【00】プロローグ『此処は何処』
どうか、温かい目で見てみてください。
目覚ましの音が遠くに聞こえるが、まだ自分は寝ていたいんですよ。
そう思ってから耳の感覚を出来るだけ無くそうと努力をする。しかし、その音は外から聞こえていないことにすぐにわかった。
頭の内側から激しいアラームの音が響く。
『あー、もううるさいんだぁぁぁぁあ』
目を開くと、自分は宙に浮いている事に気付いた。これは夢なのだ。堕ちることは無い。……と思う。
《拠点を選んで下さい》
頭の中のアラームは消えていて、綺麗な声がそんな事を云った。何処からだろうと、頭をぐるりと廻すが音源の人間など居ない訳で。そうだろう、とにかく妄想に情事ようか。
《一・地上〇ニ・天界〇三・地底界〇四・魔界》
『そりゃぁもう、一しか無いだろう?…てか天界って何処だよ』
《種族を選んでください》
頭に響くのは馴れてきたが、自分が発言したときに無限に広がっていそうな景色に似合わず、洞窟で叫んだように響くのはちょっと変な気分だ。
《一・人間〇二・騎士兵〇三・魔法使い》
視界の先には、普段着の人間、鎧を着込んだ戦士とローブを被り怪しい杖を持ったコスプレ(?)が立っていた。同様に宙に浮いていて上下しているのは、妄想の賜物で。
選択肢は少ないが、
『人間しか無いんだって』
まぁ、夢だけどそれ以外を選ぶ勇気は生憎にも自分にはない。
《地上の属する国を選択してください》
廻りが一転して、宇宙から地球を見たように、そんな感じで動いた。
《一・アガレス帝国、世界制服を目前としている大帝国
二・エルド・アマルナ、魔術が主戦力の新人類の国
三・古代日本武術連合、恐らくこの地上で長く続いている文明》
説明は判らないが、三を選ばないといけない気がして、そう云う。
《姿は貴方のイメージを使用します。新しい世界で楽しんで下さい》
『新しい世界って、俺は死んでないぞっ!!』
小説とかでよくある死んで別世界に行くなんて事は、在ったってなんら不思議では無い。
しかし、健康体質で百二十まで生きられるなんて云われて、毎日学校に通っている自分がそんな目に会うのは何の罰ゲームか。まず、死ぬことは無いハズなのに。
視界は暗転して、ぐるぐると回りながら景色が変わっていった。まぁ、自分はと云うと、その間に気絶したけどね。
◆
「お兄ーちゃーん!朝だよー」
元気に自分の部屋に入って来るのは、義理の妹であるイリアだ。僕は何か変な夢を見ていたようだが、今は忘れておこうか。
「わかったよ。……ん?何?」
上半身を起こした僕を、知らない人を見るような目で見る妹の頭の上に<望月入明>(もちづきいりあ)と書いてある。
しかし、妹は何も知らないと云うように
「お…兄ちゃん?どうしたの?」
返事をするのがそんなに珍しいのか。ふと、時計が目に入る。
三年七月十日六時〇七分
そういえば、自分に妹なんていたっけ…。
しかし、パニックになるほど記憶がなにも無い訳でも無い。
昨日の記憶はある。イリアと自分の友達と川に魚を取りに行った。
……それは昨日か?学校はどうした?東京はどうなった。まず、此処の家は、何だ!?
いや、此処は自分の家だ。自分で、よく考えてみる。
と、云うことは夢を見たがそれでこちらに連れて来られた。でもなんで?元々がこちらが自分の居るべき所なのか?
自分で考えてもしょうがないのは判った。まずは外に出ようか。
「お兄ちゃん、大丈夫?寝不足?雰囲気が違うよ……?そんなんで大丈夫?」
ベッドから降りる僕にイリアはそう云うが
「大丈夫、問題ない」
某ゲームの台詞を呟く。しかし、「そっかぁ」なんてイリアは頷いてニヒヒと笑う。
「今日はね、アタシがご飯をつくったの。早くきてね」
部屋を出ながら、ぱたぱたと走っていく。
「そうか。……此処は、何処だろう」
ピコーン
脳内にゲームでよくある連絡の受信音が聞こえた。
《村の外にアガレス軍が到着したようです》
ナレーションがそう云うと目の前に選択肢が現れ、その右上には残り秒数と思われる数字が減っていっていた。
《一・逃げる〇二・妹を助けて逃げる》
「何だよ、なんなんだよぉ」
思わず二を思った。視界の下にはアイコンバーか、何かオンラインRPGでよく見るアクションもかかれている。
ボォォォン
外で爆発音が聞こえて急いでリビングに急ぐ。
守れなかったのであれば、多分この体の持ち主が悲しむ。と、云ってもこの体は自分のかもしれない。でも、可能性としてはそれは少ないだろう。のであれば、こっちの世界の人間の体を乗っ取っている方が大きいし、そうだったら自分のではない記憶が在るのも多少は頷ける。
《チュートリアルを始めます。この世界は初めてですか?》
「そうだよ。じゃなきゃ焦ってないよ」
意識のなかのナレーションの声に苛立ちながら返答する。
走る。しかし、どこまで行っても下に降りる階段も無ければ人間も居ない。
《攻撃アクションを行います。腰に手を当ててみて下さい》
云われるがままに右手を右腰に当てた。すると、何かがそこに在るように重くなる。
さっきまで、寝ていた体なのに随分と動きやすい。
《掴んで下さい》
見計らったようにナレーションが云うと、次に目の前に敵キャラだと思われる全身黒タイツでノースリーブの上着を着ている人間が、ラグを生じさせながら無限な廊下に現れた。
右腰の何かを掴むと
【コール、左利きに設定されました】
なんてインフォメーションのような違う声で聞こえてきた。
「右利きなんですけど?」
一応突っ込んでみた。どうせこの調子なら何処かにヘルプが在ってもおかしくない。両手利きなので、大した弱点ではないが。
《引き抜いて下さい》
左で柄を掴んで抜いた。形的には刀、それか西洋のサーベルとかそんな形だ。予想よりは重くない。
《視界の下方のアイコンの一番右を選択してください》
ゆっくりと走ってくる敵に狙いを定める。この体は恐らく剣の練習を欠かしたことが無いのかもしれないと云うふうに筋肉ががっしりとしている。
アイコンの名前を詠んだ。
「辻斬」
そして、自分は地面を強く蹴る。
アシストが入ったか、いつの間にか後方に敵がいた。全身に血が吹き出しその場で倒れてパァァンと消えた。
《次は強化について説明します》
視界の右にwinゲージが出て、経験値とドロップアイテムがかかれていた。
ショートソード(N)。そんなモノが一つ。
《ショートソードを二つ具現化してください》
「ぐ……具現化だと!?」
仕方なんて知らない。すると昔の記憶、この体の持ち主の記憶の中に見つけた。
強く意識すれば良いのか。そんな簡単な事で。
やってみると、腰に現れていたサーベルは消えて、両手左右一本いっぽんショートソードが出現した。
《アイコン左端の強化アイコンを選択してください》
おなじようにそれを口に出す。
ショートソードの二本が一本にまとまり〔成功〕の文字が浮かぶ。
《第一次チュートリアルを終わります。ガチャを解放しました。聖具収集を解放しました。ボーナス十連ガチャ券を配布しました。三万ジュエルを配布しました》
「ガチャ券?」
視界のアイコンバーは消えていて、左上にガチャ欄が小さく点滅していた。
気になるので、アイコンを選択するように口に出す。
《初回限定SSR聖剣エクスカリバー×二十倍》
カードが見える。半透明な黒で視界を覆われて、そんな文字が注意を引く。
ガチャを引く、が点滅していた。
引こうと意識した。視界の色が変わり、金色の部屋が見える。しかし、その後方には廊下が見え、場所が変わってはいない事が判る。
モーションに任せてそれを眺める。
金色の盾が廻りはじめる。そしてある程度廻ると〔確定〕の文字と一緒に右手を上げろ!と出てくる。
此処で、やはり、と思った。
右手をあげる。目を覆いたくなるような光がその盾からする。
我慢して見ていた。出て来たカードは…TRと出ている。
「魔剣アルバーン・ブレイク」
どうなっているか判らない。これじゃあ、ソーシャルカードゲームRPGのような要素が入っているじゃないか。
此処で理解した。立場も身分も最下位で在ることは間違いない。これが、夢で無ければ自分と同じ境遇の人間は居る。
「と、云うことは。少しこの状況を楽しんだほうが良いのかな?」
もし、ランキングが発表されたとして最下位なんて気分が悪い。どうせ、夢オチの確率が遥かに高いこのゲームはやり込まないと損と云う気分である。
TRが出た所だある程度は戦える。と、云ってもTRはどういう意味なのか。まさかのSSSRのトリプルだと!?なんて思うがどうだろう。
《カードのセットアップについて。武器のストックは十個まで、防具は七つまでです。なお、コストを考えてストックホルダーを活用してください。武器、防具は定期的にメンテナンスを行ってください》
案の定、説明があった。
決断をした。ソシャゲ全てを網羅したこの自分がこのゲージを統一する。ルールも知らない、本当のこのゲームも知らない。
課金が在るのか。特にこれは、オンラインなのか。
ギルドは創れる使用なのか。ストーリーは、オプションは、フレンドは。
知らないことの例を挙げれば切りがない。
「魔剣アルバーン・ブレイクを主要武器に設定。主要防具にミッドナイト・コートを設定」
自分を包む服が変わるのが判る。ミッドナイト・コートはいつも戦闘用でこの体の持ち主が使っていたらしい。
そんな時
「きゃぁぁぁぁぁぁああ」
イリアの悲鳴が聞こえた。こんなときに最悪だ。
階段は目の前にあるので、降りればそこがリビングでイリアが居る。急ぐんだ。急げ。
「主要武器はずっと腰に在るのか」
走ると、かちゃんかちゃんと金具がなる。なにも音のしないし、四方が囲まれている部屋ではうるさいのは当たり前だ。
《敵戦力三。味方戦力五五八》
「パワーバランスが崩壊しているぞ」
システムに突っ込んでおいて、主要武器魔剣アルバーン・ブレイクを抜いた。
リビングに行くドアを蹴破り敵を黙視した。ターゲットが固定される。
三人居るので、各戦闘力が一か。どれだけ最初なんだ。
「辻斬」
このゲームの初期の技なのだろう、さっき使った技を水平に切り付ける。
恐らく、このゲームは自分で技の作成、変更が出来そうな予感だ。この敵はチュートリアルのように消えるわけはない。血が部屋にこびりついた。
「イリアっ!!」
返事は無く、そこに見えたのはイリアの死体だった。
無惨に腹をかっ裂かれて内蔵が見えた。白目を向いている瞳を見て、僕はゆっくりと閉じてあげる。
何故か、涙が出ていた。これは、この体の持ち主である兄のモノだろう。しょうがない、出せる涙は此処で流しておこう。
ピロリーン
《称号アルバ村の生き残り、を獲とくしました》
「さすがにこの称号は何かの嫌がらせだろう?」
窓の外には赤い火の海がこちらに向かって来る。イリアと、その兄には悪いが、まだ僕は生きていたいと決めたばかりなんでね。
重い足を無理矢理にでも立たせて外に出る。
外は、広場になっていた。噴水は破戒されている。
《プレイヤーを発見しました。レベル三五》
そろそろ読み上げるこの声がウザったく感じてきた頃、そうナレーションの音声がこう言う。
戦車は崩れて、歩兵等はそこに死んでいた。
その死骸とかの中心に女性と思われる姿が立っている。恐らくそのプレイヤーだろう。
「新しいプレイヤーさんみーっけたー」
幼い少女のような声であった。見た目も予想通りだ。
「…初回盤の漆黒のコート着てるじゃん、何?レベル一なんてうそじゃんさ。初回は三年前に売り切れたし、帰って来れないのに?」
初回盤、そんな言葉を呟いた彼女はこの状況をすくなくとも知っている事は判るだろう。目標をその女の子にロックする。
主要武器に設定した魔剣を引き抜く。
「《一騎打ちを申し込む》」
自分の意思ではない。しかし、何だか今の自分は何でも出来る気がした。
少女はぼぅっとしている。
「……あっ。阿呆過ぎて反応が遅れたよぅ。いいよ。死んで貰うけど」
彼女は左手に巻き付けた鎖に右の手を置いて
「白夜刃白神」
ニヤリと少女は笑った。勝ちが決定したときに笑うのか、そんな人は多いものだ。
「ロック、斬首の舞」
鎖を握って水平に投げる。短刀のような長さのそれは刃が鎌のようになっていて、それが首を刈り取るなんて、そんなところか。いわゆる鎖鎌の類だ。
それに、僕は主要武器とは別に具現化をしたショートソードを投げてぶつけて威力を弱める。…ようとした。
しかし、白神はショートソードをたやすく破戒して、スピードを弱める事も無くむかってくる。ふと考えた。ちょうど、自分の横を通り過ぎる刹那にロックを白神の鎖に変更した。
「辻斬」
下から上に切り上げをする。鎖が断ち切れるとは思っていない。もし、速さが失われたならば、この体の持ち主の筋力で少女との差はたやすく埋まるであろう。
「無駄なのっ!!」
辻斬が決まる、鎖は真っ二つになった。
少女はにんまりと笑っている。とてもわざとらしく。
瞬間的に武器の具現化を許さない位に、僕は走り出す。
少女の首元すれすれ、見れば少し血が滲んでいるが魔剣アルバーン・ブレイクを寸止めする。
死んでもらっては元もこもない。
「あ……ああ!?嘘?」
ぺたんと力無く座り込んだ少女はこちらを睨む所か、笑っていた。
「初回盤の子は強いなー」
Winの表示が見つかる。そんなにすぐに勝負がついて良いのかと、そう思う。
「此処は何処なのか、教えろ」
「あーあ。せっかく入ったクラウドに追い出されちゃった」
電話するように右手を耳に当てる。
クラウド、発言からするにギルドのようなものか。それに、リアルタイムで状態が判るものと読む。それから少女は
「責任とって貰うからね、メシア」
はにかんで僕にそういった。…メシアとは何?
彼女に興味は無い。幼いのは好きではないし、イリアと云う妹が死んだのだ。なので好きにはなれない。年齢的にイリアと一緒なのは、ね。責任なんてどんなモノか、更にどんな事をするのか。とにかく
「此処は何処だ」
「チュートリアル終わってないの?バグ?」
魔剣を腰の鞘に納めて「それは?」と問う。
「永遠のゲーム、エターナルウォーズ。日本がね、異次元に世界を見つけたの。同じ世界には二度と帰れないけど、凄い楽しい。まさに究極のリアルゲームなの」
その説明じゃ判るものも判らないだろう。判ったのは、これはゲームだ、ということ。
「そして、君は?さっき、わざと負けた理由は?」
「わざとなんて、違うよ。……ただTRを持っている君に惹かれたの。私は九条結月よろしくね!メシア」
にかっと笑う。この娘は表情がよく変化する。
と、思った。しかし、その名前は聞き覚えがある。
「三ヶ月前の失踪者ね。驚いたよ」
結月は目を見開く。何で知ってるの?と云うふうに。
「僕は私立奥花学園高等部二年、傍望惣次だ」
九条は親しげに「はぁ!?」っと叫ぶ。
《第二チュートリアルを始めます》