謁見
「突然呼び出したりしてすみませんね」
それが、王宮にある彼女の部屋に呼び出された三人を迎えたテッラの最初の言葉だった。
彼女の部屋には多くの書物があった。恐らくは魔法に関する資料なのだろうな、と拓也は考える。
「それで、私たちを呼び出したのはどうしてですか?」
亜衣がテッラに尋ねた。彼女はどこか、その宮廷魔術師を警戒しているようにも見える。
「あなたたちなら知っているのじゃないかと思って。昨日の午後、いや夕方に――莫大な魔力が検知されたの。それも四大属性の火、水、風、土のいずれにも属さない上に、五行を用いた属性でもない魔力をね」
その言葉に、彼らは顔を見合わせる。
あの時いたのは城下町から外れた場所であるはずだ。にもかかわらず、検知できたのはさすが宮廷魔術師といったところだろうか。
「エーテルを操る男と戦闘になりました」
リベラムは言うが、彼女は予想通りといった表情であった。
「その男は、自分があのミノタウロスをけしかけた、と言っていました」
「なるほどね」
拓也の補足に、彼女は三人に紅茶を出しながら呟く。
「それで、最終的にはどうなったの?」
「……なす術もなくやられました」
亜衣が悔しそうに言う。
「最初の光の矢のような魔法は防ぐことができたんですけれど、その後に来た光の剣による攻撃には歯が立たなくて。そして最後の光の柱のような攻撃であっさりと意識を奪われました」
「オリジナルが二人もいるのに……驚異的としか言いようがないわね」
そう口では言いながら、彼女は驚いているのかも分からない、淡々とした声だった。
「それで、そもそもどうしてあなたたちはエーテルの男と戦おうとしたのかしら?」
「『現実世界』での問題を解決するためです」
テッラの問いに、拓也は即答した。
「ミノタウロス討伐に参加したのも、それが理由です」
「『投影世界』で行動を起こすことにより、その結果を『現実世界』に反映しようとした……というわけね?」
「はい。それで、『アルテミスの弓矢』を使ってその男を突き止めたんです」
「そう。あの道具を使えるなんて、やっぱり魔力量は豊富なようね」
テッラはそこまで聞くと、少しの間目を閉じた。
そして、再び目を開くとはっきりと言った。
「決めたわ。二日後にエーテル使いの男に対して討伐隊を編成。元凶の男を討伐、可能ならば捕獲します。私は今から、トリス様とミリタリスの大尉に伝えてくるわ」
三人はその言葉に驚く。
「きょ、協力してくれるのですか?」
拓也たちにとっては嬉しい誤算だ。しかし、自分たちの事情に付き合わせてしまっても良いのか、という思いもあった。
しかし、テッラは言った。
「エーテル使いはその存在すら架空に近いものなのよ。それが発見された時点で、私たちは体を張ってでも確かめに行かなくてはならないわ」
それに、あなたたちにはミノタウロス討伐戦での借りもありますからね、と彼女は付け加えた。
ついてきない、という彼女に従うままに三人はその後を追う。
「ここよ」
テッラは、一つの大きく豪華な扉の前で立ち止まった。
「この二つ先の扉の後に、トリス様がいらっしゃいます」
つまり、ここは王様の部屋ということである。
三人は驚くが、テッラは慣れた様子で使用人に王様との緊急の面会の約束を取り付けさせた。
「あと、二十分もすれば面会ができるそうよ。少しの間だけ、待っていてくださいね」
三人は自分たちが正装を身に着けていないことも忘れて、ただ急展開に驚きながら待っていた。
拓也、亜衣、リベラムの三人は緊張していた。
何しろ国王様との謁見なのだ。特に拓也と亜衣は『現実世界』ではありえないことにあるため、『投影世界』での作法だとかは右も左も分からない状態である。
「そんなに緊張しなくてもいいわよ。トリス様は寛大なお方だから」
テッラはそう言ってくれたが、それでも彼らは心もとない感じで視線をあちこちに動かしていた。
しばらくすると、使いの者がやってきて謁見が始まることとなった。
「では、いくわよ」
躊躇いなく扉を開いて王様の部屋に入っていくテッラであるが、その後ろについて行く拓也たちはビクビクといった様子であった。
「トリス様。テッラ=アース、参上いたしました。後ろにいる少年が滝川拓也、少女が藤沢亜衣、ユーモ族の青年がリベラム=フリードです」
彼女は礼儀正しく、しかしどこか親しげな様子で国王に挨拶をする。
そして、彼らは初めて王様とご対面をした。
「ようこそ、おいでくださった。異界の少年少女よ」
トリスは柔らかな声で言った。外見は厳格さが漂っているが、その表情は穏やかなものである。
(そういえば、歴代の中でも穏健派って言っていたっけ)
拓也はそんなことを思い出しながら、思わず王様の顔をまじまじと見つめてしまう。
「どうか、そんなに緊張なさらないでいただきたい。長い話になるでしょうから、そこの椅子に腰を下ろしてお話いたしましょう」
彼らは用意された椅子を見る。
思わず「これって、博物館の展示品とかじゃないの……?」と思ってしまうような、ふわふわとした赤いクッションに加えて金の彫刻などが入った椅子であった。
失礼します、と彼らはびくびくしながら、落ち着きなくその椅子に腰を掛ける。
テッラを除く全員が腰かけると、会議が始まった。彼女は宮廷に雇われている身であるからか、立ったままである。
「まずは、お礼を述べさせていただきたい。わが国のミノタウロス討伐にお力添えをしていただき、誠に感謝いたします」
トリスはそう言って、三人に頭を下げた。
王様に頭を下げられた三人は一瞬呆けてしまったが、すぐに慌てたように叫んだ。
「い、いえ、そのですね!」
「あれは私たちの目的でもあったわけで……頭を上げてください!」
拓也と亜衣は、当然ながらこのような時の応対の方法など全く知らない。
「いや、一度の討伐でミノタウロスを倒し……それも倒したばかりではなく、あの短時間で被害も最小限と言っても良いほど。断言しよう。あなた方の功績はこの国の歴史に永遠に刻まれるものです」
その言葉に、彼らは顔を見合わせた。そこには当然ながら喜びが見られたが……同時に、複雑さもあった。
この世界に来てまだ十日と日が経っていないのだ。そのような素人によって国の問題が解決されたとなれば、王国の威信に関わるはずである。
しかし、今までにあった人たちは全くそのようなそぶりを見せなかった。オリジナルというのは、それだけ特別な存在であるということであろうか。
「突然の呼び出しで申し訳ないのだが、私たちから何かの形で礼をしたいと思っている。聞けば、ミノタウロスのことを最初に報告したのはあなたたちだとか」
トリスが話を続ける。
「お礼だなんて、そんな」
「あなた方は謙遜されていらっしゃるようですが、あなた方がいなければどれほどの被害が広がっていたことか」
彼は説明を始める。
そもそもこの国の人にとっては常識となっていたらしいのだが、この城下町にはよほどのことがない限り魔物には侵入できないような結界が張られているのだという。
しかし、以前ラクスとリベラムにも説明されたように、魔物とは魔法を使える動植物のことを指すため、ミノタウロスのような『凶暴だけれども魔力がない=魔物ではない』生き物に対しては反応しないのだ。
それならばそういった動物たちも侵入できないような結界を作れば良いのではないか、とも拓也たちは思うのだがそんなに簡単にはいかなかった。そのような魔法は過去の文献を調べたり、あるいは魔導士が開発するために研究を重ねているものの、未だにこの世界においては確認されたことがないらしいのだ。
「まあ、実はどこかの国が開発に成功はしているものの、その技術を独占するために事実を伏せている、という話もあるのですけれどね」
テッラが付け加える。
「魔物は魔力があるから、魔力を持つ存在に対応するような結界をつくり、例外として人間を指定すれば良いのだけど、ミノタウロスのような生き物には効果がない……だから、あなたたちが報告してくれたことは本当に貴重な情報だったのよ」
ロウ上官もそのおかげで被害報告を受けてからの対応がスムーズに進んだと言っていたのよ、とテッラは言った。
「だから、素直にトリス様からのお礼を受け取っていただきたいと思うわ」
三人としては、何だか困ってしまう。
「私の権力でできることならば、できる限りのことはやると約束しよう」
トリスにもそう言われると、何だか黙っていることも悪い気がした。
だから、拓也は言った。
「では……僕たちに、魔法を教えてくれませんか?」
「「拓也(君)!?」」
その言葉に、亜衣とリベラムの二人が驚いたような言葉を出す。
「僕たちにも、目的があります。先ほど、テッラさんとその目的について話をさせていただいたところなので」
拓也はそう言って、テッラの方を向く。彼女は、頷くとトリスに言った。
「トリス様……彼らは、エーテル使いと遭遇したそうなのです。その男は先日のミノタウロスの一件の元凶でもあり、そして彼らは、その男を倒すことを目標として掲げているとのことです」
「エーテル使いだと……!?」
トリスが、落ち着きを払いながらも驚いたような言葉を漏らす。
「信じられないような話だとは思われるでしょうが、事実昨日の夕方ごろ、この城下町の近郊で莫大な魔力が感知されたのです。それも、火、水、風、土のいずれにも属さない属性でした」
「まさか、伝説の存在が関わっていたのか……」
トリスが珍しく、苦虫を食い潰したような表情をする。だが、すぐに威厳あふれる表情に変わった。
「目標を討伐、あるいは確保すること……テッラ=アース。ミリタリスに協力を仰ぎ、速やかにエーテル使いを討伐、可能ならば捕縛するように」
トリスの言葉に、四人は深く頭を下げた。
こうして、再び討伐会議が開かれることとなった。
「では、エーテル使い討伐に対しての会議を始めます」
前回と同様に、この作戦の指揮を執るのはミリタリスの大尉のようであった。
本来ならば数日間をあけてから会議を始めるのであるが、敵が敵であるためにこの日の夕方から作戦会議を始めるらしい。
しかも、作戦会議はミノタウロス討伐の時のように一回では終わらせず、調査部隊を送った後に再び作戦会議を開くとのことだった。
「……このように、現在主に確認されている攻撃手段は三種類です。一つ目の光の矢に関しては、薄い水の膜でも防げる程度の威力の弱いものです。問題は次の二つになります。二つ目は光の剣。そして三つ目は光の柱です」
彼はそこまで言ってから、会議場を一度見渡した。
全員が緊張感を抱きながら、彼の説明を聞いている。
「では具体的な作戦方法に移ります」
そう言うと、彼の後ろに張られていた白い布に突如模様が描かれた。
(あれは……砂?)
よく見ると、作戦会議上の隅に座っているテッラから少しだけ黄色い光が発している。恐らく、彼女が魔法を使っているのであろう。
作戦は大まかに言うと次のようなものであった。
まず、スピードに特化した魔法使たちが波状攻撃の如く先制攻撃をしかける。そして、その直後に火力の高い魔法使たちが、効果範囲が低くとも貫通力に特化した攻撃をしかける。
その後は敵に魔法の詠唱の隙を与えないように攻撃を続ける。要するに、極力あの詠唱時間のかかる魔法は使わせないようにすることが最大の方針となったようだ。
さらに細かな注意事項などを決めて行ったら、作戦会議は終了した。
討伐は明後日である。




