第八十話~欠下城への出陣~
第八十話~欠下城への出陣~
奥三河の国人である奥平家が秘かに徳川家への帰参を決めた頃、浜松城にて義頼は甲賀衆筆頭の望月吉棟から報告を受けていた。 その報告とは、欠下城についてである。 何と、欠下城に詰めていた筈の武田勢の大多数が、撤退したと言うものであった。
彼らは夜の闇に紛れ、目立たぬ様に城から兵の大多数を退いたのである。 これにより欠下城に残っている武田勢の兵数は、僅かとなっていた。 確かに昼間その様な事を行えば、敵からの追撃を受けるかもしれない。 だから夜の闇に紛れてと言うのは、分からなくもなかった。 しかしながら武田勢は、負けた訳ではない。 武田信玄の容態は、未だ不明のままである。 詰まるところ織田勢から好意的に見れば、戦は引き分けと言えるだろう。 しかし軍勢全体の勝敗としては、武田勢の方がいささか優勢と見ていい状況にある。 それであるにも関わらず、武田勢の方が兵を退いたと言う理由が分からなかった。
「して吉棟。 欠下城より撤退した武田勢だが……何処へ向かったのだ?」
「亀井戸城にございます」
「なるほど。 あそこか」
「御意」
望月吉棟が告げた亀井戸城とは、遠江国に侵攻した武田信玄が本陣を置く為に改修させた城である。 天竜川沿いに存在する磐田原台地の北端に建築されていた城で、二俣城から見てもほど近い場所にあった。 そんな亀井戸城もそして欠下城も改修させたと言う意味合いでは同じなのだが、亀井戸城と欠下城とでは明確な違いあった。
そもそも欠下城の改修だが、武田信玄に取って見れば当初から予定していた訳ではない。 遠江国における侵攻上に偶々存在した城跡であり、一時凌ぎの様な目的で改修させた城であったのだ。 翻って亀井戸城はと言えば、前述した通り遠江国侵攻における武田勢の本陣を置く場所として改修させた城である。 その為か城の防御力や充実度は、欠下城と比べ物にならない城であった。
その亀井戸城へ退いたという事であれば、彼の城が遠江国進攻における武田勢本陣という事を鑑みて左程には不自然とは思えない。 兵力の集中と言う観点から見れば、別段おかしい点はないと思えるからだ。
城より兵を退いた敵の目的が見えたのならば、それはそれでいい。 そう考えた義頼は、そこで意識を切り替える。 そして吉棟に、武田信玄の容態について追加の情報がないかを尋ねた。 しかして武田家には、甲賀衆や伊賀衆と同等の存在と言っていい隠密集団の三ツ者が居る。 彼らが上からの命で守りを堅くしている事もあって、情報が中々探り切れていなかった。
勿論、吉棟もただ座して見ていたと言う訳ではない。 相応に、手は打っていた。 彼は味方の忍びを増員してまで情報を探っていたのだが、どうしても堅い守りに阻まれて目的の情報が得られていない状況なのである。 その事を申し訳なさそうにしながら義頼へ報告してきたが、彼はやんわりと労った。
「そうか。 そうであった、武田にも居たのだったか……となれば吉棟、確かに情報は大事だが無理はせぬ様にしろ。 お主や旗下の忍びが多数討たれる様な事態にだけは、させないでくれ」
「殿……御意」
自身は勿論、旗下の忍びにまで気に掛けてくれた事が嬉しいらしく、吉棟は少し紅潮した様な顔で主たる義頼に返事をする。 その直後、彼は静かに消えていた。
さて吉棟が消えた場所を少しの間だけ見ていた義頼であったが、程なくするとゆっくり立ち上がる。 それから部屋を出ると、織田家からの援軍大将である佐久間信盛の元へと向かった。 そこで彼の小姓へ面会を申し込むと、対して待たされる事なく面会が叶った。 部屋に通された義頼は、つい先ほど吉棟が齎した武田勢の動きについて伝える。 その情報を己の中で噛み砕くかの様にしていた信盛であったが、やがて考えが纏まると義頼へ問い掛けた。
「……ふむ。 つまり信玄は健在である、と言う事なのか? 左衛門佐((六角義頼)殿」
「これだけの情報では、何とも言えません。 ただ、某ならば虚実を盛り込んで情報を流します。 その方が、敵勢に対する牽制となりましょう。 しかしながら武田勢はその様な事はせず、がっちりと固めているだけです」
「とは言え、今は左衛門佐殿と彦右衛門(滝川一益)殿に本陣を急襲された後だ。 であるならば、その様な反応であったとしても不思議では無いだろう…………いや、やはり腑に落ちんか」
「ええ。 某もそう思います」
慎重と言えば慎重なのかも知れないが、それでも彼らの動きは義頼や信盛が持つ武田家の印象とは合わない気がしてならない。 無論、彼らも得られた情報全てを鵜呑みにする気などさらさらない。 とは言え二人からその様な印象が持たれる様な戦い方を武田家、否武田信玄はして来たという事なのだ。
その事を考慮しつつ義頼も信盛も頭を捻るが、これと言う答えは出てこない。 やはり、武田信玄の容態が思わしくないと言うのが順当なところではないかと思われた。
「分からぬな。 我らが気付けたのだから、敵が気付かないとも思えない。 ならばそこに何かあると考えるべきなのか?」
「左衛門尉(佐久間信盛)殿。 やはり、今のままでは何とも言えません。 こうなると、信玄の状態があまり良くないと考えた方がいいかもしれません……ですが、性急に事を運ぶと言うのもあまり良い手とも思えませぬ」
「……そうだな。 先の戦と同じ轍は踏めぬ以上、此方としても慎重に動くべきか」
そう言って、信盛も義頼の言葉に同意した。
流石に欠下城で失敗を経験したばかりであるので、何時も以上に警戒している。 だからこそ信盛は、義頼に対して更なる情報収集を頼む。 義頼としても手傷を負わせたのが武田信玄本人なのか、それとも影武者だったのかを知りたいので即座に頷いていた。
なお、家康に対してだが、此方は信盛が伝えると口にする。 彼は徳川家に派遣された援軍の大将であるので、順当な選択と言える。 そして義頼も信盛が言うと言っている以上、わざわざ遮る気もない。 逆に、報告をお願いすると下駄を預けた形で部屋から辞した。
その後、部屋に戻った義頼は、本多正信と三雲賢持を呼び出す。 そして二人に対して、望月吉棟の持ち帰った情報を伝える。 その上で正信と賢持に、武田勢の動きが持つ意味を尋ねた。
義頼から問われた二人は、暫く静かに思案を行う。 やがて間もなく賢持は、自身の考えを義頼へと告げた。 その言によれば、賢持はやはり信玄の容態が悪いのが原因であると思っているらしい。 そしてその考えには、正信も同意していた。 義頼の擁する二人の幕僚が揃って同意したとなれば、大分真実味を帯びてくる。 しかしながら、所詮は推察に過ぎない事に違いはない。 何か敵の反応が分かる様な動きができれば、大分違うのだがそれも思いつかず義頼は思わず言葉に漏らしていた。
するとその言葉を聞いて、賢持が何かを思いついたらしく進言してくる。 彼が言い出したそのやり方とは、少々乱暴な方法であった。
「ここは、敢えて欠下城へ兵を出すのです。 勿論、十分に事前準備をした上でです。 そしてこの出陣に対して武田勢が瞬く間に反応すれば、信玄が重篤であるという事態には陥っていないと考えられます。 しかしそれ以外の反応を武田勢が示した場合であれば、話は違ってきます。 信玄の容態は、かなり悪いと見て間違いはないと存じます」
「……なるほど。 敢えて兵を出すか……それは面白いかもしれぬな。 いいだろう、右衛門尉殿や三河守(徳川家康)殿へ提案してみるとしよう」
賢持へその様に返答したその時、義頼は部屋の外に気配を感じて警戒感から思わず目を細める。 いきなり主の雰囲気が変わった事に、正信と賢持は何かあったのかと周りを見る。 すると同時に、部屋の外から義頼達に声が掛かった。
その申し出によれば、どうやら外に居るのは家康の小姓らしい。 用は何かと問い掛ければ、彼は使いであり家康が呼んでいるとの事であった。 何とも申し合わせたかの様だなと思った義頼だが、その様なことはおくびにも出さず了承した旨を小姓へ伝える。 それから本多正信と三雲賢持を下がらせると、部屋を出て家康の元へと向かった。
小姓に先導されながら義頼は、何処に向かうのかを思案する。 程なくして到着したのは、家康率いる徳川勢と援軍を率いる織田家の将が話し合う時に何時も使っていた部屋であった。 しかも中からは、複数の気配を感じられる。 その事実から、もしかして何かあったのかと眉を顰めながら静かに部屋に入る。 するとそこには、何名もの将が控えていた。 しかもどうやら、義頼が家康の呼び出した者の中では最後であるらしい。 それは彼が着座すると同時に信盛が口を開いた事からも、予測できる。 信盛から用件を問われた家康は、頷き返してから義頼達を集めた理由について話し始めた。
「実は、信玄の容態なのですが判明しました」
『何と!?』
「そこで信玄の状況なのですが、どうやらかなり悪い様です。 その身に帯びた怪我ですが、重篤と言っていい状態だとの情報を入手致しました」
武田信玄の容態と言う、家康から出た思いも掛けなかった言葉に義頼ら織田家の将達は驚きを露にする。 特に義頼は信玄の状態についての情報をまだ掴んでいなかっただけに、その驚きも一入であった。
やがて彼らの中で一早く驚きから抜けた信盛が、再度本当なのかと尋ねる。 それは義頼の態度から、彼もまだ手に入れていなかった情報であるのは察しがついたからである。 すると当の家康は、再度きっぱりと信玄は重篤であると言い切っていた。
自信有り気に言い切る事から、よほど確かな情報なのだろうと信盛は推測する。 すると彼は、顎に手をやりながら漸く驚きから脱した義頼に声を掛けた。
彼が問い掛けたのは、欠下城における武田勢の動きに対してである。 その言葉に義頼は、撤退した可能性が高まったと言う趣旨の返答を行った。 するとその会話に驚いたのが、家康である。 彼は慌てた様に、今披露された欠下城の情報について問い掛けた。
「お、お待ちあれお二方。 欠下城より武田が兵を退いたとは、如何なる仕儀でしょうか」
「ああ、その事ですか。 徳川殿に知らせ様としていた件なのですが……左衛門佐殿」
「え? 某からですか? まぁ、いいですが」
暫く間を開けた後、信盛は義頼へ報告する様にと促した。
先程伝えた時は「自分で知らせると言っていた気がしたが気のせいだったか?」などと内心で思いつつ、義頼は家康に対して欠下城に駐屯していた武田勢の大多数が既に亀井戸城に退いた一件についての報告する。 同時に、欠下城に残り城を
守る兵の数は少ない事とそこから導き出された義頼と信盛の見解も伝えた。
その話を聞き及んだ家康は、少し考えてから二人の考えに同意する。 そこで義頼から、武田勢に対して揺さぶりを掛けて反応を確かめるべきであるとの提案がされる。 話が及んだのならば丁度いいとばかりに義頼は、先程正信や賢持との話し合いで策の進言をこの場で提案したのだ。 すると丹羽長秀が、感心した様な反応をする。 その様な態度を取った彼もまた、義頼の言葉に賛成だからだ。
「ところでその出兵だが、あくまで様子見か? 左衛門佐殿」
「いえ、右衛門尉殿。 状況次第ではありますが、そのまま欠下城を攻めても良いでしょう」
「ふむ……どうであろう、徳川殿」
「……出陣致しましょう。 ですが佐久間殿、弾正大弼(織田信長)殿へもお知らせするのでしょうな」
「無論です」
家康にそう答えた信盛は、武田信玄の容態も含めた直筆の書状を認めると主たる信長の元へ派遣する。 そしてこれは、信長より依頼を受けていた家康も同じである。 詰まるところ義頼達は、万が一両名のどちらかだけしか書状が届かなかったとしても問題は出ない状態にしたのだ。
一先ず家康と信盛が書状を認め、それぞれの手の者に書状を託す。 彼らが消えて間もなく、その二人から気概の様な物が感じられた。 彼らにしてみれば、散々に打ち負かされた先の戦の意趣返しと言っていい。 それだけに、気合が入っているのだ。
そんな二人の反応に義頼は内心で苦笑したが、敢えて表情には出しはしない。 それは丹羽長秀や滝川一益らも同じである。 だが佐久間信盛と徳川家康を除いた面々は、場の空気を読んでか務めて問題が無い様な表情をする。 その後、彼らは部屋を出ると、出陣の用意を始めるのであった。
織田・徳川の連合勢が軍勢を押し出てから暫く、亀井戸城に集っている武田家重臣達は浜松城から出陣したとの報告がされる。 すると彼らは、信玄の指示に基づいて二俣城攻めを行っている武田勝頼と山県昌景、そして馬場信春を除いた者達で軍議を開いた。
無論、その内容は、浜松城より出陣した織田・徳川の連合勢に対する物である。 その軍議が行われている部屋の上手には、武田信玄の代わりに弟の武田信廉が鎮座している。 と言うのも彼は、欠下城で二俣城攻めを指示して以降ずっと伏せっている信玄の状態を隠蔽する為に、信玄に成りすましていたのだ。 しかしそうなると、信廉が表に出てこない事が不審がられかねなくなってしまう。 そこで彼が先の襲撃で負った手傷が重く臥せっていると言う情報を流して、信廉が表に現れないことを不審がらせない様にしていた。
それはさておき、軍議である。 その冒頭、武藤昌幸と曽根昌世は打って出るべきだと強硬に主張していた。 しかしながら、他の重臣達はあまり乗り気では無い様子である。 それは欠下城が武田勢の遠江国侵攻上において、決して重要な城では無い事に起因していた。
はっきり言ってしまえば、欠下城が落城しても武田勢に問題などは出ないのである。 それでも、一旦は占領して改修した城である。 だからこそ、兵の全てを退かせなかった。 ただ、それだけでしかないのだ。
当然だが、そんな城など未練はない。 わざわざ守って悪戯に味方の兵を損耗するぐらいなら、敵へくれてやろうぐらいの心持なのだ。 そんな重臣たちの気持ちを代表するかの様に、一人の男が口を開く。 その男の名は、穴山信君と言った。
因みに彼は、別動隊を率いて武田信玄率いる本隊とは別れて動いていたのである。 未だ頑強に武田勢に抵抗している掛川城への抑えとして落城させた匂坂城に入っていたのだが、信玄重篤の報を受けて匂坂城を家臣に任せて亀井戸城へ現れたのだった。
その信君に対して、昌世が否を唱える。 彼にしてみれば、打って出てこそ信玄の容態についての欺瞞を続けられる思っていたからである。 そしてそれは昌幸も同じであり、彼も昌世の言葉に賛同していたのだ。
しかしながら、武田家の将の中で攻め寄せてきた織田・徳川の連合勢に対して積極的な行動をと主張しているのは彼ら二人だけしかいない。 上座にて信玄の身代わりを務めている信廉も含めて出陣には消極的な様子である。 その事がもどかしい二人は更に言葉を募ろうとしたのだが、その言葉を信廉が押し留めた。
「やめよ昌幸、昌世」
『しかしですな』
「やめよと言った。 わしの言葉が聞こえなかったか?」
『ですがっ!』
「聞け、二人とも。 玄蕃頭(穴山信君)だけでは無い、わしも出陣には反対だ」
影武者とは言え信廉は、武田信玄の弟である。 しかもその武田信玄が倒れている今、彼の言葉は武田家当主に匹敵しかねない重さを持っていた。 その事を証明するかの様に、最初に口火を開いた信君は無論だが他の武田家重臣も相当な数が頷いている。 これでは出陣など到底無理だと、武藤昌幸と曽根昌世は判断せざるを得なかった。
しかしながら二人には、諦めたくない存在が居る。 それは、欠下城に残された将兵であった。 兵を見捨てたなどとあらぬ噂を立てられない為にも何とかして彼らを助けたい二人は、ほぼ同時に進言する。 その言葉に気圧されたのか、信廉は一つ咳払いをして気を落ち着かせる。 その上で、二人の進言に対して許可を出したのだった。
信廉としても、別に味方を見捨てたい訳ではない。 だからこそ彼は、許可を出したのだ。 とは言え、難しい事に間違いはない。 そこで信廉は、内藤昌秀へ命を出して任せる事に決める。 その後、命じられた彼は、不満を言うでもなく静かに了承したのだ。
こうして事実上、欠下城を捨てることを決定して軍議が終了する。 程なくして武田家の重臣達はぞろぞろと連れだって部屋から出て行き、この場に残ったのは武田信廉と内藤昌秀と武藤昌幸と曽根昌世の三人だけであった。
間もなく信廉から昌秀へ、欠下城に残る兵の救援の為の軍勢が託される。 その命を出した後、欠下城へ三ツ者を派遣させると告げた。
どうせ撤退させるのだから、動きは速い方がいい。 そこで信廉は三ツ者を欠下城へ向かわせて、昌秀の兵が城まで向かわずとも途中で合流できる様にと手筈を整えたのだ。
その後で内藤昌秀は、すかさず立ち上がると部屋から出ていく。 続いて信廉も部屋から出て行くと、未だに残っているのは武藤昌幸と曽根昌世の二人だけとなる。 その二人はと言うと、昌秀と信廉が消えて間もなくほぼ同時に溜息をついていた。
「内匠助(曽根昌世)殿……先ほどの軍議、どう思う?」
「御屋形(武田信玄)様の存在は極めて大きい、そう思います」
「そうだ。 確かに大きい……いや大きすぎる」
昌幸の言葉に昌世は頷いた。
実は昌世も、昌幸と同じ事を感じていたからである。 そしてその事が、武田家によからぬ事を齎すのではとも思っていた。 その時、昌世はふと何とは無しに空を見上げる。 するとそこには、これからの何かを暗示するかの様な曇り空が広がっていた。
そんな空模様を見た昌世の脳裏に、一瞬だけ嫌な考えが広がる。 彼は頭を振り考えを追いだすと、勢いよく立ちあがりながら昌幸に声を掛けた。
「さ、さあ喜兵衛(武藤昌幸)殿。 そろそろ参りましょう」
「あ、ああ。 そうだな」
その後、二人は昌秀の元へ向かう。 そこで彼から手勢を預けられると、欠下城から落ちて来るであろう将兵を迎える為に亀井戸城より出陣したのであった。
ご一読いただき、ありがとうございました 。




