば知らぬ間にどんどこ額が膨れ上がっていた。


金があれば大抵の欲はこと足りた


衣食住は言うまでもなく、あの巷には娯楽が満ち溢れ、働く必要がなく時間だけはこと持て余していた吾輩の隙間をぎゅうぎゅう詰めに押し込んでくれた。


気まぐれにはじめた仮想空間シミュレータで課金通貨をええじゃないかとばら撒いて、余った土地にコースを作りリアル大ミニ四駆なる矛盾したものを作らせ勝手に走らせたものを鑑賞し、パチンコ屋で無駄に玉を買い天井に届くまで積み上げてプロギャンブラーごっこをしたり、面白くない超大作RPGを全国から買い集めてひとりフリスビー大会を開いたりした。


こと性欲に関しては金は偉大であった


素人をわざわざ高い金を出して囲い込むような真似はしなかった、金のあるところには、それだけの金を必要とする、それだけの金をだす価値のある、スペシャルでブリリアントでマーベラスなお誘いがあった。


いわゆる大財閥の御令嬢の暇を持て余しての火遊び、

テレビで良く見るアイドルの点数稼ぎ、さらに美しくなるための資金稼ぎに献身するモデル、なんでも要求に応えてくれる年齢もあたかでない儚さのちらつく美少女。


銀行でひたすら積み上がる貯金額をパスポートとして客を選別し招待する上流御用達の特別な組織のようであった、具体的には知らぬ、藪をつつけばヘビが飛び出す。


吾輩は運が良かった


たとえ吾輩にとくに力も頭もなくても、偉大なる御先祖さまたちと尊敬すべき父上と母上が吾輩ひとりだけではありあまる全てを用意してくれていた。


吾輩は機嫌が良かった


それだけ全てが恵まれてありながら、神社で滑稽な願いを巫山戯て祈り、ただ金がないというだけで吾輩ほどの幸福をつかめない万民を茶化したことに。


吾輩はうかつだった


上を向いて歩き、足元をおろそかにしていた。


吾輩は不幸に遭った


そんなだから、野井戸に足をすべらせて落っこちてしまったのである。



吾輩が好んで読む物書きが言うに、いつ人は野井戸に足を踏み外してしまうかわからないという。


それはつまり人生における突如として起きる理不尽な出来事のメタファーのようなものだろうと思っていた。


だがしかし吾輩はまさに野井戸そのものに落っこちてしまった。


もちろん吾輩が住んでいた都に野井戸などはなかった、いまどきの都市のど真ん中に、そんなものはなかなかない。


それは突如吾輩の足元に出現したのである。


それに底はなく、吾輩はただひたすらなすがままに落ちていった。


いつまで経っても底が見える様子のないそれに吾輩は

いつしか恐怖を喪いまともに頭を働かせられるようになった。


一分、二分、まだ底につかない


一時間、ニ時間、なんだか変な余裕が出てきて携帯を懐から取り出し時間を確認した


一日、二日、それだけつづくにあたり頭が弱い吾輩でもさすがに事の可笑しさに気づいた


一月、二月、ここに至りようやくこれは地獄ではないかと思いついた、人が食べることも飲むこともなくここまで生きることなどできはしない、吾輩はいつの間にか死んだのだ、慣れはしたので寝ることはできていた、死んでなお眠るのだ



転生後、偶然同じ世界に転移した御同輩から聞くにあたり、そこは世界と、世界の狭間だという。


世界転移してしまうにあたり、それが故意でも、偶然でも、召喚だろうが転生だろうが、


必ず人はその狭間を通るのだという


それは人それぞれまっちろいひたすらに白い空間だったり、天国のようだったり、地獄のようだったり、はたまた野井戸のようだったり。


しかしてその狭間には必ずヌシのようなものがいるらしい。


それは得てして平均的な日本人の思い浮かぶような白ひげの神のようなものもおり、八つ足十手の化け物だったり、美女だったり、認識するのも危ういナニカだったり、


さまざまなモノがいるのだという


しかしそれらは得てしてみながみな、醜悪だという、

不可解だという、理不尽だという、そして人智の及ばぬ悪なのだと。


それらは人を殺したり壊したり食ったり潰したりするのがほとんどだという。


人などという些末なものは一蹴して終いらしい、無論殺されたり壊されたり食われたり潰されたりすればそこで終わりだ。


そんな限りない最悪を、世界を嘲笑う「異神」と俗称される得体のしれないそれを、なんとかくぐり抜けた者こそが「落ち人」になる。


よく軽文学において世界転移した主人公が途轍もない力をもっていたり知恵で全てをひっくり返したり精神性が気違っていたりするがそれも当然である。


得てして全ての「落ち人」は物語が始まる前に一番の最悪を通り抜けた後なのである。


そこにおいて力を開花させ命からがら逃げ延びた者、その特異性において興味を抱かせ見逃してもらったどころか余計な「種」を植え付けられて放流された者、危機におよびその異能が発揮して隠れ脱出した者。


それもまた様々なカタチではあるが最悪なる脅威からどうにか生き延びた者だけが「落ち人」になる。


「落ち人」とは全ての世界転移者から選別された、その存在が特異点のようなモノなのだろう、と御同輩はひとりごちていた。


かくして不幸にも最悪なる絶望なる井戸の底に堕ちてしまった「落ち人」は、生き延びてかくも異端甚だしいバケモノと成り果てて、


拍手、喝采、批難、蔑視、人とは決して本当の意味では分かり合えない存在になってしまうのである。



まぁ、それにもいくつか例外かあるのではあるが



かつてここ皇国神祇宮に墜落してきた108もの世界を転々としてきた世界転移のベテランとでもいうべき少年から教えてもらった話では、その世界に居場所がなくなった「落ち人」がさらに堕ちて集うありとあらゆる世界の底とでもいうべきところがあるらしい。


その町一つだけしかない世界には様々な世界から弾かれた落伍者が、一人いるだけでも生半可な世界をぶち壊すような「落ち人」がわんさかと、「落ち人」だけによる「落ち人」のためだけの最後の拠り所となる享楽世界、


日ごと誰かが気まぐれに作り出した巨大怪獣が暴れたりそのすぐ横で祭りが始まったり人が死んだり迎えに来た天使を殴り飛ばして強引に復活したりあまつさえ天界との最終決戦が始まったり、


色々と騒がしい世界のようである


収まるべきところに人は収まるのである


しかして吾輩も延々と井戸を落ち続け、終まってここ「ホウライ」におけるいと高き御方の御家庭に失敬爆誕したのである。



井戸の底にはなにもなかった



わたしが覚えているかぎり井戸の底には悪辣も、惨劇もなにもなかった


覚えているかぎりというのはわたしは井戸の底にどれだけいたか、いつ井戸の底についたのか、なぜ井戸の底から出れたのか、井戸の底になにがあったのかぼんやりとしか思い出せないからである。


おそらくはあまりに長い時間、井戸の中に居続けてしまったから、それはそれはひとつの世界が終わってしまうくらい長い間でもあの井戸の底にわたしはいたのではないだろうか、記憶が危うい



あの井戸の底のヌシは井戸そのものがそれなのではないだろうか



あれは、あの井戸の異界のヌシは、ただ落ちてきたものをそこに閉じこめて死を奪い、もがく様を見て嗤うのを愉しんでいただろうか


それともただひとりでいるのが寂しくてわたしを飲みこみそのままに捉えていたのか


決して異神などというわけのわからない悪辣叡智そのものについて理解しているわけではないから


むしろやっこさんこちらに接触してこないこと甚だしくわたしは井戸の中にただひたすらにいつづけていただけだから



わたしにはなにもわからない



あそこにはなにもなかったのだ、なにもない、わたしすらなかった、なにもないのがあのいどのそこのせかいのすべてである



そうして吾輩はここ戦闘国家「ホウライ」において第二の人生を歩むこととなったのである。


先ほど話した例外のうちのひとつがここ「ホウライ」である。


ホウライにおいてチート無双や智略謀略、キチガイ思想など異端視するに及ばぬ、なぜなら全国民気狂っておられるからだ。


怪鳥機がくれば畑仕事を放り出し竹槍を音速をもって撃ち出して、はたまた漁師が釣り竿で白鯨戦艦を釣り上げる、同士討ちなどしょっちゅうである、命は投げ捨てるものといわんばかりに闘いに繰り出して往く、ぽんぽん痛い。


そんな戦闘国家の帝を務めるだけあって吾輩のスペックは相当高いのである、ロボである、もはや目からオイルが流れそうである。


まぁロボといっても比喩的なそれであり血がオイルなわけでも骨が歯車でできているわけでもない、しかし顔はどう見てもガンダムである、身長10メートルである、目からビームが出る。ロボ…?ロボだよこれ!!!


吾輩は、ロボではない、帝である。


しかして、この無双のスペックをもってなんとかこの戦闘国家を治めているのである、まだまだ強くなれる、おそらく吾輩は伊達じゃない、アフロの少年がいつしか吾輩を最強の愛戦士にしてくれはずである、ロボじゃないよ!


そんな恐るべき力を持つ吾輩でも遠く及ばないほど隔絶した力を持つ存在がいくつかここホウライで暴れておられる。


ひとりでもひとつでもない、いくつかである、複数である。


ロボ並の膂力と耐久力、ロボ並の速度、ロボ並の武装を持つ吾輩を鼻歌まじりでぶん殴って軽く吹き飛ばすような輩どもである。


さすがに吾輩は帝であるから実際にそんな暴挙に出られたことはないが恐竜戦車をデコピンで弾き飛ばしていたので間違いなかろう。



皇国陸軍元帥「村正ふた葉」


怪力無双、神速乱舞、技量において隔絶しそこらにある木の棒で超合成アダマンヒヒイロカネを真っ二つにする獅子姫、大陸からのエネミーネーム「シンプルイズベスト」つまり単純に最強である


神祇省奉仕部侍従長「正宗シノ」


いつの間にか吾輩のそばにて寄り添いその足跡に死体を山のように積み上げていく見敵必殺のメイドさんである、本人いわく「閣下の御安寧を御守りさせていただいております」とのことだが大陸からの暗殺者だけでなく明らかにホウライの武士と思われる背格好の者だったと思わしき物体が中々多い割合で含まれているのだが吾輩嫌われているのであろうか。大陸からのエネミーネーム「メイドインヘヴン」言い得て妙である。


ホウライ仕置帖筆頭罪人「虎徹コロ」


出会うや否や、いの一番に素晴らしい笑顔で吾輩を唐竹割りにしようと殺りにきたホウライ史においても中々珍しいほどのキグルイ幼女である。ちなみに彼女は普通にじゃれついて遊んでもらおうとしただけらしく「みっちゃんの中に入り込んでパイルダーオンしたいんだよ〜」と性懲りもなく神祇宮に乗り込んできては器物破損や帝暗殺などの罪を重ねあげて仕置帖の賞金額を跳ねあげて帰っていく。「たくさん遊んだからつかれたんだよ〜、みっちゃんまたね〜」大陸にも遊びに行ってるらしく「メランコリーサーズデイ」などと呼ばれ恐れられているらしい。


かくして吾輩のまわりだけでもこれだけのビックリ人間がたむろしている、たまに会う輩も付け加えればもっと、会ったこともない者どもでも噂を聞くだけで甚だ頭痛が痛くなってくるのである。


つまるところ吾輩の愛すべき懐かしき日の本の国でのあの穏やかな日々はもはや帰ってこないのである。


諸君、気をつけたまえ、盆の祭りの最中に、軽虚にうかつなことを願ってはならぬ。


諸君らの足元にもいつ井戸の口が開くかわかったものではないのだから。

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