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第三話~収束~


第三話~収束~



 蜂起し観音寺城を占拠した後藤高治ごとうたかはるらとの会談を終えた義頼は、到着した慈恩寺威徳院の一室に甥の六角高定ろっかくたかさだと与力の馬淵建綱まぶちたてつな山岡景隆やまおかかげたか。さらには、家臣の寺村重友てらむらしげとも和田信維わだのぶただを集めた。

 無論これからのことについて、告げる為である。指名した五人が部屋に揃うと、義頼はひとまず向かう先を彼らに伝えた。


「先ずは御屋形様のところに向かうつもりだ」


 此度こたびの混乱をもたらしたのは六角義弼ろっかくよしすけであるが、彼は六角家の当代でもある。この混乱を抑える為に六角義弼の持つ家督を六角高定へ譲らせる以上、六角義弼の説得は必須だからだ。

 義頼はそう考えて日野城に落ちている筈の六角義弼の元へ向かうと伝えたのだが、その意見に異を唱えた者がいる。それは、六角家重臣でもある馬淵建綱その人であった。


「お待ちください。拙者は、先に承禎様の方がよろしいかと存じます」

「建綱。そなたは現当主ではなく、先代であった兄上の方へ先に向かえとそういうのか?」

「はい。侍従(六角義頼ろっかくよしより)様もご存じのことかと思われますが、六角家内における承禎様の影響はまだまだ大きいです」

「まぁ、そうだな。兄上の意向の方が、家内ではまだまだ通るか。特に重要な案件などでは」


 馬淵建綱の言葉を聞いた義頼は、苦笑を浮かべつつも同意する。隠居したとはいえ六角承禎ろっかくしょうていの六角内での影響力は、現当主である六角義弼を凌いでいた。

 そのことが如実にょじつに表れたのが、京への出兵である。元服前の義頼が当主代理を務めたあの出兵に関して主導し実現さえたのは、他でもない六角承禎である。そしてそのことに六角家当主の六角義弼は勿論、家中の誰もが反対しなかったのだ。


「ええ。その通りです侍従様」

「はっきりというな、そなたは……しかし、それが実情か。いいだろう、先ずは兄上のところに向かうとしよう。それから景隆、信維」

『はっ』

「お主たちは兵と共にここに残り、高治らを監視しろ。甲賀衆の内貴ないき伊賀守をつける」

『御意』


 此処ここに行動の方針が決まると、義頼は浅井家への対応と観音寺城での経緯を認めた書状を進藤賢盛しんどうかたもりや長光寺城を任せた永原重虎ながはらしげとらにも送る。同時に兄の六角承禎が落ちた三雲家と甥の六角義弼が落ちた蒲生家にも書状を送っているが、此方には詳細は知らせずにこれから今後のことについて話し合いたい為に訪問する旨を認めるだけに留めていた。


「さて……行くぞ高定殿、建綱、重友。行き先は、三雲城だ」

「応っ!」

『承知致しました』



 三雲氏の居城である三雲城、その本丸にある館の広間では四人の男が雁首揃えていた。

 広間の上座に座るのは、六角承禎である。そして六角承禎の前には、三人の男が座っていた。

 その者たちは、丁度三角を描く様に座っている。三角の頂点、即ち六角承禎の近くに座る一番年嵩の男は三雲定持みくもさだもちであり、彼は三雲家の現当主であった。

 そんな三雲定持のやや後ろ、六角承禎から見れば左側に座るのが、三雲定持の長子であり嫡子でもある三雲賢持みくもかたもちである。その三雲賢持の右手に座るのは、三雲定持の次男である三雲成持みくもしげもちだった。

 彼ら三雲宗家の者たちを前にして、広間の上座に腰を降ろす六角承禎は身動ぎせず腕を組んで思考に耽っている。そんな彼に対して、暫く躊躇ってから意を決した三雲定持が声を掛けた。


「その、承禎様。此度の仕儀、如何いかが相なりましょうか」

「うむ……一応考えがないでもない」

「おお! そうですか!!」


 六角承禎の言葉に三雲定持は嬉しそうに声を上げ、彼の後ろに控える二人の息子もまた安堵の表情を見せている。しかしながら、続いて紡がれた六角承禎の言葉を聞いて、三人の表情は固まった。


「全く。よりにもよって賢豊を殺すなど……我が息子ながら何を考えておるのか!」

「しょ、承禎様! それは幾ら何でも!!」

「ふん! そのお陰で、わしまでとばっちりよ。文句の一つも言いたくなると言う物だ!」


 六角承禎にしろ六角高定にしろ、そして義頼もではあるが今回の一件は完全に六角義弼の行動に巻き込まれた結果である。それを思えば、六角承禎の言葉も分からない訳ではなかった。


「ですが御屋形様も、きっと考えがあってのことだと」

「その結果が、謀反に城からの落ち延びか? それこそ、冗談ではないわ!」

「それは……」


 六角承禎の言葉に、三雲定持は二の句を継げなくなる。そしてそれは、彼の息子である三雲賢持と三雲成持も同じであった。


「兎に角! 少し考えを纏めたい。悪いが、一人にしてくれ」

「……分かりました。賢持、成持も席を外せ」

『はい父上』


 そんな六角承禎の言葉を受けて、三雲定持と彼の二人の息子は広間から退去する。そして彼らは、本丸館の別室にて六角承禎の考えが纏まるのを待つことにした。

 だがそれから程なく、考えを纏めるよりも早く三雲城に義頼からの書状が届く。書状を一読した三雲定持は、慌てて六角承禎の元を訪れると届いたばかりの書状を差し出したのであった。


「これは……義頼からの文? 定持! あやつは何といってきている」

「それが、観音寺城にて喜三郎(後藤高治)と話しあった件について相談したいからと……」

「話し合いだと?……まあいい、来ると言うのなら直接聞けばいいだけだ」


 その一方で馬をとばした義頼達は、何とか同日中に三雲城へと到達している。すると、義頼の一行を三雲定持自らが迎えていた。


「お待ちしておりました、侍従様」

「定持! 時間が惜しい。兄上の元へ案内してくれ」

「御意」


 義頼は、三雲定持に六角承禎の元へ案内させた。

 但し、六角承禎の前に案内されたのは義頼と六角高定の二人だけであり、馬淵建綱と寺村重友は別室である。この二人の案内は、三雲賢持と三雲成持の兄弟が行っていた。

 さて三雲定持に先導されて館の広間へと入った義頼と六角高定だが、そこで上座に座る六角承禎と顔を合わせていた。


「きたか」

「兄上」

「父上、御無事で何よりで……」

「ふん。社交辞令しゃこうじれいなどよい。して義頼、高治達と何を話した?」


 義頼と六角高定の言葉を遮る形で、六角承禎から尋ねられた義頼は、一つ大きく息を吸う。そしてゆっくりと息を吐き出して気を落ち着けると、観音寺城で後藤高治と会談した際に提案した条件を兄へ伝えるのであった。


「では……あくまで私見としてですが、御屋形様の隠居と高定殿の六角家の家督相続。それから、高治の後藤家の家督相続を承認します。最後に、今回の挙兵に関しては一切不問とし、高治に加担した者達の罪は決して問わない。以上の三点です」

「……そうか。やはり、そこに落ち着いたか」

「御意。それにそれとこれ以上長引かせると、今は定秀に抑えさせている浅井が間違いなく介入するでしょう」


 義頼の言葉に、六角承禎の眉が少し動いた。

 やはり浅井家の介入は、彼の神経を逆なでているようである。もっともそれは、義頼も同じであるのだから当然であった。


「……それで、高定はどうだ? 義頼の話を受け入れるのか?」

「はい」

「そうか。兄を追い落とすのを認めるというのだな」

「無論できれば、そんなことはしたくありません。ですがこれ以外の手段となりますと……拙者には思いつきません」

「自身に代案がない以上は、受け入れるしかないという訳か」


 六角承禎の言葉に息子の六角高定が頷くのを見ると、彼は目を瞑る。四人しか居ない広間内に、静かな空気が流れている。やがて考えを纏めた六角承禎は、義頼と六角高定へ言葉を掛けた。


「……いいだろう、義頼が提案した処遇は俺も考えていた。その方向で、此度の一件の幕引きとしよう」


 実は六角承禎の考えの中には他のやり方もあったのだが、既に義頼の考えに沿う形で幕引きとすると決めたので彼もその考えを口にすることはなかったのであった。

 明けて翌日の早朝、義頼の一行は六角承禎と三雲定持、そして彼の嫡子である三雲賢持が同行する。三雲成持は城に残り、如何なる事態に対しても対応できるようにしておくこととした。

 それから護衛を兼ねた三雲家の兵も引き連れて、蒲生氏の居城である日野城へ向けて出発する。その道中で義頼は、柏木三家の一つ美濃部家に宿泊する。柏木三家は義頼に付けられた甲賀衆であり、その縁で一泊の宿としたのであった。


「源吾、世話になる」

「殿。我が家と思い、お寛ぎ下さい。勿論、承禎様と左衛門尉(六角高定)様も同様にございます」

「うむ」

「ああ、一晩だが頼むぞ」


 義頼と承禎と六角高定から言葉を貰うと、美濃部家当主の美濃部源吾みのべげんごは三雲定持と三雲賢持にも声を掛けた。


「三雲殿も、楽にしていただきたい」

「忝い、美濃部殿」

「父ともども、お願い致す」


 流石に緊急時の為、歓迎の宴などを開くようなことはしない。それでも美濃部源吾は、華美とはならない程度に一行を歓待したのであった。 

 その次の日、屋敷を出立した義頼一行は、同日の昼過ぎには日野城へと到達する。事前に書状が届いていたこともあり、一行を迎えたのは蒲生賢秀がもうかたひでであった。


「お待ちしておりました」

「悪いが賢秀、すぐに義弼の元へ案内せい」

「御意」


 六角承禎の言葉に短く返答すると、蒲生賢秀は先頭に立って義頼達を案内する。そこは、日野城内にある屋敷となる。その屋敷内にある客室に、六角義弼は匿われていたのであった。


「父上、高定、義頼!」


 蒲生賢秀に先導されて現れた義頼一行を見た六角義弼は、満面の笑みで彼らを出迎えた。そんな彼の態度に、義頼と六角高定は苦虫を噛み潰したかと思う様な表情をする。そして父親の六角承禎だが、ゆっくりと息子の六角義弼に近づくと一喝したのであった。


「この……馬鹿者が!」

「え!?」


 いきなり父親から一喝された六角義弼は戸惑い、思わず顔をまじまじと見てしまう。そんな息子の態度に、六角承禎は声を荒げたまま言葉を続けた。


「何を悠長にしている! 再会を喜んでいる時などではないのだぞ!!」

「は、はい父上。その、勿論分かっております。蒲生家の力を借り、何とかしようとしているところです」

「行動が遅いわ。よいか義弼、既に義頼が手を打っておる。そのお陰で浅井の介入も今は防げておるし、高治たちも取りあえずは静観した」

「真ですか!」


 六角義弼が、勢い父親の六角承禎に詰め寄った。

 すると彼は、義頼へ息子に説明するようにという。義頼は頷くと、今回の一件を知ってからの動きを順序立てて説明した。


「俺を隠居させるだと!? 義頼、本気か!!」

「ああ。本気も本気だ。はっきりというが、そこまでしなくては家中が収まらないところまできている。これ以上いたずらに時を掛ければ、浅井は本格的に侵攻して来るだろう。そうなってからでは遅いのは、言うまでもないだろう義弼」

「しかしだな義頼。だからといって隠居など……」

「たわけっ!」

「ひっ」


 義頼の提案を中々受け入れようとしない六角義弼の態度に苛立ったのか、六角承禎がまたしても息子を一喝する。その迫力に、雷を落とされている六角義弼は思わず首を竦めていた。


「もうよい! この一件は義頼と蒲生、それと三雲の連名で決着をつけさせる!!」

「くっ! ですがっ!!」

「まだ分からんのかっ! 賢豊を殺したことは、それだけ家中に対しての影響が大きいのだ!! もう少しうまく行えば、また違った形もできたであろうに。どうして、事前にわしへ相談しなかった」

「父上……」

「いや、それをいっても詮なきこと。今は一刻も早く、領内を落ち着かせることが肝要だ。だから義弼、お前に取っては業腹かも知れぬが受け入れよ」


 言葉の途中までは一喝した勢いのままの口調であったが、後半は一転して息子を諭すように六角承禎は声を掛ける。そんな父親の口調に息子の六角義弼は、表情を歪めつつも暫く考えた上で結論を口にしたのであった。


「…………分かりました。この義弼、父上の命に従います」


 自分で結論を出した六角義弼は、涙を滲ませながらも了承する。そんな息子の態度に六角承禎は、優しく肩に手を置くことで慰めとする。暫くそのままの体勢でいたが、やがて彼は弟の義頼を見た。


「義頼! その方へ、全て任せる。それから定持と賢秀は、義頼を支えこの騒ぎを収めよ」

『御意!』


 こうして六角承禎から一任を取り付けた義頼は、一刻も惜しいとばかりに行動を開始する。まず蒲生定秀に書状を出すと、彼へできるだけ浅井を釘づけにするようにとの指示を出した。

 また、今回の一件に中立、若しくは義頼の動きを見てた進藤賢盛などの有力国人を巻き込むと、今回の件の幕引きをする為の条件を提示して了承させる。その後、義頼は三雲定持と蒲生賢秀を連れて日野城を出立する。彼は馬を飛ばして街道を進み、再度観音寺城を訪問した。


「高治よ。これが、幕引きの条件だ。兄上に、そして御屋形様からも同意は得ている。この条件で、矛を収めてくれ」

『…………』


 義頼を迎え入れた後藤高治たちは、彼が提示した六角承禎や現六角家当主の六角義弼の花押が入った委任状に始まり、進藤や蒲生や三雲などの近江国有力国人衆の連名と花押が入った同意書を端から端まで読む。そして最後に、後藤高治達は頷くと委任状と同意書を義頼に返した。


「高治、不満なのか?」

「いえ、侍従様。我らは、その条件で矛を納めましょう」

「そ、そうかっ!」


 義頼の出した条件を了承するという後藤高治の言葉に、義頼は思わず立ち上がっていた。それぐらい、嬉しかったのである。


「ええ。そして我らが占拠したこの観音寺城も、新たな六角家当主である左衛門尉様にお返し致します」

「よ、よかった……」


 喜びのあまり立ち上がっていた義頼だったが、やがてストンと座り込む。その腰の下ろし方はかなり危な気であり、義頼に同行した蒲生賢秀や三雲定持、さらには蜂起した後藤高治たちですら心配させる様子であった。


「侍従様! 如何なされました」

「ははは……賢秀。力が抜けた」


 心配し思わず近づいた蒲生賢秀に対して、力ない笑みを浮かべながら義頼は答える。そんな様子に、この場に居並ぶ六角家重臣の面々は、漸く彼が元服してから一年ほどしか経っていない若者であることを思い出していた。

 そのせいか六角家に反旗をひるがしていた後藤高治たちは、ばつが悪そうな表情を浮かべていた。


「侍従様。かなりの御負荷をになった御様子、申し訳ありません」

「高治。それから高治に同意した者たちよ、謝るのは六角宗家たる我らだ。それより、よく条件を飲んでくれた。六角宗家の者として、嬉しく思う」

『はっ』


 後藤高治たちの返事を聞いた義頼は、蒲生賢秀の肩を借りて居住まいを正す。その後、此度の騒動における手打ちの条件に同意する署名を受け取った義頼は、嬉しそうな表情を浮かべる。その笑みは、年相応なものであった。


「……ふう。これで一つ、決着がついた。あとは、定秀に任せている件だけだな……賢秀」

「はっ」

「その方はここに残り、色々と細かい詰めの話をしてくれ。わしは定持と共に、すぐ出立する」

「どちらへ行かれますか?」

「そなたの父親である定秀の元へだ。そして、浅井長政あざいながまさと顔合わせをしてくる」





 義頼に浅井家の足止めを命じられた蒲生定秀は、愛知川を渡河すると長野城に入った。そして、栗田荘の国人と連携して肥田城まで出張って来た浅井勢と対陣する。蒲生定秀は戦も定評がある男であった為、浅井長政としてもおいそれとは手出しをできなかったのだ。

 そんな頃、浅井長政と対峙している蒲生定秀に義頼から書状が届く。そこには、後藤高治たちと今回の一件について合意に至った旨が記されていた。その内容に、定秀は大きく息を吐く。するとその仕草を見た沢清光さわきよみつ水口盛里みなくちもりさとが、蒲生定秀に尋ねたのであった。


「如何されました藤十郎(蒲生定秀)様」

「ん? 弾正少弼(沢清光)に安芸守(水口盛里)か。どうやら殿は、問題を一つ解決したようだ」


 沢清光と水口盛里へそういいながら蒲生定秀は、義頼から届いた書状を見せる。すると二人は、食い入る様に渡された書状に目を通していた。


「……安心しました、藤十郎様。漸く、好転の兆しを見せたのですな」

「沢殿の仰る通り」

「そうだな盛里。確かに、弾正少弼のいう通りだ」


 その翌日になると、援軍の兵を率いて義頼が三雲定持と共に長野城に到着した。

 蒲生定秀は、沢清光と水口盛里と共にその軍勢を出迎える。出迎えを受けた義頼は、三雲定持に兵を任せて長野城本丸にて蒲生定秀達と顔を合わせたのだった。


「定秀、清光、盛里。よくぞ時を稼いでくれた。お陰で、一応の鎮静を見たぞ」

『はっ』

「うむ。ところで、定秀」

「はっ」

「浅井家と手打ちをするには、どうすればいい」


 今は一刻も早く、六角家中に平穏を取り戻す必要がある その為の手筈を、義頼は蒲生定秀に尋ねたのであった。


「そうですな……やはり愛知川で手を打つぐらいはしなければならないでしょう」

「ある程度は、浅井に手土産を渡さなくては駄目だ。そういうことだな」

「御意」

「ならば、これが役に立つか?」


 そういうと義頼は、懐から書状を出した。

 この書状であるが、これは観音寺城を出立する前に蒲生賢秀と三雲定持から渡された物である。その書状を見て、蒲生定秀は喜色を満面に表した。


「これがあれば、浅井を引かせられましょう」

「そうか。ならば早速、浅井長政と話し合いを持つぞ」

「はっ」


 それから数日後、義頼は浅井長政と会談を持つ。参加者は六角家から義頼と蒲生定秀、浅井家からは浅井長政と遠藤直経えんどうなおつねであった。


「お初にお目に掛かる。某は六角左京大夫が弟、侍従義頼です」

「浅井家当主、備前守長政です。して、会談の用向きを聞きましょうか」

「では早速。浅井家と六角家の境、愛知川と致しませぬか?」

「ほう。愛知郡までをこちらに渡すと。貴公は、そういわれるか」

「その条件で、手打ちにしたいと思っております」

「手打ちとは異なことを。拙者は、後藤喜三郎殿からの要請で出てきたのですぞ」


 浅井長政の言葉は、予想通りだった。

 実際、彼は後藤高治達からの要請で出陣している。たとえそれが、便乗であろうともだ。 彼の真意は、観音寺城を落城させることにある。ここで六角家の居城を落とすことで、近江国内において浅井家の優位を近江国人達へはっきりと分かる形で見せつけるつもりだったのだ。

 だが義頼としては、そのようなことを許す訳にはいかない。そこで義頼は、切り札を切った。


「ではこれを」

「……なっ!!」


 義頼が差し出した切り札、それは後藤高治直筆の浅井長政宛の礼状だった。

 これは、蒲生賢秀と三雲定持が事前に手を打ち後藤高治へ書かせたものである。つまり浅井長政が出征の理由としている後藤高治からの要請を、礼状を出して終わったことにして無効化させるという策であった。

 まさか此処にきて梯子を外された形になるなど思ってもみなかった浅井長政は、義頼の持参した礼状を見て一瞬だけ悔しげに表情を歪めたがすぐに表情を戻す。だが老獪な蒲生定秀は、その様な僅かな変化も見逃さない。すかさず彼は、浅井長政に対して追い打ちを掛けた。


「備前守殿。先程の条件、飲んでいただけますな」


 蒲生定秀の言葉に浅井長政は、さらに表情を歪めながらも素早く思考を巡らした。

 今は義頼と蒲生定秀に機先を制され会談の主導権を握られた形となっているが、六角家側から出された講和の条件は決して悪いものでは無い。何といっても労せず愛知郡までを、浅井家が手にすることができるのだ。

 確かに要請を受けるに当たり浅井長政は、観音寺城を落とすつもりであった。しかし、欲張り過ぎると碌なことにならないというのも理解できる。それ故、今回はこの辺りが引き際だろうと判断した。


「よかろう、承知致した。これからは、愛知川を両家の境と致そうではないか」

「備前守殿の御英断、感謝致す」


 こうして六角家と浅井家は講和し、騒動も決着したのであった。


ご一読いただき、ありがとうございます。

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