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Trace Heart  作者: nozomu
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亜衣からの情報、図書委員の先輩

 拓也は目を覚ますと、そこが現実の世界の自分の部屋であることを確認した。

「はあ、よかった……」

 二回も危険な状況に会って無事でいられたことが奇跡のように思えた。

 いつも通りに拓也は身支度を整え、朝食を食べて学校へと向かう。

 夢の中でも一日中動き回っていたはずなのに、不自然なほどに疲れがなかった。どうやら、肉体的なものは現実世界と投影世界では共有されないようだ。

 学校に近づいてきたころに、拓也は後ろから声をかけられた。

「おはよう、滝川君」

 振り向くと、自転車を引っ張りながら亜衣が歩いている。昨日よりは元気になったその姿を見て、拓也は安心した。

「藤沢さん、おはよう。その……どう?」

 様々なことが含まれた拓也のその台詞に対して、亜衣は「大丈夫。ありがと」と返した。

「昨日の()はさ……大変だったよねー」

 亜衣は数学の授業のことを話しているみたいに言う。「うん」と拓也も相槌を打った。

 その後、亜衣が友達に話しかけられたので、彼女は「また後で」と言って自分の友達の方へと行ってしまった。

「おい、拓也。今のはどういうことだ」

 突然後ろから聞こえた、親友のいつもよりも野太い声に拓也はビクゥ! と体を飛び上がらせる。

「一部から保護対象にされていること以外に女子と接点のほとんどないお前が、朝からあの美少女の藤沢さんに声をかけられているとはどういうことだ。それも一言だけではなくいくつかの言葉をかけられていたではないか!」

 瞬は自分にはあり得ないイベントが親友に発生したことが気に食わないらしく、険しい表情をしたまま声を大きくしていく。

「そんなこと言われてもなあ……」

 拓也ははあ、とため息をついた。

「っていうか、そんなに気になるなら自分から話しかけに行けばいいのに」

「それができたら苦労しねえよ! 俺が女子とまともに話をできるのは画面の中だけなんだ。……くそう」

 瞬もまた、ため息をついた。




 その日の昼休み、拓也はいつものように瞬とそのオタク友達である辻川陵太の三人で弁当を食べた。この二人は趣味が共通していて仲がいいものの、拓也の前では二人だけの話にならないように気を付けている。そのためにあまりその方面の話にはならず、昨晩のバラエティ番組だとか他の生徒と大差ないような話をしている。人づきあいが得意とは言えない拓也にとってはとてもありがたい人物である……のだが。

 今日の会話の話題は違った。

「おい、拓也。瞬から聞いたが、お前朝にあの藤沢さんと仲良さそうにしていたらしいな」

 二人は先ほどからその話ばかりである。

「陵太までどうして瞬と同じことを聞くのだろう……」

 拓也は呟くのだが、陵太はさらに話を聞き出そうとする。

「どうしてってお前、この学年の中でも人気の美少女なんだぞ藤沢さんは! すでにこの二か月で二、三人が告白してフラれているって噂まであるのに……」

(一か月に一人以上のペースなんだ。すごいな藤沢さんは……)

 亜衣の人気ぶりに驚く拓也に、陵太の話は続く。

「しかし真面目な話、本当に可愛いよな。藤沢さん」

「どこが真面目な話なんだよ。確かに本当のことだけどさ」

 この学校に入学してこのクラスができて、しばらく経ってみんなが慣れてきた時、彼女のことはよく男子の話題になっていた。さすがに皆が慣れてきたこの六月にはそういう話は下火になったが、それでも男子の人気は変わらないどころかむしろ上がっている。

 ほっそりとした、スレンダーな体型。ふんわりとした感じの、茶色いショートヘア。そしてなにより、整った、可愛い顔立ち。

 それに加えて性格は明るく快活、友達思いで人の面倒見がいい。人気者という枠に自然と収まるためのあらゆる素質を、完璧と言っても過言ではないほどに備えている。

 それほどの美少女なのだ。

「おい、脱線しかかっているぞ。元は拓也が藤沢さんとどうして朝に仲良さそうに会話していたかということであって」

 瞬が言った。

「おう、そうだった。拓也も仲がいいなら俺たちを紹介してくれてもいいのに」

「別に仲がいいってわけじゃないんだけど……」

しつこい追及が面倒くさくなってきた拓也は陵太の話を流しつつ、横目でちらりと教室の中心に陣取っている大きな女子グループの中にいる亜衣を盗み見た。

 彼女はいつも通り、人の輪の中心で楽しそうに会話をしていた。

 だが彼女が時折複雑そうな表情をするのを拓也は見逃さなかった。




 拓也は食べ終えた弁当箱を廊下のロッカーにしまったところで、亜衣に話しかけられた。

「あの世界のことだけどさ。アタシが分かっていることだけでも伝えておこうと思って……これから、何があるか分からないし」

「あ、うん。お願い」

 拓也は頷くと、あまり使われていない他の教室に二人で入ってから亜衣の説明を聞くことにした。

「世界観のことは大体わかっているみたいだったから……もう少し、魔法のことについて説明するね」

 人の心から生み出されているあの世界では、魔法に関してもこちらの世界の伝説や神話が絡むことが多いらしいので、そのあたりが参考になるようだ。

「まずは、属性のことから話すけど、いい?」

 拓也は頷いた。

「大前提として、属性は三種類の分け方があるの」

 中国で生まれた、五行。

 インドで生まれた、五大。

 ヨーロッパで生まれた、五大元素。

 これら三種類が複雑に絡み合い、影響しあっているらしい。

「基本的にはこの十五の属性に基づいて発動するの。とはいっても、属性はどれか一つという訳ではないし、三種類それぞれで同じような性質を持つ属性もあるかな」

 亜衣は続ける。

 例えば、拓也が亜衣を助けるときに使った魔法は、ヨーロッパの思想が元になった『水』の魔法だ。ヨーロッパの魔法は基本的に『精霊』の力を借りることで発動する。

「ヨーロッパの五大元素に基づいた魔法の長所は“扱いやすさ”にあるの。インドの五大の場合は抽象的な『性質』がそれぞれにあるし、中国の五行の場合にはそれぞれの『性質』に加えて互いの『相性』が非常に重要になる。だけど、五大元素にはそれがない」

 簡単に言えば、五大元素はその効果が極めてシンプルなのだ。『火』の属性を使えば火を扱えるし、『水』の属性を使えば水を操れる。

 だけど、便利なことばかりではない。

「その代わり、五大元素を使うには自分の持つ魔力――スタミナみたいなものって考えればいいかな――をその分消費しなければならない。魔力を精霊にささげることでその力を借りることができるの。簡単に言えば、楽に扱える代わりに自分から支払う分も多いってこと」

 拓也はなるほど、と頷く。

「簡単に使えるけど、それほどたくさんは使用できないって解釈でいいのかな」

「うん。それでいいと思うよ」



 亜衣の話が一段落したところで、二人は静かになった。なぜなら、あと話すことと言えば亜衣が抱えている問題のことだけだからだ。

 亜衣が言う。

「それで昨日の話では、『オリジナルの世界で自分に近い場所にいる人々の心が投影されている事象に接触した時、それが原因だと分かる』とかリベラムは言っていたよね。まあ、もう一つの『オリジナルから来た人間は常に直感的に分かる』というよりは現実味があると思うかな」

 もっとも不確かな情報ばかりなので、それが外れだった時の場合も考えなければならないが。

「うーん。じゃあ、とりあえず動き回って藤沢さんがその事象に接触するのを待つしかないのかなあ」

 初手からいきなり難題が持ち上がってしまった。

 しかし、そこで昼休みが終了間際になっていることに拓也が気づき、二人は急いで教室へと向かう。




 午後は二人とも普通に授業を受け、何事もなく放課後になった。

「拓也。今日も放課後に図書委員があるだろ。行こうぜ」

 そう言った瞬に拓也は「うん」と返事をすると、鞄を持って立ち上がった。亜衣はすでにダンス部の仲間と練習に行ってしまっているようだ。

 二人は適当に雑談をしながら図書室までの廊下を歩いていく。

 図書室にたどり着き、瞬がその扉を開けて入る。拓也もそれに続く。すると、

「たーきがーわくん♪」

 拓也に思い切り飛びついて地面から低い場所にあるその頭をがっちりとホールドする女子生徒が一名、突然現れた。

「ひゃっ!? や、やめてくださいよ白山先輩!」

 白山美奈。図書委員に所属する二年生である。

 大の可愛いもの好きで、拓也のことを愛でている女子の一人だ。さらに、本人曰く「可愛いものだったらロリショタ含めて大歓迎よ♪」と、本人公認の変態。

 この人物がこの夕霧北高校二年生文系の中でも成績上位に入る秀才であり、さらに美人でもあるというのだから世の中は非常に不思議である。

「あー、いつも癒されるな~。滝川君って髪の毛サラサラ、お肌はスベスベ。身長もちょうどいいしね~」

 美奈は拓也をじっくりと弄ぶ。いじられているときに彼女の女性的な魅力あふれる体の部位が色々と当たり、拓也は顔を赤くした。

 しかし、拓也が顔を赤くすると美奈はさらに拓也をいじくり回す。悪循環に拓也はどっぷりとはまってしまうのだが、これはいつものことだ。

 瞬にしてもはじめのころは止めに入っていたものの、少しずつ慣れてきてしまっているためあまり積極的に割り込んで止めてはくれなくなってしまっていた。またか、とか、お前も大変だな、といった感じの表情をするばかりである。

 拓也はなんとか体をひねって美奈の腕から脱出した。

「う~、もう少し癒されたいのにぃ」

「お願いですからやめてくださいお願いします」

 拓也は彼女に向かって頭を下げると、再び捕まえられる前に図書室内にいる委員長(安全圏)の近くへと急ぐ。

「滝川君はいつも早いよね。他の人にも見習ってほしいくらい」

 委員長は拓也のことを可愛がりはするが、それはあくまでも後輩としての扱いであり、他の女子たちがするような扱いはしない。拓也にとっては、図書委員の中では数少ない貴重なオアシスだ。

「委員長が早すぎるだけの気がすると思いますけど~。そもそも、まだ今は掃除当番の人は絶対に来られない時間だし~」

 美奈が図書室の入り口付近から中へと入ってきた。

「まあ、そうだけど。それで、白山さんはまた滝川君に対してやっていたの? いつものアレ」

「そうですよ~」

 美奈は悪びれることなく言った。

「ごめんね滝川君。いつも美奈が……」

「いえ……気にすることないですよ。委員長は」

 拓也は笑顔で答える。

「拓也君。わたしは~?」

「白山先輩は気にしてください……」

 だが美奈はうなだれる拓也を見るとさらに保護欲がかき立てられるようで、様子が少しずつおかしくなっている。拓也がさらに委員長の後ろへ下がったとき、瞬をはじめとした他の図書委員のメンバーが次々と図書室の中に入ってきた。

 一通り図書委員が席に着くと、それを確認した委員長が言った。

「じゃあ、全員集まったみたいだし……本日の図書委員会の活動を始めたいと思います」

 その言葉で美奈も拓也に近づこうとするのをやめ、図書委員としての姿になる。

 拓也もそれに集中することにした。




 委員長のおかげで前日とは違って会議は順調に進み、拓也たち図書委員は読書強化週間の最終日にあるクイズラリーの表彰やその関連の事柄を決めて行った。

「では、今日の図書委員の活動はここまでとします」

 委員長のその一言で、図書委員たちが鞄をつかんで図書室のドアからぞろぞろと列をなして出て行く。拓也も瞬とともにその行列に加わって、図書室から出て昇降口へと向かった。

 拓也と瞬は途中まで一緒に帰っていた。いつもは瞬が自転車なので、帰り道が同じ方向でも先に帰ってしまうのだが、今日はパンクしたらしく、自転車を引いて拓也の隣に並んで歩いている。

「拓也、コンビニ寄っていかないか? 最近暑くなってきたし、アイスとかどうよ?」

 瞬のその言葉に拓也も賛成して一緒に高校の帰り道にあるコンビニに入る。亜衣と屋上で出会った、あのビルの一階にあるコンビニだ。

 あれはまだ昨日のことなんだなあ、と拓也は思う。実のところ、もうすでに四、五日は過ぎているのではないか、というような感覚がするのだ。

 コンビニを出た二人は、アイスを口にしながら他愛ない話をして歩いていく。しばらくすると、いつもの交差点で拓也は瞬と別れた。

 拓也は一人でいつもの道を歩く。

 そのまま家に帰ろうか、とも思ったが、ふと思いついて少し遠回りをすることにした。

 拓也は市立図書館に入る。

 これから、毎晩起こることに備えておこうと思ったのだ。できれば戦わずにすむような魔法が欲しいし……、とも思っていた。

 参考にするのは、亜衣が言っていた通り世界の神話や伝説が載っている本だ。

 亜衣が言っていた五大元素と五行と五大。そのページをめくる。

「まずは……一番簡単に扱えるって言っていた、五大元素からかな」

 五大元素。空気・風、火、水、土、エーテルの五つの元素。

 それぞれに象徴となるものと、精霊がいるらしい。例えば、拓也が扱った『水』の象徴は『杯』だ。

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