戦いの後
拓也は『投影世界』で目を覚ました。身支度を整えると、旅館の部屋を出る。
今日は『投影世界』に来てから四日目。そして、ミノタウロス討伐の当日だ。
「おはよう」
拓也は廊下にいたリベラムに声をかける。
「おはよう、拓也。……調子はどうだ?」
「悪くはない、かな」
拓也はリベラムの言葉にそう言って、彼の隣に並ぶ。
「そうか。拓也にとっては初めての、本格的で大規模な『実戦』だからな。無理するなよ」
リベラムの言葉に、拓也は「うん、分かった」と返事をして一緒に階段の方へ向かった。
拓也の中で、『戦う』ということが思っているほど嫌なことではなかったということには、彼自身がすでに気が付いていた。
そのことにとまどいも覚えるが、今は目の前のことに集中するように努めているので、そのことはあまり問題ではないようだ、と拓也は考える。実際に、討伐が始まったらそんなこと言っている余裕などなくなるだろう。
「おはよう、滝川君、リベラム」
「藤沢さん、おはよう」
「おはよう、亜衣」
旅館の階段を降りたところで、亜衣と遭遇した。
「当日になっちゃったね」
「……うん」
亜衣がどこか感慨深そうな様子で言った言葉に対し、拓也は短く返事をした。
「今日で全てが決まるのかな」
「そんなこと思っていたら、案外今日だけじゃ決着がつかなかったりして」
拓也のジョークに、ありえそう、と亜衣が笑う。しかし、それは多少無理のある笑い方だった。恐らくは拓也の顔も、無理のある笑顔をしているのだろう。
それでも、亜衣の緊張に比べたら拓也の緊張はたいしたことではないのかもしれない。あくまでも、亜衣の抱えている問題で一番被害を受けているのは、当事者であるのは彼女であるのだから。
拓也は一度あの男に脅迫まがいのことをされているとはいえ、大半は彼女から聞かされた話を元に想像しているに過ぎない。それは、拓也自身も分かっていた。
「まあ、そうなった場合のことも考えた方が良いかもね。結局のところ、ミノタウロスを倒したところで、問題が解決する保証はどこにもないんだし」
リベラムは、『オリジナルの世界で自分に近い場所にいる人々の心が投影されている事象に接触した時、それが原因だと分かる』らしい、と言っていた。
しかし、今までにそのような予知能力的、超直感的な感覚は二人にとって一度もなかった……つまり、ミノタウロスが直接的に亜衣の家庭の事情に反映されている保証はないのだ。
だが、具体的にどの程度“近い場所”の現象に接触した時にそれが現れるのかまでは分からない。そのために、ミノタウロスは亜衣の事情と関係がないとまでは断定できない。
やはり曖昧な状態だな、と拓也は自分たちの現状を理解する。
「今日はこの後討伐だ。まあ、本職であるミリタリスの人たちが中心になるだろうが、決して安全であるわけではない。気を引き締めて行けよ」
食堂に入る手前で、リベラムが言う。
「うん。一回遭遇しているから、あれを倒そうとすることがどれだけ危険なことなのかは、少し分かるよ」
あれに対して剣や斧が通じるとは思えない。弓や魔法による遠距離からの攻撃が主体となるだろう。
とすると、拓也が今回使えそうな魔法は今の所一つ。あの激流を生み出す魔法だ。
(実際の所、あれがどの程度通用するのかは分からない。でも、少なくとも足止めくらいにはなる)
拓也や亜衣の魔法による足止めの隙に、強力な攻撃手段を持ったミリタリスや宮廷魔術師のテッラにとどめを刺してもらうしかなさそうだ。
そして朝食をとると、三人はそれぞれレイピア、棍、斧を携えて旅館を出た。
討伐部隊の集合場所には、多くの人が集まっていた。
討伐部隊に配属されたミリタリスの男女だけではない。自分の息子を見送りに来ているキャニスタ族の夫婦や、同じように息子の見送りに来ているラサータ族の家族。恋人なのか、ミリタリスの男性にお守りらしきものを渡しているユーモ族の若い女性もいれば、戦地に赴く仲間を見届けに来た、討伐部隊に配属されなかったミリタリスの人々などもいた。
そんな様子を見ていたら、ふと「そういえばさ」と亜衣が言った。
「この人たちもさ。きっと心のどこかでは、別の方法でこの問題が解決できないのか、って思っているはずだよね。大切な人が戦いに行くこともなく、みんなが幸せになれないのかって」
その言葉に拓也は頷く。
「そうだよね。だって、危険なことなんてやってほしくないから」
誰だって、危険なことなんて自分でもやりたくないし、大切な人にもやってほしくはない。しかし、それでもやらなければならないことがある。
そんな時、この人たちはどのような思いで、どのようにして送り出すのだろうか。
拓也や亜衣は、当然のことながら『投影世界』のことを親など他の人には話していない。こんな荒唐無稽な話、当事者でないと信じられないからだ。
しかし、ここでの失敗は『現実世界』に大きな影響を及ぼす。特に、亜衣と彼女の母親にとっては、一大事になる。
「おい、そこのガキ二人」
突如として声をかけられたので拓也と亜衣が振り向くと、そこにいたのはセベリア=ストリクだった。
「何ですか?」
先に答えたのは亜衣だった。彼女は、セベリアと同じように強い視線を彼に送り返す。
「お前らがくたばろうと、俺の知ったことじゃねえ」
セベリアは、低い、威嚇するような声で話す。
「だが、俺は若いが戦場の最前線で戦った経験もそれなりにある。そこにおいて、足を引っ張るのは戦場に慣れていない若輩者と、相場が決まっているんだ。俺たちを巻き込むんじゃねえぞ」
彼はそれだけ言うと、去って行った。
そして、ミリタリスの大尉が討伐隊全体に向かって宣言する。
「それでは、現時刻をもって――ミノタウロスの討伐にむけて出発する!」
流石に一度に動くのには人数が多いので、ビギルとミリタリスは合わせて三つの班に分けられ行動することとなった。
作戦は非常にシンプルだ。
簡単に言えば、まずミノタウロスの出現予測地帯全体を三つに分ける。この時、分け方は帯状に切り分けるのではなく、円を中心から三本の線を等しい角度で引くような形で三つに分ける。イメージとしては、ホールのケーキを三つに切り分けることを考えてもらえば良いだろうか。
その次には、外側から人数にモノを言わせて捜索する。その間は常にどの班とも連絡を取ることのできる体制を作っておき、発見次第逃走ができないように土属性系の魔法で溝を作る。
そして最後に、追い詰めたところで一斉に攻撃を仕掛け、殺してしまうのだ。
「まあ、実際いたところで得することは何もないわけだしな。山奥に引っ込んでくれているならともかく、人の通るような場所に出てくるようになったら仕留めてしまった方が良い」
リベラムが言っていた。
そして作戦も決まり、拓也と亜衣、リベラムはミリタリスの中心となる第一班と、共に行動をしていた。
彼らがいる第一班を率いるのは、ミリタリスの青年、セベリア=ストリクであった。といっても、実質的には年長であるビギルのロウ上官が提案し、その考えにミリタリスとしてのセベリアが意見を出しつつ取りまとめる、といった感じである。
作戦上の権限では軍人であるセベリアが上であるが、どうもセベリアもロウ上官個人の前ではあまり強く出ることができないらしく、拓也たちが思っていたよりもスムーズに捜索が進んでいく。
「じゃあ、私も少し試してみようかな」
すると、捜索魔法を使っている魔術師たちを見ていた亜衣が言った。今日はあまり風が吹いておらず、匂いなどもあまりあてにできないらしいため、捜索は目視と探索魔法が中心となっていた。
「え、何を?」
と、拓也が聞き返すと、それに答えることもなく亜衣が地面にしゃがみ込む。そして、その棍の尻を地面に突き立てると、目を閉じて呪文の詠唱に入った。
「“それは変化を阻むもの。大地は我が目となり、耳となり、我に求めるものを示す”」
亜衣が呪文を言い終えると、彼女の体が淡く光る。そして、その光は波のように周囲に広まって行った。
「なんだ、あれは……魔法の精度自体は低いが、魔力量が多いせいでかなりの広さをカバーしている」
「これが“オリジナル”か……。確かに、この魔力量なら基本魔法でもそれなりの戦力になるぞ」
人々が騒ぎ立てる中、亜衣は魔法の使用を終えたのかゆっくりと立ち上がった。人々が彼女に対して驚く中、拓也が真っ先に訊く。
「藤沢さん、何? 今のは……単に、地面を通して自分の魔力を、波のように放ったみたいだったけれど」
「うん。滝川君の言う通りだよ」
亜衣は肯定の返事を返した。
「『地』は五大において大地・地球を意味し、固い物、動きや変化に対して抵抗する性質を示す……つまり、それの応用。大地に魔力を通すことで、地面が『彼らにかけられている力』に対して『どれほど抵抗しているのか』を調べたの」
拓也は一瞬訳が分からなかったが、しかしすぐに気が付いた。
「つまり、その方法だと『地面に何かが立って』いれば、その重さに対する抗力が発生するはず。だから、それを調べれば『どこにどのくらいの重さを持ったものがあるか』が分かる」
「そういうこと。まあ、近くにはいなかったみたいだけれどね」
拓也と亜衣は簡単に納得していくが、新たな魔法を構築するというのはこの世界において、一部の人間だけが行うことだ。大抵は、今までの彼らのように精霊に教えられるか、もしくは他の魔導士など専門家が開発したものを模倣するのが一般的である。
彼女も、彼女なりに『投影世界』に向かい合った結果、この魔法を構築することに成功したのだ。
「あと、私たちがオリジナルだからっていうのもあるだろうね。私の認識がこの世界に投影されたのかも」
「それなら納得かも」
そう考えると、オリジナルって所謂チートじゃないかな、と拓也は思う。その理論で考えると、オリジナルは自分の認識を拡大するだけで、新たな魔法を獲得することができるということになるからだ。
周辺にミノタウロスはいないようだ、ということを伝えると、亜衣の魔法に呆けていた討伐隊第一班は、セベリアの号令で再び動き出す。しかし、動き始めた後も他の人たちが亜衣をチラチラとみている辺り、今の魔法は十分に驚くものであったらしい。
「みんな驚いているようだな。亜衣もやるじゃねえか」
リベラムが言う。
特に亜衣に対しては「こんな華奢な少女が討伐に役に立つのか?」という声も囁かれていたので、彼らの認識を改める良い機会になったようだ。
「となると、捜索範囲をもっと広げるのかな?」
拓也は亜衣の報告を踏まえて言う。だが、その言葉に対してロウ上官は首を横に振った。
「いや、そう簡単にはいかないよ。相手はミノタウロスだからね」
捜索範囲を広げるということは、その分戦力も分散するということだ。そうすると、ミノタウロスに最初に遭遇した人たちに、かなりの危険が及ぶことになる。
「そんな危ない橋を渡るわけにはいかないし、他の人たちにもやらせるわけにはいかないからな。まあ、少しペースを上げて移動する、といったところだろう」
ロウ上官の話した通り、討伐隊の進む速度が少しだけ速くなった。
討伐隊は、時折亜衣の魔法による探索を行いながらもゆっくり他の班との距離を縮め、包囲網を絞っていく。
その様子を見ていた拓也だったが、何もせずにいることが手持ち無沙汰な上、亜衣が活躍していて自分だけ何もしていないというのは、なんだか非常に居心地が悪く感じられた。そのため、拓也も自分の捜索魔法を考え始める。
(僕が今まで操ってきたのは五大元素の『水』だけだからなあ……。五行や五大を利用するにしても、やっぱり『水』や『水行』を利用した方が良いかな)
五行において『水行』は泉から涌き出て流れる水が元となっていて、これを命の泉と考え、胎内と霊性を兼ね備える性質を持つ。その一方、五大において『水』は流体、無定形の物、流動的な性質、変化に対して適応する性質を持つ。
これらを活用するにはどうすれば良いか。
「……分からない」
拓也では非常に難しい問題だった。しかし、リベラムは『風』属性であるから、尋ねてもあまり良い回答は得られそうにない。
「探索に使えるかどうかは微妙だけれど、レンズでも作ってみようか」
結局レンズを作ることも叶わず、拓也は探索魔法を獲得することはできなかった。




