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Trace Heart  作者: nozomu
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疑惑

 結果としては、亜衣の行動によって討伐隊全体の士気は高まった。

 だが、その一方で亜衣はかなりの体力を消耗していた。

(どうしよう……もうすぐ限界が)

その時、ミノタウロスの腕が亜衣の体を後方へと吹き飛ばす。

「きゃっ……!」

「藤沢さん!」

 拓也の声が響く。亜衣は空中で無理矢理体をひねり、ギリギリで体勢を整え足の裏から地面に着地することに成功した。

 ミノタウロスが亜衣の方向へ振り向く。

 だが、その腕が振るわれる前に激流と化した水が彼女と牛人の間に割って入ると、その後様々な人が武器を手に、一斉にミノタウロスへと飛びかかった。

 亜衣に続いて拓也が作った隙をついて、討伐部隊が近接戦闘の状態へと移行したのだ。

「お前らにばかり、良いとこはあげないぜ!」

 そんな声が部隊から聞こえた。

 ミノタウロスの周囲を取り囲んだ討伐部隊が、それぞれ剣や槍といった武器を振るっていく。人によってはその肉体や武器に何かしらの色のついた光が纏っており、付与的な効果のある魔法を使用していた。

 だが、怪物もそれに応えるようにその巨大な体を動かし、周囲の人間を吹き飛ばすばかりか、時折地面を勢いよく叩き衝撃波すら生み出して見せる。

 彼らはまるで、巨大な生き物に群がる蟻のように拓也は思えた。それほどまでに、ミノタウロスのパワーは圧倒的だった。

「拓也、亜衣!」

 リベラムが、二人の下に駆けつける。

「リベラム、全体的にはどんな感じ?」

「結構有利に進められていると思う。ほら、セベリアを見ろよ」

 その言葉に、拓也と亜衣は前方でミノタウロスに向かって彼の背丈を越す長大な剣、赤黒いロングソードを振り回すセベリアを見る。

「あの剣、フルンティングだな。この国にある魔剣を授けてあるということは、それだけの実力があるということだ」

 フルンティング。

 巨人グレンデルを仕留めた英雄ベオウルフに、仇をとりにきたその母親との戦いの前に、彼に貸与された剣である。刀身は血をすするごとに堅固となるらしい。

 その名を冠しているということはやはり、彼の剣もまた敵の返り血によって鍛えられ、より硬く、そして切れ味が増していくのであろう。

 見れば確かに、セベリアはその巨体に浅くはあるものの、確実に傷をつけて行っていた。そして、次第にその傷は深くなっていく。

「じゃあ、僕たちは」

「いや、いったん様子を見た方が良いだろうな。集団戦闘に慣れてない人間が、下手に混ざらない方が良い。それよりも、あの連中がミノタウロスから離れたタイミングで、強力なのを一発喰らわせた方が良いはずだ」

 リベラムのその言葉に、拓也は無言で頷いた。

 三人は後方で待機している人を含めて防御を展開しつつ、その戦闘を見る。

 全員がミノタウロスと戦い、時には攻撃を与え、時には攻撃を受けている。

「“水の精よ。守るべきものをその慈愛に満ちた恵みで包め”」

 拓也の魔法によって、水の膜が形成される。これでは簡単に突破されてしまうかもしれないが、衝撃波を防ぐことくらいはできる。それに、簡単に人の出入りができるため、一種の簡易な避難所として活用できる。

「戦闘ができない人は、一度この中へ!」

 半透明な壁の向こうで凄まじい戦いが繰り広げられる中、拓也によってつくられた水のドームの中では負傷者の治療が中心的に行われることとなった。

 ドームの中に血の匂いが立ち込める。しかし、それらはすぐに回復魔法で治癒されていった。

「まさか、戦闘中に治療ができるとは思わなかった」

 一人の騎士が言った。

「やっぱり、普通じゃないですよね」

 拓也も同意して言う。彼は実体験するのは初めてだが、ファンタジー系の小説でこういった戦闘シーンの描写は見慣れて(読み慣れて?)いる。しかし、その中でも戦闘中に安全地帯を作って負傷者の治療をする、ということはなかったように思う。

「いや、こっちとしては助かる。戦闘に参加できる人数が減らなくなるからな」

 彼は剣を持っていた腕からの出血を止め終えると、再び水のドームの中から出て行った。

 そして、人の流れが一度途絶えたところで、拓也は魔法を解除して前線へ復帰する。

「“水の精よ。地上から悪意を洗い流せ”」

 そして、分裂した水流が周囲の人々を回避するように動き、ミノタウロスを押していった。その動きに対し、ミノタウロスは抵抗して前に進もうとする。

(やっぱり……人間の女性の体から生まれたとはいえ、雄牛の子である以上はあまり知能が高くはないか。ただ、力が強いだけだな)

 亜衣が、再び戦列に復帰して炎をその巨体に当てる。さすがに、今回は少しだけ距離を取った状態で攻撃していた。

 しかし、そうなるとあまり有効打が与えられないのか、ミノタウロスは彼女の炎によってできる火傷を無視して暴れている。

いや、厳密には違った。

「さっきから、まるでダメージを喰らっていないかのように動いている……?」

 拓也が呟く。

 その言葉に、近くにいたロウ上官が反応した。

「どういうことだね?」

「いえ、その……さっきから、傷跡を無視して動き回っているように感じるんです。それほどまでに、強靭な体だから、と言われてしまえばそれまでですけれど……」

 するとそこに、回復魔法と強化魔法で部隊を援護していたテッラも加わってきた。

「つまり、何かミノタウロス以外の敵……例えば人間がいるとでも?」

「はっきりとは言えないのですけれど……」

 拓也は素人であるがために、やはり曖昧な言い方をした。

 しかし、その言葉を聞いたロウ上官とテッラは、鋭く反応する。

「そうか、その可能性は考えなかった」

「なるほど、人為的な誘導によるもの。そういうことですか」

 急に場の空気が重くなったので拓也は戸惑うが、彼らは戦闘中にもかかわらず話し合っていく。

 しかも、テッラは強化魔法を繰り出しながらであった。

「では、ミノタウロスを討伐した後には、その件についても考えなければなりませんね」

 ミノタウロスの出現は人為的なものかもしれない。

 拓也のさりげない言葉でそんな可能性が浮上したが、すでに始まっている戦闘はそのまま続行するしかなかった。

「負傷者は下がれ! 治癒魔法を使用できる者も後ろへ! その他の人員は全て戦闘へ回せ!」

 ミリタリスの大尉から、指示が飛ばされる。

 人口密度は増したが、そうすると亜衣は棍の先に小さな灯をともした状態で戦うこととなる。

 やはり人数が増えると火力が制限される。これは、どうしようもない。

「“水の精よ。地上から悪意を洗い流せ”」

 拓也は激流を発生させるとそれを分裂させ、ミノタウロスの動きを阻害する。そこにセベリアが突進して、フルンティングでその腕を切り刻む。その他の騎士たちも、その動きに続いてミノタウロスに飛びかかる。

 その時、亜衣が息を切らしたのか、拓也の下まで戻ってきた。

「滝川さん、大丈夫?」

「うん。もうさっきみたいな無茶なことはしてないよ。基本的にヒット&アウェイの戦法で戦っているから」

 心配そうに呼びかける拓也に、亜衣は息を切らしながらも笑顔を作って答える。

「それがいいな。そんなに無理することはないよ。お前らは、もう十分に立派な戦力だ」

 近くに来たリベラムが、衝撃波を風で相殺しながら言った。

「正直、本当に剣を持ってから数日しか経っていない人間だとは思えないよ、お前らは。特に拓也は、な。まあ、剣を主体とした攻撃はできていないが、それでもあそこまで戦えるのは珍しい」

 大抵は、ミノタウロス相手なんだからビビっちまうのが普通だけどな、とリベラムは言う。

 確かに、拓也は自分のことを怖がりだと言っていた。初めてミノタウロスと遭遇した時、逃げ出すことしかできなかった。

 しかし、だけど。

 今は違う。拓也は、隣にいる少女を助けるために、そして自分の想いを投影するために行動ができる男だった。それは、ここに来て得た彼という人格の変化なのか。それとも、元よりあったお人好し精神が、より強く滲み出るようになっただけなのか。

「あと少しだ。とどめを刺すぞ!」

 その時、ついにその声が聞こえた。全員が満身創痍の体を動かして、ミノタウロスと一定距離を保ったまま呪文を詠唱する。

「“水の精よ。地上から悪意を洗い流せ”」

「“火の精よ。大地を焼き払う箒となれ”」

「“風の精よ。わが剣となり敵を切り裂け”」

「“それは太陽の季節の象徴。灼熱を示すもの。我らが敵を塵まで燃やせ”」

 数々の魔法が一斉にミノタウロスに向けて放たれる。それらは互いに衝突し、相生・相剋・比和・相乗・相侮をもたらし、1つの光となった。

 そして、凄まじい轟音と共にその光が四方へと消えた時、そこにはかつての面影すら見えない、ミノタウロスの残骸が横たわっていた。

 周囲で歓声が上がり、討伐の終了を告げる。

「目的であるターゲットの死亡を確認。以上をもって、ミノタウロス討伐を完遂したことを宣言する!」

 その言葉に、人々の声がより一層大きくなった。

「終わった……?」

 亜衣は、呆然として呟いていた。

 身も心もすり減らすような日常。その終了は、あまりにもあっけなく感じられた。

 喜びと戸惑いが、心の中でせめぎ合う。

「終わったんだよ、藤沢さん。ミノタウロスは、倒したから」

 拓也の言葉に、亜衣は泣きそうな顔で彼の方へ振り返った。

「よくやったな、二人とも」

 リベラムの言葉に、亜衣は言葉を発せずにただ首を縦に振った。




 彼ら討伐隊は、作戦本部の置かれているミリタリスの建物に集合した。

 部屋の中に、ミリタリスの女性の言葉が響く。

「……以上が今回の討伐の報告となります」

 すると、ミリタリスの大尉は頷き、立ち上がった。

「皆の者、ミノタウロスの討伐ご苦労であった。負傷者は出たものの、死者も重傷者もなく討伐を完遂できたことを、私はこの街の守りの要にいる者として誇りに思う」

 その言葉に、清々しい表情をしていた討伐隊メンバーの表情が、さらに明るくなる。

「今回は、最低限の犠牲で最高の結果をもたらせたと言っても良い。これらは諸君の日ごろの努力のたまものであり、我らの強い信頼がなければ成し得ないことだった。これからも、日々精進を怠らず、より一層の進展を期待する。以上だ」

 その言葉を最後に、歓声が沸き起こる。

「ミノタウロス、倒してやったぜ!」

「バカ、お前が一人で倒したんじゃねえよ」

「報酬でるよな、きっと。休暇ももらえるかな!」

 人々は騒ぎ、互いを讃えて、歓声を上げた。

「おい、お前ら二人、やったじゃねえか!」

 その様子を戸惑いながら見ていた亜衣と拓也の下に、何人か集まってきた。

「「あ、ありがとうございました!」」

 二人は、彼らに向かって頭を下げる。もとはと言えば、彼らが『現実世界』の改変を行うための行動だったからだ。

 しかし、彼らは笑顔で言った。

「頭を下げるなんて水臭いことすんな! その年でここまでできれば十分だって。全く、ミリタリス(俺たち)の面子丸つぶれになるところだったのによ」

「そうそう。あの水流とか、炎の舞とか、どんな魔法使ったわけ? 全く、見当もつかないよ」

 その後も彼らの賞賛の言葉は続き、その流れで彼らはパーティーを開くこととなった。

「――そんな訳で、討伐の成功を祝って、乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 一つの店の宴会場に、皆は集まった。数々の料理がテーブルの上に並べられ、飲み物の入ったコップが交わされる。

「滝川君。今、良い?」

「うん」

 そんな中、拓也は隙を見て亜衣と一緒に外に出た。

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