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この場を、どう切り抜けるべきか

「ちょっと結衣、なんで智也がここに居るのよ」


 小声で結衣を問い詰める。

 友人に嵌められたとの想いが頭を過ぎるが、今更後悔しても遅い。


 流石にこの場で「約束が違うから帰る」と言い出すような空気を読めない事は、遥香と言えどもやり辛い。

 この場にいる殆どのメンバーが結衣と智也の企みを知らずに集まっているのだろう。


 いや!もしかすると全員が共犯なのかもしれない。

 そう疑い出せば、切りが無かった。




 その日の夕方、遥香は図書館でいつものように勉強をしていた。

 しかし、何故かいつものように勉強に集中出来ないでいたのだ。


 それは集中しようとすればする程、今日の遭難騒ぎで感じた焦りと不安が頭の中で繰り返し再生されてしまうから……


 そしてそこから遡って、スポーツドリンクのペットボトルを買う自分の不可解な行動や、それを渡すときに思わずいてしまった自分らしくない小さな嘘などが頭の中で繰り返し再生されてしまうのだ。

 そして続けて連想されるのが、自分の胸元への南央樹の目線と、それに続く出来事と会話の記憶。


『ありがとぉ~! はぁ・るぅ・かぁ・さぁ~ん』と、大きな声で呼び掛ける南央樹の声が頭の中で何度も再生されて、遥香は図書館のデスクの前で一人静かに頭を抱えた。


 その時、ヴヴヴと遥香のバッグの中でスマホが小さく振動しているのに気付く。


 回りに配慮してすぐにそれを手に取り、ディスプレイに浮かぶ表示を見る。

 それは、友人の結衣から届いたメールだった。


 メールを開いてみるとそこには、日が暮れてから花火と肝試しを皆でやるから来ないかと言う誘い文句が書かれていた。


 そう言えば、何日か前にそんな誘いがあったなと思い出す。

 その場では曖昧に断ったつもりだったが、それが今日だったのかと記憶の底を探って見る。


 矢吹家は祖母が礼儀作法や躾けに厳しい人で、当然のように遥香の門限にも厳しかった。

 高校生になって多少は緩和されたとは言え、目的が勉強で行く先が市立図書館で無ければ、もうそろそろ家に帰らなければならない時間だ。


 そんな理由もあって、そういう友達との遊びは自然と避けてきたが、遥香とて皆でワイワイと楽しく遊ぶことに興味が無い訳ではない。

 それに南央樹という男の子の遭難騒ぎに関連して、何だか判らないがモヤモヤとする気持ちを持て余してもいた。


 そんな気持ちを何とかしたかった事もあり、普段なら断る筈の誘いに何故かOKの返事を返してしまう。

 家には、すこし切りの良いところまで勉強するので閉館まで粘るとウソの連絡をいれた。


 慣れない嘘がスムーズに出てくる事に、実に後ろめたい気持ちになる。

 働いている人も利用しやすいようにと遥香が夏休み中に通っている西浜中央図書館は21時まで開いていた。


 だから、19時の集合時間からほぼ2時間は結衣たちと遊べる事になるだろう。

 少しだけ後ろめたさと後悔を感じながらも、遥香は集合場所へと向かうためにバッグへと早々に勉強道具を詰めたのだった。




 夏の日は長い……

 19時とは言っても、まだまだ微妙に薄明るい夏のトワイライトゾーンである。


 集合場所である伊勢海いせみ大社たいしゃの境内には19時5分前に到着したが、既に結衣を初めとしてクラスメイトやその友人らしき男女が9名程集まっていた。

 結衣の隣には、寄り添うようにエロ大王ことしば 弘信ひろのぶが居る。


 そして、その横に居たのは結衣がしきりに薦めていた尾崎おざき 智也ともやだった。

 しまった、結衣に嵌められた!


 そう思った遥香だったが、既に遅い。

 クラスメイトの一人が遥香を見つけて声を掛けてきたのだ。


「遥香! こっちこっち」

「うそーぉ珍しいねぇ、お堅い遥香がこういうのに来るなんて」

「矢吹ぃ、待ってたぞぉ」


 クラスメイトの男子から名字を呼び捨てで呼ばれるのは、いつもの事だから気にはならないが、それとは別に全員の顔ぶれを見て「やられた!」と思った。

 肝試しと言えば同じクラスの男子が居る事は予想していたが、まさか余所のクラスの尾崎 智也まで居るとは思っていなかったのだ。


 しかも、男女比が明らかに自分を入れて偶数になるように組まれていて、遥香を除いた女性が4人なのに対して男性は智也を入れて5人居る。

 しかもよく見れば、その場に集まっていたのは皆クラス公認のカップルばかりだった。


「みんな早いねぇー」


 引きつり気味の笑顔を作って小走りで皆のところへと急ぐが、チラリと結衣を睨むのを忘れない。


「遥香ちゃん、待ってたよ」


 智也が笑顔で迎えてくれるが、困ったような後ろめたいような気持ちで素直に笑い返せない。


『結衣! 後できちんと話を、聞・か・せ・て・もらうからね』


 目だけは笑っていない満面の笑顔を、同じように笑顔で迎えてくれた結衣に近づけて、低くドスの効いた小さな声で言う。


「なんか遥香が怖あぁぁい」


 そう言うと、結衣は隣の弘信の腕に絡みついて遥香から目を逸らし舌をペロッと出した。

 結衣お得意のテヘペロだ。


 彼氏と仲の良い処を独り者の遥香に見せつけて、その気にさせようという魂胆なのか、態度がわざとらしい。

 結衣と言う子に悪気が無いのは判っているけれど、時々善かれと思って余計な事をするから油断が出来ない。


 例えて言うならば、結衣は自分の信じる正義のために笑顔で他人の正義をぶった切る事の出来るタイプだ。

 しかもそれを心からの親切でやっていて、それが価値観の違う他人にとっては余計なお世話だと気付いていないのが、実に始末に負えない。


 遥香がグズグズして煮え切らないから、善かれと思ってお膳立てをしてあげた、くらいは普通に思っていそうだ。


「今日は顔合わせだと思って、気楽に行こうぜ」


 結衣に腕を絡められた弘信が、したり顔で言う。

 この二人は似たもの同士の良いカップルだ。


 そこに悪意が無いだけに表だって文句も言えないから、余計にたちが悪いと遥香は思った。

 誰もそんな事頼んでません!と本音が口元まで出掛かるが、流石に声には出せない。


 イベントを前にしたこの場でそんな事を言えば、せっかく肝試しで盛り上がっている他の皆の雰囲気がぶち壊しになってしまう事くらいは判るつもりだ。

 真面目か!と突っ込まれる事が多い遥香でも、それくらいの空気は読める。


 だからこそ、何度薦められても智也と直接会う事を頑なに避けてきたと言うのに……

 自分の知らない処で生まれて勝手に育った恋心の決着だけをなぜか押しつけられるという、理不尽な立場の事は皆考えてくれない。


 誰しも同情するのは恋して相手を想う側か、恋に破れた側の事ばかりだ。

 自分のような人間を好いてくれるのは有り難いが、そもそもがろくに話した事も無い相手が殆どだ。


 遥香が知らぬうちに相手の側だけですっかり出来上がった恋心の最後の決着だけを、突然勝手に押しつけられる身の事を考えてくれる人は居ない。

 例えて言うならば、突然脇道から飛び出して来た見知らぬ相手に刀を渡されて介錯を頼まれるようなものではないだろうか?


 人を好きだという純粋な気持ちが判らない程の朴念仁ぼくねんじんでは無いから、それを敢えて断ち切らざるを得ない羽目に追い込まれる方だって辛いのだ。

 では、相手を傷つけない為に妥協して、好きでも無い相手と自分を殺して付き合えば良いのだろうか?


 それはどんなに振られる側の立場に同情的な人間でも、自分が矢吹遥香と同じ立場になった時に「好きでも無い知らない相手と付き合えるのか?」と問われれば、イエスと言える人間は多くないだろう。

 矢吹遥香だって普通の女の子であるから、自分が心惹かれて好きになった男の子となら付き合いたいし、その相手は誰でも良い訳では無い。


 そこには最低限何か、お互いの心に感じるものがあるべきでは無いのだろうか?

 それは皆お互い様のはずなのに、世間はどうしたって断わられるほうに同情的だ。


 断られる方が精神的にキツいのも判るが、ではどんな相手でも構わずにOKすれば良いのかという堂々巡りになってしまう。

 矢吹遥香が自分の気持ちに正直に妥協をせず我が道を行けば、その後には死屍累々たる失恋者の死骸が横たわる修羅の道となる。


 そう望んだわけではないと言うのに、皆が矢吹遥香に刀を渡して最後の決着だけを求めてくるのは身勝手ではないのだろうか?

 誰かを密かに好きになってついに告白をするお話は小説でもドラマでも沢山有るが、逆の立場の心情を主題にしたものは遥香の記憶にも無い。


 中には断られたことで逆恨みをして悪い噂を流す者も居れば、あからさまに嫌がらせをしてくるプライドの高い相手だっている。

 だから、なるべくなら、そういうポジションには近寄るべきでは無いと避けてきたのだ。


 ほんの気まぐれで結衣の誘いに乗ってしまい、窮地に追い込まれたと感じる矢吹遥香である。

 これでは、自分でも消化できないモヤモヤした気持ちの気分転換になどなりはしない。


「遥香ちゃんが来るって言うから、こいつ楽しみにしてたんだぜ」


 弘信が、さり気ない風を装って智也のフォローをしてくる。

 智也は笑顔で頷いている。


「そうよ、遥香だって智也君みたいなイケメンに好かれて悪い気はしないでしょ」


 結衣が、シレッとして遥香を騙して誘い出したことに悪びれもせずに言う。

 きっと彼女の中では、これは何時までも独り身な遥香のためを思う「親友の粋な計らい」という美談に変換されているに違いない。


「あはは…… 」


 自分の知らない処で、すべてのお膳立てが揃ってしまっている。

 そう悟って、矢吹遥香は曖昧に乾いた笑いで誤魔化すことしか出来なかった。


 遥香が来て全員がカップルになる前提で人数が集められていた事から、以前に結衣から誘いがあったときから計画されていたのかもしれない。

 恐らく前々から結衣と弘信によって仕組まれた、遥香を誘うための計画的なイベントなのだろう。


 それにしても、彼らは遥香が誘いを断ったらどうしようと思ったのだろう?

 致命的な部分で詰めが甘い結衣と弘信の計画にも頭が痛くなるが、タイミング良く誘いに乗ってしまった自分の心の動きにも腹が立つ。


 それもこれもみんな、元はと言えば遥香の調子を狂わせた今日の南央樹の遭難騒ぎが悪いのだ。

 そう思い至って、遥香は南央樹の間が抜けたような顔を思い出す。


 遥香は心の中で頭を振って、その間抜けで人の良さそうな顔を打ち消した。

 次に、何度結衣にその気は無いと繰り返したのかと思い返せば、それも頭が痛くなってきそうだった。


 遥香は、心の中で頭を抱えていた。


 この場をどう乗り切るべきか……

 そして、どうすれば一番智也を傷つけずに自分の事を諦めてもらえるのか、それを必死に考えていた。


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