怪物と使い魔
彼らは一度、その商人たちから少し距離を取り、しかし彼らを観察できる場所から先ほどのことについて話をした。
「まず、あの人たちのことについて確認すると」
拓也が話す。
「先ほどの様子を見る限りでは、“キャニスタ族の男がユーモ族の男たちに対して、借金の返済のことでもめていた”という感じみたいだったね」
「ああ、それで間違いないと思うぞ」
「それで、私には『現実世界』でのお母さんやあの人の様子が見えた」
リベラムに続いて、亜衣が抑えきれないように言った。
「これ……間違いないよ。きっと、私に関係あることだ」
亜衣が焦ったような表情になる。
「やっぱり、終わっていなかったのかな……」
亜衣が呟いた。
確かに、『現実世界』でたった一日何も起こらなかったというだけでは、それが解決されたという証拠にはならない。
だが、だとすると一つ疑問が残る。
「あのミノタウロスは何だったんだ?」
リベラムの言う通りなのだ。いくらなんでも、彼らが動いたらたまたま今までに報告のなかった場所でミノタウロスが見つかったというのに、『現実世界』でのことと何も関係がない、というのはおかしい。
(どういうこと?)
拓也は考える。
(借金の返済……相場の変更……ミノタウロスの出現……亜衣さんの元父親)
一つ一つの出来事をつなぎ、仮説を生み出す。
「ひょっとして」
「うん?」
拓也の呟きに、亜衣が応じた。
「あの人とミノタウロスの出現が繋がっている。そう考えればつじつまが合うと思うのだけれど……そうすると、亜衣さんのお父さんだった人に対する前提が、少し崩れてくるかもしれない」
「どういうことだ!? 何か、分かったのか、拓也!?」
リベラムが急かす。
拓也はゆっくりと話した。
「そもそも、どうして亜衣さんの元父親の人は、そんなことをしているの? 亜衣さんのお母さんだって、わざわざそんな人を選ぶはずがないでしょ?」
その言葉に、亜衣は困ったような顔になる。
「お母さんの話だと、その人がおかしくなったのは友人の借金を背負ってからだって……まさか」
亜衣が、何かに気付いたように顔を上げる。
「借金を返す……ひょっとして、あの人が荒れているのは」
「それが原因ってことだね」
恐らく、もともとはそこまでひどくはない人だったのだろう。しかし、ふとしたことで友人の借金を背負いこんでしまい、ショックを受けて荒れてしまった。そして、未だにその借金は返すことができていない。
別に、だからといって二人はその男に同情はしない。他の事情があるからといって、それは家族に迷惑をかけて良い理由にも、こちらが情けをかける理由にもならない。
「じゃあ、あのミノタウロスは?」
亜衣が訊くと、拓也は少し考えた後に答えた。
「借金取りが何かをした、とか?」
これで、あくまでも推測であるが、事情は大体掴むことができた。
「だったら、解決の方法は二つだな」
リベラムが言う。
「一つは、その借金を何とかして完済させる方法。もう一つは、あのユーモ族の商人を何とかする方法」
前者は、目標がはっきりしているが、逆に実行に移すのは難しい。後者は、目標が曖昧であるが、取れる手段はいくつかあるはずだ。
つまり拓也たちがとるのは後者なのであるが、それも非常に難しい。
「ミノタウロスを召喚したのか、あるいはたまたま近くにいたのかは分からないが、誘導できるということはそれ以上の実力があるということだ。簡単に倒せる相手ではないぞ。下手すれば、話が国家一つを傾けるようなことになってしまうかもしれないのだからな」
「やっぱり、強い相手になるよね」
戦闘技術のみならず、純粋な魔力量だけでもオリジナルである拓也と亜衣に劣らないであろう。そもそも、他の生き物を召喚あるいは使役するというのは、圧倒的な魔力量がなくてはならない物であり、したがってこの世界では使い魔といったものは魔力を豊富に持ち合わせているものの、使う機会のない令嬢などだけが持っているものなのである。
「要するに、燃費が悪いから使い勝手が悪いってわけだ」
「ゴーレムみたいな、人形を動かすのとは違うの?」
亜衣が質問する。
「ゴーレムの場合は、命がない分だけ魔力の消費量が減るんだ。だが、思考能力がないから曖昧な命令は出すことができないって欠点があるけどな」
逆に、生き物を使役する場合は曖昧な命令でも大丈夫だ。
例を挙げれば、ゴーレムの場合は「あの敵を倒せ」と命令してもダメなのだ。「前方へ移動しろ」「拳で薙ぎ払え」というように、ある程度具体的な指示が必要となる。しかし生き物の場合は「あの人間を殺せ」と命令すればそれが中断するまで、自分でその人を攻撃する方法を考えて動いてくれる。
「じゃあ、かなりの使い手がやっているってこと?」
「ああ。だけど、ミノタウロスを倒して間もない今がチャンスだ。使い魔と召喚者の間には――と、ここから先は専門家に聞いた方が良いな。という訳でラクス、頼んだ」
「分かったわ」
突然後ろから聞こえたその言葉に驚いて拓也と亜衣の二人が振り返ると、そこにはラクスが立っていた。
「いつからいたの!?」
拓也が思わず叫ぶ。すると、ラクスはにこやかにほほ笑んで答えた。
「生き物を使役する場合の話辺りからかしらね」
彼女はそう言うと、自分の家へと歩き出した。
「彼らの身元については、もう映写機でとうさ……もとい撮影しておいたから後からでも尻尾は掴めるわよ。それよりも、今は気づかれないうちに離れた方が良いわ」
ラクスが途中で言い直したことには、拓也も亜衣もつっこまないことにした。
「で、さっきのリベラムの話の続きだけれど」
ラクスの家に案内された三人は、彼女と共にお茶を飲みながら話をしていた。
「今がチャンスって言っていたけれど、どういうこと?」
亜衣がリベラムに訊く。
「使い魔は魔力の消費が激しい、という話はしたな?」
二人がその確認に頷いたのを見ると、ラクスが話を引き継いだ。
「じゃあ、どうして魔力の消費量が激しくなるのかというと、使い魔を使役するときは、彼らの生命エネルギーの一部まで召喚者の魔力を消費して補っているからよ」
「それって……」
拓也は絶句した。
「それはつまり、使い魔の命まで召喚者が補っているってことなの?」
「簡単に言えばそうね。もちろん、動物がもともと持っていた生命エネルギーはそのままだから、使い魔は普通の動物に比べて病気やけがの治癒が早かったり、寿命が長かったりするのよ」
そう考えると、使い魔というのは優遇ばかりされているように感じる。
しかしその反面、貴族たちの『遊び』によって命を落としたりすることもあるので、必ずしも野生動物よりも良い生活を送っているとは言えないのだという。
「使い魔と召喚者にあるのは、結局主従関係なのよ」
ラクスはそう言った。
「人の都合で操られ、切り捨てられることも珍しくない訳」
「そんな……」
亜衣は思わずそう言ったが、自分たちはその使い魔だったかもしれないミノタウロスを殺したことを思い出し、複雑な表情になった。
「それで、ミノタウロスを倒して間もない今がチャンスだという話だけれど」
ラクスはお茶を一口飲んでから、話を続ける。
「先ほど言ったように、使い魔は生命エネルギーの一部を召喚者の魔力を消費して補っているわ。これは、生き物を使い魔にするときに術的なパイプを召喚者と生き物の間に作るのよ。このパイプを通じて使い魔は召喚者から魔力を受け取るわけなのだけれど、もしこれが片方だけ壊されてしまったらどうなると思う?」
その言葉に、亜衣が答えた。
「召喚者の方のパイプから、一方的に魔力が流れ出たままになる……?」
「その通り」
召喚者がそのパイプを切断するには、自らに魔法をかける方法と、使い魔に対して魔法を使う方法の二種類があるのだが、どちらにしても取り除くのには時間がかかるのだという。
「術的なパイプは、作るよりも取り除く方が手間と時間がかかるの」
実際の世界で何かを整備するのと一緒よ、と言われて拓也と亜衣は苦笑いした。
この点において苦労するのは、『現実世界』でも『投影世界』でも変わらないようだ。
「だから、今のうちにさっさと倒してしまった方がいいわね」
「簡単に言うけどさ……」
だが、今から相手を探し出し、そして戦うとなるとどれほどの準備が必要かわからない。あのミノタウロスを使役できているという時点で、相当の手練れであることは分かっている。それからさらに、その敵と戦うとなると、どうすれば良いか分からなくなるのも当然だ。
「じゃあ、とりあえず相手を探し出す方法から考えるぞ」
リベラムが言う。
「相手を探し出すって、簡単に使える魔法でもあるの?」
「魔法、というよりは魔導具だがな」
いくつかの道具や材料を触媒にすることで、見つけ出すらしい。
「だが、俺はその魔導具を知らないからな……恐らくは、王立図書館か、魔導具を専門に扱う店か、そのどちらかに行った方が良い」
四人は地元で魔導具を扱っている店へ移動する。
外見は普通の雑貨店のように見えるその店の扉を開くと、店の奥からラサータ族の老女が姿を現した。
「いらっしゃい。何かお探し物かい?」
その姿は、どことなく生活感をあふれさせる。
「使い魔の契約主を探し出せるような魔導具を探しているのだが」
リベラムが言うと、そのおばあさんは「ふむ」と頷いて店の中を移動する。
そして、一つの奇妙な装飾が施された弓矢の前で立ち止まった。
「単に探すというだけなら無理じゃが、この『アルテミスの弓矢』なら射るだけで矢が自然と敵まで飛んでいく。最も、魔力の消費がすさまじくて使える者は滅多に居らんが……お主たちオリジナルなら大丈夫じゃろ」
その言葉に驚愕した四人が、思わず目の前の老女を見る。
すると、彼女はかっかっかっ、と愉快そうに笑った。
「わしのような老いぼれになると、一度だけオリジナルに出会ったことがあったりもするものよ。この世界に慣れていないのが見て取れるのじゃ」
「僕たち以外の、オリジナル!?」
拓也と亜衣の二人が驚いて、思わず老女に詰め寄ろうとする。
彼女は「落ち着け」と言わんばかりに片手でそれを制すると、椅子に腰かけた。
「あのころははまだわしも若かったからのう……少なくとも、四十年以上は昔のことじゃ」
彼女は当時、鍛冶屋であったという。
彼女はその時、希少な鉱石を採取するために出かけていたのだが、そこで彼女ではどうにもならないような強いモンスターが現れた。しかし、そのタイミングでたまたま通りかかったオリジナルの女性がそのモンスターを倒し、危機を救ってくれたという。
「あやつも愉快な女でのう。実力はあるくせにおっちょこちょいで、そばで見ていてハラハラしたものじゃ」
彼女は笑いながら、『アルテミスの弓矢』を拓也たちに渡す。
「あの、お金は」
このようなものは非常に希少なはずだ。オリジナルに会ったから、というだけでただで譲ってもらえるものではないだろう。
だが、老女は一向に気に留める様子がなかった。
「並大抵の者が持ったところで、魔力不足で昏倒するのがオチじゃ。それなら、使用できるものが持っていた方が良いじゃろ」
その言葉を聞いた彼らは、老女に頭を下げる。
新たな武器を手にした彼らは戦闘準備を終えた。『アルテミスの弓矢』は亜衣が使うことになった。
『アルテミスの弓矢』の使用方法は簡単だ。ターゲットの情報を頭の中でできるだけ鮮明に思い浮かべながら、矢を放つだけで良い。
「……始めるよ」
亜衣がその矢を放つと、それは光の筋を描きながら飛んでいく。
彼らはその後を全力で追いかけ始めた。




