第九十四話~【堺沖の海戦】~
文中に、永原頼重という武将が出てきます。
彼はオリジナルですので、ご了承ください。
第九十四話~【堺沖の海戦】~
織田信長の命により槇島城から堺へと派遣された義頼は、進軍の途中で丹羽長秀と細川藤賢との合流を果たす。 その後、彼らの軍勢を伴い堺に到着すると、町の郊外へ布陣する。 そこで一旦軍勢を落ち着けると、彼は海を見詰めていた。
その様に義頼が見詰める堺の沖では、安宅信康率いる淡路水軍と真鍋貞友率いる和泉水軍が周遊し海上の警戒に当たっている。 そうした淡路水軍や和泉水軍の向こう側、即ち四国側にも朧気であるが船の影が幾艘分も見て取れた。
その船の数はかなりの物であり、決して淡路水軍や和泉水軍を合わせた数と見比べても遜色がない。 それもその筈で、四国に近い側に存在する船団の正体は村上水軍なのである。 念の為とばかりに義頼は近くにいる安宅信康に話し掛けて相手を確認すると、彼は簡潔に「そうだ」と返答したのだった。
「……ところで甚太郎(安宅信康)殿、村上水軍が得意とする戦い方とは如何なる物なのであろうか」
「村上水軍得意の戦法ですか……焙烙火矢、若しくは焙烙玉による攻撃ですな。 彼の武器は爆発し、それによる炸裂及び破片にて殺傷します。 また、炸裂と同時に発生する炎も予断を許しませぬ」
「爆発に炎か。 要は、火攻めに近いのか?」
「それが全てとは申しませぬが、その側面は間違いなく持っていましょう。 その上、村上水軍はその様な物に頼らなくとも強い。 淡路水軍が負けるとは申しませぬが、手強いのは間違いない事実ですな」
「兵としても強いのか……それもまた厄介だな」
安宅信康の言葉を聞いた義頼は、視線を堺の沖に見える村上水軍に固定しながら時折り首を傾げる様な仕草をする。 彼の頭の中では如何にして攻勢を仕掛けるかを思案しており、その思考の中でたまさか首を傾げただけであった。 するとそんな義頼の仕草が偶々目に入った安宅信康は、不思議そうな顔をしつつどうしたのかと尋ねた。
「如何された? 左衛門佐(六角義頼)殿、何か不可思議な事でもありましょうか?」
「え? あ、いえ。 何でも無い。 それよりも甚太郎殿、御助言感謝致す」
「はぁ。 このぐらいならば、幾らでも致しましょう」
その後は味方となる織田家の水軍と敵となる毛利家の水軍を遠くに見やりながら考え続けたが、その日は特段良い考えなどが出ないうちに日が暮れてしまう。 すると義頼は、村上水軍からの夜襲に備え見張りを残す。 その上、即座に動かせる兵を整えると自らの陣へと引いたのだった。
自らの陣に戻った義頼であったが、相変わらず安宅信康から聞いた村上水軍の攻め手について考えていた。 これが城や戦場であれば、炎など消せばいい話である。 もし消せなかったとしても、最悪その場から逃げ出してしまえばそれでよかったからだ。
しかしながら、事が水上では話が異なってしまう。 何せ周りは全て水であり、陸上と違って簡単には逃げられる様な環境にないのである。 その様に不利な状況で、村上水軍の火攻めに対抗しなければならないのだ。
その様につらつらと本陣内で一人考えていた義頼に対して、彼の懐刀の一人である沼田祐光が声を掛ける。 いや、そこに居たのは、沼田祐光だけでない。 他にも蒲生賢秀や、蒲生家嫡子となる蒲生頼秀の両名がいた。
彼らを認めた義頼だったが、丁度いいとばかりに彼らに声を掛ける。 どの道、一人で考えても煮詰まるばかりで碌な考えが浮かばなかったのである。 ならば気分転換も兼ねて相談するのもいいだろうと考え、義頼は彼らに話を振ったのであった。
「村上水軍に対処するいい方法だが、何かないかと思ってな」
「何ゆえに、その様な事を?」
「目の前に敵の水軍が居るのだ、考えても不思議は無かろう。 例えこのまま戦が起きなかったとしても、何れ毛利とは戦う事となると考えている。 そうなれば、村上水軍は間違いなく敵となる。 ならば今のうちにいい方法が思い付けば、それが対策となるのは最早間違いはない。 さすれば将兵の損耗を防げるだろうし、織田家としても戦がやり易くはなる筈だ」
『なるほど』
「最も九鬼や大野(佐治)が村上水軍を打ち破れば、取り越し苦労となる話だがな」
義頼の言葉を聞き、蒲生賢秀と蒲生頼秀の親子は思わず苦笑した。
何せ、今まさに織田信長が九鬼水軍や大野(佐治)水軍に対して召集をかけているのである。 もし彼らが此処で村上水軍を打ち破れば、義頼が今考えている事など本人が漏らした通り無駄になってしまうのだ。
しかしながら沼田祐光は、真面目な表情で首を振りつつ義頼に言葉を返していた。
「殿。 そうとばかりは言えますまい。 村上水軍が手強いのは、安宅甚太郎殿も認めています。 なれば、油断なく最悪を考えておく事も肝要かと存じます。 古より、「彼を知り己を知れば百戦殆からず、彼を知らずして己を知れば一勝一負す、彼を知らず己を知らざれば戦う毎に必ず殆し」とも申します」
「確か、孫子の謀攻にある一節……だったか?」
「はい。 そして油断こそ、最悪の結果を導く事となりましょう」
「ふむ。 それもそうだな」
折角の沼田祐光の言葉である。 義頼は彼の忠告が無駄にならぬ様にと、村上水軍の対処について相談を再開するのであった。
さてその頃、淡路国では阿波三好家の赤沢宗伝と村上吉充率いる村上水軍が淡路島の制圧に勤しんでいた。
と言うのも、淡路水軍の全てが安宅信康に従い、淡路島を脱出して堺へと向かった訳ではない。 そのまま淡路国に残り、阿波三好家と村上水軍を受け入れた者も居る。 その中において最も積極的に受け入れたのが、菅達長であった。
彼は赤沢宗伝や村上吉充をいの一番に出迎えると、彼らとの面会に成功する。 そこで通り一遍の挨拶をした後で、菅達長は手土産と称して攻略した岩屋城を差し出すと伝えていた。
彼が差し出すとした岩屋城だが、元々この城は安宅信康の居城である。 しかし前述した通り、城主の安宅信康は己に味方する者達を引き連れて堺へ脱出していた。 つまり菅達長は、空き城となった岩屋城を難なく攻略した上で献上したと言う訳である。 有り体に言えば、火事場泥棒とも取れる訳だが、そんな事は言わなければいいだけの話であった。
「よかろう。 平右衛門(菅達長)殿の降伏、受け入れようぞ」
「おお! なればこの達長、淡路の道案内も務めさせていただきます」
「うむ。 働きに期待する」
「はっ」
こうして淡路国の有力国人でもある菅達長の案内で淡路国内を制圧する事に成功した阿波三好家と毛利家の両家の軍勢は、分割して淡路国を治める事となる。 その分割案では、淡路国内の大半は阿波三好家の物となっている。 ただ岩屋城周辺の地域については、毛利家の領分となった。
これは毛利家にとって淡路国が飛び地に近い地理的条件となる為、下手にその地に領地を持ちその後の維持に労力を割く事を避けたからである。 他にも同盟相手である阿波三好家に恩を売った方が良いだろうとの判断もそこにはあった。
それであるにも拘らず岩屋城周辺を押さえたのは、大坂へと向かう水軍の通り道でもある明石大門(明石海峡)を抑えておく為であった。
こうした菅達長の尽力もあり首尾よく淡路国内を押さえた阿波三好家と村上水軍を派遣した毛利家であったが、そこで次の戦いを迎える事となる。 それは、織田家の水軍である九鬼と大野(佐治)水軍、それから安宅信康率いる淡路水軍の織田家連合水軍との海戦であった。
織田信長の命に従い出陣した九鬼水軍と大野(佐治)水軍は、伊勢湾で合流してから紀伊半島を周り込み大坂を目指す。 やがて到着した彼らは安宅信康率いる淡路水軍と、真鍋貞友率いる和泉水軍と合流する。 その後、織田家連合水軍となった彼らは、堺のやや北の海上に陣取ったのだった。
その一方で毛利勢の主力となる村上水軍だが、此方にも援軍が現れている。 それは、織田家水軍の動きを察知した小早川隆景が急遽派遣した小早川水軍である。 その他にも合流を果たした船団があり、その者達は雑賀水軍である。 村上水軍と小早川水軍、そして雑賀水軍で構成された毛利水軍は、織田水軍と対峙する様にやはり海上で陣取っていた。
こうしてお互いにかなりの数となった両水軍は、陣取った海上で二日ほど睨み合い火花を散らしていた。 そんな水軍同士の睨み合いの裏で、義頼もまた行動を起こしている。 彼は堺の守備の為に兵を相応数残すと、海戦が起きるであろう辺りの陸地部分まで進軍し駐屯していたのだ。
「祐光。 両水軍合わせて、ざっとどれぐらい居ると思う?」
「分かりません。 味方は凡そ二・三百艘ぐらいとの事ですが、それに比べると村上・小早川・雑賀の水軍はそれよりも多く見受けられます」
「ふむ……確かに毛利陣営の水軍の方が多い様に感じるな。 それで、味方は勝てると思うか?」
「それこそ分かりません。 一当て後、押し込めれば味方の勝ちもあり得ましょう」
「なるほどな。 となれば、逆の結果もあり得るか。 いや、味方の方が少ない以上、楽観視も出来ぬ……重高と重綱を呼べ」
「はっ」
義頼の命を受けて、馬廻り衆の一人である永原頼重が走っていく。 彼は永原重虎の嫡子であり、元服の際に義頼から一字を賜っていたのだ。
その永原頼重はやがて弓奉行の吉田重高や父親の補佐をしている吉田重綱とともに本陣へと現れる。 するとただちに父親の吉田重高が、用向きを問い掛けてきた。 その彼に対し義頼は、弓衆を海岸沿いに配置する様に命じる。 重ねて吉田重高が尋ねると、味方の水軍が万が一にも敗れた際に上陸を許さぬ為だと理由を告げた。
それだけではない、敵に射る場合は火矢を使えとまで指示する。 だが、相手が船である事を考えればそれも納得できる。 何せ、船は言うまでもなく全て木で出来ている。 その様な相手に対し、火矢は実に有効的な手段なのだから。
こうして吉田重高と吉田重綱の親子に指示をした後、義頼は丹羽長秀ら与力として付けられた将に対しても同様の指示を与えている。 弓衆を中心とした陣に内心首を傾げた将が皆無という訳では無かったが、それでも全員が義頼の指示に従っている。 これは彼が兄である六角承禎より受け継いだ「弓術天下無双」の異名、そして何より義頼が過去の戦で上げた実績が物を言った結果であると言えた。
義頼が与力の武将達も含めて弓衆を中心とした陣を構築した翌日、一触即発の雰囲気で睨み合っていた織田家と毛利家の両水軍がついに激突する。 後に【堺沖の海戦】と言われる様になる戦は、此処に始まったのだ。
毛利家の水軍の主軸となる村上・小早川の両水軍は、数で上回っている事を利用して包囲する様に動きつつも織田家の水軍へ攻撃を仕掛ける。 彼らは素早く敵船に近づくと、焙烙玉を数多く投げ込んだのだ。
その攻撃に追随する様に、雑賀水軍が焙烙火矢を撃ち込んで来る。 その様に敵から遠近両方の攻撃を受けた織田水軍であったが、ただ黙っていた訳ではない。 彼らなりにも、反撃を試みた。 しかしながら緒戦を取られた事と、船の数で勝る毛利方に対して有効な攻勢は出来ない。 時が経つと共に、徐々に織田水軍は劣勢に追い込まれていった。
「大隅守(九鬼嘉隆)様! 和泉水軍、崩れます!!」
「何だとっ!」
九鬼水軍を率いる九鬼嘉隆は、兵からの報告に思わずそちらを見る。 すると和泉水軍を率いている真鍋貞友の船が、火勢の中に崩れようとしていた。 しかもその周りにも、炎に包まれた船が幾艘も見て取れる。 その中にあって、生き残った僅かの者で何とか立て直そうとしている様だが、とても上手くいくとは思えなかった。
これでは、もう和泉水軍は宛てにはならない。 救援したいのは山々だが、追い込まれているのは織田家の水軍である。 そちらにまで手を差し伸べるだけの余力など、彼らにはなかった。
「致し方ない。 和泉水軍は諦める。 それから大野(佐治)水軍、淡路水軍との連絡を密に! 何としても持ちこたえるぞ!」
『はっ!』
九鬼水軍の者達から確りとした返答が来た事に、九鬼嘉隆は気持ちが振るい起きる。 内心で「まだまだ!」と気合を入れた矢先、船の舳先に居た者から警戒の声が掛かった。 思わずそちらに視線を向けると、自身が乗る船目掛けて真一文字に近づいてくる焙烙玉が見て取れる。 その瞬間、九鬼嘉隆は思いっきり後ろに飛んでいた。
その直後、つい先程まで自分が居た場所のすぐ近くで焙烙玉が炸裂する。 幸い炎が船へ類焼する事は無かったが、焙烙玉を避ける為にと後ろに飛んだ事。 それから炸裂した爆風が相まって、彼は強かに船へと叩きつけられてしまう。 その為、意識を飛ばしてしまい、九鬼嘉隆は全体の指揮をとれなくなってしまった。
そんな好機を、村上吉充が見逃す筈が無い。 敵の動きから混乱を見て取ると、総攻撃を命じた。 その直後、浦宗勝を大将とする小早川水軍が増速する。 引き続いて、狐島吉次率いる雑賀水軍も増速。 ついには、村上吉充率いる村上水軍が織田水軍を切り裂いていく。 安宅信康も佐治信方も旗下の水軍で必死に防ごうとする。 しかし敵の勢いは凄まじく、足止めが出来なかった。
「……み守様! 大隅守様!!」
「くっ! 痛っ!! くそっ!」
そんな中、漸く九鬼嘉隆が目を覚ます。 彼は一つ頭を振って意識をはっきりさせると、声を掛けていた者の腕を掴んで状況を問い掛けた。 その勢いに気圧されたのか、その者は一瞬だが躊躇いを見せる。 しかし一つ咳払いをすると、九鬼嘉隆を襲った事態を説明した。
焙烙玉炸裂の余波で気を失ってしまったという事を聞かされた九鬼嘉隆は、毛利勢の手腕と己の不甲斐なさに思わず舌打ちをする。 しかし、何時までも拘う訳にも行かない。 彼は頭を振り強引にでも意識を覚醒させると、ややふらつきながら船べりへと向かう。 そして現在の戦況を、自らの目で確かめた。
すると確かに戦況は、明らかに押し込まれていると言っていい。 むしろ良く壊走していない物だと、感心するぐらいであった。 その時、九鬼嘉隆の視界に、安宅信康と佐治信方の乗る船が見て取れる。 どうやら彼らが乗る船を中心に、敵の攻勢を受け止めている様であった。
「あれは……甚太郎殿と八郎(佐治信方)殿。 そうかっ! 彼らが踏ん張って居るお陰で、まだ持ちこたえているのか。 よし、急いで体勢を立て直せ!」
『はっ』
九鬼嘉隆は急いで自ら率いる九鬼水軍の体勢を立て直させると、淡路水軍と大野(佐治)水軍と共に連携した迎撃に入る。 その為、僅かに立て直す事に成功するかに見えた。 しかしそれは僅かの間ででしかなく、兵数の差もあってか再度織田水軍は押し込まれてしまう。 このままでは不味いと考えた九鬼嘉隆は、必死に頭を回転させるがすぐにいい案が浮かぶ訳ではなかった。
それでなくても毛利水軍は、優勢な兵力差に訴えて攻勢を仕掛けているのである。 その兵数差は如何ともしがたく、織田水軍はじりじりと陸地に向かって押し付けられている。 このままでは何れ座礁しかねないばかりか、最悪全滅もあり得た。
九鬼嘉隆はその事実を前にして、ついに撤退を決断する。 正に、苦渋の決断と言っていい。 だがこのまま戦場にいれば、自身を含めて進む先を海底へと向けざるを得ない。 そんな未来など、許す訳にはいかなかったからだ。
すると正にその時、九鬼嘉隆の船からやや離れたところにあった毛利水軍の船から悲鳴とも取れる声が上がる。 しかもそれはその一艘だけでは無く、他の毛利水軍の船に乗る兵からも上がっていた。
いきなりの事態に、九鬼嘉隆も思わず混乱する。 そんな彼に対して旗下の水軍衆の一人が、陸地を指さしながら声を上げていた。 彼が指し示している方向に視線を向けた九鬼嘉隆は、そこに展開された情景に目を剥く。 何と彼の視界に入ったのは、炎の群れであったからだ。
一瞬、何が起きたのかと思った九鬼嘉隆だったが、直ぐにその正体に気付く。 炎の群れの正体とは、正しく火矢であった。 するとそれが合図であったかの様に、海岸沿いから一斉に火矢が放たれる。 しかしながら火矢の炎は、距離がある為か殆どが途中で消えてしまった。
だが炎は無くとも、鏃の付いた矢である事に変わりはない。 五月雨の如く断続的に放たれたそれらの矢は、見事な弧を描きながら次々と吸い込まれる様に毛利水軍の船へそして兵へと突き立っていくのであった。
ご一読いただき、ありがとうございました。




