表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/284

第九十二話~宇治川の先陣争いと槇島城攻め~


第九十二話~宇治川の先陣争いと槇島城攻め~



 一先ずの本陣とした許波多こはた神社で一晩明かした織田信長おだのぶながは、その後、兵を二つに分けると別動隊を庶兄の織田信広おだのぶひろに預けて進軍をさせた。

 弟より預けられた織田信広率いる別動隊だが、美濃衆を中軸にして構成されている。 彼らはそのまま更に南下すると、平等院がある辺りから川を渡河した。

 一方で織田信長自身は、本隊を率いて柳大明神とも称される許波多神社を出陣するとそのまま宇治川まで直行する。 程なく到着した宇治川の畔に立った織田信長は、対岸に見える槇島城を見据えながら直ぐにでも宇治川を渡り槇島城を攻めると宣言した。

 しかしてその言葉を聞き、旗下の軍勢より何処からともなくどよめきが起きる。 だが、それも仕方がないと言えた。 何せ、軍勢の目の前に流れている宇治川の流れは急であり、ところによっては渦も逆巻き飛沫も上がっている。 その状況を前にして、彼らは二の足を踏んだのである。 そんな味方の臆した様子に、織田信長のこめかみがひきつった。 


「どうした! 憶したか!!」


 織田信長は更なる檄を飛ばした正にその時、旗下の軍勢より馬に乗った男が一人ゆっくりと歩み出る。 するとその男に、織田信長は声を掛けた。


「その方が先陣を切るか、義頼」

「はっ。 我が家は、佐々木の末にございます。 その六角が、宇治川を前に憶したとあってはご先祖に顔向けが出来ませぬ」



 義頼がそうのたまうのには、勿論理由がある。 その理由とは、鎌倉幕府成立時においておきた同じ源氏の間である戦についてである。 それは後の世で、【宇治川の戦い】と呼称される様になる戦の事であった。

 この戦は平家討伐の最中さなかに起きた物であり、当時源氏の大将の一人であった源頼朝みなもとのよりともに将として仕えていた佐々木氏当主であった佐々木秀義ささきひでよしの四男、佐々木高綱ささきたかつなが同じく源頼朝に仕えていた梶原景季かじわらかげすえと宇治川を渡河する際における先陣争いを繰り広げたのだ。

 平家物語によれば、紆余曲折うよきょくせつの末に最終的な先陣の栄誉を得たのは佐々木高綱とされている。 そして六角家は、義頼が言った通り佐々木氏の子孫に当たる。 その様な血筋を持つ六角家当主の義頼であり、宇治川を前にして先陣を譲るなど出来る筈もなかったのだ。


「なれば、拙者も行かねばなりますまい」

「おお、景義か」


 義頼に続いて言い出した男は、羽黒城城主の梶原景義かじわらかげよしだった。

 梶原景義は梶原の姓が示す通り、梶原氏の末裔となる。 その梶原氏の子孫がこの宇治川の地で、しかも佐々木氏の末裔となる六角家の当主に対して二の足を踏んだ事で先陣を譲ったなど許容出来なかった。

 宇治川に因縁を持つ一族の子孫が名乗り出た事に、織田信長は満足そうに頷く。 そして、両名に先陣を任せるのであった。

 こうして先陣を任された義頼と梶原景義は、馬首を並べて宇治川にまで向かう。 やがて宇治川の畔に到着すると、梶原景義は隣に立つ義頼へと声を掛けた。


「此度は昔の様な策は通じませぬぞ」

「何の! 返り討ちと致しましょう」


 二人はにやりと笑みを浮かべると、軽く拳をぶつけた。

 そして視線を荒れる宇治川へと向けると、ほぼ同時に馬の手綱たづなを振るう。 織田信長以下、織田家の将や織田家に着いた者達が見守る中、二人の将は宇治川へと足を踏み入れた。

 当然ながらこの様子は、槇島城からも見て取れる。 しかし足利義昭あしかがよしあきは、そんな敵勢の行動に侮蔑ぶべつの笑みを浮かべていた。 宇治川は、激流で音に聞こえた川である。 その様な川を、織田勢は渡河しようとしているのである。 流石に全滅は無いであろうが、相当数の兵が流されるのはほぼ間違いないと思えたからだ。

 それはそれとして足利義昭は、くだんの宇治川へと注目している。 その理由は、織田勢の先陣を切っていると思われる二つの騎馬にあった。 その騎馬は、背に旗指物を差しながら急流渦巻く宇治川を渡っているのである。 近付けばその騎馬は義頼と梶原景義だと分かるだろうが、流石に槇島城からでは無理だった。

 

「ところで昭光。 あの先頭を切る二騎は何なのだ?」

「恐らく、いにしえの先陣争いの再現ではありませんか? 織田家の軍勢の中に左衛門佐(六角義頼ろっかくよしより)殿がおりますし、確か織田家には梶原氏の末もいるとかいないとかと聞き及んでおります」

「古の再現……のう。 風流な事よ。 ふん。 失敗して流されてしまうがいい」


 足利義昭が邪険な態度を取ったのは、渡河しているのが敵であると言うのもあるが何より義頼が、己の協力要請を断っているからである。 その事実が、足利義昭に義頼と梶原義景の渡河失敗を願う言葉を言わしめたのであった。

 そんな事はさておき、敵が攻め寄せてきている以上は迎撃の準備をしなければならない。 足利義昭は、槇島城主の真木島昭光まきしまあきみつに任せる。 彼は内藤忠俊ないとうただとし共に、迎撃の準備を整えるのであった。




 その頃、宇治川に目を移せば義頼と梶原景義が、悪戦苦闘しつつも何とか渡河を続けていた。 よく見ると弱冠だが、義頼が先行している様に感じる。 だがそれは、圧倒的という程でもなかった。


「流石は宇治川。 一筋縄ではいかぬ」


 宇治川の急流に逆らいつつそう一言漏らした正にその時、義頼は微かに声を聞いた気がして思わず周りに視線を向けた。

 しかし視界に入るのは、槇島城と変わらずに荒い流れを見せる宇治川。 そして、一緒に渡河している梶原景義だけである。 そんな周りの様子を見る限り、とても義頼へ誰かが声を掛けたとは思われない。 その不可思議さに首を傾げた義頼であったが、すぐに気持ちを切り替えると渡河に集中する。 その瞬間、またしても声が聞こえた。

 今度は気のせいではない、間違いなく義頼の耳に届いたのである。 そしてその声だが、ただ「こちらだ」と言うだけである。 しかし不気味さや嫌悪感は全く無く、むしろ何とも言えない安心感をもたらす声であった。 

 義頼は一瞬だけ考えた後、敢えてその言葉の通りに行動してみる。 すると川の真ん中まで来た頃には、梶原景義と距離がそれなりに感じられるぐらいまでとなっていた。 それは先程までとは違い、明らかな差である。 しかし条件は変わらない筈なのにそこまでの差が出た事に義頼は僅かに首を傾げていた。


「……そうか、ご先祖様の……感謝致します、高綱公」


 ほぼ無意識に愛馬を操りつつ少し考えた義頼だったが、やがて声の主について思いが至る。 そこで彼は小さく、祖先へ手を差し伸べていただいた礼を述べていた。

 何せこの声に従い馬を進めれば、少しずつでも梶原景義との距離を稼げるのである。 その稼いだ距離が物をいい、ついに義頼は梶原景義との宇治川の先陣争いを制したのだ。 こうして二人が無事に渡河すると、引き続いて義頼の家臣や近江衆や丹波衆、それから梶原景義の家臣達が渡河を始める。 当然ながら彼らは、先行した二名が渡河した道筋をなぞる様に川の中を進んでいった。

 とは言っても、やはり音に聞こえし急流の宇治川である。 渡河に関わった全ての者が、全員が無事とはならない。 それでも道筋は分かっており、そのお陰もあって流れが急である事を鑑みても十分に少ない犠牲で軍勢の渡河を完了していた。

 そして一足先に対岸へと渡り切っていた義頼や梶原景義は、渡河した者達の先頭に立って渡河してきた家臣や与力を纏め上げると急いで迎撃の準備に入る。 するとほぼ同じくして、槇島城の城門から敵兵が飛び出して来た。

 そんな槇島城の兵に対し、最初に行動を起こしたのは義頼である。 彼は、直ぐに弓奉行を務める吉田重高よしだしげたかに命じて矢の雨を降らさせる。 続いて六角勢よりは少ないながらも、梶原家の弓衆による射撃も行われる。 これでは慌てて出撃した槇島城の少数の兵ぐらいでは、彼我ひがが大きすぎる為にどうにもならない。 槇島城より急襲を掛けるつもりであった彼らは、ほうほうの体で城へ戻って行った。

 そんな味方の援護の中、宇治川の渡河に成功した織田信長は、義頼と梶原景義を自らの近くへと呼び寄せたのであった。


「義頼! 景義! 大儀!!」

『はっ』

「その方らの褒美は後で渡す。 今は城攻めに備えて、兵を休めよ」

『御意』


 首尾よく急流の宇治川の渡河を成功に納めた織田信長は、槇島城を警戒をさせつつも兵を休ませたのであった。

 一方で、織田勢に犠牲が殆ど出なかったと聞かされた足利義昭は驚きの声を上げていた。

 それも、仕方がないだろう。

 渡河の成功は、即ち織田家の兵との直接対決が発生したと同義だからだ。 その思いに至り、足利義昭は思わず頭を抱えてへたり込んだ。 

 それもまた、当然である。 あまりにも、兵数に違いがあり過ぎるのだ。 足利義昭は、五千を少し欠ける程度の兵数で堅城の槇島城に立て籠っている。 しかし、織田信長が率いて来た兵数は槇島城に籠っている兵の十倍近くはいるのだ。

 その上、松永久秀まつながひさひで率いる別動隊からの連絡がない。 それなりの軍勢を率いている彼と上手く連携して挟撃すれば、勝てる見込みも出て来るのだと考えていた足利義昭にとってこの事態は予測の範疇に無かった。


「どうして……どうしてっ!! 久秀の奴は、連絡して来んのだ!」

「……公方(足利義昭)様。 その松永殿の事なのですが……」

「何だ昭光。 久秀から連絡が来ていたのか? それならば、早く報告をせい」

「いえ、そうではありません。 松永殿は、信長に降伏したという情報があります……」

「な、何じゃとーー!!!」





「……ん? 何か聞こえた様な気が……まるで魂の絶叫であったかの様な……まぁ、空耳だろう」


 六角家自らの本陣で休息していた義頼だったが、聞き覚えある筈の声が聞こえた様な気がして思わず辺りを見る。 だがその周辺には、該当しそうな声を出す者など居ない。 義頼が首を傾げていると、偶々彼の近くにいた蒲生賢秀がもうかたひでが声を掛けた。


「如何なされました? 左衛門佐(六角義頼ろっかくよしより)様」

「いや……どこかで聞いた様な声がした気がしてな」

「声にございますか?」


 声を掛けた蒲生賢秀がもうかたひでは、息子の蒲生頼秀がもうよりひでと思わずと言った感じで目を合わせる。 だが蒲生賢秀は勿論の事、息子の蒲生頼秀も声など聞いていない。 その為、親子二人は揃って首を傾げていた。 その様子に義頼は、やはり気のせいだったかと内心で結論付ける。 するとその時、馬廻り衆の筆頭を務める藤堂高虎とうどうたかとらから声が掛かる。 何かと誰何すれば、織田信長からの使いがあったとの報告だった。

 その使い曰く、織田信長の命は本陣への招集である。 義頼は軽く身だしなみを整えると、馬廻り衆筆頭の藤堂高虎の他に同じ馬廻り衆である沼田光友ぬまたみつともを伴って織田家の本陣へと赴いた。

 織田家の本陣へ着くまでは軍議かと思っていたのだが、いざ到着してみると本陣には主だった将が揃っている訳では無いのである。 何せ本陣に居たのは明智光秀あけちみつひで細川藤孝ほそかわふじたか、それと京極高吉きょうごくたかよしであったのだ。

 こんな数少ない数で、わざわざ軍議など開くとは思えない。 それよりも義頼は、自身を含めて共通点がある四名が揃っている事が気になる。 その気になる点とは、織田信長が率いている軍勢の中にあって程度の差こそあれ足利義昭との関係が深いという事であった。

 明智光秀と細川藤孝、そして京極高吉は元幕臣で足利義昭の傍にあった家臣である。 そして義頼は、【永禄の変】が勃発した後に六角家を頼って近江国へと逃げてきた足利義昭一行の接待を任されているのだ。 そんな面子を揃えている事に義頼は、この呼び出しの意味を大凡おおよそだが見当をつける。 そしてその予想は、信長からの問いを聞いて間違いでは無い事を確信した。 


「義頼、単刀直入たんとうちょくにゅうに聞くぞ。 その方は、公方をどう扱う?」


 やはり足利義昭の事だったかと内心思った義頼であったが、彼は即答せず敢えて考える仕草をする。 最もそれは、仕草だけのものでしかないわけではない。 本当に、足利義昭の処遇を考えていたのだ。


「そうですな……将軍殺しの汚名、敢えて被る事は無いのではないかと」

「その方もか」

「その方?……ああ、細川殿達でございますか」

「そうだ。 光秀や藤孝、高吉も反対した。 その上、その方も反対か……ふむ。 まぁ殺してもいいが、よかろう。 公方の追放など、昨今さほど珍しい事でもない」


 そう言った織田信長の言葉に、嘘はなかった。

 近いところで例を上げれば、剣豪将軍とあだ名された足利義輝あしかがよしてるであろう。 更に言えば、その父親となる足利義晴あしかがよしはるもまた京から追放されている。 そして今敵対している足利義昭本人も、兄を殺された後に近江国、若狭国、越前国、美濃国と巡っているのだ。


「殿。 追放するのならば、公方様の御子息を人質とするのが宜しいかと存じます」


 これは足利義昭の動きを抑えるとともに、足利家嫡流の存命を考えての事である。 そして丁度いい事に、義昭には先年に生まれた男子が一人いるのだ。

 義昭と側室のさこの方との間に生まれたこの男児は庶子にあるのだが、他に直系の男子が居ない足利将軍家では将軍の後嗣として期待されている子供でもあった。


「ふぅむ、人質か。 そうだな、いっその事母子共々差し出させるか……よし。 公方に降伏を促すとするか」

「しからばその前に、ある程度の損傷は与えておくべきかと存じます。 城にも、そして兵にも」

「光秀、よき考えだ。 兵達も休息も十分とったであろう、城攻めに掛かるぞ」

『御意』


 その後、信長は平等院近くで休憩している筈の別動隊に指示を送る。 指示を受けた織田信広は、槇島城を本隊と共に包囲するべく向かった。

 程なくして槇島城は、数万を優に数える織田家及び織田家に味方する者達によって十重二十重に取り囲まれる。 すると間もなく、降伏した松永久秀を先鋒とした織田勢の城攻めが開始された。

 さてこの織田勢の中には、初陣の織田信重の姿も当然だがある。 そんな彼には、城攻め前の陣立ての際に信長から与力となる事を命じられた義頼や蒲生賢秀と蒲生頼秀の親子、それに信長の乳兄弟に当たる池田恒興いけだつねおきが付けられていた。


「若殿! 初陣で逸る気持ちも分かりますが、若殿は何れ織田家を継ぐ身。 先頭に立って戦うなど、言語道断にございます!!」


 織田信重に苦言を呈しているのは池田恒興であり、その理由は彼の行動にある。 織田信重は、戦が始まると自ら先頭に立ち兵を率いて攻撃すると言い出したのだ。


「そうですぞ若殿。 その様な役目は、我らにお命じ下さい」

「ほう、その方がその様な事をいうか、義頼。 父上などから聞いたぞ、そなたは幾度と先頭に立ち戦っていると」


 池田恒興に続いて諫めてきた義頼へやり返した織田信重の言葉に、彼は少しの間黙る。 だがそれは、ほんの僅かの間だけであった。


「……確かに某は過去に幾度か、軍勢の先頭に立ち兵を率いた事もございます。 しかしそれは、理由があっての事です。 確たる理由もなく、いたずらに先頭に立って勢いに任せて戦うなど大将の取るべき行動ではありません。 それは「匹夫の勇」と言う物にございます」

「ひ、匹夫の勇だと!」

「戦を行うのは、我ら将の役目。 大将の役目は、将を率いて彼らに手柄をたてさせ、その上で勝利を得る事にございます」


 これは義頼が、兄の六角承禎ろっかくしょうていや傅役の蒲生定秀がもうさだひでから散々教育された物である。 義頼は、この教えを実践出来る様にと心掛けて戦ってきたつもりであった。

 そしてこの義頼の言葉は信重の琴線に触れたらしく、つい先程までと違い彼は何か考え込んでいた。


「若殿。 左衛門佐殿の言う通りにございます。 どうか、御自重下さい」

「…………将を率いた上での勝利か……なるほど。 言われてみれば、父上もそうだな……よく分かったぞ義頼、恒興」

「おお! お分かりいただけましたか」

「うむ、恒興。 では早速、両名に働いて貰う。 槇島城へ一撃を与えよ」

『御意』


 信重から命じられた二人は、兵を率いて槇島城へ攻撃を仕掛けたのであった。



 その槇島城であるが、あまり効率的な反撃を行えていなかった。

 まず兵数が違いすぎるという、実質的な問題がある。 しかし兵数差もさる事ながら、何より兵の士気が落ちている事に最大の問題があった。

 真木島昭光も内藤忠俊も必死に味方を鼓舞しているが、兵の目の前に広がる兵力差に全く効果を出していない。 そんな中にあって根来衆は気炎を吐いていたが、根来衆だけでは戦場の趨勢に殆ど影響を齎していなかった。

 そんな戦の状況に、鎧に身を包んだ足利義昭は本丸にある館で悪態をついている。 その事で多少は気分が晴れるが、それ以上の効果が出る訳ではなかった。

 その時、足利義昭の元に、一人の男が飛び込んでくる。 それは荒木村重あらきむらしげによって池田氏当主の座を追われた、池田知正いけだともまさであった。


「公方様! 大手が破られました!!」

「何!! もうか」


 城攻めが始まってから、半日程しか経ってはいない。 それであるにも拘らず、城の大手門が破られてしまったのだ。 それから間もなく、搦め手門も破られたという報告が足利義昭の元に齎される。 表と裏の両門が僅かの間に破られたという事実に、彼は驚き呆けてしまった。

 しかし、そんな事など織田信長率いる織田勢の知った事では無い。 大手と搦め手を破ったとの報告を受けると、更に攻め手を強める。 その攻めにより、槇島城内は分断されて次々と各曲輪が織田勢によって占領されていった。

 これで残るは、足利義昭が籠る本丸とその周辺だけである。 しかし夕刻も近い事もあり信長はそこで城攻めを一端止めると、まるで威嚇でもするかの様に本丸とその周辺を多数の兵で取り囲んだ。

 これでは足利義昭や周りの将は兎も角、兵の心が持たない。 夜になると、味方の兵は次々に城から脱走して降伏していくのであった。


ご一読いただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ