戦闘開始
探索は続けられる。
「そろそろ、初めの半分くらいまで探索範囲が縮まってきたはずだ。より一層、気を引き締める必要があるぞ」
リベラムにそう言われて、拓也は探索魔法について考えるのをやめた。今優先するべきなのは、ミノタウロスの討伐なのだ。
「そういえば、ミノタウロスが見つかった後は、具体的にはどう動くのかな? その後は『四方を囲んで討伐する』としか聞いていないのだけれど」
亜衣が、ふと思い出したように言う。その言葉に、拓也も同意した。
すると、リベラムがその疑問に答えてくれた。
「宮廷魔術師のテッラさんが一撃加えたところで、その後魔法、そして弓、弩などの飛び道具、最後に近接攻撃の順番になるな。これは、魔物なども含めて基本的な攻撃方法なんだ」
魔法は局所的な点攻撃のものが少ないため、集団戦においては味方を巻き込む可能性もある。それを避けるために、集団戦ではまず最初に魔法のやりとりが行われ、その後近接戦闘へと移行するらしい。
もちろん近接戦闘用の魔法も多く存在するが、魔法の数全体に比べると非常に少ない。これは、近接戦闘ならば魔法の詠唱をするよりも武器を振り回した方が早いので、自然とそのような形になるのだという。
その時だった。
「総員、戦闘態勢! 目標との距離まで、残り百六十!」
その言葉に、全員が一気に気を引き締める。亜衣は、すぐさま探索魔法を発動すると、声を震わせながら言った。
「少しずつ、こっちに近づいて来てるみたい……」
目標の接近を聞いて、緊張感が一段と高まる。
その時、誰かが言った。
「おい、風が……」
その言葉に、ようやく拓也も気が付いた。先ほどまでほとんど無風状態だったのにもかかわらず、急に穏やかではあるが風が吹き続けていることに。
しかも、それは拓也のいる側を風上とし、ミノタウロスがいる方向が風下となっていた。
「確実に、討伐隊の存在がミノタウロスにばれただろうね。先手は打てる確率は五分五分だと思った方が良い」
ロウ上官が悔しげにそう言った。そして、辺りにいる人々が一斉に各々の武器を構えだした。
「いいか、無理に戦闘をするな。溝を掘る班の者は、すぐに行動しろ!」
人々が慌ただしそうに行動に移す。その様子を見て、拓也も新たな魔法の詠唱をした。
「“水の精を通じて海の神に請う。その力の象徴をこの手に握らせ、母なる海の恵みと怒りを”」
すると、その手に持っているレイピアを核として、水が纏っていく。そして、水でできた三又銛がその形を形成した。
トリアイナ。
海神ポセイドンが持っていた武器で、嵐や津波を引き起こし、大陸をも沈ませることができる。
これが、拓也が用意したミノタウロスへの対抗策だ。
『投影世界』は、人々の心が負の側面を少し強調された状態で具現化された世界。
そして、ミノタウロスの存在を考えると、それは現在の人々だけではなく、過去の人々の恐怖も投影されているのではないか、と拓也は考えた。
だったら、神話を投影世界で再現してしまうことも可能なはずだ、と。
自分よりも前方にいるテッラ=アースがその杖を光らせたのを見て、拓也も次の魔法の発動に取り掛かる。その次の瞬間、大量の砂がテッラを中心に集められ、そこから無数の砂のナイフが飛び出した。その刃は、ミノタウロスのいる方向へと飛ばされていく。
宙に浮かぶ無数のナイフ、それ自体は拓也や亜衣の今までの魔法に比べたらたいしたことがないように思える。
だが、その数が異常だ。周囲の空間がそれで埋め尽くされ、誰かに当たりはしないかと、拓也は少しひやひやしながらその光景を見ていた。だが、その砂の塊は仲間の誰にもあたることなく、まるで一つ一つが意志を持った生き物であるかのようにすいすいと人の間を縫って進んで行く。
あまりの数の多さに人々は圧倒され、一瞬静寂に包まれる。だが、それらが飛んで言った直後に獣のうめき声が聞こえると、全員が攻撃、あるいは防御のために一斉に動き出した。さらに、遠くに化物の影が確認されると、一層激しい攻撃が加えられる。
拓也も、すぐに魔法を発動する。
「“水の精よ。海神の銛の爪痕をたどり、その地を切り開き河と成せ”!」
その瞬間、トリアイナの矛先を突き立てた拓也の目の前の足下より、地面を裂きながら水が激しくあふれ出て、一直線にその影に向かって行った。
そして、直撃。
その威力に人々が息をのむが、テッラだけはすぐに動いた。今までとは違う、長い詠唱だった。
「“土の精よ。我、その力を乞い、ここに願う……”」
すぐに、詠唱中の彼女を守るように騎士たちが護衛につく。そして、少しでも足止めをするために、絶え間なく攻撃が続けられた。
さらにその様子を見て、亜衣も続けて詠唱した。
「“火の精よ。大地を焼き払う箒となれ”」
亜衣が、その棍の先端からまっすぐ空へと莫大な炎を噴き出す。
「“形状を修正。箒から鞭へ。打ち倒すべき敵の方向へ歪曲せよ”」
そして、その先端が曲がるとミノタウロスに直撃する。そして、そのタイミングでテッラの詠唱が終了した。なぜか、そのタイミングで彼女たちを守っていた騎士が離れていく。
「“――それは剣。それは盾。神よりつくられし人形の傀儡よ、われの手先となり、我らを守れ!”」
そして、彼女を中心として地面が盛り上がり、土でできた巨人が現れた。
ゴーレム。
言葉で言えば簡単だが、それは最小の四メートル級の物でも大量の魔力を消費する。だが、彼女は六メートル級の物を二体も創り上げていた。
土より生み出された意志を持たぬ兵士たちは、彼らに突進してきたミノタウロスへと突撃していく。
そして、衝突。
ミノタウロスはその太い腕を振るうと、硬い岩でできているはずのゴーレムを壊していく。しかし、二体のゴーレムは自己再生を続けながら、それに拮抗した。
辺りに破壊音をまき散らしながら、戦闘が続けられる。
だがしばらくすると、ミノタウロスは一方のゴーレムを集中して破壊し始めた。
「まずいですね。ゴーレムは核を破壊されると自己再生がききません。そろそろ、近接戦闘へ移行します。覚悟してください」
テッラのその言葉で、全員が一斉に近接戦闘用の体制へと移行する。
ついに、ゴーレムが核まで破壊されつくした。
巨大な影が、拓也たちのわずか数十メートル先まで迫ってくる。
「総員、“相生の陣”、“火”より用意!」
そして、掛け声とともに魔法が放たれ、彼らの前方が炎に包まれる。
「火生土!」
さらに、そこに大量の岩石が様々な形をして飛んでいく。
「土生金!」
その次には、金属が生み出され、それが大量の刃物となってミノタウロスに突き刺さる。
「金生水!」
ミノタウロスはそれでも進もうとするが、その体に突き刺さっている刃物の表面より、水が発生してその巨体を包み込む。
「水生木!」
その肉体から木々が芽吹き始め、生命を吸収しつつ体を拘束していく。
「木生火!」
最後には、その木に炎が燃え移り、巨大な牛人が白い炎に包まれた。
そう、白い炎。つまり、それは赤い炎よりもはるかに高温であるということだ。厳密には、炎は赤の次に黄色を経て白へと変わる。
それほどの温度。それほどの炎。
それを生み出したのは、『五行』における『相生』だった。
火生土――物が燃えたあとには灰が残り、灰は土に還る。
土生金――土の中からは鉱物・金属を得ることができる。
金生水――冷めやすい金属の表面には、凝結により水が生じる。
水生木――木は大地から水を吸い上げ、水がなければ枯れてしまう。
木生火――木は燃えることで、火を生みだす。
次々と属性を変えていくことで、単純な足し算よりも高い威力を生み出した。
「このまま爆発させるぞ、土魔法を!」
その言葉に、亜衣がすぐに魔法を詠唱した。地面に亀裂が走り、そこから生じた裂け目にミノタウロスが苦しげな声を上げながら落ちていく。
拓也は、“爆発”という言葉に反応してすぐに水の防壁を築いた。一瞬、半透明なその壁の向こうで、ミノタウロスの体が光るのが見えた気がした。
各々が、自分なりの手段で防御の体制を取る。その次の瞬間。
ドォォォォ! と轟音が鳴り響いた。
そのあまりの威力に、音量に、拓也も亜衣も思考に空白が生じた。そして、その次の瞬間には、自分たちが築き上げた防壁を無視するかのように突き破ってきた衝撃波が、彼らを後方へと吹き飛ばす。
その衝撃波は、空気ではなく巨大な棍棒で殴りつけられたのではないかと錯覚するかのような、すさまじいものであった。
地面に勢いよく叩き付けられた後も、拓也は聴覚が回復していなかった。さらに、周囲に立ち込める煙によって、視界すらも封じられている。
だが、訳の分からないままでもとにかく叫んだ。
「藤沢さん!」
仲間の名を、とにかく大声で呼ぶ。
「リベラム! テッラさん! セベリア!」
すると、突然後ろから誰かに襟元をつかまれた。拓也は思わず、ビクッ、と体を強張らせる。すると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「うる、せえな……。俺ならここにいるから、静かにしてやがれ。素人が」
セベリアだった。振り返ってみると、彼は炎を纏わせている剣を片手に握っている。それを使って防御をしたのだろうか。
「日頃から訓練している奴なら、あんな爆発くらい誰でも防げるぜ。特に今回は、敵じゃなくて俺たちが爆発を起こしたのだから、なおさらな」
セベリアは鬱陶しそうに拓也にそう言うと、拓也の服から手を放して剣を構えた。
「ぼさっとしてねえで、武器を構えろ。ミノタウロスが動いていないのは、今の攻撃で倒されたからじゃねえ。周囲に煙が立ち込めていて、視覚と嗅覚が封じられているから動いていないだけだ。煙が晴れたら、すぐに近接戦闘になるぞ」
そして、薄くなって煙の中から牛人の影が飛び出した。
真っ先に動いたのは騎士団の人々だった。彼らはその手に持った剣や槍、棍棒をミノタウロスの巨体に叩き付けて行く。
しかし、ミノタウロスはその攻撃を喰らいながらもその巨木のように太い腕を振るった。突撃していた騎士のうち、何人かはその攻撃を喰らって吹き飛ばされる。
その光景を見た拓也は、自分の足が震えるのを感じる。
だが、それでも怪物に向かって一人の少女が飛び出した。
「藤沢さん!?」
亜衣は棍の先から噴き出す炎を、リボンを使った新体操のように、自在にその形を変えながらミノタウロスに迫っていく。
ミノタウロスが亜衣の動きに合わせて腕を振るう。だが彼女は、それを踊るかのように自由自在に動き回り、それを回避した。
そして、手に持った棍からの炎によって、ミノタウロスを焦がしていく。
「何だよ、あのガキの動き……踊っているのか」
拓也の側でセベリアが思わずと言ったように呟いていた。
ダンス。
彼女は今まで部活動であり特技であったそれを、戦闘に組み込んで用いていた。
ミノタウロスの暴れる動きに合わせて、亜衣はその体を躍動させる。その紺の先から噴き出す炎の粉が、彼女の明るいブラウンの髪を美しく照らしていた。
彼女は自分の魔力を土に通して足場を自在に作り、炎の噴射によって空を舞い、ミノタウロスの攻撃を華麗に躱していく。
その一方で、杖から出る炎が一本のリボンのように敵の体に絡まり、その肉体を燃やし続ける。
一人の少女が、一体の怪物を弄ぶ光景がそこにあった。
だが。
(きつい、かな……)
その肉体に、限界が近づく。
(ミノタウロスの動きの把握、自分の動きの形成、土による足場の捕獲、炎の噴射による空中の進路変更……さすがに、長時間も5つのことができるほど器用じゃない)
亜衣は、大地を裂く魔法を不完全に使用して一度ミノタウロスの足場の土を陥没させると、再び彼らの下に戻って行った。
「亜衣、大丈夫か」
リベラムが声をかける。そして、拓也も亜衣の下へと動いていた。
「大丈夫、だけど。あれをもう一回は無理かも」
「まあどちらにしろ、こちらももう一度魔法中心の攻撃を放てます」
再び、“相生の陣”による攻撃が加えられる。
「大丈夫、藤沢さん」
「大丈夫だよ……あと、もう少しで倒せるかな」
拓也の言葉に亜衣は、笑顔をつくって言った。




