第七十四話~井伊谷の戦い~
第七十四話~井伊谷の戦い~
遠江国、井伊谷。 そこは、井伊氏の本貫地である。 その地は、今や動乱が渦巻いていた。 その理由は、武田家にある。 遠江国へと進撃した武田信玄率いる武田勢の別動隊が、調略によって味方につけた奥三河より攻め込んできたのだ。
この別動隊を率いているのは、武田の赤備えとして名を馳せる山県昌景である。 彼は井伊家の城である柿本城と井平城を落とした勢いのままに井伊谷へと攻め入り、瞬く間に席捲する。 井伊家は辛うじて井伊谷城に籠る事で対抗したが、そう何時までも持つとは思えなかった。
基本、籠城策は援軍を当てにした策である。 しかしながら、井伊家を助けてくれる様な勢力はない。 可能性があるとすれば徳川家なのだが、その徳川家は武田勢の本隊と相対しているので井伊家に援軍を出す様な余裕などなかった。
謂わば、四面楚歌と言っていい状況にある。 その様な劣勢にありつつも、井伊直虎率いる井伊衆は良く守っている。 寧ろ、赤備えを含めた山県勢からの攻撃に晒されているにも拘らず未だ落城の憂き目を迎えていない井伊衆を褒めてもいいぐらいであった。
しかし、これでは落城までの時間を伸ばしているだけに過ぎない。 そこで直虎は、己が身を引き換えに降伏する覚悟を決めた。 しかし、その覚悟は無駄になる。 それと言うのも、直虎が山県昌景に軍使を出す少し前にある人物が戦の真っ最中である井伊谷城に現れたからだ。
その男は、伊賀出身の忍びである。 その名を城戸弥左衛門と言い、義頼に仕える伊賀衆の一人であった。
「しかし……本当に援軍は来ると言われるのか?」
「間違いなく」
「だが、一向に現れぬではないか」
直虎の問いに対し間髪入れずに答えた弥左衛門に、井伊家重臣の菅沼忠久が噛みついた。
彼は奥三河に勢力を持つ菅沼氏の分家、都田菅沼氏の三代目当主である。 この都田菅沼氏だが、地盤を持つ地理的関係から菅沼氏より井伊氏との関係を重視していた。 そして彼の代には、宗家より離れ井伊家の被官となっていたのだった。
「落ち着け忠久。 今はもう暫く、耐えるとしましょう」
「殿……はい」
直虎に諭された忠久は、素直に彼女の言葉に従う。 しかしながらその視線自体は弥左衛門へと向けられており、その目が「間に合わない時は容赦しない」と雄弁に語っている。 だがそんな視線を向けられている弥左衛門は顔色一つ変えておらず、その事が尚更忠久の神経を逆なでした。
思わず声を荒げようとしたその時、井伊家の兵が飛び込んでくる。 その尋常でない様子に、直虎と忠久は良からぬ報せではないかと危惧する。 しかしながら兵の報告は、全く違っていた。
兵が齎した報せとは、なんと山県昌景率いる軍勢に襲い掛かっている一団が居ると言う物である。 その報告を聞いた直虎と忠久は、慌てて外の様子を確認する。 するとそこには、確かに昌景率いる軍勢へ刃を向けている者達が居た。
数としては、若干山県勢より少ないと思われる。 しかしながら彼らは、武田の赤備えを相手にほぼ五分の戦いを演じている。 これはこの攻撃が、奇襲であった事に由来していた。
「城戸殿! あれはもしや!!」
「はい。 伊賀衆と甲賀衆です」
『おおっ』
淡々と答えた弥左衛門の言葉に、直虎と忠久は歓喜に打ち震える。 彼らのお陰で、最早落城か降伏と言う未来しか見えなかった己達の行く末に光明が差したからだ。
ここでこの好機を逃せば、もはや挽回の機会はないだろう。 菅沼忠久は、喜びを押し殺しながら主たる井伊直虎へ声を掛けていた。
「殿っ!」
「分かっている。 忠久! 六角左衛門佐殿からの書状通り、直ちに打って出よ!」
「御意!!」
井伊谷城攻めを開始して暫くした頃、落城まで間もなくだと判断した昌景は思わずほくそ笑んでいた。
多少は梃子摺った井伊家への攻めが、漸く終わりを迎えるのである。 そしてこのまま井伊谷城を攻め落とし、その勢いのままに刑部城へ攻勢を掛けて此方の城も落とす腹積もりであった。
その後は、信玄率いる武田本隊と合流し、浜松城の徳川家康に圧力を掛けて降伏させる。 それが成れば、遠江国の版図化も間近だからであった。
「しかし、無駄な抵抗をするものだ。 さっさと降伏すればよいものを」
「殿!」
「何を慌てている盛昌、また井伊勢でも出て来たか。 ならば、早々に討ち取ってやれ」
「違います! 側面から奇襲を受けました!」
家臣の辻盛昌の言葉に、昌景は思わず目を見張る。 だがすぐに立ち直ると、自らの目で確かめるべく本陣を出た。
すると盛昌の言う通り、此方よりは少ない兵が攻勢を掛けている。 何処の兵かまでは判別できないが、奇襲を掛けられて混乱している自らの軍勢は見て取れる。 その事実に内心で舌打ちをすると、盛昌に兵を預けて出陣させた。 昌景の狙いは、立て直しである。 盛昌程の者を援軍として送れば、劣勢となっている前線を立て直すのは難しい事でもなかった。
兵を預けられ味方の立て直しを命じられた盛昌は、直ぐに本陣より飛び出すと味方の援護に向かう。 そんな彼らを見送りながらも、昌景は敵の正体について思案を巡らした。
しかし考えても、答えは出ない。 周りの遠江国人達は、武田の味方となるか中立の宣言をしている。 調略に応じなかった国人の殆どは浜松城に伺候しており、やはり味方など居る筈もなかったからだ。
「しかし……誰が攻撃を……なっ! あれは!!」
昌景が驚いた理由は、井伊谷の南から来襲する別の軍勢が見えたからである。 それも、かなりの規模を持つ軍勢である事が遠目にも分かった。
ここにきて漸く昌景は、奇襲を掛けて来た者達がその軍勢の者達である事を察する。 そして彼らの目的が、奇襲によって此方の兵を混乱させたところに軍勢をぶつけて叩くつもりなのだと言う事も想像できた。
「くそっ!! 完全にしてやられた! 援軍など来る筈が無いと、どこかで高を括っていたわ!! 来襲して来た者達の正体が気に掛かるが、今は兵を纏めるのが先決だ。 ここで井伊谷城より打って出られては、不味い事になる!」
此処で昌景が気に掛けた事とは、敵からの間断なき攻めであった。
城攻めの最中に側面からの奇襲を受け混乱している最中に城から打って出られては、例え相手が少数であっても混乱が助長されてしまう。 その状況で優勢な兵力を持つ敵に攻められては、敗走か壊走の二択が頭を掠めていた。
このままでは否応なく、敗走する。 そこで昌景は、兵を落ち着かせる為に前線に出る事を決めた。 危険な行為である事は認めるが、早急に兵の動揺を鎮めなければならない。 それに大将たる自身の姿を見せれば、慌ててる者達も落ち着くと考えたからであった。
こうして前線に出る決断した昌景は、急いで本陣を出る。 しかし昌景は、前線に向かう途中で己が危惧した事が現実になった事を確認してしまう。 その理由は、井伊谷城にある。 何と昌景の視界の先で、井伊谷城の大手門が内側から開いたのだ。
「遅かったと言うのか……いや、まだだ!」
昌景は自らを奮い立たせると、味方の混乱を押さえ速やかに兵を展開させるべく前線へ馬を走らせたのであった。
その頃、井伊衆はと言うと、反撃に移る為に井伊谷城の大手門へ集合していた。 そして打って出る為に開いていく大手門を、忠久はじっと見ている。 更に彼の隣には、忠久と同様に井伊家重臣である近藤康用も気炎を上げていた。
「では、そろそろ参ろうか次郎右衛門尉(菅沼忠久)殿」
「おう。 精々かき回してくれるわっ!」
山県昌景によって一方的に攻められた鬱憤を晴らすかの様な雰囲気を、忠久は醸し出している。 最もそれは、近藤康用以下この場に居る井伊家の者達も同じだった。 やがて大手門が完全に開くと、全員が気勢を上げる。 その直後、掛け声とともに忠久が打って出ると、間髪入れずに残りの者達も続いた。
誰とは分から無い者達の奇襲を受けて混乱している昌景の兵に、城から打って出た忠久率いる井伊家の者達が攻撃を仕掛けたのである。 幾ら精鋭と名高い赤備えと言えども、立て続けに攻められては混乱を抑えられる筈もなかった。
その一方で前線に到達した昌景も、そして先に援軍として前線に赴いていた辻盛昌も味方の混乱を抑えようと躍起になっていた。 しかし、今正に攻められている味方の混乱が早々に収まる筈もない。 むしろ混乱が伝播する方がより早く、逃げ出し始める味方が現れ始めていた。
それでも昌景や盛昌は、声をあらん限り張り上げて命令に従わせようとする。 しかし、戦場の喧騒と味方の混乱に阻まれままならない。 その事に内心歯噛みしながらも昌景は、諦めずに何とか味方の混乱を抑えて迎撃態勢を整えようとしていた。
しかしながらその努力が実る前に、時間切れである事を昌景は否応もなく認識させられたのである。 それは、昌景に齎された一報であった。
未だ正体不明の敵に反撃に転じた井伊谷衆、それだけでも手に余る状況である。 その上、兵が齎した一報は新たな軍勢の到着である。 しかも件の軍勢は、躊躇う事無く攻め掛かって来たと言うのだ。
慌てて新たに生まれた戦線の様子を尋ねるが、とても好いとは言えない。 そればかりか、次々と味方が討ち取られていたのだ。 その報告を聞いた後で少しの間考えた昌景は、広瀬景房に対して撤退の命を出す。 これ以上この場に留まっても、悪戯に兵の損耗が積み重なるだけだと判断したからだった。
「景房! 撤収する。 全軍、井平じ……いや柿本城まで引けと伝えよ」
「御意」
広瀬景房は、即座に命を履行するべく本陣より走り去る。 そして昌景自身は、自ら殿となると最後の最後まで戦場に残る。 討ち取られる危険を覚悟の上で残った昌景の命に従い、必死の撤退戦を展開する。 これには城より打って出た井伊衆も、そして援軍として現れた義頼の軍勢も梃子摺る。 その隙に生き残った全ての味方を撤退させると、最後に援軍勢を見てから山県昌景も柿本城へ撤退を開始した。
こうして山県勢を追い払う事に成功した義頼は、じっと敵が逃げた方を見続けていた。
彼としてはもう少し押し込んで、あわよくば昌景を補殺しようと思案を巡らせたのである。 しかし味方が不利と見るやすぐに撤退の判断をした昌景に対しては、感心しつつも悔しさがあった。
先程まで混乱していた軍勢とは思えないぐらいの見事な撤退に、追撃は難しいと判断せざるを得なかったからである。 下手に追えば、手厳しい反撃を受けかねない。 捕殺するどころか、逆に捕殺されかねないと思わすに十分な引き際であったのだ。
「正信が名うての将と言っただけはある。 こうも早く、撤退の決断をしたばかりか鮮やかとも言える撤退を見せるか」
「殿、物見を出して山県勢の動きを探りましょう」
「そうだな、任せる。 早々に探りを入れよ」
「御意」
そんな山県勢を見送っている義頼に対し、三雲賢持が進言した。
その言葉に頷くと、賢持へ命を出して敵の様子を探らせる。 すると彼は、山県勢の動きを探らせる為に甲賀衆から選抜した斥候を出した。
それから間もなく、義頼の元に忠久が訪問して来る。 忠久は井伊家の将兵を康用に任せると、礼の意味も含めて義頼の元を訪れたのである。
「拙者、井伊家家臣菅沼次郎右衛門尉忠久と申します」
「某は、織田家臣六角左衛門佐義頼と申します」
他に丹羽長秀や森可成と森長可の親子。 更には佐々成政や不破光治と言った援軍の将にも忠久は自らを紹介する。 それからもう一度、忠久は義頼の前に戻ると頭を下げていた。
「此度の援軍、真に忝い。 主君に成変わり、御礼仕ります」
「何の。 次郎右衛門尉殿、お気になさいますな。 それと、我が手の者に山県勢を探らせています。 追っ付け、敵の動向も分かりましょう」
義頼の言葉に忠久は、撤退させた事に浮かれて山県勢の動きについて把握する事に対して失念していた事を思い出す。 忠久は今一度義頼に頭を下げると、礼を述べたのであった。
するとその時、井伊谷城の方から勝ち鬨が上がった。
それは城から出て来た直虎が上げたものに他ならず、彼女の言葉に井伊家の将兵が続いたのである。 すると義頼は、井伊家の将兵に続く形で味方に勝ち鬨を上げさせる。 こうして井伊谷には、井伊家将兵と義頼の援軍が上げる勝ち鬨で満たされたのであった。
そして撤退した昌景はというと、彼は予定通り柿本城に入城する。 この事は賢持の放った甲賀衆により義頼へと伝えられ、また一部の甲賀衆は現地に残り引き続き監視を続けていた。
程なくして井伊谷にて山県勢の報告を受けた義頼は、その情報を直虎へ自ら赴き伝える。 戦の勝敗が決した後で慌てて斥候を出した直虎だったが、先に動いていた分だけ情報を手に入れるのは義頼の方が早かったのだ。
「左衛門佐(六角義頼)殿。 山県は、柿本城まで引いたと仰られるのか?」
「ああ。 しかしこの後、どの様な行動に出るかは分かりかねますが」
再度攻めてくるかもしれないし、更に撤退する可能性もある。 若しくは、武田勢本体との合流を最優先させるかもしれない。 こればかりは、昌景でなければ分かなかった。
すると康用が、井平城の奪回を直虎に進言する。 井平城は、井伊谷の北側を守る城であった。 井伊谷へ侵攻する過程で昌景に落とされた城であったが、その昌景が井平城より奥三河側となる柿本城まで退いた際に放棄している。 つまり今は空き城であり、抑えるのは容易い。 ならばこの城を奪還し、敵勢による北からの再進軍に備えたいというのは井伊家の者として至極当然であった。
「……井平城を取り返しましょう!」
暫し考えた後で出した直虎の決断により、井平城奪還戦が開始される事となる。 城に向かうのは、井伊一族の井伊直種と言い出した近藤康用ではなく息子の近藤秀用であった。
実は康用だが、いささか体に不具合がある。 此度の様な迎撃ならばまだ可能だが、流石に遠征となると心もとない。 そこで代理と言う形で、嫡子の秀用が派遣されたのであった。
なお、義頼達織田家からの援軍だが、後詰と言う形で井伊谷に残っている。 恐らく敵兵などいない空き城であるし、何より例え形だけであったとしても井伊家が単独で取り返したという事にしておきたいからだった。
やはり援軍の力を用いて取り返したとするより、井伊家が自力で城を取り返したとしておきたいのである。 まして井平城は、井伊一族であった井伊直成が城主を務めていた城である。 その意味でも、井伊家の力で取り戻したとしておきたかったのだ。
そして義頼も、井伊家の事情は理解している。 その為、井伊家の決定に対して異論は挟まない。 但し、いつでも出陣出来る用意だけは怠ったりしなかった。 それは直虎も同じであり、菅沼忠久に何時でも動ける様にと指示を出していた。
その直虎だが、井伊家の危機を救った義頼と肩を並べて出陣する軍勢を見守っている。 内心では、己が向かえない事に歯噛みしていた。 しかし井伊家当主であり、しかも後継候補となるのは今だ養子縁組をしていない虎松である。 この武田家の侵攻を跳ね返した暁には養子縁組を行う事で話は付いているので、それ自体は問題とならない。 だがあくまで直虎が、そして井伊家が残る事が前提となる。 その為、先の戦の様に落ちる暇が無かった場合は兎も角、此度の様な戦で万が一にも直虎を危険にさらす訳には行かなかった。
勿論、彼女もそれは分かっている。 だからこそ菅沼忠久に、対処の為の兵を任せているのだ。 しかしそうであったとしても、やはり歯痒い。 自分が戦上手かは置いておくとしても、家臣に完全に任せきりと言う状況が居た堪れなかったのだ。
その為か、直虎はすぐ隣にいた義頼に愚痴にも近い話をしてしまう。 聞かされた方は迷惑と思える様な話でしかない、しかし義頼は嫌な顔一つせずに最後まで聞いていた。 流石に直虎も己の失態に気付き、慌てる。 すると義頼は、清々しいとも取れる微笑みを浮かべた。 その表情に、直虎は思わず見惚れてしまう。 そんな彼女の様子などまるで気付かず、義頼は口を開いていた。
「家の纏め方は人それぞれ。 今まで女地頭殿に、家臣は付いてきたのでしょう。 ならば貴女に間違いはなかった、某はそう思います」
「……そうでしょうか」
「大丈夫ですよ。 もし間違っていれば、家臣が必ず諫めてくれましょう。 某もそうでしたから」
「そう……ですね」
納得いったのかどうかは分からないが、それでも直虎は義頼の言葉に同意した。
すると義頼は、先程と同じ笑みを浮かべながら頷き返してくる。 その笑みを見て何故かいささか動揺を覚えた直虎だったが、小さく首を振ると視線を出陣する軍勢へと戻したのであった。
そんな直虎や義頼らの見送りを受けながら出陣した軍勢を率いている井伊直種と近藤秀用の両名は、辺りを警戒しつつ慎重に進む。 しかし、途中で山県勢の攻撃を受ける事はなかった。 やがて井平城近くにまで到達すると、物見を派遣して城の様子を探る。 だが城はもぬけの殻であり、山県勢の姿は全く見る事は出来なかった。
「ふむ。 河内守(井伊直種)様、拙者と致しましては速やかに占拠するべきだと思いますが」
「……いや、これが山県めの策とも限らぬぞ平右衛門(近藤秀用)。 此処は慎重に城内をくまなく探ってから、安全を確保した上で占拠するべきであろう」
暫く考えてから、直種は慎重な意見を述べた。
井伊一族の彼としては、いたずらに兵を失いたくはないのである。 秀用からどう思われようとも、此処で意見を翻す気はなかった。
しかしながら、直種の思いは杞憂に終わる。 拙速な動きを考えて意見を述べた秀用だったが、直種の言葉によりそれもあり得ると思えたからであった。 どの道、此度の出陣は空き城と思われている井平城の奪還と駐留が中心となる。 後にあり得るかも知れない敵からの防衛の為にも、兵を失う事は避けたい出来事だった。
此処に両者の思惑は一致を見、先ずは物見による徹底的な偵察が行われる。 嘗て井平城が攻められた時に辛くも落ち延びた兵を中心に構成された偵察部隊の手で井平城は徹底的に探られる。 しかしてその結果は、完全な空き城である。 その報が齎されると、直種と秀用は直ちに軍勢を動かし、即座に城を占拠したのであった。
こうした井伊衆の動きは、井平城近くに伏せさせていた者達によって柿本城へ齎される。 報告を受けた山県昌景は、意外そうな顔で報告を読んでいた
「井平城が取り返されたか。 思ったより早かったな、動くのが」
「しかし……宜しかったのですか? 放っておいて」
「構わぬ。 井伊家の者では、これ以上出張る事など無理だ。 それに織田の援軍も、出しゃばる事も出来ぬであろう。 それより、我らは亀井戸城の御屋形様に合流するぞ」
「はっ」
そう言うと昌景は、井平城など無視してすぐに次の行動を起こした。
菅沼満直を柿本城に置き城を任せると、柿本城を撤退したのである。 その際、山県家の旗などはそのまま柿本城に残し、さも城内に山県勢が居るかの様な細工を施した上でである。 こうして敵の目を柿本城へ引き付けた昌景は、武田信玄と合流するべく亀井戸城へ向かったのであった。
ご一読いただき、ありがとうございました。




