冷たいキス
この作品は、別作品の『縞パンとツンデレと、俺とウィンドサーフィン』の女性視点で書いたサイドストーリーを加筆して独立させたものです。
男性視点でのストーリーは、上記タイトルにてお読み下さい。
はぁはぁと息を荒げて海から上がってきた南央樹が、ボードとセイル(帆)を車の近くに置くと嬉しそうに車の近くまで戻って来た。
それをわたしは、複雑な気持ちで待っている。
「ごめん、吹いてきたから1時間だけ…… 」
ウィンドサーフィンのボードとセイルを素早く車から下ろしてウェットスーツに着替えた、1時間と少し前の南央樹の顔をわたしは諦め半分に見つめた。
本当にウィンドサーフィンに事になると、この人は他の全てを放り出しても良いと言うような顔になる。
わたしを車の助手席に独り残して、いそいそと嬉しそうに海に出て行く姿を見ていると、解っている筈なのに心が漠とした不安で覆われて行く。
本当に、私は彼の一番なのだろうかと……
「ねぇ、私とウィンドサーフィンと、どっちが好きなの?」
スッキリとした笑顔で戻って来る南央樹に、我ながらなんとも陳腐なセリフを言ってしまった。
きっとわたしは今、泣きそうな顔になっているはずだ。
南央樹の驚いたような顔を見て、先程口から出てしまった言葉を後悔するけれど、言ってしまった言葉は元には戻せない。
ごめんね…… と言う言葉が喉元まで出てきているのに、どうしても声にならない。
濡れた髪の毛から海水のしずくを滴らせたままで、仕方ない奴だなあという顔をした南央樹は、笑顔に戻って黙ったままの私にゆっくりと顔を近づけてきた。
静かに瞼を閉じて、オフショアに吹かれてちょっと冷えた南央樹の濡れた唇と、私の少し乾いた唇を軽く触れ合わせる。
冷たい南央樹の唇がちょんと軽く触れて、次はそっと上唇を優しく挟んで離れた。
結局このひとは、私の不安な気持ちを少しも理解してないのかもしれない。
その安心しきった笑顔に、なんだか少し腹が立った。
お互い一緒に居るのが当たり前になり過ぎると、どうして二人が一緒に居るのかという大事な理由を、いつの間にか見失ってしまうのだろうか?
どうして、このままわたしが明日も隣に居ると疑いもせずに、安心していられるのだろう……
あの時二人が出会った夏の日を、通り過ぎてしまった暑い日々を私は思い出していた。