表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/284

第七十一話~漢(おとこ)の死にざま~

木の芽峠攻略戦、終了です。


第七十一話~おとこの死にざま~



 西光寺丸城大手門の外で起きた佐々成政さっさなりまさ山崎吉家やまざきよしいえの戦いは、いよいよ決着の時を迎えていた。

 総合的にはほぼ互角の腕を持つ両者であったが、実はただ一点だけ吉家がどうしても成政に勝てない物がある。 それは持久力、即ち体力であった。

 確かに吉家は年齢に見合わず矍鑠かくしゃくとしているが、やはり彼自身は老年に入ったと言っていい。 つまるところ、どうやっても老化による体力の衰えは否めなかった。 まして相手は、年齢的に考えてもまだまだ体力に余裕がある成政である。 この様な相手に長期戦に持ち込まれてしまった事、これが吉家の最大の誤算であった。

 それでも吉家に、諦める様な素振りはない。 それどころか、偶に反撃すらしているのだ。 しかし端から見れば、何とか攻撃を凌いでいる様にしか見えなかった。

 それは、吉家と相対している成政がよく分かっている。 一騎打ちを始めた当初は幾度となく感じていた手の痺れなどが、全く感じられなくなっていたからだ。 この様な状況となれば、後は体力勝負となって来る。 しかし前述した通り、吉家は成政に比べると体力がいささか衰えている。 つまりそれは、勝負の行方が見えたと言う事に他ならなかった。

 そこで成政は、降伏を勧告する。 すると吉家は、やや力無く首を振りつつも明確に拒否したのであった。


「もう降伏なされよ」

「な、なんのこれしき……」


 肩を大きく上下させつつ、絞り出す様に成政へと答えた。

 そんな時、吉家の耳に森長可もりながよしの声が届く。 しかしてそれは、一騎打ちをしている彼らに対してのものではない。 長可の隣で油断なく成政と吉家の戦いを、そして戦の趨勢を睨んでいた森可成もりよしなりへ掛けられた声であった。

 その長可はと言うと、西光寺丸城を指さしている。 正確には、城内を移動している旗印を差し示していた。 その旗印とは、本多氏の立ち葵である。 また、後を追う様に六角氏の旗印たる隅立て四つ目が移動していた。 それらの旗印は、西光寺丸城の本丸へと突き進んでいく。 長可の声から視線を城へと移していた吉家は、呟く様に一言漏らしていた。


「……敗れたか、吉延」


 吉家の呟きを聞きつつ、成政は槍を構えている。 しかし彼の視線は、目の前の男と西光寺丸城内を移動している旗印を交互に眺めていた。 それから暫く奇妙な時間が空いたかと思うと、吉家は視線を西光寺丸城から対峙している成政へと戻す。 それからおもむろに、手にしていた槍を放り投げていた。

 この唐突とも言える行動に、成政は訝し気な表情を浮かべる。 すると吉家は、場違いなぐらい穏やかな笑みを浮かべながら自らの兜を外す。 そして、ゆっくりとその場に腰を降ろした。

 その途端、一気に疲労が彼に襲い掛かって来る。 その事に眉を少ししかめた吉家だったが、成政の方を向いた時には微塵も感じさせない表情となっていた。


「そなた、佐々殿と言ったな」

「如何にも。 それが如何いかがした」

「何、大した事では無い。 我が首、貴公にくれてやる。 末代までの誉とするがよい」


 いきなりその様に言われた成政は、驚きに目を見開いた。

 しかし当の吉家は全く頓着せず、そればかりか己の脇差を抜くと自らの首筋に当てる。 そんな彼の仕草と直前の言葉で意味を察した成政は、槍を置くと太刀を抜きながら近づいていた。

 すると吉家は、一つ頷いたかと思うと首筋に当てた脇差を滑らす。 当然ながら、頸動脈が切り裂かれそこから血が噴き出した。


「内蔵助!」

「おうっ」


 直後、間髪入れずに可成から声が掛かる。 そして成政は、可成に返事をすると同時に手にした刀を振り降ろして見事吉家の首を討ち取ったのであった。


「敵大将が首、佐々内蔵助成政が討ち取ったりっ!!」


 此処に、西光寺丸城は落城する。 直後、大手門より森勢と佐々勢が突入。 つい先程、城内へと侵入した六角勢と共に西光寺丸城は織田。浅井の連合勢の手中に落ちたのであった。

因みに景健が西光寺丸城に連絡の為派遣した兵達だが、吉家が出陣してしまった事と何より城に近づくまでに時間が掛かってしまった事で間に合わなかったのである。 その為、彼らはめいめいに戦場から離脱して行くのであった。



 西光寺丸城が落ちた頃、木の芽峠城の戦いは最終幕を迎えていた。

 殿しんがりを率いる者として観音丸城に残った印牧能信かねまきよしのぶ前波景当まえばかげまさ真柄直隆まがらなおたかの三人は、怪我を負いながらも生きていた。 しかし、三人と共に残った朝倉兵は殆どが戦闘不能となっていたのである。 そんな三人と彼らと対峙する浅井勢らの目に、西光寺丸城に翻る朝倉勢では無い旗が見て取れた。

 無論翻っているのは、六角家と本多家。 森家と佐々家の旗である。 山崎家の旗など、ただの一本も翻っていなかった。


「御三方、最早意味はなかろう。 降伏なされよ」


 彼らの強さゆえに殺すのが惜しくなった浅井長政あざいながまさが、三人に対して降伏を促す。 しかしながら彼らはゆっくりと首を振ると、静かにそして確りと拒絶したのであった。


「刀の目釘が折れ矢尽きるまで、いや例え目釘折れ矢が尽きたとしても戦うのが武士もののふである」

『しかり』


 能信が降伏を促した長政へ答えると、景当と直隆が同意した。

 彼らは確かに疲労困憊であり、肩で息をしている。 しかし、三人の目からは絶望の色は全くと言っていい程見えない。 能信ら三人の目にあるのは確固たる決意、ただそれだけであった。

 出来るならば生かして捕えたいと考え降伏を促した長政であったが、ここまでの覚悟を見せられては、降伏を勧めるなど無粋でしか無い。 仕方ないと言わんばかりに大きな溜息を一つ付くと、長政は手を振りあげていた。


「ならばせめてもの手向けだ。 望み通り、戦いの中で果てるが良い」

『感謝する、浅井殿』


 三人がほぼ同時に、長政に礼を言う。 長政は厳粛な態度で真面目に頷くと、手を振り降ろしていた。


「かかれぃ!」

『おうっ!!』

『掛かって来い!!!』


 長政と長政の命に答える浅井勢の兵、そして能信と景当と直隆三人の声が重なった。

 いくら三人が鬼もかくやという働きをしていたとはいえ、疲労困憊の上に比べるのも馬鹿らしくなるほどの敵との兵数差がある。 これで能信と景当と直隆の三人が生き残る事など、まず不可能であった。

 背中以外の全方位から攻撃された三人は、全身に槍や刀を突きたてられて絶命する。 しかし彼らは包囲された関係上お互いが背を向ける形であった為、 奇しくも互いが支え合う形となり立往生を迎えたのである。 そして自らの命と引き換えに能信と景当と直隆の三人は、二桁にまで及ぶ浅井家の兵の命を奪ったのであった。


「何というおとこ達か!」


 結果として死しても屈していないとも取れる最期に、長政は思わず感嘆する。 全身に武器を突きたてられ絶命しながらも、武器を降ろさずただ確りと前を見つつも決して倒れ様としない三人を前に長政は自然と頭を垂れる。 すると主に従う様に、幾人もの浅井家将兵が礼を持って接していた。

 それから暫く経った頃、ゆっくりと頭を上げた長政に近付く男がいる。 誰かと思えばそれは、磯野員昌いそのかずまさであった。


「員昌。 彼らの亡き骸は、丁重に扱え。  無碍に扱うなど決して許さぬ。 そのような者は、我が刀の錆にしてくれる!!」

「御意」


 員昌に三人の遺体の扱いを指示した長政は、西光寺丸城に視線を向けつつも少し感慨深げな表情をした。

 自分達も、これだけ苦労したのである。 ならば他の城に籠る兵もまた、侮れない事は想像に難くなかったからだ。 その後、長政は両手で自らの頬を叩き気持ちを入れ替える。 そしてこの場に居ないもう一人の男、即ちこの地に居る朝倉勢の総大将である朝倉景健あさくらかげたけの身柄を確保する様にと弟の浅井政元あざいまさもとに指示を出したのであった。



 それから暫く、僅かながらも生き残った朝倉勢の殿しんがりに口を割らせる事で景健の行方について漸く判明した。


「それで、朝倉殿は印牧殿の手引きで落ち延びた。 そう言うのだな、政元」

「はい、兄上。 印牧殿達と一緒に戦っていた朝倉の兵の中に、かろうじて命を取り留めた者が幾人かおります。 その者達の言では、ですが」

「ふむ。 今更嘘をつく理由も彼らには無かろう、実際に朝倉殿が見付かっていない事も合わせるとほぼ間違いないだろうな」

「拙者もそう思います」


 丁度その時、西光寺丸城を攻めていた可成と長可と成政、それから援軍として出向いた義頼が戻ってきたとの報が長政の元に齎される。 すぐ四人に会うと、ほぼ間違いなく景健が落ち延びた事を伝えた。

 更に、結果としては確認の為となってしまったが、忍びも放ってある事も告げている。 しかし忍びを放ったのは観音丸城陥落後であり、時間差から確認は難しいだろうとも合わせて告げていた。 だが、それでも放つ意味はある。 例え補足が出来なかったとしても、敵である朝倉家の動きが分かれば如何様にも動きを変化させられるからだ。

 情報とは水物であり、絶えず変化する可能性がある。 そして義頼も長政も、忍びなどを使い情報収集を続けて来た男達である。 情報の重要性については、嫌という程知っているのだ。


「ま、仕方無かろう備前守(浅井長政)殿。 終わってしまった事よりも、これからを考えねばならない」

「その通りだ。 越前国人衆には、越前に攻める前から調略を仕掛けていた。 此度の勝利で、靡く者も出て来ると思う」


 織田信長おだのぶながから越前切り取り次第のお墨付きを得てからと言う物、長政は越前国を攻める準備を整える傍らで越前国人衆に対して調略を仕掛けている。 しかしながら、はっきり味方すると答えた者は少数であった。 だが、かなりの国人は首を縦に振らなかった代わりに横にも振らなかったのである。 これは即ち気持ちが揺れていると言う事に他なく、情勢次第では容易たやすく味方となる可能性が多分に含まれた結果であると言えた。


「ほう。 なるほど。 では、その辺りはお任せするとしよう。 我らも案内役として殿より付けられた冨田殿、毛屋殿、戸田殿にその辺りを命じてみましょう」

「……そうですな。 武田信玄たけだしんげんの動きが怪しいかも知れぬ今、面子だ何だと言ってるいとまはないか」


 この甲斐武田家の情報だが、これは義頼が信長に報告した後で、信長が長政に対して発破を掛ける意味合いも兼ねて伝えた情報である。 しかし長政は長政で、独自にその情報を信長から知らされた頃には手に入れていた。

 詰まり長政にとって、二重の意味で武田家の情報を得た形となる。 それは同時に、情報の確度が高まったとも取れるとも言えた。


「やはり知っておられたか」

「うむ。 弾正大弼(織田信長)殿より齎された」


 敢えて長政は、独自に手に入れたとは言わない。 最も義頼は知っているし、義頼が伊賀衆と甲賀衆を使って情報収集をしている事は長政も知っている。 だがお互いに喧伝する気が無いので、何も言わなかった。

 その後、長政は越前の国人達を味方につけつつ越前国府中を目指す。 そして義頼達織田家援軍は、一度敦賀方面に戻ると海岸沿いに北進して府中を目指したのであった。





 一方越前国内では、動揺が広がり始めていた。

 何と言っても木の芽峠城砦群に籠っていた将は、揃いも揃って朝倉家きっての猛将、勇将揃いである。 その彼らが満を持して守っていた筈の木の芽峠が抜かれた事は、越前の国人に大きな衝撃を与えたのだ。

 すると越前の国人は、生き残りを掛けて行動を開始する。 具体的には雪崩を打ったかの様に長政に、そして義頼の元を訪問し始める。 これら木の芽峠城砦群の落城と越前国人達の行動は、一乗谷の朝倉義景あさくらよしかげにも齎された。


「な、何っ! 木の芽峠が落ちただとっ!?」

「はい。 そればかりではございません。 国内の国人は、続々と浅井勢にそして織田の援軍に降伏しております」


 側近の鳥居景近とりいかげちかからの報告を聞いた義景は、思わず茫然自失となる。 程なく彼より声が掛けられると、その状態から抜け出した。

 ゆっくりと信頼を置く景近の方を見ると、取り縋るかの様な視線を向ける。 それから緩慢な動作で側近に近づくと、肩に手を置いた。


「か、景近。 どうする? わ、我は、どうすればいい」

「……殿、迎撃するべきかと存じます」

「迎撃だと!? 能信や景当達が敗れたというのにかっ!!」


 木の芽峠に彼らを置いたのは義景であり、そして義景は彼らなら絶対に敗れる事はないと考えていた。 彼自身、それだけの将と兵を配置したつもりである。 実際、木の芽峠を守っていた将の実力はと言えば、彼らだけで他国への遠征を任せてもいいぐらいであった。 

 それだけに義景は、木の芽峠の防衛に対して絶対の自信と確信も持っていたのである。 しかしその自信と共に配置した朝倉景健あさくらかげたけ率いる防衛軍が敗れた事は、朝倉家当主の義景だけでなく越前国人にも多大な影響を与えていたのであった。

 驚愕の為かそれとも恐れの為か、義景は己の体に手を回している。 その様な主に対して、知らせを持って来た景近は淡々と言葉を紡いだ。  


「しからば殿。 如何いかがなさいます? 降伏致しますか?」

「冗談では無い! 織田に降伏など出来るか!」


 朝倉義景が何故にここまで拒否をするのかと言えば、その理由は両家の出自に求める事が出来た。

 そもそも越前朝倉家は、但馬国を発祥としている。 元々日下部氏であったのだが、平安の頃に初代当主となる日下部宗高くさかべむねたかが但馬国養父郡朝倉の地に赴任し姓を朝倉に改めた事が始まりとされていた。

 その但馬朝倉氏から別れたのが、越前朝倉氏である。 当時の但馬朝倉家当主であった朝倉広景あさくらひろかげが、やはり当時の斯波氏当主となる斯波高経しばたかつねに従い越前国に入っていた。 この地で、新田義貞にったよしさだ討伐に功を上げ、その褒美として黒松城主となる。 以降朝倉家は、越前守護である斯波氏の被官として越前国内に根を下ろしたのだ。

 その後、紆余曲折の末に着実に力を伸ばし、越前国の有力家臣として斯波氏の重臣に名を連ねる。 ついには、甲斐氏や織田氏と並び守護代の家柄と越前朝倉家はなっていた。

 因みに本貫地となる但馬国の朝倉には、広景の息子が残り継承している。 そして今は、山名家の家臣の一人となっていた。

 話を戻して一方の織田氏だが、元を質せば越前朝倉家と同じ斯波氏守護代の家である。 但し、それが宗家であればであった。

 信長の織田家、より言えば織田弾正忠家は織田氏の嫡流となる織田伊勢守家(岩倉織田氏)より分かれた織田大和守家(清州織田氏)の重臣となる家である。 つまり朝倉家から見れば、同輩の分家のそのまた家臣の家となるのだ。

 もし信長が織田伊勢守家や織田大和守家の出自であれば、ここまで拒否をしなかったかも知れない。 まだ越前朝倉家と家格と言う意味で、それ程までには大差が出ないからだ。 しかし分家のそのまた家臣と言う出自が、義景の琴線に触れている。 有り体に言えば、元同輩の更に格下の家の元家臣になぜ降伏をしなければならないのだと言う思いから来るものなのだ。

 だからこそ、信長に屈する事は出来ない。 義景はそう考え、景近の問いに対し即座に拒否をしたのであった。   


「ならば戦うしかありませぬ」

「そ、そうだ「失礼致します、殿。 孫三郎様が、前波殿と真柄殿を伴い御帰還なされました」な……何だとっ!? 真か、景業!」

「はっ」


 義景は驚きと共に、景近と同様に信頼する側近となる高橋景業たかはしかげあきらの言葉に反応を示した。 

 間髪入れずに肯定の返事を景業がすると、彼へすぐにこの場へ連れて来る様に言い渡す。 それから間もなく義景の前に朝倉景健と前波吉継まえばよしつぐ、更には真柄直澄まがらなおすみが雁首を揃をていた。

 すると開口一番、景健が平伏しながら義景に謝る。 その後ろでは、吉継と直澄も同様に平伏していた。


「申し訳ありませぬ、殿。 木の芽峠を守る事、かないませんでした」

「……このっ、景健! 何故、木の芽峠を敵に落とさせた!!」


 しかしながら景健からの謝罪を聞いた義景の口から出た言葉は、いたわりではなく叱責である。 これを聞いた三人と義景側近の二人は、流石に目を見張る。 僅かの間だけ部屋に沈黙が流れたが、気を取り直した高橋景業が景健達三人を取り繕う。 しかし義景は、その口上を聞いた上でまるで切って捨てるかの様に言い放つのであった。


「殿。 それは幾ら何でも。 御三方とておめおめと逃げて来た訳ではありますまい、奮戦して叶わずであったのではありますまいか」

「おお、そうか。 さぞや奮戦したのであろうな。 まぁ良い、聞きたくもないしの。 それよりも間もなく、浅井と織田の兵が来る。 その方らも出陣し、汚名を返上するが良い」


 それだけ言った義景は、態と足を踏み鳴らして部屋を出ていった。



 義景が退出し、五人だけが居る部屋には何とも言えない空気が横たわっている。 そんな空気の中、高橋景業が朝倉景健と前波吉継と真柄直澄の三人に頭を下げる。 そして、義景の不調法と言える態度に対して詫びを入れた。

 その詫びを聞いた景健達であったが、彼らの反応はあまり思わしくない。 怒りの為かと危惧したが、それは取り越し苦労であった。 彼らの反応が悪いのは、先程景健が言上した様に己らの不甲斐なさからである。 決して、義景の物言いに怒りを覚えたからではなかった。

 いや、怒りを覚えていない訳ではない。 あれだけの言葉をぶつけられれば、不快に思わない訳がないからだ。 しかし、それ以上に木の芽峠を放棄した事に責任を感じているのである。 それを証明するかの様に、吉継と直澄は唇を噛みしめていたのだ。


「しかしながら、あれはあまりにございます。 拙者……いえ拙者達では不足かと思われるでしょうが、殿になりかわりお詫び申し上げまする」


 そう言うと、鳥居景近と高橋景業が揃って頭を下げた。

 この二人は義景の側近の中でも、特に義景からの信頼が厚い。 そんな二人が詫びた事で、彼らが多少は感じた義景への怒りと溜飲が少しは下がっていった。

 何であれ二人が謝罪した事で、一応であったがこの場は収りを見せる。 それから暫く沈黙が流れたが、やがて景健が口を開く。 彼が尋ねたのは、これからの防衛方針に関する物であった。


「ところで、兵庫助(鳥居景近)に甚三郎(高橋景業)。 我らはどこに向かえばいい、どこで敵を迎え撃つのだ?」

「孫三郎様と九郎兵衛尉(前波吉継)殿と十郎左衛門(真柄直澄)殿は、刑部大輔殿が配置された川島城と連携し三峰城にて敵を迎え撃っていただきたく存じます。 我らは、まだ降伏していない越前の国人に対して招集する旨を殿に言上致します」

「そうか……承知した。 最も、動いてくれればいいがな」


 短く返答した景健であったが、最後に小さく呟く。 それから、吉継と直澄を伴って部屋から出ていった。

 そして残った景近と景業は、はっきりと苦笑を浮かべる。 これから提案をする二人としても、景健の呟きは十分理解できたからだ。

 朝倉家一族の景健や朝倉家直臣の者達であればまだしも、越前国人は朝倉家直臣とは言い難い。 はっきり言えば朝倉家に力があるから、家の存続の為に従っているというのが国人達の主な理由である。 その朝倉家が力を落とせば、容易に敵方へと付く事もあるのだ。

 彼らに取り最も重要なのは家の存続であり、朝倉家の存続などではないからである。 勿論、全ての国人がそうとは限らない。 中には仕えた家の主君に名君と呼ばれる者もおり、その者に心酔したが故に被官となり主君に殉じる者もいるからだ。

 しかし、大半の国人の理由は家の存続で間違いはない。 その意味で、木の芽峠が抜かれた事は憂慮してもし足りない事態であるとも言えたからだ。

 何であれ、景近と景業も部屋から出て行く。 そして、朝倉義景の元へと向かったのであった。


木の芽峠攻略戦、完結しました。

彼らの死にざま、上手く書けたかは不安ですが……


ご一読いただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ