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Trace Heart  作者: nozomu
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空との衝突

「あと、どのくらい!?」

 拓也が走りながら叫ぶ。

『アルテミスの弓矢』によって放たれた矢、その軌跡である光の筋をたどりながら、拓也、亜衣、リベラムの三人は走っていた。

「多分、あと三百メートルとか? 二分と立たずに戦闘になるから、注意して!」

 亜衣が言った。どうやら、弓矢を使った本人である彼女には矢の行き先が分かるらしい。

「ったく、案外と近いな? 街からそう遠くはないとは思っていたが、まさかここまでとは……」

 リベラムが舌を鳴らす。その時だった。

頭上から、光の矢が降り注ぐ。

「“水の精よ。守るべきものをその慈悲に満ちた恵みで包め”」

 だが、それらが彼らに到達するよりも早く拓也の魔法が発動する。周囲から水が沸き起こると、それは瞬く間にドーム状に彼らを包み込んですべての矢を防いだ。

「遠距離攻撃だな。だったら、こちらも挨拶を返すべきか?」

 リベラムがその斧を構える。

「“風の精よ。わが剣となりて敵を切り裂け”」

 斧を中心に、巨大な風の刃が形成され、鎌鼬が飛んで行く。それらは、炎の矢を吹き散らした。

「私も。“火の精よ。大地を焼き払う箒となれ”」

 彼女の棍の先から炎が噴き出す。

「“水の精を通じて海の神に請う。その力の象徴をこの手に握らせ、母なる海の恵みと怒りを”」

 拓也の手に、レイピアを核として三又銛が出現する。

「“水の精よ。地上から悪意を洗い流せ”」

 拓也の目の前から水が吹き出し、それが一度空に消えて行った。しかし、その後少し離れた場所から急流のような音がする。

『悪意』という言葉の通り、この魔法は『目の前の敵』を対象とするのではなく、『拓也が敵と仮想したもの』に対して攻撃する性質がある。そのため、ある程度近くにいるとわかれば、そして周囲に人が少なければ発動ができるというメリットが存在するのだった。

 もっとも、応用性が大きい代わりに威力が少ない。魔力の消費量に見合ってないのだ。

「いたぞ!」

 一人の男を発見した。

 二人から攻撃を受けたのにもかかわらず、ユーモ族の男の表情には余裕が見られる。

「“水の精よ。海神の銛の爪痕をたどり、その地を切り開き河と成せ”!」

 拓也はすぐに魔法を発動した。激流が男へと迫る。

 対し、男も呪文を紡いだ。

「“空よ。我の手に聖なる剣を”」

 男の右手から彼の身長と同じ一八〇センチサイズの光る剣が発生し、それは激流を一薙ぎで払った。

「光……それは属性攻撃じゃないの?」

 その魔法を見た亜衣が呟く。あの光を見て一瞬火属性かとも思ったのだが、どうやら火属性の使い手である彼女からすれば違うらしい。

 実際によく見てみれば、それは炎とは異なり単なる光の粒子でできているようである。しかも、その男は四大属性の象徴である杖、杯、短剣、円盤及びそれに準ずるものを何も持っていなかった。

「いや、属性攻撃ではあるぞ」

 男は言う。

「しかし、『アルテミスの弓矢』とはまた大層なものまで用意したものだな。そこまでミノタウロスをけしかけた私を倒したいのか?」

 その言葉で、三人は彼が一連の事件の犯人であることを知った。

「ふむ。まあ、よい。この『空』属性、エーテルの力をもって倒させてもらう」

「何!?」

 空属性。エーテル。

 それは確か、その存在があるだけで歴史を揺るがすほどの希少属性だったはずだ。

「何を驚いている? むしろそのくらいの実力がなければ、ミノタウロスを使い魔にすることなどできるわけがなかろう」

 男は余裕を持った態度を崩さない。

「“火の精よ。大地を焼き払う箒となれ”」

 亜衣が呪文を紡ぐと、その棍の先から炎が噴き出した。

「“水の精よ。地上から悪意を洗い流せ”!」

 拓也も魔法を発動し、しかし攻撃するのではなく相手の周囲を塞ぐように水流を操った。退路を断つためだ。

「“風の精よ。わが剣となり敵を切り裂け”!」

 リベラムもその斧に風を纏わせると、鎌鼬を放った。

 だが、三人の同時攻撃を見ても、男は少しも動じなかった。

「甘い」

 その一言と共に光剣が横に振るわれる。

 拓也たちの攻撃が一瞬で薙ぎ払われ、そして爆発が起きた。

 衝撃波によって三人は後方へと吹き飛ばされる。

「ふむ。少々威力が強すぎたか」

 男は呟いた。

「あれで少々って……」

 三人がその力に驚愕する。対し、男は右手の剣を空へと向けた。

「“空よ。その力を束ね、わが手に収めよ。その力は天からの授かりもの。その意味は全てを浄化する力……”」

 長い詠唱だった。

「詠唱を止めて!」

 亜衣の言葉と共に三人は突撃するが、光の壁のようなものが現れたために、それを突破するのに大きく時間を割かれてしまう。

「“……その鉄槌を!”」

 詠唱が終わると同時に、莫大な光の柱が空から墜落した。

 そして、三人の意識が暗転した。




 拓也が目を覚ますと、そこは見慣れている白い天井――『現実世界』での自分の部屋であった。

「負けた……」

 呟くと、徐々に敗北感が拓也自身の体を支配していった。

 目が覚める前、『投影世界』において拓也は床にはつかなかった。空属性・エーテルを操る男の一撃によって強制的に意識を奪われたために、そのまま『現実世界』に戻ってきたのだった。

 まるで歯が立たなかった。あの一撃を受けた『投影世界』での自分の肉体はどうなっているのだろうか……。

 そう考えるだけで、拓也の背筋に寒いものが走る。

 怖い。

 その思いが体の中を暴れ出す。

「……いちゃん」

 女の子の声が聞こえた気がする。亜衣? 違う? 分からない。頭の中が恐怖で混乱して――

「お兄ちゃん!」

「わあ!?」

 思わぬ大声に、拓也はベッドから跳び上がるようにして起きた。

「な、何だ?」

 拓也がそう言って振り返ると、そこには不思議そうな表情で自分を見つめる妹の姿があった。

「もう。起きているみたいなのに、いくら声をかけても返事しないんだもん。どうかしちゃったかと思ったよ」

 まったく、返事くらいしてよね、と静菜は文句を言った。

「あ、うん。ごめん」

 拓也はそれだけ言うと、さっさと着替えて朝食を口に流し込むように食べてしまう。

 『投影世界』に行ってから五日目が終了し、戦いは佳境に入っていた。『現実世界』との繋がりも確認でき、ようやく最後が見えてきた。

しかし、ここで思わぬ相手が現れた。

 エーテル。

 拓也はもう一度その単語を調べ直す。この日は土曜日だったので、十分な時間があった。

 古人のほとんどの説においては、その元素は宇宙にあり、天体の構成要素であったり、永遠に回転し続けているものであったり、はたまた宇宙を満たしているものであったりする。そして『光は波である』という説が打ち出されると、その媒介物質がエーテルなのではないかとか、あるいは電磁波の媒介物質なのではないか、と言われるようになった。

「やっぱり、あの剣は光なんだ」

 つまり、あの男は光や電磁波を自由自在に操るということである。

 拓也はそのことについて考えた。

「光や、電磁波……」

 その使い道は非常に多い。

 あの男がやったように、純粋に光を収束させれば矢や剣を生み出せるし、その気になれば電子レンジのように物体を過熱させることもできるだろう。また、敵の遠距離攻撃は矢であったが、レーザーのように発射してくることもあるかもしれない。

 目下の問題はあの光剣である。馬鹿げた、と言わずにはいられないあの威力をどうにかしない限りには、拓也たちは勝利をつかめないだろう。最後に放たれたあの一撃は確かに強力であったが、最初から使用せずに残しておいた辺り、魔力の消費が激しいか、詠唱に時間がかかるかのどちらかであると拓也は考える。

「とりあえず、亜衣さんと話さないと」

 拓也は携帯電話を取り出すと、先に亜衣からメールが届いていた。内容は『今日会うことができるか』というもの。

 拓也は二つ返事で了承し、昼前に学校近くの図書館の学習室で会うこととなった。




 夕霧北高校の近くにある図書館は、拓也が住んでいる街にある図書館の中で最も大きい。単に蔵書数が多いと言うだけではなく、学習室などの設備や視聴覚教材なども豊富である。

 その中にある小さな定員数四人の学習室で、拓也と亜衣は数々の本を広げていた。その内容は、どれもが古代ギリシャなどに関わる……五大元素『エーテル』に関するものだった。

「まず、調べたところによると……とりあえず、四大元素の延長としての第五元素のエーテル。そのことに焦点を絞った方が良さそうだね」

 拓也は提案する。

「古代ギリシャの説とアリストテレスの説によって、違いが出ているから」

 古代ギリシャの説においては、エーテルは大気の上層、雲や月の領域、あるいはゼウスの支配する領域を意味する言葉として用いられたらしい。

「うん」

 亜衣が頷いた。

「リベラムたちもあくまでも五大元素の一つとして扱っていたからそれでいいんじゃないかな」

 一方で、アリストテレスの四元素説では、それぞれの元素に固有の場所があるとされ、このため『土』と『水』がその自然な場所である下へと引かれ、『火』と『空気』が上へと昇るとされたが、彼は存在しないものが存在することはないという考えから、虚空(真空)の存在を認めず、それに基づく原子論も否定した。

 しかし、それでは宇宙……天について説明ができない。

 そこで、恒星や惑星、その天上の第五の元素にエーテルが割り当てられた。元素にはそれぞれ固有の性質があるとされるため、エーテルは天体の動きに見られるように、変形せず永遠に回転し続ける性質をもつとされた。

「で、次はデカルト……種類が多いなあ」

 亜衣が面倒くさそうに呟く。

 デカルトも、やはり真空の存在を認めていなかった。物質の粒子の間をうめる『微細な物質』を想定し、その動きもしくは働きによって光が伝達されるとした。また近接作用のみを認めたデカルトは、流動し渦巻くこの物質にのって惑星が運動していると考えた。

「やっぱり、どれも空気の上にある存在……宇宙にある元素として考えられたんだね」

 地球から外に出た宇宙は真空……そんなことが常識となっている拓也たちにとってはそのような意味がよく分からない。そもそも、光が波であると同時に粒子であるということが一般に知られていて、高校の物理で学習せずとも本やテレビで情報を入手できる彼らにとっては、そのような考えが理解できないのだった。

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