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第七十八話~戦い終わって~


第七十八話~戦い終わって~



 武田本陣へと突貫した義頼と滝川一益たきがわかずますは、二人の武田信玄たけだしんげんの姿を認める。 二人のうち一人が本人で、もう一人は影武者である。 しかしとてもよく似通っており、どちらが影武者かなどこの一瞬では判断できない。 そこで義頼は、向かって右側の信玄を一益に任せて自分は左の信玄へと向かった。

 そのまま肉薄すると、目の前の男に対して突きを放つ。 相対した信玄は、何と床几へと腰を下ろしたまま片手で刀を抜き放つとその一撃を受け流そうとした。

 しかしながら左肩には矢が突き刺さっており、その痛み故か上手く受け流せない。 勢いすらも上乗せした一撃の衝撃であり、その衝撃の為か信玄は思わず刀を取り落としてしまう。 千載一遇の好機と信玄に止めを刺そうとした義頼であったが、邪魔者が現れた為にそれは叶わなかった。

 その一撃を邪魔をして見せたのは武田の武将であり、名を芦田信守あしだのぶもりと言う。 彼は手にした槍で信玄へ止めを刺そうとした義頼の一撃を受け止めてみせたのだ。 しかし、その一撃予想以上に重い。 得物を取り落とす事こそなかったが、少し押し込まれてしまい体勢を崩してしまった。

 すると義頼は、この邪魔者を排除するべくさらなる一撃を与える。 彼は手にしている打根を真横に振って、吹き飛ばすかの様な打撃を放っていた。 それでも信守はかろうじて槍で受けたが、体勢が完全でない事が災いしてたたらを踏む。 その隙に信玄に肉薄した義頼は、打根を振り下ろしていた。

 だが信玄は、痛みを堪えつつも持ち替えた軍扇で何とか受け止める。 そこに体勢を立て直した信守が、義頼目掛けて槍を振るった。 そこで義頼は上体を捻って槍を避けると、お返しとばかりに信守へ突き返す。 しかして信守は飛び退く様に打根を避けると、信玄と義頼の間に立ち塞がりつつ威嚇するかの様に槍を大きく振り回す。 そしてヒタリと、槍の穂先を義頼に向けた。


「御屋形様に槍を付けたくば、拙者を倒してからにするが良い!」

「……のけっ! 邪魔だ!」

「させぬと言った!!」


 義頼は懐に手を入れると、取り出した打矢を二本放つ。 だが、信守は槍で打ち払った。 しかしてその直後、彼は眼を見開く。 その理由は、義頼が手にしていた打根すらも投げつけたからであった。

 驚きのあまり一瞬だけ動きが止まってしまったが、それでも信守は紙一重で攻撃を避ける。 そのお陰で彼は、体勢を立て直すだけの時間を必要としてしまった。

 この好機を、義頼が見逃す筈もない。 馬の腹を蹴りつつ打根に繋がっている紐を引いて回収すると、信守に向かって突撃した。 まだ体勢が整っていないこの状態では、避ける事はほぼ無理である。 そこで信守はせめてと思い、自らの体で受け止める覚悟を決めた。

 だが義頼は、自らを盾にする事を決めた彼の脇を躊躇する事なく駆け抜ける。 その勢いのまま、信玄に肉薄すると突きを放っていた。


「御屋形様!」

「……はっ! くそっ!!」


 流れる様に再度現れた義頼に一瞬だけ反応が遅れた信玄であったが、信守の声で我に返ると半ば反射的とも言える反応で何とか体を動かす。 しかし一瞬だけであったとしても、反応が遅れたのはまごう事なき事実である。 義頼が放った鋭い一撃は、信玄に対して決して浅くは無い傷を負わせていた。

 それを見た義頼が笑みを浮かべると、すかさず止めを刺すべく打根を構える。 その時、織田・徳川連合勢と武田が相対している前線から響いて来る馬蹄の音に義頼が気付く。 するとその直後、義頼の傍に伊賀衆の一人である藤林保豊ふじばやしやすとよが現れた。


「左衛門佐(六角義頼ろっかくよしより)様! 武田勝頼たけだかつよりの軍勢が戻ってきました!」

「何だとっ!!」


 ここにきてまさかの勝頼登場に、義頼は内心臍を噛んだ。

 このままこの場に留まっては、逆に武田勢から包囲殲滅と言う状況へとなりかねない。 その前に、撤退をする必要があったからだ。

 そこにきて体勢を立て直した芦田信守が己に迫るのを感じた義頼は、一足飛びに信玄から距離を取る。 すると保豊も義頼と同様に、信玄と信守から距離を取っていた。


「……討てぬ、か。 結構な手ごたえだったんだが……保豊、彦右衛門(滝川一益)殿に伝えよ! 撤退すると」

「承知!」


 義頼は僅かの間考えた後で、撤収を決断する。 そして一言返した保豊が滝川一益に近づくのを見ると、味方に対して撤退の声を張り上げた。

 この撤退を促す声は、もう一人の信玄を庇う工藤昌祐くどうまさすけと対峙していた一益の耳にも届く。 彼もまた義頼と同様に二対一という戦いを演じていた訳であったのだが、その様な状況など物ともせずもう一人の信玄の腕に相応の手傷を負わせている。 そんな時に義頼から出た撤退の声に、一益は眉を寄せた。


「撤退だとっ! 左衛門佐殿は、何を考えておるのか」

「滝川様! 武田勝頼が戻って来ています」


 保豊の言葉を聞いた一益は、思わずそちらを向いた。

 するとそこには、武田家の旗印である四割菱が見て取れる。 近付いて来るのが勝頼かまでは判別できないまでも、武田一族である事は間違いはないと思われる。 しかもその移動速度から、馬に乗っているかと判断できた。

 これが撤退を呼びかける理由かと納得はしたが、同時に彼は口惜しさも感じていた。

 工藤昌祐を含め、あと一歩のところまで追い詰めながらも撤退せねばならないのである。 その上、敵の動きの速さから今を逃せば逆に追い込まれかねないのだ。 一益は一瞬の後、苛立たしさと共に手にした槍を振りかぶると昌祐目掛けて力一杯投げつけていた。

 この奇襲とも言える攻撃をかろうじて槍を弾いたが、その隙に一益は撤退を連呼しながら義頼の後を追う。 大将二人から出た撤退命令に訝しんだ六角・滝川の将兵であったが、義頼と一益が共に離脱する様に駆けていく姿を認めると彼らに続いて武田本陣からの離脱したのであった。





 武田本陣から六角・滝川の将兵が撤退している最中、信守と曽根昌世そねまさただが駈け寄った。 何と義頼の相手が、信玄本人だったのである。 深手と言える一撃を受けて膝をついていた信玄は、信守と昌世から声を掛けられると傷を押さえつつゆっくりと視線を向けた。

 実は傷が思ったよりも深く、その為か彼の息はかなり荒い。 事実、信玄が押さえている傷口から次々と血が流れだしているのだ。 そこで二人は血止めを行うが、彼らの知る応急処置程度では多少流血量が減るぐらいでしかなく流血が収まる気配は無かった。

 そこに信玄の命で、戦場から取って返して来た勝頼が現れる。 彼は到着した本陣の状態と、信守と昌世から応急処置を受けている信玄を見て一瞬呆けてしまった。


「い、一体何が……叔父上! これは、どうした事なのですか!」


 父親の命で前線から戻ってみれば本陣はさんさんたる有様で、しかも命を出した父親は重体と思われる。 こんな状況では、勝頼の言葉も最もであった。 その問いに答えたのは、信玄の弟に当たる武田信廉たけだのぶかどである。 その彼も腕から血を流している状態であるが、信玄に比べればまだましであった。 


「奇襲を掛けられ、かなり際どいところまで押された。 しかし、そなたのお陰で一命を取り留めた」

「な、何ですと! という事は、先ほどの奴らが!」

「ああ。 奇襲を掛けて来た者達だ」

「おのれっ! 舐めた真似をしおって!!」


 勝頼は激昂すると、踵を返す。 そして、自らの馬へ駈け寄った。 慌てて信廉が誰何すると、勝頼は追撃を仕掛けて来ると言う。 そのままたずなを取り愛馬に跨がった甥を止めようと口を開きかけたが、彼が声を発する前に一人の男が馬の前に出て立ち塞がった。

 その者は、武藤昌幸むとうまさゆきと言う。 彼は真田幸隆さなだゆきたかの三男であったが、嫡子が早世した武藤家当主の願いにより養子縁組された者であった。


「どけ! 喜兵衛(武藤昌幸)!!」

「いいえ、どきませぬ」

「どけと言っているのだ! まごまごしていたら、敵が逃げてしまうではないか!」

「その様な者など放っておきなされ。 それより、する事がございます」

「何っ! 敵を追撃する以外にやる事だと!?」

「はい。 御屋形様の治療が先にございましょう。 欠下城に、医師はいないのですぞ!」

「……まだ亀井戸城か!」


 信玄は、お抱え医者を数人連れて戦場に向かう事が多々あった。

 それと言うのも彼は持病を抱えており、その為の対抗措置としてである。 しかしながら今回は大戦が予測された為に、信玄は欠下城に連れて来ていなかったのだ。

 勝頼は無論の事、今の武田本陣には血止め以上の治療を出来る者などいない。 その事を鑑みれば、確かに昌幸の言う通り医者を連れて来る方が先決であると言えた。 とは言え、このまま逃がしてしまうのも業腹である。 そんな父への思いとの板挟みとなった勝頼であったが、その彼に声を掛けた者が居る。 そこにいたのは、曽根昌世であった。

 何かと問い返すと、信玄からの命だと言う。 しかしてその命とは、欠下城への撤退であった。 信玄は、もし己の怪我が今敵味方に知れ渡ってしまうと、手痛いしっぺ返しが来るのではないかと考えたのである。 ならば少なくとも優勢であるうちに、体勢を立て直す意味でも兵を退く決断をしたのだ。

 そんな信玄の命を受けて、勝頼は欠下城へ撤収する様に伝令を出す。 その傍らで武藤昌幸や曽根昌世は、武田信廉を表に立てて武田の本陣は健在である事を敵味方に知らしめた。 彼も怪我を負っているが、幸いにして腕にである。 隠してしまえば、目立つ訳ではないのだ。 

 やがて欠下城へ到着して程なく、武田家お抱え医師である板坂法印いたさかほういん御宿友綱みしゅくともつならが現れる。 すると法印は、欠下城の掘立小屋に運び込まれた信玄の治療を始める。 そんな中、信玄と勝頼の撤退命令に従って武田家の重臣達が織田・徳川への追撃を急遽取りやめて戻って来た。

 彼らは、帰るな否や本陣へとやってくる。 それはそうだろう。 今の今まで敵を蹴散らしていた中に突然齎された撤退の命で、しかもその理由が本陣が襲撃されたからと言うのだからそれも当然である。 武田家の副将格と言っていい内藤昌秀ないとうまさひでを筆頭とした武田家重臣からの質問に、勝頼は沈痛な表情を浮かべながら答えた。


「そのままの意味だ、修理亮(内藤昌秀)。 本陣が奇襲され、父上が負傷された」

「何ですと!?」

「幸いして、お命は失ってはおられない。 その父上の命で、拙者の名で兵を撤収させたのだ」

「し、して御屋形様は?」

「今は法印の治療を受けている。 我らには父上の怪我が軽いのを祈る事と、この情報が漏れぬ様にする事しか今はできぬわ」


 そんな勝頼の言葉に、昌秀ら武田家重臣の面々も頷く。 この状況では、信玄が怪我を負い倒れた事が外部に漏れぬ様にと兵の統制を強めるしかなかったのであった。

 それから暫く時が経ったが、信玄が治療を受けている一室からは誰も出てこない。 部屋の中の様子が分からない事もあってか武田の将達にも不安の色が滲み出ていた。 いっそのこと無理にでも中の様子を確かめ様かと彼らの中に強硬な考えが現れ始めていたその頃、部屋と彼らを隔てていた襖が開く。 そこには、汗を額にびっしりとかいた法印が立ち尽くしていた。

 その姿を見た途端、勝頼が詰め寄ると信玄の容態について息せき切って尋ねる。 すると法印は、疲れを滲ませながらも笑みを浮かべながら答えていた。


「ご安心ください。 命は取り留めました。 それと御屋形様が、各々方おのおのがたをお呼びです」

「そうか……そうかっ!」


 法印の答えに初めは勝頼を筆頭に喜びに沸いた武田家重臣の面々であったが、続いて告げられた言葉に勝頼を先頭に信玄の寝室に入ろうとする。武田家重臣の面々。 しかし部屋に入る前に彼らは、法印より注意を受けた。

 確かに信玄は、一命を取り留めている。 しかし傷は深く、重体である事に変わりはない。 それでなくても信玄は、持病を抱えている。 それもあって法印は、当初面会を言い出した事に反対した。

 しかし当の信玄が、強硬に押し通したのである。 これには法印も折れ、不承不承ながらも了承したのだった。 


「よろしいですか。 御屋形様が重体である事は間違いありませぬ。 よって負担を掛ける様な事は、御遠慮願います。 本来であれば、今の御目通りとて遠慮していただきたいぐらいです」


 法印の言葉に頷いた勝頼以下武田家の面々は、伏せっているであろう信玄を気遣ってか静かに入出する。 だが体を起こし脇息きょうそくに体を預けている主の姿を認めると、思わず駆け寄っていた。

 一方で信玄は、息子や家臣達の声と姿を見ると笑みを浮かべている。しかし、痛みの為かその笑みはひきつっている。 傍目からは、無理をしているのがありありと分かってしまった。

 その様な父の姿を目の当たりにした勝頼は、横になった方がと心配する。 しかし信玄は、静かに手で制しながら勝頼を見やる。 その目に明確な意思の様な物を感じた勝頼は、押し切られたかの様に黙ってしまう。 それは、この場に居並ぶ武田家臣達も同様であった。

 そんな息子や家臣たちの様子に気づいている信玄だが、あえてその事には触れない。 その代わりと言う訳ではないが、彼はこれからの事について命を出していた。


「勝頼。 その方は二俣城に戻り……彼の城を攻略せよ。 あのまま、彼の城をほう……って置く訳にはいかぬ。 副将として、信春と昌景を連れて……行け」

「はっ」

「それから全軍の統率……だが、昌秀に任せる」

「御意」


 勝頼は元より、命じられた馬場信春ばばのぶはる山県昌景やまがたまさかげも、そして内藤昌秀も信玄に対して平伏しながら命を拝する。 それから信玄は、この部屋にいる全ての将達を見回してから続けた。 


「良いか。 何とし……ても、二俣城は落とせ。 その後は、刑部城と……井伊谷を落とすのだ」

「しかし、徳川が許しましょうか」

「勝頼。 徳川は、我らに負けた。 自ら出陣して連……敗したのだ、それも……織田の援軍を得た上で。 流石に慎……ちょうとなろう」

「承知致しました」

 

 痛みに喘ぎながらも命を出した信玄の言葉に、嫡子の勝頼を含めた一同は粛々と受け入れた。

 その光景に薄く笑みを浮かべた信玄は、今一度厳命する。 その命に従ったのを見た信玄であったが、その直後に脇息から滑り落ちる様に体を倒してしまう。 その光景を見て慌てて法印が駆け寄ると、信玄の容体を見た。

 すると、信玄の胸は上下している。 しかしながら苦しそうな様子から、声を張った事による負担が現れた様に法印には見て取れた。

 一応とは言え無事の確約を得られた彼らは、揃って安堵の表情を浮かべる。 それから法印の言葉に従い、主が臥している部屋から出るとそのまま別室に移動する。 すると彼らは、武田勢全軍の統括を信玄から任された昌秀を中心にして、今後の事について話し合った。

 二俣城に関しては、信玄より命があった通り武田勝頼と馬場信春と山県昌景が担当する。 そこまではよい、問題は城を首尾よく落としたとしてもそれからどうするかと言う事であった。

 兵を率いる総大将、武田信玄が深手を負っている。 しかし、当の本人に全く退く気がないとあっては動きづらいのも事実であった。


「それだけではありません。 東濃に攻め入った秋山殿も、芳しくはないとの事です」

「それは本当か? 喜兵衛(武藤昌幸)」

「はい。 岩村城の女城主であるおつや殿より軍権を委任された織田の柴田勝家しばたかついえが、秋山殿を抑え込んでいるとの報せが先ほど入りました」


 東濃では、怪我が元で亡くなった遠山景任とおやまかげとうの養子である織田信長おだのぶながの五男御坊丸ごぼうまるが名目上の筆頭である。 しかし幼い御坊丸に、その役目を果たす事など出来ない。 そこで遠山家の居城である岩村城は景任の妻であったおつやが城主を務め、東濃の軍事は勝家が統率していたのだ。

 そこに来て、今回の武田勢侵攻である。 するとおつやは侵攻して来た武田勢を撃退するまでの間、軍の全権を勝家に与ると宣言した。 おつやより軍権の一切を任された勝家は、迎撃の大将として出陣する。 その後、岩村城に程近い小さな丘に本陣を構えると武田勢を待ち構えた。

 また河尻秀隆かわじりひでたかに兵を持たせ、岩村城から尾根伝いに行ける水晶山へと配置する。 こうして岩村の地を中心とした迎撃陣を織田勢に作成された秋山虎繁あきやまとらしげは、先に進む事が難しくなってしまった。

 昌幸より東濃での詳細を聞いた彼らから、何とも言えない空気が漂ってくる。 東濃では足踏み状態で三方ヶ原では武田信玄の重体と言うこの状況では、それも致し方なかった。

 とは言え、彼らに停滞しているいとまなどない。 これから先へ進むのかそれとも退くのかはまだ定かではないが、どちらを選んだとしても二俣城を落としておく事は有効な手である。 信玄の命もあるので、悪戯に時を掛ける必要などないのだ。

 そこで勝頼は翌日の早朝、馬場信春と山県昌景の両将を伴って二俣城へ出陣したのであった。





 ところ変わり浜松城。

 どうにか城へと戻った徳川家康と少し遅れて舞い戻った佐久間信盛であったが、程なくして武田勢が追撃を行っていないという報せが届く。 すると両名は、助かったと安堵するより首を傾げる仕草をした。

 それも当然である。 家康も信盛も、散々に打ち破られたのだ。 普通なら、そこで追撃となる。 しかしながら、武田勢は追撃を中止している。 そればかりか欠下城に入ると、守りを固めている。 その様な情報を得た二人が不審気になったとしても、それはそれで当然と言えた。

 しかし幾ら考えても、答えなどでない。 そこで信盛は、丹羽長秀と不破光治へ訪ねた。 最も、答えを貰うと言うよりは相談に近い問い掛けである。 しかし今回の場合に限って言えば、それは適切な問い掛けであった。 そもそも長秀と光治が家康と信盛を救援したのも、義頼からの指示によるものである。 当然ながら二人は、別れた後に義頼と彼と合流する予定の滝川一益がどの様な行動に出るのかも聞き及んでいたからだ。

 そして長秀より義頼と一益の動きを初めて教えられた信盛と家康は、異口同音に驚きの声を上げる。 その直後、思わずと言った感じで信盛が長秀に尋ねると、確りと肯定の答えを返していた。 するとその時、徳川家の将である石川数正いしかわかずますが顔を出す。 一礼したあとで部屋に入ると、彼は主である家康に耳打ちして義頼と一益が到着した事を告げた。


「しかしながら不思議な事に、兵の中にはそれなりの傷を負っている者もおります。 まるで、それこそ一戦でもして来たかの様な有様に首を傾げました」

「一戦、か……数正、六角殿と滝川殿をお通ししろ」

「御意」


 やがて数正に案内され、義頼と一益が現れる。 二人は一つ頭を下げた後、ゆっくりと腰を降ろした。 すると、家康がおもむろに武田の本陣へ襲撃を掛けたのかと尋ねる。 その問いに、義頼と一益は首を縦に振った。


「して、首尾は!?」

「徳川殿、我らは信玄に手傷は負わせました。 ですが信玄に影武者が居り、まだはっきりした事は言えませぬ」

「そうですか……ならばまず、信玄の様子を確認しなければなりますまい」


 家康の言葉に、義頼は微かに意外そうな顔をする。 この事実を知れば、打って出ると言い出すのではと思っていたからだ。 だが家康は、予想と違いまずは確認すると言う。 その事に安心しつつも義頼は、家康の言葉に同意した。

 先ず信玄の容体と武田の動静を確認する事に関して、必要性を感じていたからである。 それ故に義頼は、配下の者からも人を出して調べる様にすると告げる。 それから徳川家援軍の総大将である佐久間信盛へ、人員を出す許可を求めた。 問われた信盛は、だいぶ考えた後で了承する。 彼としても、此度の武田勢の動きは気になっていたからだ。


「そういう事ならば、当初の予定通りにこの浜松城で迎え撃つ用意を整えるべきかと。 それと、一連の経過を殿にお知らせせねばなりますまい」

「確かに」


 そう言う長秀の言葉に光治が賛成した。

 窮地に陥った織田・徳川の軍勢を直接的に救援したのは、長秀と光治である。 そんな二人の言葉に、この状況で反論など出る筈もなかった。

 最も本音を言えば、佐久間信盛は反対したいと言う思いを持っている。 しかし当初の作戦を覆してまで出撃して、蹴散らされてしまっているのだ。 これ以上、信長の機嫌を損なう様な行動をしたくはない。 その思いが、彼の口から反対の言葉が出てしまう事を躊躇わせていた。

 兎にも角にも、書状を持った使者が岐阜城へ向けて出立する。 結果的には、戦の中間報告の様な形での報せとなったのであった。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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