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Trace Heart  作者: nozomu
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兄妹と武器と

 エーテルについての知識を一通り叩き込んだところで、二人は図書館近くの料理店で適当に昼食を取った。

「そういえば、拓也君の家ってどんな感じなの? 兄弟とかは?」

 カルボナーラを食べている亜衣が訊く。

 え? と思ったが、亜衣の家庭の事情をなし崩し的に知ってしまっているため、彼女もそういうことは気になるのだろう。

 自分と比べて、一般的な、平和な家の日常を。

「僕の家は両親と妹で計四人。まあ、普通の核家族かな」

「へー、妹がいるんだ。私一人っ子だから羨ましいなあ、そういうの。いくつ?」

「十一歳。小六だよ」

 生意気盛りだけどね、と拓也は苦笑気味に言葉を返す。

 亜衣はどうやら、一人っ子でいることが寂しいようだ。母が彼女を産んでから一度離婚して、その後に結婚した相手――つまり亜衣の今の父親だが、仕事が忙しい上に現在は単身赴任で家を空けているのだから、仕方がないことなのかもしれない。

「兄妹、ね……」

 亜衣は呟いた。

「亜衣さんは弟や妹とかいたら、いいお姉さんになりそうだよね。普段からクラスの人の面倒見とかもいいし」

 拓也は海鮮スパゲッティを口に運びながらそう言った。

 実際、亜衣がクラスの中で人気者である理由の一つが、彼女のお姉さん的なキャラであると拓也は思う。

 基本的にはしっかりものであるため、他の人に頼られることが多い。同級生の中でも活発で、それでいてリーダーシップが強いタイプだ。

「うーん、面倒見がいいかは分からないけれど、弟や妹は欲しいかなー。というか、拓也君の方こそいいお兄ちゃんになりそうだよね」

 亜衣は言った。

 この少年なら、妹にはかなり甘そうな気がする。

 拓也は、そうかな、と言葉を返す。少し照れているようで、その様子がなんとなく可愛らしく亜衣には見えた。

「しかし、妹ね……そういうのは、関係あるのかな?」

 亜衣が呟いた言葉に、拓也は思わず聞き返した。

「え?」

「だから、そういう家族の心もどこかで投影されているんでしょ? あの世界では。だったら、妹さんの心も何か分かったりしてね」

 同じ町に住んでいる私の家族があそこで投影されているのだったら、割と近くにありそうだし、と言う亜衣。

 確かに、兄としては気になるかもしれない、と思う拓也であった。

「うん。あの男の人を倒したら、探してみようかな」

「難しそうだけどねー」

 亜衣はそう言って笑った。少しは余裕ができたのか、それともあえてそのようにふるまっているのか……どちらかと言えば後者だろうと、拓也は予想する。

「それで、拓也君のトリアイナ、だっけ?」

 彼女は『投影世界』での戦いに話を戻した。

 せめて単純なぶつかり合いだけでも、あの男に拮抗するだけの力を入手すること。それを第一目標に固めたからだ。

 今の所拓也の切り札と言えるものがトリアイナであり、海神ポセイドンの象徴たるそれを使うことで、通常の攻撃よりも威力を増強することができる。

「うん」

 ポセイドンは、トリアイナを使って容易く嵐や津波を引き起こし、大陸をも沈ませる。その上、万物を木端微塵に砕き、山脈を真っ二つに引き裂いて河の通り道を造ったり、山々と大地を深く切り抜いて海中へと投げて島を造ったこともある。

 さすがにそこまでの力は拓也にはないが、大地に大きな溝を掘るほどの激流を発生させる魔法は修得した。となれば、『水』とは異なる拓也のもう一つの魔力の適性である『風』を磨いて、嵐を起こすような魔法を考えるべきだろうと彼は考えていた。

「まあ、あくまで自分の心、イメージを『投影』できるか、という話だから」

「じゃあ、私は火か土関連の人でも調べてみようかな」

 亜衣は今の所、三種類の魔法しか習得していない。後から来た拓也は四種類を習得しているので、今は手数を増やしたいようだった。

「拓也君がギリシア神話のポセイドンから魔法を生み出したのだったら、私もギリシア神話から探してみるね」

「うん」

 彼らは昼食を終えると、再び図書館に戻る。

 火を中心に探してみると、すぐに見つかった。

「ヘーパイストス。ゼウスとヘーラーの息子で炎と鍛冶を司る神、だって」

 古くは雷と火山の神であったらしいが、エピメーテウスの妻となった美女パンドーラー、ゼウスの盾アイギス、ゼウスの雷、自分で歩くことのできる真鍮の三脚器、アポロンとアルテミスの矢、「アキレウスの盾」を含むアキレウスの武具一式、青銅の巨人タロース、ヘラクレスがステュムパーリデスの鳥退治の際に使った青銅の鉦などを作っている。

「武器か……亜衣さんは既に火の適性だけじゃなくて土にも適性があるから、ぴったりじゃないかな?」

 ……まあ、ただでさえ魔力量が豊富なオリジナルである亜衣が自らの手で神々の武器なんてものを作り出せるようになったら、向かうところ敵なしであろう。

「それに、武器を創り出さなくても雷と火山を操れるってことだよね。拓也君がやったみたいに」

「自分の認識の『投影』だと思っているからね。僕は」

 宗教における偶像崇拝に近いかもなあ、などと拓也は考えた。拓也がトリアイナを生み出したのは、そういうことなのだ。

 神話に登場する――古人の描いたものと似たようなものをつくることで、その力の一端を宿らせたのである。 また、「同じものを持っている自分は同じことができる」という意識さえも生み出し、投影することができるのだ。

 これが拓也の考案した方法の大きなメリット。

 ある程度基本的な魔法のコントロールができるようになれば、それを元に新たな魔法を次々と生み出すことができる。

 基礎ができれば応用が自由自在に効く。それも、かなり幅広い領域で、だ。

「じゃあ、私も認識を少しずつ変えて行かないとね」

 亜衣はそう言ってほほ笑んだ。




 その夜、拓也はその日に学んだことを復習してから床に就いた。

 しかし、しばらくの間は目の前が真っ暗だった。

(まさか、本当に……)

 死んだのか、と思いかけた時声が聞こえた。

「……くや君。拓……ん」

 声が聞こえただけではない。誰かに体をゆすられている。

 それに、この声はよく知っている。

「亜衣……さん?」

 そう呟くと同時に、次第に意識がはっきりとしてきた。暗くぼやけていた視界が明るくはっきりとしたものになっていき、そしてその直後視界を亜衣の顔が覆い尽くした。

「大丈夫!? 怪我とかは?」

 彼女は切迫したように、拓也の顔を覗き込みながら体を揺さぶる。

「少し体の節々が痛いけれど、そこまでではないよ。あと、その……」

 拓也はそこまで言って、そして少しためらった後に言葉をつづけた。

「顔が、近い」

 その言葉を聞いた亜衣は一瞬固まり、そして自分たちの体勢を理解すると、目に見えるほど顔を真っ赤にした。言葉にした拓也にしても、顔が耳まで赤くなっている。

「「ご、ごめん……あっ」」

 亜衣は離れるが、二人の言葉がかぶってしまいさらに顔を赤らめた。

 二人は恥ずかしさのあまり、そのまま黙ってしまう。

「拓也、亜衣!」

 その時、亜衣の後方から声がした。

「リベラム!」

 二人は体格の良い男がこちらへ走ってきているのを確認する。

「おう、大丈夫だったか。安心したぜ」

 彼はそう言った。

 しかし、彼らは大丈夫とは言ってもその服はかなり汚れたり裂かれたり、場所によっては焼かれたような跡さえ見受けられる。その上、リベラムの武器である斧は完全に砕かれていた。完全に無事だったのは、拓也と亜衣の武器、そして『アルテミスの弓矢』である。

「あの男は?」

「どこかに消えたみたい」

 亜衣は念のために捜索魔法を使用するが、その有効圏内にあの男の姿は見受けられないようだった。

 早朝の朝焼けに照らされる中で、彼らは一度街に戻る。

「……そう。エーテルを」

 ラクスと出会った喫茶店に行くと、彼女は既にそこで待っていた。待ち合わせをしていたのだ。

「厄介なんてレベルじゃないわね。下手したら国の軍隊が丸ごと一つ潰れるのと引き換えで勝てるかどうか、といった相手なのよ?」

 エーテルという属性は世界の半分のようなものだし、と言うラクス。

 光と闇。確かにそう考えると、光を自在に操るあれはある意味において世界の半分を手に収めていると言っても差支えないかもしれない。

「まあ、さすがにオーバーすぎるかしら。そもそも、相手は人間なんでしょ? 精霊とかじゃなくて」

 人間や魔物には魔力の許容量というものがあり、個人差はあるにしろこれにはどうしても限界が存在するのだという。

「魔物の場合は普通の人間よりも許容量が多いけれど、それを本能的に扱うために複雑な効果を持つ魔法は扱えない。人間は複雑な魔法を組み立てるだけの頭脳があるけれど、どんな人であれその魔力には限界があるはず」

 恐らく、その男の光剣はかなり燃費が悪いはずだ、と彼女は言った。実際男と戦ったのは十分にも満たないので、拓也たちには分からなかったが。

 しかし、その光剣にまるで歯が立たずに一撃で自分たちの魔法を吹き飛ばされてしまったのは事実だ。それなら、いくら魔法を使おうと相手の消費は少ないだろう。

「あとはあの光の矢による遠距離攻撃だけれど、それに対しては問題ないな」

「うん。僕の水膜でも防げたくらいだからね」

 拓也のあの魔法はどちらかと言えば『固く防ぐ』というよりも『柔らかく受け止める』という表現に近く、そのため同じ水属性や流体である空気の動きからなる風属性の攻撃には強い。しかし、面で受け止めるような物理攻撃はなんとかなるが矢のような一点集中の攻撃には弱いという特徴がある。もっとも、水には密度の高い魔力が練り込まれているため普通の剣や槍だったら大丈夫なのだが、そこそこの実力者になると土からつくった矢などで突き破れるようになる、ということが分かっていた。

「光だから、屈折率が空気よりも高い水で霧散したのかもしれないし」

「……で、問題なのは最後の光の柱なのね」

 鉄槌、と男は呪文の最期に行っていたが、その名にふさわしい姿と威力を見せ付けたあの一撃。それさえなんとかすれば、あとは魔力量で恐らく勝るであろう拓也と亜衣で相手を倒すことができるはずだ。

「正確には、あの一撃で受けたのは余波なんだよね。直撃したわけじゃないし」

 亜衣が恐ろしい事実を言う。

 確かに、あの光の柱は彼らには直撃していなかった。隕石が落ちた時の映像のように、落下した莫大なエネルギーがもたらした余波、その衝撃によって周囲の地面は荒れ果てていたのだ。

 直撃したら、どのような結果がもたらされるのか……ただ、悲惨なものになることだけははっきりしていた。

「あの魔法の詠唱をするときには、光の壁のようなものを展開していた。あの男も、攻撃の手を休めて集中しなければならない、ということだ」

 唯一はっきりしている欠点。

「だったら、あの光剣に対抗するだけの技を身に着けて、その魔法を使おうとさせる」

「そして、相手の防御を突き破って、魔法が発動される前に倒す」

 拓也と亜衣が口々に言う。

 すると、そこに一人の男が訪ねてきた。

「この間のミノタウロス討伐に参加された、タキガワタクヤ、フジサワアイ、リベラム=フリードでいいか?」

 その男は鎧を着ており、そしてその鎧にはドリムト・レス王国の国旗が入っていた。どうやらミリタリスのようだ。

「おう。騎士様がなんの御用だ?」

 リベラムは騎士に対してぞんざいな口調だった。

 拓也たちがミノタウロスのことを報告した時には何もしなかったのに、自国に被害が出てからようやく重い腰を上げたことに怒っているのかもしれない。

 しかし、騎士から出てきた言葉は意外なものだった。

「――宮廷魔術師のテッラ=アース様が、オリジナルである二人と話をされたいそうだ」

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