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Trace Heart  作者: nozomu
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逆転への秘策

 迫りくる光の剣に対して、それよりも早く拓也が呪文の詠唱を終えた。

「“水の精よ。地上から悪意を洗い流せ”」

 それは光の剣を押し返すためではない。幾重にも別れた水流が押し流したのは、ポールを始めとするミリタリスの人々だ。

 仲間が周囲にある木々で打撲しかねない回避方法であったが、それでもやはりマシであったと思える。なぜなら、その剣が切り裂いた地面を中心として爆発が起きたからだ。

 ドォ! という轟音と共に発生した衝撃波を各自がやり過ごすと、再び攻撃が仕掛けられた。

「この程度であるか」

 しかし男は、時には火の玉を躱し、飛んでくる矢を剣で消し飛ばし、剣を振りかぶって来る兵士や槍を突き出してくる敵を軽々と吹き飛ばしていく。

 しかし、その男の攻撃の合間を縫って水の槍が突き出された。回転してその威力を高めている三又槍は、男の剣と拮抗する。

 以前ではありえなかったことだが、『風』を混ぜることによってその威力を増強しているのだ。あるいは、『現実世界』での行動の結果、男の力が弱まっているのかもしれない。

「亜衣さん!」

 拓也は敵の剣を地面に押し付けるようにして、その男の体勢を少しだけ崩した。

「了解!」

 武器を押さえつけられた男に向かって、炎を噴き出している棍を持った亜衣とイフリートが突撃する。

 男は反対の手にもう一本光の剣を創り出すと、炎を切り裂いてイフリートの拳を受け流した。

(受け流した、のか)

 男が自分に光の剣を向けようとするのを確認した拓也は、もう一本の剣を押さえつけるのをやめて後ろに跳びながらその剣を弾く。そして、さらに高速移動用の支援魔法を発動して一気に距離を開いた。

(以前見たあの光剣の出力だったら、イフリートの拳を切り裂くことくらいはできたはず……双剣にしたことで、手数が増えた代わりに一本当たりの出力が落ちたのかもしれない)

 拓也は冷静に分析する。

 光の剣の射的圏内から逃れた彼は、亜衣や他のミリタリスと戦っている男を見据える。するとその時、後ろで大きな音がした。

 振り向くと、そこには巨大な岩の人間が立っていた。恐らくは、テッラの魔法で作られたゴーレムであろう。以前見たミノタウロス討伐の時の物とは大きさこそ同じであるが、その質は格が違うことが感じられた。

「戦い続けて! いつかは消耗が限界に達するはずです!」

 その拳が振り下ろされると、男は光剣でそれに拮抗した。腕が爆砕されるが、男の上からは大量の岩塊が降り注ぐ。

 光剣がいくつかの岩を吹き飛ばすが、全ては無理だと悟ったのか、光の壁を展開した。しかし、その後ろからフルンティングを持ったセベリアが突撃する。彼は振り向きざまに放たれた光剣を飛び上がって回避すると、一気にその懐へ飛び込もうとする。

 フルンティングを中心に血のような色の剣が新たに形成され、男の光剣と交わる。光剣は血の剣を斬りとばすが、セベリアは身をひねって避けた。再形成された血の剣が放たれ、しかしもう一本の光剣に防がれる。

 剣の実力ではセベリアが上であった。だが、剣の質はエーテル使いの方が上だ。

 その二人の激戦の隙間を縫うように剣や槍が繰り出されるが、エーテル使いは二本の剣でそれらを全て防ぎ、時には攻めにすら転じる。亜衣や拓也も棍を振り槍を突き出すが、やはり防がれた。

 それは、森の中にぽつんとできた野原の中心に立つ巨木、というべきか。あるいは、ただっぴろい大海原にたった一つだけ頭を見せている岩礁と言うべきか。

 拓也の眼にその男は、どこか孤独にさえ見えた。

 だが孤高な男は一度地面に左手の剣を振り下ろすと、形を保っていた光を爆散させる。

「“地の精よ。大地を砕き敵を地の底まで落とせ”」

 すぐに亜衣が魔法を詠唱すると地面が沈むが、近くにいた人は回避できずに吹き飛ばされる。

 しかし、次の言葉を聞いた時、拓也と亜衣の表情が絶望に染まった。

「“空よ。その力を束ね、わが手に収めよ。その力は天からの授かりもの。その意味は全てを浄化する力……”」

 それは長い詠唱だった。そして、聞き覚えのあるものだった。

「全軍、突撃!」

 詠唱を防ぐために討伐隊の全員が突撃するが、しかしやはり光の壁に遮られる。

「くそ……」

 拓也がトリアイナを光の壁に叩き付けた時だった。

「“……その鉄槌を!”」

 詠唱の終了と共に、上空に莫大な光が発生する。

 天からの鉄槌が迫る。各々で防御を取るが、土や火の壁ではあまりにももろすぎる。

「“水の精よ。その流れに乗せ我らを運べ!”」

 拓也は高速移動用の支援魔法を放つと、できる限りの人を遠くに無理矢理押し出した。その直後。


 ゴォ! という轟音と共に、辺り一帯が光の柱に吹き飛ばされる。


「ウンディーネ!」

 拓也は水の精霊の名前を呼ぶ。せめて、少しでも助けが得られるように。

 すると、足元にある水が上昇して水の膜を張った。拓也の防御魔法に比べれば貧弱なものであるが、それでもないよりはやはりましだ。

 拓也は吹き飛ばされるが、それでも地面を転がっても気絶することはなかった。

 相手の力が弱まっているし、自分も魔力の使い方がうまくなっている。

 しかし被害は甚大だった。何より、爆発の時に生じた土煙で周囲を見ることができない。

 さらには、拓也は立ち上がろうとして気が付いた。

「痛っ……!」

 足首をひねったのか、あまりうまく立てない。回復魔法も、習ったのは切り傷や擦り傷などの外傷を治すものだけだ。

 それでも拓也は立ち上がる。

(相手との実力が、違いすぎる……)

 次第に視界が晴れてくると、遠くでテッラが立ち上がっているのが見えた。他にも、セベリアが剣を地面に突き立てて体を起こすのが見える。

 しかし、それでも当初の半分以上が戦闘不能に陥っていた。

「拓也、君……」

「亜衣さん!」

 ふと近くで聞こえた声に、拓也は思わず敵に背中を見せて振り向いた。

 亜衣もあまりけがは追っていないようだが、拓也よりも布面積が少ない恰好をしているためか擦り傷が多い。

「“命の泉より湧き出でる水よ。その慈悲により刃の痕を癒せ”」

 拓也の魔法によって、亜衣の体が癒される。

「大丈夫?」

「うん、何とか……」

 亜衣は棍を支えにして立ち上がった。

「あの一撃で、かなりやられちゃったね」

「うん。まさか数日でまた使えるとはね……」

 拓也が呟いた。

「だめだ。弱気になっちゃ、その心が投影されるかもしれない。少し強気なくらいで……」

「うん」

「……投影?」

 その言葉に、拓也は今更ながら引っかかった。

「どうしたの?」

「“水の精よ。地上から悪意を洗い流せ”」

 拓也は相手に牽制として水流を放つと、その周囲を回るようにそれを制御する。

 相手はそれをつまらなそうに見ているが、一応注意は逸らしたので良しとした。

「この『投影世界』は人々の恐怖などが投影された世界。そう説明されたよね?」

「うん?」

「それが間違っていたら?」

 すると、亜衣が首を横に振った。

「だとしても、どうしてあんなにタイミングよく騒動が起こるの? それに、私は白昼夢を見たんだよ?」

 確かに、亜衣の言う通りではある。

 しかし、拓也が指摘したのはそこではない。

「違う……投影されているのは、人々の負の感情なんかじゃないんだ。あらゆる人の心なんだ。今生きている僕たちから、過去に生きていた人々まで」

 拓也は風によって威力を増強した水流を放つ。その反動で、亜衣と共に回避をするためだ。攻撃のためではない。

「僕があの時精霊と契約できたのも、そういうことなんだよ。亜衣さんを助けるための力が欲しいと願った。打算とか、そういうものなしに心から思ったから、だからすぐに効果が表れた」

「……恥ずかしいこと、言うね」

 亜衣がその棍の先から炎を放ちつつも、頬を朱に染めていた。別に、拓也だって恥ずかしくない訳ではない。実際、体が火照ってインフルエンザにでもかかったような気分だった。

「で、つまり?」

「勝てる。そう信じない限り、勝てはしない。そして……」

 そして拓也は、話の核心を言う。

「そもそも、僕たちは本当に騎士だったの? 棍使いだったの?」

 その言葉に、亜衣は虚を突かれたような表情になった。

 そう、あのレイピアに気が付いたのは、拓也が自分の姿を騎士のようだ、と認識してからだった。聞けば、亜衣も背中にいつの間にか背負っていた物を、感触からメイスなどの武器ではないか、と想像してからその姿を実際に見たのだという。

 つまり、最初に持った認識が、この武器に投影されていたのだ。

「だけどそれって、難しいよ」

 亜衣は言った。

「確かに、私たちの認識を変えればその心は投影されるのかもしれない。だけど、私たちにはすでに、その思い込みが染みついている」

「分かっているよ」

 拓也は言った。

「それでも、やらなきゃいけないんだ」

「……うん」

 亜衣は、その言葉に力強く頷いた。

 そして、二人は目を閉じる。

(僕のイメージ。心の中を最も占めて居るもの)

 拓也が思い浮かぶのは、自分の家、学校の教室と図書室、そして図書館と書店。

(私のイメージ。私が最もなじんでいるもの)

 亜衣の心に現れるのは、自分の家、今頑張っている母親、遠くで頑張っている父親、ダンス部とその仲間。

 その時、二人の体から魔力があふれ出た。

「……いける?」

「当然!」

 二人は、最後の勝利に向かって飛び出す。

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