いじられて
そんなことを考えているうちに、拓也は学校に着く。
自分の教室に着くと、友人二人が熱弁をふるっていた。
「つまりだな、健気さ純粋さかわいらしさその他あらゆる点においてロリこそが最強なのだ!」
「いいや、陵太こそ分かっていない! 大人びた美しさ優しさ艶やかさがあるお姉さんタイプこそが優れているのだ!」
瞬と陵太の二人が言い争いをしていた。話の内容からして好みの女子のタイプとか、もしくは好きなアニメのキャラクターあたりで言い争っているのだろう。
「おはよう、拓也。早速だが、お前はお姉さんタイプなんかよりも、あどけなさが残って可愛いロリこそが最強だと思うよな?」
一瞬立ち止まって彼らの様子を見ていた拓也に、拓也の席に座っている陵太が気付いて話を振って来る。
「いや、拓也の想い人からして面倒見のよいお姉さんタイプのはずだ!」
瞬が主張した。
「べ、別に僕は誰がタイプとかは……って、“想い人”って何!?」
別に想い人なんて人は――
「え? だって」
「あの藤沢さんに決まっているだろ?」
「ええっ!?」
友人二人が息ピッタリにリレー形式でつないだ言葉に、拓也は大きく動揺して見せた。その反応に二人は、面白いおもちゃでも見つけたような表情をする
「いやー、拓也は可愛い顔しておいて大物狙うんだよなー。でも、気をつけろよ? 藤沢さんの人気の度合いは冗談抜きでやばいからな」
瞬が忠告するように言った。確かに、彼女の人気は噂になっているけれども。別に拓也は決して彼女に恋愛感情を抱いているとかではない……今のところは、だが。
「でも最近さ、藤沢さん前よりも大人しくなっていること多くねえ? 高校入学当初はもっと元気さにあふれていたっていうか」
拓也の机に頬杖をつきながら陵太が言った。そのことに気が付くとは、彼は結構観察眼に優れているのかもしれない。
「ま、クラスに慣れてきたから、落ち着く時期に入ったんじゃねえの?」
瞬はそんなことを言う。
「ま、まあそんなところじゃないの、かな」
拓也は彼女の事情を聞かされているが、真実を告げるわけにはいかないので適当に相槌を打つ。
「それで」「そして」
「「お前はいつの間に藤沢さんと仲良くなっているんだよ!」」
瞬と陵太が次々に言う。息ピッタリであった。
「べ、別に仲良くなったという訳では……」
「ほう、それなら俺の質問に正直に答えろ。拓也」
瞬が拓也の眼を見据えて聞いて来る。
「藤沢さんと一緒に帰ったことは?」
「ないよ」
「二人きりで弁当を食べたことは?」
「ないよ。っていうか、いつも瞬と陵太と一緒でしょ」
「二人きりで何かを話したことは?」
「……何回か」
「ケータイの番号は交換したのか?」
「……した」
「「有罪」」
二人は再び声を揃えて拓也に宣告した。
「有罪って何!?」
「黙れ、拓也! 俺たちは日頃から女子とろくに話もできず、この間の体育祭もチャンスだと思っていたら、実際は競技のほとんどが男女別であるためにやはり女子と接する機会はなかったことに絶望したというのに! お前はいつの間にそんな大物を釣り上げているんだ!」
陵太が叫ぶ。
「別に瞬だって図書委員の女子とはよく話していると思うんだけど」
「何!? 瞬、貴様も裏切り者か!」
拓也の一言に、陵太の矛先が瞬へと向けられる。
だが、瞬は落ち着いて、
「いや、そう言えば拓也は白山先輩って言う女子の先輩に図書委員で可愛がられているんだぞ。ちなみにその先輩はかなり容姿が良い」
拓也を売った。
「いや、別に「なんだ、その女子の先輩に可愛がられるとか! どこのギャルゲーの主人公だ!」せめて台詞を最後まで言わせてよ!?」
勢いの良い陵太の言葉に、拓也の発言が埋もれてしまっていた。
「昨日は抱き付かれていたぞ」
「いやだから「抱き付かれていただと! 何羨まけしからんことになっているんだ、拓也は!」うう……」
二回も連続して自分の発言を消された拓也は、ついに机に突っ伏した。
「おーい、拓也? 戻ってこーい」
いじけモードに突入しつつある拓也に瞬が声をかけるが、拓也はすでに悪循環に陥っている。
「うう、もういいよ。別に僕の意志なんか無視されるものだからね。無視されて当然だもんね……はは」
「おい、陵太。お前責任もってこいつの悪循環を止めろ」
瞬が陵太に言い、その言葉で周囲からその様子を見ていた人々(主に女子)からの冷たい視線が一斉に陵太に突き刺さる。
一部の女子からクラスのマスコット的に扱われている童顔担当、滝川拓也をからかいすぎてしまった罪は重いのだ。
朝のSHRが始まる前に拓也はなんとか復活し、そして昼休みになった。
「あー、飯だ飯」
「腹減った」
そう言って瞬と陵太は弁当を広げる。拓也も同じように、鞄から弁当を取り出した。
瞬、陵太、拓也の三人でいつもの如く昼食をとる。昨日のテレビでやっていたバラエティ番組の内容や、最近の学校内の話題などについて適当に雑談をしつつ、弁当を食べ終えた。
夜には夢の中であんな非日常的な生活をしているのに、その反面『現実世界』にいる間は日常を今まで通りに処理している自分に、拓也は違和感を覚えなくもない。
自分は案外普通の人と感覚がずれているところが多いのかもしれないな、などと考えながら、拓也はいつも通り弁当箱をロッカーにしまう。
そこで、ようやく廊下に一人でいた亜衣に話しかけることができた。
「藤沢さん。その……どうだった?」
拓也が聞くと、亜衣は特に慌てるそぶりも思いつめたそぶりもなく、どちらかと言えば困惑したような表情で話し始めた。
「それが、今朝は何も起こっていなかったんだ。お母さんも何も変わったところはなかったし。あ、『あの人』は大抵夜にお酒を飲んだまま寝るから、朝に遭遇することはないの」
その言葉に、拓也はひとまずほっとする。
「そうすると問題は」
「放課後……だね」
亜衣の母親はパートをしているが、それは昼過ぎには終わるらしい。拓也たちには学校の授業があるので、彼らの勝負は放課後ということになる。
「今日は、ダンス部の練習もないし。できるだけ早く家に帰っておきたいかな」
「僕は……今日も図書委員会の集まりがある、けど」
それでも、拓也はできれば亜衣と一緒にいたいと思う。どんなことが起こるのか分からないから。
しかし、亜衣は言った。
「じゃあ、滝川君は図書委員会に行けば良いよ」
「えっ!?」
拓也はその言葉に少し驚いた。
「いつまでも滝川君に頼るわけにはいかないし。それにそもそも、これはアタシの家庭内の話だから」
忘れそうになるが、亜衣の抱えている問題は彼女の家庭内の事情であり、拓也は『現実世界』ではそこに軽々しく立ち入ることのできる状況ではないのである。
そうだよなあ、と拓也は考えてから言った。
「じゃあさ。何かあったら連絡してよ……この間、みたいに」
うん、と亜衣は首肯した。
そして放課後になり、拓也は瞬とともに図書委員会へと向かう。
拓也はいつも通り美奈に可愛がられ(いじられ)、それに辟易しながらなんとか委員会での話し合いを終えた。
その後、図書室は閉まってしまうので市立図書館に行き、ミノタウロスについて使えそうな知識を探すことにする。
ミノタウロスの話は、簡単に要約すれば次の通りである。
ミノタウロスを倒したのはテーセウスという王子である。彼がミノタウロスを閉じ込めてある迷宮に生け贄として行くとき、ミノタウロスを産んだパーシパエーの夫であるミーノース王の娘、アリアドネーがこっそり短剣と赤い麻糸の鞠を彼に渡した。その短剣を使って、テーセウスはミノタウロスを倒した。彼はあらかじめ麻糸で迷宮の入り口から歩いてきた道筋が分かるようにしてあったので、それを伝って迷宮を脱出した。終わり。
「特に珍しい武器を使ったわけでもないのか」
神話では時々、特徴的な武器を使って怪物を倒す話がある。例えば、あらゆる生き物を石にしたメドゥーサを倒す時には鏡の盾が使われた。しかし、今回はそれには当てはまらないようだった。
「特に弱点はなし、か」
期待が外れて、拓也はため息をついた。できれば倒すまでの過程が知りたかったのだが、それが詳しく書かれたものはなかった。というか、あの怪物を一人の男が短剣だけで倒すことができるとはとても思えない。良くも悪くも神話、ということだ。
拓也は考える。
まずやることは、亜衣の家庭の事情が投影されている事情を探し出すこと。そして、原因となっているものを倒すこと。主にこの二つだが、これは最初から変わっていない。
そのためには、自分たちが強くなる必要がある。だが、どうすれば強くなるのかはいまいちよく分からない。はっきり言って、今のところは魔法による攻撃が中心だ。剣を使った攻撃はできていない。そもそも、臆病な拓也にとって、近接攻撃である剣が使いこなせるとはとても思えない。
その時、拓也はふと思う。どうして自分は怖がりであるのに、わざわざレイピアなんて武器を持っているのだろうか。自分の戦いに対する恐怖心が投影されたと考えても良いが、それだと普通の剣やもっと近接する必要のある武器、例えばトンファーなどが選ばれても良いと思う。ひょっとすると自分は、中途半端に正義感を持っているのかもしれない。
それとも、何か別の原因となっている心の動きがあるのか。亜衣が棍を持っているのもどういう理由であるのか。
そもそも、初めて『投影世界』に行った時から、どうしてあのような姿をしていたのか。
一度気になるとどうしてもその考えが頭から離れなくなってしまい、拓也はそれ以上情報を探すのをやめた。




