第六十話~筒井の恭順と義頼の子~
第六十話~筒井の恭順と義頼の子~
伊勢国長島の地で繰り広げられた織田家と一向宗の戦も漸く終わり、織田信長は軍勢を率いて岐阜城へと戻って行った。 そして義頼もまた、佐久間信盛と丹羽長秀と共に帰路へとついたのである。 但し義頼は、領地のある近江国までは戻らない。 途中の伊賀国にて、両者と別れる事となっていた。
やがて伊賀国に到着した義頼達を、大きいお腹をしたお犬の方が出迎える。 そんな彼女を義頼は労っていたのだが、その様子を見た佐久間信盛と丹羽長秀にひやかされてしまった。
思わず声を張り上げて抗議をしたので、一応彼らは謝罪をする。 しかし、にやにやとした表情をして人の悪い笑みを浮かべているのを見れば形だけなのは考えるまでもなかった。 その事に義頼は更に言い募ろうとしたが、ふと腕を触られてそちらに視線を向ける。 そこには優しい表情を浮かべたお犬の方がおり、彼女は義頼の腕に軽く触れていたのだ。
「あなた」
「む……しかしだな……」
お犬の方に止められた義頼は、二の句が継げなかった。
そんな義頼とお犬の方の姿に、佐久間信盛と丹羽長秀は声を上げて大いに笑い声をあげる。 するとばつが悪くなったのか、彼は憮然とした表情を浮かべて黙ってしまう。 そんな義頼の態度を見て、二人はまたしても笑い声を上げていた。
一頻り笑った佐久間信盛と丹羽長秀であったが、やがて笑い声を抑えると義頼へ謝罪をする。 しかし顔はまだ、相も変わらず笑みを浮かべたままであった。
「いや、まことにすまんすまん。 許されよ左衛門佐(六角義頼)殿」
「全くですよ、右衛門尉(佐久間信盛)殿」
「だから悪いと言っているではないか、左衛門佐殿」
「はぁ……分かりました、もういいです」
「そうか。 それは何よりだ。 では、息災でな。 お犬様も、ご壮健であられます様に」
「ええ。 右衛門尉殿も五郎左(丹羽長秀)殿も、お元気で」
佐久間信盛と丹羽長秀はお犬の方に一つ頭を下げると、二人の前から立ち去る。 そして両名は、それぞれの軍勢を率いて領地に戻っていった。
そんな二人を憮然とした表情を隠そうとせずに、義頼は見送る。 その隣でお犬の方も見守っていたのだが、相変わらずの表情を浮かべている義頼へ機嫌を直す様にと声を掛けたのであった。
「はぁ……分かったよお犬。 それはそうと、あとどれくらいで生まれて来るのだ?」
「そう遠くはありません。 どんなに遅くなっても、来月には生まれるだろうとの事です」
「そうか、楽しみだな」
「はい」
伊賀国へと残った義頼だったが、彼は数日ほどお犬と共にゆっくりと過ごしていた。
こうして英気を養う傍らで、彼は織田信長から命じられた事案の対処を始める。 つまり、筒井家への接触である。 その件に関して任せたのは、本多正信であった。
義頼に仕える前、彼が仕えていたのは松永久秀である。 そのお陰もあって、大和国人にも少なからず縁を持っていたからである。 隣国でありながらあまり伝手のない義頼にしてみれば、彼を用いるのは自明の理であった。
また、それと並行して義頼は、北畠具教に頼み宝蔵院流槍術の創始者である胤栄に繋ぎを取っている。 それは胤栄が興福寺子院の宝蔵院院主であり、そして筒井家は興福寺の宗徒であった事がその理由にあった。
こうした義頼の側面援護を受けつつ本多正信が筒井家への接触相手として選んだのは、箸尾高春である。 実は彼もまた数年前までは彼と同様に松永家に与していたのだが、やがて松永家より離反すると今度は敵であった筒井順慶へ味方した。
こう言った経緯を持つ為、同じ元松永家家臣として両者には面識がある。 その事実と胤栄からの斡旋も相まって、両者の面会は大した時間も掛からずに実現したのであった。
「久しいな、弥八郎(本多正信)殿」
「真に。 それにしても、こうして筒井家陣営の者として貴公と会うとは思わなかった」
その言葉に、箸尾高春は苦笑する。 本多正信が松永家を辞した頃であれば、箸尾高春自身がこうして筒井家の陣営に居るなど夢にも考えていないかったであろう事は想像に難くないからであった。
そもそも彼が筒井家に与したのは、和睦の話があったからである。 筒井順慶は松永家と戦に置いて、何かと手強い箸尾高春を味方とする画策を行う。 その条件が、己の妹との婚儀であった。
昨今、松永家がいささか落ち目となっていた事もあって、箸尾高春は婚儀を了承して松永家より離反すると筒井家に臣従したのだ。
最も臣従は形だけの物であり、どちらかと言えば筒井家家臣に対する物でしかない。 実質、筒井家と箸尾家の関係は同盟に近い物である。 それを証明するかの様に、婚姻関係を結んでおきながらも何度か筒井家と箸尾家は対立していたりする事もあるのだから両者の関係についてはおして知るべしであった。
「まぁ、色々とあったのだ。 そう、色々とな」
「その色々の理由とは、順慶殿の妹御を妻とした事か?」
「ほう。 知っていたか、中々に侮れませんな織田家も」
「知らいでか。 他でもない隣国の事だ、調べておくに越した事など無い。 そのお陰で、こうして貴公と会談を持てたのだ」
「なるほどな、違いない。 さて、四方山話はこれまでとしてだ。 そろそろ本題に入りましょうか、本多殿」
そこで箸尾高春は、居住まいを正す。 本多正信も一転して気を引き締めると、彼に織田家が筒井家へ提示する条件を話し始めた。 その条件とは、現在の筒井家が所有する領地の保証である。 これは決して悪い条件ではないので、繋ぎ役の箸尾高春としても話を持って行き易かった。
しかしながら、この話は筒井家の行く末を決める事となる。 今この場にて、彼の一存で決められる筈もない。 同盟関係にあるとはいえ、筒井家と箸尾家は別の家である。 兎にも角にも、先ず筒井家に伝えると言うところで話を終了した。
なお六角家と筒井家の連絡に付いてだが、音羽宗重が担当する事となっている。 彼は本多正信がこの会談後の連絡役として連れて来た人物であり、そして伊賀衆の一人であった。
何はともあれ、後は筒井家からの連絡待ちとなる。 それに義頼としても、そう易々と答えが出るとは思ってもいない。 何と言っても、いままで表立ってではないにしても対立していた織田家と筒井家である。 事態が簡単に事態が動くとは、到底思えなかった。 それに何より、この件は本多正信に下駄を預けた事案である。 義頼としては「果報は寝て待て」ぐらいの心構えでいたのであった。
その一方で箸尾高春はと言うと、本多正信へ伝えた様に筒井城へ筒井順慶を尋ねていた。
筒井城は、名の示す通り筒井家の居城である。 過去に幾度となく落城しているが、その度に歴代の筒井当主が取り返して来た城でもあった。 そしてここ最近でも、筒井城は松永久秀に攻められ落城させられている。 それ以降は松永家の城となっていたのだが、つい二月ほど前に筒井順慶が攻め寄せて松永家から奪還したのであった。
そんな筒井城の一室に、筒井家の主だった者達が雁首を揃えている。 その理由は、言わずものがな箸尾高春の持って来た織田家への恭順話であった。
とは言え、会議の雰囲気はあまり良くはない。 有り体に言えば、懐疑的なのだ。 何と言っても織田家は、今まで松永久秀に手を貸し続けた家である。 それが、掌を返したかのように筒井家に肩入れして来ているのだから信じ難いのも仕方が無いと言えた。
「何故に、織田家が此方に肩入れする気になったのかについては分からない。 だがこれは、箸尾殿の言われる通り松永家に対して優位に立つ好機でもある。 この好機を逃す手は無いのではないか?」
そんな雰囲気の中、筒井家家老の森好之が好意的な見解を述べる。 するとその意見には、やはり筒井家の家老である福住順弘も同意した。 彼は筒井順慶の父である筒井順昭の弟に当たる人物であり、現当主からすれば叔父に当たる存在である。 しかも福住順弘は筒井順慶の姉を妻としているので、義理の兄弟でもあった。
「それに、この話を持って来たのは六角家。 その意味でも、信用は出来るのではないかと」
「好之。 それは、左衛門佐(六角義頼)殿が率いるあの六角家か?」
「はい」
元々近江源氏の嫡家として、名門として畿内に名を馳せる六角家である。 その六角家が持つ信用度は、ある意味で織田家以上と言えた。 それだけではない。 義頼は、織田信長の同腹妹を正室としている。 その意味でも、信用度としては高かった。
森好之の言葉を聞き暫く悩んだ筒井順慶だったが、そこで顔を上げると福住順弘と同様に叔父に当たる筒井順国へ尋ねる。 と言うのも、彼は会議が始まって以来ずっと黙っていたからである。 そんな叔父の態度には、当然筒井順慶も気付いている。 だからこそ敢えて、この信用し信頼している叔父へ尋ねたのだ。
甥から問われた筒井順国は、此処で静かに口を開く。 彼の口から出たのは、話を受けるべきと言う言葉であった。
「この話、受けた方がいいと判断する」
「左門(筒井順国)殿、本気か!」
「待て、秀政」
「しかし、殿!」
「だから待てというのに。 叔父上、理由を聞いて宜しいか?」
「勿論である。 理由を聞かねば、松倉殿は納得しまい」
「……いいでしょう。 その理由をお聞きしましょう」
少し間を開けた後で、松倉秀政が聞く態勢に入った。
実は松倉秀政、会議が始まった当初からこの織田家から持ち掛けられた話に反対していたのである。 そんな彼へ一瞥を与えた筒井順国であったが、咳払いを一つすると己が賛成した理由を話し始めた。
「今は大分勢力を取り戻してきたが、これからも勝てるとは限るまい。 久秀の後ろに織田家が居るのは、変わっていないのだ。 何より筒井家と松永家がこのまま争い続ければ、今まで以上に大和国内が疲弊するのは必定。 そうならない為にもここは織田家に恭順し、少しでも争いを無くそうではないか」
彼の言葉を聞き、反対の言葉は出なかった。
それは大和国が、今正に経験している事だからである。 同時に彼ら国人が、懸念している事でもあるのだ。
「左門殿の言葉、この秀政の胃の腑に落ちました。 分かりました、拙者も同意致します」
当初より反対していた松倉秀政が賛成に回った事で、事実上会議の行く末が決まる。 他の重臣などから相違が無い事を確認すると、筒井順慶は織田家に恭順すると宣言した。 その言葉に、この場に居る者達は全員平伏して同意する。 そんな彼らに一つ頷くと、筒井順慶は箸尾高春に六角家へ連絡を付ける様にと伝える。 その言葉に頷くと、直ぐに連絡役である音羽宗重へ書状を手渡した。
こうして筒井家からの返書を受け取った音羽宗重は、即座に出立すると伊賀国へと向かう。 翌日には伊賀国内に入ると、本多正信へ筒井順慶自らが記した書状を手渡した。 その書状を一読した本多正信は、直ぐに義頼へと筒井家の意向を伝える。 思ったよりも早い返事にいささか驚きを表した義頼であったが、直ぐに気を取り直して書状を読み進めた。
「筒井が受けるか……この書状に、間違いは無いのだな」
「はい。 この様に、筒井殿の花押が入った書状でありますれば」
「そうか、ならば良い。 早速、殿へとお届けしよう」
そう言うと義頼は、自らが使者となり岐阜城へと向かう。 城下にある織田信長の屋敷で拝謁すると、筒井順慶の書状を差し出しながら首尾よく織田家へ恭順した旨を伝えた。
恭順させた事に対して笑みを浮かべた織田信長であったが、直ぐに表情を引き締めると義頼へ筒井順慶を岐阜にまで連れて来る様にと命じる。 即座に了承すると、義頼はとんぼ返りで伊賀国へと戻って行くのであった。
さて、織田信長が筒井家の恭順を許した頃、伊賀国では本多正信が箸尾高春へ助言をしていた。
その助言とは、筒井家が自主的に人質を出すと言う物である。 確かに言われてから人質を出すより、その前に筒井家より人質を出した方が印象はよくなる。 ならばここで自主的に人質を出しておく方が、上策であった。
しかしここで、一つ問題がある。 実のところ、筒井順慶には子がいないのだ。 なので、人質を出したくとも出せないと言う実情が存在する。 すると本多正信は、箸尾高春に対して養子を出してはと提案した。
具体的には、一族の誰かを筒井順慶の養子とする。 その上で、その養子を人質とするのだ。 実子の人質よりは価値は下がるが、それでも人質には変わりはない。 しかも養子とするのは、筒井一族の者であるのだから、全く価値がないと言う訳でもなかった。
本多正信との話し合いを終えると、箸尾高春は筒井城に戻り事の次第を伝える。 話を聞いた後、恭順を決めた以上はそれもやむを得ないと考えた重臣達も不承不承であったが同意したのだ。
なお人質についてだが、結果として筒井家の動向を決めた意見を出した筒井順国の二男である藤松が養子となる事となった。
こうして人質などの態勢が整うと、筒井順慶は筒井城を出立する。 まず伊賀国に入ると、一行は義頼の饗応を受けている。 明けて翌日、筒井家一行は義頼の案内で岐阜城下に到達した。 すると義頼は、織田信長の屋敷ではなくやはり岐阜城下にある六角邸へと向かう。 到着が夕刻であったので、一先ず彼らを六角邸へと案内したという訳である。 そこで一泊すると、翌日には筒井家一行は岐阜城に登城して織田信長と謁見した。
「ご尊顔を拝し恐悦に存じます。 拙僧は筒井家当主、陽舜房順慶と申します。 此度は恭順の意をお聞き届けいただき、誠にありがとうございます」
「うむ。 その方の力、織田の旗の下で確りと表せ」
「はっ」
短い謁見であったが特に問題も無く終了し、此処に筒井家が織田家へ恭順した。
なお筒井家の領地についてであるが、現在の物をそのまま織田家が保証した形となる。 そして藤松だが、当初の予定通り人質として岐阜城に留まる事となった。
その後は今一度六角邸へと戻り、そこで簡素であるが歓待を受ける。 翌日に六角邸を出ると、義頼が自ら案内して一行を伊賀国と大和国の国境まで送っていった。
「左衛門佐殿。 お見送り、忝い」
「何の順慶殿、お気になされますな。 これからは味方同士、隣国の者として忌憚無く付き合っていきましょう」
「それは宜しいですな」
すると義頼と筒井順慶は、お互いに小さく笑みを浮かべる。 するとそれが合図であったかの様に、彼は領内に帰って行った。
その一方で筒井家一行が見えなくなるまで見送っていた義頼であったが、やがて踵を返す。 すると視界の先に、馬が数騎程だが駆けて来るのが見えた。
かなり急いでいるらしく、中々の速度で迫って来る。 その為、護衛を務める馬廻り衆や甲賀衆や伊賀衆は緊張感を増していた。 しかし、騎馬が近付くにつれてその緊張は大分緩やかになる。 それは駆けて来たのが、永原重虎他数名であったからだ。
六角家重臣である彼が急ぎ向かってくると言う現状に、義頼は表情を引き締める。 何か良からぬ事があったからではないかと勘繰ったからだが、その予測は別の意味で裏切られる事となった。
「と、殿! 御方様が、お犬の方様が産気づきました!」
「な、何だと!!?」
永原重虎の言葉に驚いた義頼だったが、直ぐに気を取り直すと義頼は愛馬に跨ると屋敷へと駆けて行った。
供の者を置き去りにして。
佐々木流馬術免許皆伝の義頼が本気で馬を操ると、殆どの者が付いてはいけない。 かろうじて藤堂高虎だけが、何とか追随出来るぐらいであった。
しかしてその彼も、遠乗りとなれば何れは引き離されてしまう。 それぐらい義頼の馬術は、六角家中でも抜きん出ていた。 だからこそ彼は、普段本気で馬を駆けたりはしない。 しかし、今はそんなこと微塵も考えずただ思うままに馬を駆けさせていた。
彼はあっという間に馬廻り衆や忍び衆、並びに永原重虎らを振り切ってしまうと、単騎で伊賀国内の屋敷へと戻る。 だがしかし、男である彼に出来る事など有ろう筈もない。 義頼は、ただ熊の様にうろうろと屋敷内を歩きまわるだけであった。
そんな主の様子に、漸く屋敷へと戻って来た永原重虎が溜息をつく。 それから、諭す様に義頼へ声を掛けたのであった。
「殿。 先ずは、落ち着かれるが宜しかろうと存じます」
「そ、そうは言うがな。 俺はこう、いてもたっても居られないのだ」
「……ふぅ。 お気持ちは分からないでもありませんが、兎に角確り成されませ。 貴方様は、これから父親になるのですぞ。 それこそ大地に確りと根を下ろした大木の様に、どんと大きく構えていればよいのです」
「こ、こうか?」
永原重虎に続いて嘗ての傅役であった蒲生定秀からも諭された義頼は、取り敢えず胸を張って座る。 だがその態度も僅かの時間でしかなく、少しするとまた立ち上がり辺りを歩き回り始める。 その様子に蒲生定秀は勿論、永原重虎らも肩を竦める仕草をするしかなかった。
どれだけ時間が経ったのか、焦燥感から感覚が麻痺し始めていた義頼の元に、お犬の方のお産を手伝っていた侍女の一人が慌ただしく駆けて来る。 その侍女は義頼の近くまで来ると、ただ一言告げたのであった。
「元気な男の子様にございます!」
『おおっ!』
やや息を荒げながらも侍女の言葉に、この場に居る家臣達が喜びの声をあげる。 そして義頼は「でかした!」と言いながら屋敷の奥に走って行く。 その動きは早い……いや迅いと言うにふさわしい動きであり、置いておかれた蒲生定秀らも呆気に取られていた。
先程までいた部屋から疾風の如く移動した義頼であったが、お犬の方が子を産み落とした部屋の前まで来て足止めされていた。 いざ突貫しようとした彼だったが、最大の難関が立ちはだかったからである。 義頼の行動を阻害した存在、それは他ならぬ産婆であった。
部屋の前で何とかお犬の方に会わせる様にと言うが、その産婆によって「まだ待つ様に」と一喝されてしまう。 その言葉には逆らい難い何かがあり、彼は所在無さげに部屋の前で待っている。 やがて産後の処理が終わり、産婆が許可をすると同時に義頼はもどかしげに部屋に入った。
するとそこには顔を青ざめつつもどこかやり遂げた表情を浮かべているお犬の方と、生まれたばかりの赤子が寝ていた。
「良く頑張った! お犬、でかしたぞ!!」
「はい、あなた。 それと、赤子を抱いてあげて下さい」
義頼は侍女が抱いていた、おくるみに包まれた男の子を受け取る。 その侍女から抱き方の指導を受けながら、義頼は我が子を抱く。 その瞬間、彼は泣き笑いの表情を浮かべていた。
我が子が腕の中にいる事が嬉しく、そして愛らしい。 顔はまるで猿みたいであるにも拘らず、ただただ愛おしかったのである。 そんな義頼の態度に、お犬の方も侍女も微笑みを浮かべていた。
「ところであなた。 この子の名前は何となさるのですか?」
「我が子には、俺の幼名を与えようと思う」
「あなたの幼名ですか」
「そうだ。 我が子の名は……鶴松丸だ!」
「鶴松丸。 良き名だと思います」
「そうであろう。 お主は今日より鶴松丸だ、元気に育つんだぞ鶴松丸」
その後、義頼は義理の兄に当たる織田信長や実の兄である六角承禎らを筆頭に子が生まれた事を連絡する。 すると程なく、嬉しい事に織田信長から御守刀が送られて来た。 そして六角承禎からも、御守刀が届けられる。 だが同時に弓矢を送って来たのは、弓術達者な承禎らしいと言えるのかも知れなかった。
また義頼の元には、織田家重臣達などからも祝いの品が届く。 意外なところでは、浅井長政からも届いていた。 今でこそ味方同士であるが、嘗ては近江国の覇権を掛けて鎬を削った両家である。 当然だが、子供が生まれても祝いの品を届けるなど行っていなかったのである。 それだけに義頼は、驚いたのであった。
「まさか備前(浅井長政)守殿から祝いの品が届くとはな……よし! 今度浅井家に子が生まれたら、いの一番に届けるとしよう」
そう心に決めつつ義頼は、祝いの品を届けた人達に対して礼の返事を認めるのであった。
嫡子生まれました。(祝)
ついでに、筒井も織田家に恭順しました。(笑)
ご一読いただき、ありがとうございました。