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Trace Heart  作者: nozomu
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悪夢と日常、クラスメイトの美少女

 皆さんは夢を見るだろうか。

 夢、というと大きく分けて、将来への願望と寝るときにぼんやりと浮かぶものの二つがあるわけだが、ここでは後者の意味で考えてもらいたい。

 毎日のように見るけど内容は忘れてしまった、と言う人も、そんなものここ数年間見た覚えがない、と言う人もいるであろう。もっとも、本来は誰でも夢は眠っているときに見るものであり「見てない」と言う人は単に思い出せないだけらしいのだが、一般人にとってはさほど重要なことではないだろう。

 さて。どこの町にもありそうな、いたって普通の高校、夕霧北高校に通う一人の少年、滝川拓也も最近は夜に夢を見ていた。それも、毎日のように似たような場所にいる夢を。

「はあ、はあ……」

 昼の気温に反して涼しげなこの夜には、大量の汗を流しながら目覚めた。

「あ、危なかった……ぐすっ」

 ひどい夢だった。

 夢の中で一人寂しげに暗い森の中に迷いこんでいるというのはRPGのゲームならよくありそうなシーンであるが、実際に体験してみると、それは寂しく心細いものでしかないものであることを身に染みて体験させられた。しかも、結構リアルな感じがするのだ。さらに奇妙なことに自分が正常な思考をして行動しているような、まるで現実世界にいるかのような感覚までするので余計に現実感があった。

 ただでさえ怖がりな性格の拓也にとってはそれだけでも十分に泣き出してしまいそうな状況である。しかも今日はそれに加えて、得体のしれない化物に追いかけられるというオマケまでついてきた。そのため、高校一年生にもなるのに夢の内容に怖がって涙を流してしまったことに気づいた拓也は、顔が熱くなるのを感じる。

「やっぱり僕って怖がりで泣き虫だよね……」

 はあ、とため息をつくと時計の針が五時四十分を指していることに気がつく。

 いつもよりも一時間近く早いけれど……あれ? 最近はこんなことばかりだから、むしろこれがいつも通りなのかな……? などと考えながら、先ほどの夢で眠ることにすら恐怖を覚えてしまった拓也は、ゆっくりとその体を起こす。

 自分の部屋を出て洗面所で顔を洗い、リビングの椅子に座ると部屋の壁にあるカレンダーに目が止まった。

「はあ、せっかく高校生活にも慣れてきたと思ったのになあ。なんでこんな怖い夢を毎日見なきゃならないんだろ」

 そう呟くと、本日二度目のため息をついた。




 滝川拓也が通う公立の夕霧北高校は学力で言えば学区内三番手、毎年難関国公立大学、私立大学への進学者が、『少しではあるがある程度の人数は出る』くらいの実力を持つ、至って普通の高校である。

 今は六月の上旬。この高校では第一週にある体育祭を終えて、あまり運動が得意とは言えない拓也はほっとしているところだった。

 しかし、体育祭を終えたにも関わらず、日常はむしろ所属している図書委員会が『読書強化週間』だのを例年通り実施しているのでいつもより忙しかった。おまけに今年は例年より多く、三週間にもわたって行われるらしい。

「それでは、本日の定例会を始めます。まず、連絡があります。前回の定例会で決められた図書館クイズですが……」

 放課後の図書室に、図書委員長である女子生徒の声が響く。

 委員会では、一年生は基本的に上級生の手伝いである。この高校の図書委員会がどのような仕事をやっていて、どのようにやればいいのかなど今年入ったばかりの新入生たちに分かるわけがない。

 他の一年生と同じように拓也も、上級生の説明を聞いて覚えていくのだ。

「では、今日は前回決められたチームに分かれて話し合いをします。統括班はわたし……委員長を中心に、広報班は副委員長を、展示班は班長の所に集まってください」

 委員長からそう言われて、図書委員たちはそれぞれ自分の所属している班の場所に集まっていく。ちなみに拓也及び同じクラスの図書委員、田村瞬は展示班である。

「はあ、なんで三週間もやらなきゃいけないんだよ。一週間で十分だろうが……。そもそも読書と言ったら秋だろ。しかも、なんで六月にやるんだ……来週は今週末発売の『こい♪うた2』(ギャルゲー)に集中したかったのに」

 見た目がさわやかスポーツマンであることに反して実際は二次元に埋もれた生活をしている瞬は、ぶつぶつと文句を言いながらゆっくりとパイプ椅子から立ち上がり、移動を始める。そして、拓也もそれに続いていく。

「地味に大変だよね。せっかく体育祭も終わったと思ったのになあ……はあ」

 瞬の言葉を聞いて、拓也も同意しつつ今日何度目になるかわからないため息をつく。

「お前までため息をつかないでくれよ。その童顔でしょんぼりとした顔をしてため息をついたところで、女子たちの母性をくすぐるだけだぞ。ほら、今も何人かの女子の先輩たちが目を輝かせているぞ」

 瞬が指さした先にはわずかにではあるが顔を赤くして目を輝かせ、ハアハアと息を荒げている先輩(変態)たちの姿があった。

「背は低いとはいえ一応一五六センチあるのだから、そこまで幼くは見えないと思うんだけどなあ……」

 拓也はつぶやくように言う。

「でも、少なくとも男子高校生の平均よりはずっと下だろ。それに顔だよ、その童顔だ」

 親友にはっきりと自分のコンプレックスを言われてしまった拓也はがっくり、とうなだれる。

 夢の中では大変でも現実の日常はいつも通りらしい、と拓也はこのときは思っていた。

 この日の帰りまでは。




「あー、疲れた。なんか無駄に会議が長引いていた気がするなあ」

 もっとも、疲れているのは最近見ている夢に大きな原因があると思うけど。

そんなことを考えながら、拓也は夕焼けに染まる帰り道をとぼとぼと歩いていた。

 会議はあの後、保護欲や母性をかき立てられた女子(変態)たちが使い物にならなくなったために滞り、男子及びなんとか耐え忍んだ委員長など数名の女子だけで続けていかなければならなくなってしまった。

 拓也は歩いていくうちに、時々帰り道に立ち寄っているコンビニに着いた。ここのコンビニは他のコンビニよりも置いてある本が少し多く、本が好きでよく立ち読みをする拓也にとってはお気に入りの店の一つである。

 ちなみにこのコンビニは、少し古い造りではあるが高いビルの一階になっているのだが、拓也はそのビルの入り口(コンビニになっている部分の隣)の前に自転車が止まっていることに気が付いた。

 ビルの入り口の前に自転車が止まっているのが不自然なのではない。そのステッカーに書かれていることから読み取れるのが、自分と同じ学校、同じクラスの人間であることが不自然なのだ。

 確かに拓也は徒歩通学だから、距離から考えたら拓也と同じ道を使って通学している生徒がいても何ら不思議はない。しかし拓也の知る限り、ここのビルで、しかも駐輪場でもなく玄関の前に置いてあることが拓也には不自然に思えた。

 自転車のステッカーに書かれているHR&出席番号は、『1331』だ。つまり、一年三組出席番号三十一番。拓也と同じクラスである。ちなみに、拓也は二十五番だ。

(この番号はえっと、確か……藤沢さんだっけ?)

 藤沢亜衣。

 スレンダーで背が拓也よりも高く、ダンス部に所属する活発な印象の女子生徒だ。

 明るく、面倒見がいい性格なのでクラスメイトにとっては姉のような存在であり、確かダンス部に所属していたと思う。

 容姿というか、顔は結構可愛いと思う。クラスでの立ち位置は簡単に言えば人気者タイプで、拓也もそれなりには話したことがある。人間関係のスキルがあまり高くない拓也にとっては、貴重な存在だ。もっとも、それは拓也にとっての話であり、彼女にとって拓也は『あまり話したことがないクラスメイト』の部類に入っているのだろうが。

 しかしコンビニの窓から中を見てみても、彼女はこの小さいコンビニの中にはいるような感じがしない。すると、ビルの中なのだろうか。

 しかしそうだとすると、彼女がどうしてこんな、行政書士だの保険会社だのの事務所ばかりが入っているビルにいるのかが非常に疑問であるし、違和感が拭えない。

 なんとなく嫌な予感を感じて、空を見上げる。

 赤い空とビルとの境目に人影を確認した拓也はビルの中に飛び込み、階段を必死で駆け上がる。




「はあ、はあっ」

 古いビルに特有の急な階段を、一段飛ばしで駆け上がる。しかし、あまり運動が得意でない拓也にとっては、非常に怖い行動だった。だが、今は自分の嫌な予感が当たらないことを願って、ひたすらに屋上を目指す。

「ひょっとして……」

 もう飛び降りているのではないか、という言葉を途中で飲み込む。これは自分の勝手な妄想だ、自分はその妄想をはっきりと否定するためだけに屋上を目指しているのだ、と拓也は自分自身に言い聞かせる。

 最後の踊り場で手すりを強く握ってぐるり、と勢いよく曲がり、屋上に続くドアに体当たりするようにして思いっきり開け放つ。

 バン、と音を立てて開いたドアを通り、屋上に出る。

 そこには。

 

 荷物をおろし、靴を脱いで屋上の柵に上半身を乗り出している藤沢亜衣の姿があった。


「「……え?」」

 拓也の嫌な予感が的中する。

 彼女は突然現れたクラスメイトに戸惑ったのか、その動きを止める。戸惑いつつも、拓也はそのチャンスを逃さなかった。

 前に上体を倒すと、足裏に力をこめて床を蹴りだす。一気に距離を縮める。

 それに対し亜衣は上半身をさらに柵の外に動かそうとしたが、せいぜい一階をコンビニと階段で全て埋められているようなビルだ。当然、屋上は大した広さではない。

 拓也は両肩から抱きかかえるように亜衣の肩をつかむと、自分ごと後ろへとひっくり返った。無我夢中でやったので、勢いで頭を強く屋上の床に叩き付けてしまう。

「痛っ! はあ、はあ……」

 拓也はもう一度、自分の手が彼女の肩をしっかりとつかんでいることを確認すると安心して、息をゆっくりと吸って吐く、を繰り返す。

「誰……?」

 亜衣の声がした。呆然としている中なんとなく出てきた、そんな感じの声だった。

「何をやっているの!?」

 拓也は思い切り叫び、自分が今までに出したことのない大声であったことに自分で驚いた。しかし、構わずにただ思ったことを言葉にしてぶつける。

「あんな所にいたら落ちちゃうよ! 死んじゃうんだよ! どうしてあんな場所にいたの!? 何をしようとしていたの!?」

 拓也の、教室では見たことのない姿に、亜衣は驚いたように目を見張る。

「危ないんだよ!? もう! 見つけた僕の方が、寿命が縮まるかと思ったよ……」

 そこまで言い切って一度息を吐きだした拓也に、亜衣は言った。

「死ぬつもりだったんだよ」

 その言葉に、拓也は衝撃を受けた。表情が固まるのが自分でも分かる。

「辛くて、苦しくて、もう嫌になって……。だから、死ぬつもり、だったんだよ」

 亜衣はつっかえながらもそれだけ言うと、静かに泣き出した。拓也はその姿にどうしたらいいのか、分からなくなる。

 怖い、と思った。

 子供が怖がる暗闇の中にある不気味な柳とか、思春期の少年少女が抱える将来への不安とか、人間はその年齢に合わせて怖いものに直面することがある。

 しかし今拓也が目の前にするのは、年齢も、性別も、地位も、思想も関係なく人間ならば誰もが抱えている恐怖だった。

 死。

 その道を自ら選んだ目の前の少女に、拓也は戦慄する。

「ごめんね滝川君。こんなところを見せて。じゃあね」

 そう言って、目を赤くしたまま亜衣は再び柵に手をかける。まずい、と拓也は思った。

「だ、ダメだって!」

 拓也はもう一度叫び、その肩をつかむと正面から顔を向い合せる。

「なんで止めるの……。別にアタシとはただのクラスメイトでしょ……?」

 つぶやくように、亜衣は言う。その声は震えていた。

 その様子を見た拓也は少しだけ分かったことがあった。きっと、この少女は心の中では助けを求めている。

 拓也は臆病な性格ではあるが、困っている人を放っては置けないような性格でもある。この時、その小さな正義感が臆病に打ち勝った。

「確かに、僕は藤沢さんにとってはただのクラスメイトだよ」

 だけど、と拓也はまっすぐに亜衣の目を言った。

「ただのクラスメイトだからって、死のうなんて思うほど困っている人を放っておく人なんていると思うの? 僕は、クラスメイトだったらむしろ止めに行くと思うのだけど」

 その言葉に亜衣は目を見開いた。

「だって、おかしいでしょ? 目の前にビルから飛び降りようとする人がいるのに、何もしないなんてさ」

 拓也はそう言い放つと、さらに言った。

「それに僕は怖がりだから……目の前で恐ろしい光景が繰り広げられるのが嫌だった、というのも大きいかな」

 拓也は少し無理矢理な感じがしても、強引に笑顔を作って見せた。

 すると、亜衣はくすっ、と笑った。

「なにそれ。自分のためにやったの?」

「そうだよ」

 拓也は即答する。

「だから、僕のわがままだよ。今やったことも、これから聞くことも」

 そう言って深呼吸をすると、亜衣に質問を投げかけた。

「なんで、こんなことをしようと思ったの?」

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