象徴と模擬戦闘
「武器?」
拓也は自分の腰に刺さっているレイピアを見る。
「主にはその形状から。私の場合は棍だけれど、この棍は『棒』に『硬貨』を埋め込んだような構造をしているの。『棒』は火の象徴。『硬貨』は土の象徴だから、私は西洋系の魔法では火と土を扱うってこと」
その話から拓也は考える。
「僕の場合はフェンシングのエペの形をしたレイピア……『剣』に皿……『杯』で風と水ってことになるのかな」
「おそらくはね。それで精霊と契約をする方法なんだけれど、これは人為的に呼び出す方法と、精霊から言葉をかけられる場合の二種類がある」
亜衣の言葉を引き継いで、ラクスも言う。
「ちなみに、人為的に呼び出した場合よりも精霊から言葉をかけられた場合の方がより強力な魔法を使えるようになるわね」
とはいっても、精霊から言葉をかけられるなんてあまりないことだけれどな、とリベラムは言った。
「ちなみに私の場合は、土に関しては精霊からだけれど、火に関しては召喚士の下に言って召喚して契約させてもらったよ」
亜衣が言った。
「僕は水に関しては精霊から言葉をかけられた……だけど、風はまだ使えないから、精霊を召喚してもらう方がいいのかな?」
「必ずしもそうする必要はないけどな。まずは水の魔法のバリエーションを増やすって選択もある」
リベラムが言った。
「それに、中国系やインド系の魔法だったら精霊を呼び出す必要はないからね。武器の形状にも左右されないし。だけど、これらはどちらかというと何かに性質を『付加』させる、っていう感じに使われることが多いんだ」
「ああ、付加系の魔法か。あれは主に『変化』と『循環』という考え方が基本になる」
「えっと、五行では互いに生み出す『相生』、うち滅ぼす『相剋(相克)』、侮る『相侮』、凌辱する『比和』、高め合う『相乗』。この五つだったかな」
拓也が言うと、リベラムとラクスは目を丸くした。
「よく知っているわね」
「調べてきましたからね。『現実世界』のほうで」
拓也がラクスに言うと、リベラムは感心したように「ほぅ」と呟いた。
「私は『投影世界』で初めて知ったけどね」
亜衣も拓也には驚いているようだ。
「じゃあ、それだけ分かっているんだったら十分だと思う。まずは、魔法の使い方に慣れようか」
「“火の精よ。大地を焼き払う箒となれ”」
「“水の精よ。地上から悪意を洗い流せ”」
亜衣と拓也の魔法が衝突する。すると、拓也の魔法が亜衣の魔法を押し切った。
亜衣はそれを躱した後で言う。
「って、火で水に勝つなんてかなり無理があるよ! 次、行くよ。“地の精よ。大地を砕き敵を地の底まで落とせ”」
亜衣の呪文の詠唱が終わるとすぐに、大地が割れ、拓也はその割れ目に落ちそうになる。拓也はとっさにレイピアを地面に突き刺すことで、何とか落下を防いだ。
(一回見たことがある魔法でよかった……)
拓也は冷や汗をかきつつも、再び詠唱する。
「“水の精よ。地上から悪意を洗い流せ”」
再び水が亜衣に襲い掛かるが、亜衣はそれを軽やかな動きで避けた。
(藤沢さんはずいぶんと身軽だな)
さすがダンス部、と拓也は驚きつつ、亜衣に向かって少し距離を縮める。
「“地の精よ。大地を砕き敵を地の底まで落とせ”」
再び先ほどと同じ魔法。拓也はやはり地面にレイピアを突き刺す。すると、亜衣はすぐに拓也に向かって接近を始めた。
拓也はやはり同じ魔法を使用する。そもそも、拓也はまだ二種類しか魔法を使えないのだ。
「“水の精よ。地上から悪意を洗い流せ”」
「“地の精よ。大地を砕き敵を地の底まで落とせ”」
迫る水に対して亜衣が放ったのは地割れの魔法だった。
(え?)
拓也は一瞬戸惑う。それでは拓也の魔法は迎撃できないはずだった。
しかし。
「い、いない!」
拓也の視界から亜衣が消え失せた。そのため、拓也は周りを見渡してしまう。
それによって大きな隙が生じてしまった。
「はい、終わり」
突然地面から現れた亜衣は、拓也の喉に棍の先を突きつける。
初めての模擬戦は、亜衣があっさりと勝利する形で終わった。
「地面の下、か……」
拓也がため息をつくと、亜衣はえへへ、といった様子で笑顔を見せた。
「あれは完全に亜衣の作戦勝ちだったよな」
二人の模擬戦闘を見守っていたリベラムが言う。
亜衣がやったことはとても単純なことだ。
まずは地割れを起こして、あえてその中に自分自身が飛び込む。その次に地面の表面の部分だけを元に戻して、亜衣本人はそこにできた空洞の中を通る。こうすれば、視界から消え失せたように見える。例え、拓也が地面の下にいることに気が付いても手出しはできないのだ。
そして最後に拓也の足下まで移動したら、その中から現れて棍の先を喉元に突きつければ良い。
「まあ地方によっては地面の中を移動する魔物もいるって話だから、警戒するにこしたことはないんだけどな。でも普通は魔物相手の時には警戒する必要はない。ただし、万一人間が相手になってしまった場合には用心するべきポイントだ」
リベラムが拓也にアドバイスする。
そんな訳で魔法による模擬戦闘はあっさりと亜衣の勝利に終わり、拓也はその後もリベラムとラクスにたっぷりとダメ出しされた。
「ねえ、藤沢さんは今までもこんな風に人間や、魔物とかと戦ったことがあるの?」
夕方になったので一度旅館に戻って休むことになり、拓也は旅館の一階、フロントの隣にあるソファに腰掛けながら、亜衣と話す。
「人間と戦ったことは正直初めてだったかな。魔物もないよ? ただ、普通の動物相手にだったら結構あるけどね」
とはいっても、魔物相手に戦うことなんて普通は滅多にないことなんだけれど、と亜衣は言った。
「聞いたところによると、魔物は平均的な人間よりもかなり魔力が強いみたいだからね。それこそ、討伐するには中隊一個犠牲にしてやっと倒せるみたい。もしくは、宮廷魔術師とかの少数精鋭部隊で倒すらしいの」
まあ後者の方法の方がより成功率が高いからその方法が採られることが多いみたいだけど、と亜衣は続ける。
「それって……僕たちじゃとても倒せないんじゃ……」
「あ、でも魔力的には不可能じゃないんだよ? 私たちオリジナルは知識と経験が浅いだけで、魔力量は常人よりもよっぽど多いんだから」
そのため、この世界ではオリジナルの人がそういった重要な役職についていることも多いらしい。とはいっても、オリジナルの存在そのものが稀であるため、どの国もそのことを隠しているとか。
「一つの国にオリジナルの人間が集中していることがばれたりしたら、それこそ戦争の火種になりかねないからね」
亜衣はさらっと恐ろしいことを言う。
「それじゃあ、僕たちがこのドリムト・レス王国にいることが他の国の人たちにばれたら、この国は危ないんじゃ……?」
拓也は考えつつ、言葉を漏らす。すると、亜衣はあっさりと言った。
「うん。大正解。多分、それこそ謎の組織や特殊部隊が誘拐に来る可能性があるわね」
「え……」
拓也は自分自身の置かれた立場に驚愕する。
「そんなこともあって、私たちオリジナルは強くなることが必須事項なのよ」
亜衣は声色を暗いものに変えて、さらに言った。
「そんな……」
拓也は声が震えそうになるのを抑えながら呟いた。
拓也は『臆病』だ。
今までに何度か戦闘というものに巻き込まれてはいるし、先ほどの亜衣との戦いでもきちんとやっていたので忘れそうになる。だが、そもそも彼は戦うということに関して積極的にはなれない。あくまでも彼は、自分自身が巻き込まれたから、しぶしぶといった感じにビクビク行動しているにすぎないのだ。
だから、自分自身が置かれている立場を知った拓也には、恐怖が襲い掛かってきた。
もしも亜衣が言ったように、オリジナルである亜衣や自分が狙われることがあったら。
その時に自分は、迷わず相手に立ち向かえるのか?
この腰にさしてあるレイピアを、その剣先を。
人間相手に向けることができるのか?
「藤沢さんは……」
拓也は静かに尋ねた。
「藤沢さんは、他の人間と戦うことに、その……抵抗はないの?」
その質問を受けた亜衣は、一瞬顔色を変えると下を向いてしまった。
「アタシは……」
亜衣がそこで一度言葉を詰まらせたので拓也は質問を撤回しようとするが、その前に亜衣が顔を上げて言葉を続けた。
「アタシは、もちろん抵抗があるよ。嫌に決まっているよ」
亜衣は何かを諦めたような表情になる。その姿は、あの屋上で話した時の彼女とどこか重なって見えた。
「いやだったよ。人間と戦うのも、魔物と戦うのも。だけど、『現実世界』であの人が来てからは、いや、やって来る少し前くらいだったかな。そのころから野生の動物に襲われることが多くなって……それで、自分の身に何か起こる前に強くならなきゃ、って思ったの」
亜衣の言う『あの人』とは、元父親のことだろう。
亜衣は続ける。
「だって、怖かったんだもん。もし自分が、自分では太刀打ちできない何かに襲われて、その時誰も助けに来てくれなかったら。そう、思うと……」
亜衣が再びその顔を俯かせると、そこで言葉が途切れてしまった。
「藤沢さん」
拓也は言葉を選びながら、慎重に言った。
「藤沢さんが、今まで『投影世界』でどのようにしてきたのか僕は知らないし、『現実世界』でのことも、僕は藤沢さんではないから、本当に聞いたことしか知らないし、ほとんど藤沢さんのこと分かってないけれど」
だけど、と拓也は言った。
「少なくとも、僕の知っている藤沢さんは強いよ。学校でも僕なんかよりずっと多くの人に囲まれているし、みんなからの人気もあるし、明るいし。僕なんて、友達はいるけれどそんなに多くはないし、どちらかと言えば暗い性格だし。だから、みんなの中心に立つことのできる藤沢さんは、強いよ。きっと、藤沢さんが思っているよりも」
拓也のような、おとなしく、クラスの中でいつも隅っこにいる人間にとって、亜衣のようにクラスの中心にいる人間は憧れなのだ。
自分にはできないことをやってのける。周りの人を時に笑わせ、時に元気づけ、さらにはクラスの雰囲気すら、その人一人がきっかけとなって変わってしまう。そんな、クラスメイトにとっては大黒柱とも言える存在である彼女のような人は。
「だからさ、本当に主観的で、自分勝手な言葉かもしれないけれど。でも、藤沢さんならこの『投影世界』でもうまくやっていけるんじゃないかと思うんだ。僕よりも、ずっと。だって、実際に精霊を呼び出してもらっていたり、この世界の情報をいろいろ集めていたりしていたじゃないか。僕の場合は、獣に襲われたときにたまたま通りかかったリベラムが助けてくれただけだからさ。僕一人では、何もできなかった」
滝川拓也の人間としてのスペックは、特に優れたものではない。
成績は悪くはないが、かといって特筆するほど抜き出ているわけではない。学区内三番手の夕霧北高校の中でも、学年順位で上の下、といったところである。
運動も、文化部部員としては平均的だが運動部部員と比べればはるかに劣る。
その他、何か他人に誇れるような特技があるわけでもない。彼の特徴としては、さしずめ図書委員の誰よりも読書を好むということくらいである。
逆に、亜衣は優れた人格を持つ人間だと言っても良い。
拓也が言ったように、彼女は周りの人々にとっての中心人物となることができる。放っているオーラがそもそも違う。それは小説に出てくる学園のアイドルとまではいかないが、彼女は他の人を惹きつける力があった。
こうしてみると、二人はどこまでも対照的なようにも見える。しかし、あのビルの屋上での一件から今までにあったことを通じて拓也は、亜衣も自分と同じように、特定の対象に対して臆病になることが分かっていた。
だから、拓也には彼女の気持ちを完全に分かることはできなくとも、少し推測することくらいはできた。今彼女にかけるべき言葉を、選ぶことができたのだ。
拓也は、自分の理想ばかりを語ることはしない。
ありきたりの慰めの言葉ばかりを並べるわけでもない。
彼女が今までにやってきたこと、拓也が見てきたことや感じてきたことを、事実として述べる。それこそが、今の亜衣の心を苦しみから解き放つ鍵になると思ったのだ。
だから。
「藤沢さんがやってきたことを、僕は少しだけだけど、本当に少ししか知らないけれど、それでも僕は思っているよ。藤沢さんは、強いよ」
拓也の声は、亜衣に届く。
特に飾られていないその言葉は、彼女の心に届く。




