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第二話~観音寺騒動~


第二話~観音寺騒動~



 甲賀衆の鵜飼源八郎うかいげんぱちろうが齎した知らせを聞いた義頼と蒲生定秀がもうさだひでは、二人揃って驚きを露わにした。

 しかしながら、それも当然であろう。 到底、無視することなどできない事象だったからだ。

 六角義弼ろっかくよしすけが誅殺したという人物の一人である後藤但馬守、即ち後藤賢豊ごとうかたとよ進藤賢盛しんどうかたもりと並んで六角の両藤とまで謡われた六角家重臣中の重臣であることは前述している。その重臣をよりにもよって殺したというのだから、ただごとではない。だがそれゆえに、義頼には分からないことも存在した。


「源八郎、その方は誅殺といったな。賢豊とその息子が、御屋形様の勘気に触れることでもしたのか?」

「それが、よく分かりません。御屋形様は無礼討ちとされておるようですが、後藤殿が無礼を働いたなどという事実はないのです」

「だろうな……」


 六角家家臣筆頭格として、兄の六角承禎ろっかくしょうていに忠節をつくしてくれていたことは、義頼がまだ鶴松丸つるまつまると名乗っていた頃の子供心にも分かったぐらいである。そんな後藤賢豊がたとえ当代が六角承禎から六角義弼に代替えしたとはいえ、無礼を働くなど到底信じられる話ではなかったからだ。


「殿! これは、悠長にはしておれませんぞ」

「ああ。分かっている、定秀。賢豊は家中に人望も厚い、下手をすると六角家が割れるぞ」

「拙者もそう思います。取りあえず、わしは息子と共に他の後藤一族へ接触致します。殿は、進藤殿を説得して下さい。「六角の両藤」とまで言われた家が揃って六角宗家の敵に回れば、浅井が出て来かねません」

「分かった。何処どこまでできるか分からんが、微力は尽くそう……しかし、御屋形様も何を考えておるのか」


 兎にも角にも、自らの筆頭家臣である蒲生定秀を送り出すと、他の家臣や義頼に付けられている与力衆を集めて事の次第を話す。すると義頼や蒲生定秀が心配した通り、与力衆でかつ有力な近江国人でもある馬淵建綱まぶちたてつな永原重虎ながはらしげとらは反発を示したのであった。 


「侍従(六角義頼ろっかくよしより)様! このようなこと、捨てはおけませんぞ!!」

「そうです。馬淵殿の言う通りです!」


 激昂し、息も荒げに文句をぶつけて来る馬淵建綱や永原重虎を前にして義頼も内心では溜め息をついた。後藤賢豊という男を味方が討てばこうなる事は、十分予測できた筈だからである。義頼にも予測できたのだから、六角義弼に予測出来なかったとは考えづらいのだ。

 しかし、今それをいったところで始まらない。先ずは、彼らの気を落ち着かせることこそが肝要だった。


「二人とも、その旨はよく分かっている。だからわしとて、この事件を放っておくなどはせん。故に建綱も重虎も、そういきり立つな。その方たちにまで騒がれては、纏まるものも纏まらなくなってしまう」

「ですが!!」

「だから落ち着けと、そういっている建綱。幸いといっていいのかどうかは分からぬが、わしも六角宗家の血を引いている。その血に掛けて、相応のことは叔父として甥に報いさせるつもりだ。どのような報いを受けさせるかはこれから考えるが、取りあえずは任せて欲しい。 この通りだ!」


 馬淵建綱へそういい終わると、義頼は唐突に頭を下げる。そんな彼の態度に、馬淵建綱ばかりではなく他の家臣や与力衆も狼狽えてしまう。それを証明するかのように、長光寺城の麓にある館の広間に暫く沈黙の時間が流れていた。

 そして、どれだけ時間が経ったであろう。やがて馬淵建綱は一つ溜め息をつくと義頼に対して口を開いた。


「…………承知致しました。侍従様に頭を下げられては、お任せしない訳には参りません。皆もいいな」

『……はっ』


 今現在義頼の近くに蒲生定秀がいない以上、与力とはいえ筆頭扱いとなる馬淵建綱が義頼に同意した事実は非常に大きいものがある。だからこそ色々と思うところもあるのだろうが、永原重虎以下与力衆は馬淵建綱に追随して義頼の考えに同意したのだ。

 漸く与力衆である近江国人達の同意を得たことで何とか彼らの動揺を抑えることに成功した義頼は、間髪入れずに次の行動を起こしていた。

 先ず手始めに馬淵建綱や永原重虎らのつてを使って、今回の一件に反発して居城の小浜城に戻っていたある男との接触を図る。その男は初め面会するかを悩んだが、今回の一件に義頼が全く関わっていない事実。さらにいえば、添え書きと名が上げられている馬淵建綱や永原重虎の面子めんつを立てることも考慮して、最後には面会を了承した。

こうして義頼が面会を希望した男とは、蒲生定秀が義頼へ説得する様に頼んだ進藤賢盛であった。その進藤賢盛が面会を了承すると、義頼は僅かな護衛と共に小浜城へと赴いた。

まさか義頼自らが現れるとは思っていなかった進藤賢盛はいささか驚いたが、それも少しの間である。彼は即座に気を落ち着けると、義頼を客間へと通した。

 通された客間には、小浜城主たる進藤賢盛以外は誰もいない。そのような部屋に腰を下ろした訳だが、どちらからも喋ることなく静かに時が流れる。しかし出された白湯さゆを飲み干した義頼は、意を決したかの様に進藤賢盛へと話し掛けた。


「賢盛。こたびのことはすまぬ。六角家の人間として、何としても御屋形様を諫める。だから、軽々けいけいに動くことだけは止めて欲しいのだ」

「……」

「頼む!」


 そういうと義頼は、馬淵建綱ら与力の国人衆へ頭を下げた様にここでも進藤賢盛へ頭を下げた。

 言わずもがな、義頼は六角宗家の人間である。しかも、今回の一件には全く関わっていない。その義頼にここまでされては、溜飲りゅういんも下げざるを得ない。しかしそう考えると頭に上っていた血も下り、進藤賢盛は幾らか冷静になる事ができた。


「……分かりました。取りあえず、こたびの一件に関して下駄はお預け致しましょう。ですが、それは拙者だけのことにございます。喜三郎(後藤高治ごとうたかはる)殿は勿論ですが、他にも三上殿や永田殿。さらには、池田殿や平井殿が同調して動いております。そちらにまでは、流石に責任持てませんぞ」


 進藤賢盛の言葉に、義頼は顔色を変えた。

 何とか、後藤家と進藤家の両家が足並みを揃えて六角家に対して反旗をひるがえすという事態は避けられた。しかし、彼の口から出た今回の一件に反発している者達の名が揃いも揃って六角家の重臣ばかりなのである。幾ら何でもそこまで逼迫ひっぱくしているとは、義頼の想定を越えていたのだ。


「そ、それはまことか! 賢盛!!」

「はい。彼らは相当に、怒りを表しております。正直に申しませば、いかなる行動に出てもおかしくはないと拙者は愚考します」

「それはもしかして、最悪もあり得るか? たとえば、兵を挙げる……とか」


 窺うように尋ねた義頼の言葉に対して、進藤賢盛はしっかりと頷くことで返答とした。

 事態の深刻さを改めて認識した義頼は、挨拶もそこそこに小浜城をあとにすると急いで居城の長光寺城へと戻った。

 すると彼は、追加の知らせを鵜飼一族の鵜飼孫六うかいまごろくから受け取る。急いで中を確認すると、そこには先程小浜城で懸念した最悪と同じ……いやそれ以上であった。


「この報告に嘘はないか! 孫六!!」

「はい。既に使者は出ておりますゆえ」

「まさか定秀の言葉が、より悪い形で現実になるとは……しかし、浅井を引き込むとは馬鹿なことを。他家に介入させて碌な結果にならないのは、過去に枚挙のいとまがないことなど承知しているだろうが!!」


 思わずといった感じで義頼は、鵜飼孫六の持って来た書状を床へ叩きつけた。

 これが、浅井家の独断であればそこまでにはならなかったであろう。しかし、実際には六角家臣が呼び込んでいる。だからこそ、浅井家の介入は彼の心を揺さぶったのであった。 


「いかがなさいます?」

「お主らは全力を上げ、浅井及び高治たちの動向を探れ。俺は、出る。浅井だけは、何としても抑えねばならんからな」

「はっ」


 命を受けて下がる鵜飼孫六の背を暫し見送った義頼は、少し寂しげに一言だけ呟いていた。


「初陣が家内動乱を抑える為か……ままならんものだな」



 その後、義頼は、後藤一族に接触している筈である蒲生定秀にこれまでの経緯を記した書状を送っている。その上で、小浜城に再度進藤賢盛を訪問した。僅かの時間に再び訪れた義頼の行動に、彼は訝しみつつも用件を尋ねる。すると義頼は、進藤賢盛に湖南の抑えを頼み込んでいた。

 湖南とは、主に琵琶湖南部の地域を指す。この地には義頼の与力となった国人が主に領地を持っているが、しかしこの地域に領地をもつ全ての国人が義頼の与力となった訳ではない。つまり義頼は、進藤賢盛に対して与力衆となった者以外の国人の抑えを頼んだのだ。


「どうだ。 頼まれてくれるか?」

「…………それはやぶさかではございませんが……どうして拙者なのでございますか?」


 正直にいって、まさかそのようなことを頼みにくるとは夢にも思っていなかったこともあり進藤賢盛は暫く絶句する。それから改めて理由を尋ねると、義頼は小さく笑みを浮かべながら返答した。


「この一件について、賢盛は俺に下駄を預けてくれた。ならばわしは、その賢盛を信じるだけだ」

「侍従(六角義頼ろっかくよしより)様……分かりました。この進藤賢盛、ご期待にお応えして見せまする」

「では、頼んだぞ」

「御意」


「六角の両藤」の片割れたる進藤賢盛の協力を得る事に成功した義頼は、長光寺城へとんぼ返りをする。やがて城に到着すると、永原重虎と宮城堅甫みやぎかたよしを呼び出した。

 程なくして、両名が義頼の前に現れる。呼ばれた理由が思い付かない二人は、訝しげな表情を浮かべていた。


「侍従様。拙者たちに何用でしょうか」


 六角家の序列的に、宮城堅甫より上となる永原重虎が代表する形で用件を尋ねる。すると義頼は、真面目な表情を崩さないまま二人へ命を伝えた。


「重虎には長光寺城を預ける。そして堅甫には、重虎の与力を頼みたい」

「……それはどういうことでしょう」

「幸いなことに賢盛からの協力を得られた。賢盛には湖南国人の抑えを頼んでいるゆえ、わしは観音寺城へ向かう。兵を率いて、となるが」

「まさか、御屋形様を討つのですか?」

「いや。浅井を抑える為だ。この状況下では、御屋形様も兄上も動く事はまかりなるまい。となれば、消去法でわしが動くしかないだろう」


 確かに、彼らが動けるような状況下にはない。六角承禎にしても六角義弼にしても、そしてもう一人の甥にあたる六角高定ろっかくたかさだしかりである。このような状況下では、必然的に残る義頼が動くと言うのが自然であった。

 だがこれも、ある意味で諸刃の剣といえる。というのも義頼が動けば、怒りを表している者達を触発しかねないからだ。しかし、浅井家が動いている以上は座して待つという訳にもいかない。どちらにせよ、ことここに至っては義頼が動くしかなかった。


「なるほど。ですが、背に腹は代えられないとはいえ危険ですぞ。それだけは、お心にお留下さい」

「重虎、やはりか」

「はい。彼らが動く切欠となる、その可能性が高いです。ですが、ここで動かないという選択も出来ない。苦しいですな」

「そう……なのだろうな。きっと」


 本音のところでは、穏便に済ませたい。だが、そうはならないだろうと言う事は義頼にも想像できた。だからこそ、動く決断をしたともいえるのだ。

 兎にも角にも決断をした以上、義頼としても躊躇ためらう気はない。彼は自身の考えた通り、永原重虎と宮城堅甫に任せた上で急いで兵を整えて城を出立するつもりであった。

 引き連れる将は、馬淵建綱と沢清光さわきよみつ山岡景隆やまおかかげたかの与力衆。それと、義頼の家臣である寺村重友てらむらしげとも水口盛里みなくちもりさと横山頼郷よこやまよりさと和田信維わだのぶただを連れて長光寺城を出陣する筈であった。

 しかしこの義頼の動きを、平井定武ひらいさだたけが察知する。彼はすぐさま、後藤高治ごとうたかはる三上恒安みかみつねやす永田景弘ながたかげひろ池田秀雄いけだひでおと密かに会合を持った。


「どうやら、長光寺城の侍従様が動くようだ」

「なんですと!? まことか、加賀守(平井定武)殿!」

「うむ、喜三郎(後藤高治)殿。兵を整えていると、知らせがあった」

「……なれば、躊躇っているいとまはない。すぐに、行動を起こそうではないか」

『おうっ!』


 彼らは浅井家の軍勢を待って行動を起こすつもりであったが、それでは義頼に機先を制されてしまうと判断して計画の前倒しを行い挙兵する。予定よりいささか少ない兵ではあったが、それでも六角承禎の居る箕作城と六角義弼と六角高定が居る観音寺城に攻め上がった。

 しかしこの動きは、寸でのところで六角承禎らに判明してしまったのである。


「何だ貞和、このような夜更けに」

「御屋形様、お逃げ下さい! 謀反の兵が攻め寄せてくる前に」

「謀反だと!? 誰が兵を挙げた」

「後藤高治以下、三上恒安と永田景弘と池田秀雄と平井定武にございます」

「な、何だと!」


 六角義弼が驚くのも仕方が無い。後藤高治は別として、側近の種村貞和たねむらさだかずが名を挙げた残りの者達は揃いも揃って六角家の重臣なのである。この事態に、驚くなという方が無理な話であった。


「わ、分かった。すぐに落ちる……父上と高定は?」

「無論、知らせております。我らは、我らで動くべきかと」 

「そ、そうだな」


 こうして六角義弼は、取る物も取りあえず観音寺城から落ち延びた。

 それは六角高定と、箕作城の六角承禎も同様である。かくしてこの動きの速さが幸いして、僅かの差で彼らの虎口よりの脱出を可能としたのであった。



 六角承禎が箕作城から、六角義弼と六角高定の兄弟が観音寺城より脱出して程なくした頃、兵を挙げた後藤高治らが観音寺城と箕作城を急襲する。まさか身内より攻められるとは露にも思っていなかったこともあって、両城は呆気なく落城する。しかし、彼らは肝心要の六角承禎と六角義弼、そして六角高定の確保には失敗したのであった。

 一方で何とか別々にとはいえ城から落ち延びた彼らは、それぞれに救援と言う名の庇護を求めた。六角家現当主の六角義弼は、日野城の蒲生賢秀がもうかたひでを頼り日野城へと向かう。そして六角承禎は三雲定持みくもさだもちを頼り、最後に六角高定は義頼を頼ったのであった。

 兵も整い、後は出陣するだけであった義頼の元に現れた六角高定に対して義頼が思わず尋ねる。命からがら、不眠不休で長光寺城に到着した六角高定は、白湯を数杯飲んで人心地つくと観音寺城で起きた事件を伝えた。


「……そうか。兵を挙げてしまったのか」

「ああ。兄上も父上も、別々に落ちた筈だ。それでだが、どうする?」


 六角高定からの問いに、義頼は少し考える。やがて考えが纏まったのか、口を開いた。


「……高定、兵を分ける。高治たちは、俺が説得しよう」

「可能か?」

「やらざるを得ない。浅井に介入されない為にもな」

「浅井? 何で浅井が出てくる?」

「高治たちが、応援を要請したらしい。よりにもよって、浅井長政あざいながまさにな」

「なっ! 何だと!? 本当か!」

「嘘だったらどんなに良いかと思うよ、俺は」


 義頼が、大きな溜め息と共に六角高定へ浅井家の介入を告げた直後、蒲生定秀が長光寺城へ戻ってきた。すぐに、彼からの報告を聞く為に呼び出す。現れた蒲生定秀から話を聞くと、兵を挙げてしまった後藤高治を除く後藤一族とは接触を果たしていた。

 しかも重畳ちょうじょうな事に、静観を約束させている。流石の手腕に、義頼は感心していた。


「ところで、殿。何故に左衛門尉(六角高定)様がいらっしゃるので?」

「ん? あ、まぁ。それだがな、高治らが兵を挙げてしまったのだ」

「ま、まことですか!」

「ああ。浅井だけでも頭が痛いのに、身内の謀反とは……どうしてこう次から次へと!」


 それから蒲生定秀に事情を説明した義頼だったが、最後には苛立たしげに拳を床に叩きつけてしまう。それから何度か大きく息を吸い、どうにか気持ちを落ち着けると善後策を立てるべく動き始めた。

 蒲生定秀をそのまま残した義頼は、馬淵建綱を呼び出すと彼にも観音寺城で起きた一件を隠す事無く告げる。まさかの蜂起話に彼も驚きを表すが、ことは浅井家の対応を含めて一刻を争う事態へと発展している。すぐに驚きを隠したかと思うと、今後の対応について義頼と六角高定と蒲生定秀と共に話し合う。やがて対応について纏まると、義頼は蒲生定秀に用意した兵の主力を与えて浅井家への備えとすることとした。

 彼に己が抱える兵の主力と沢清光と水口盛里をつけて送り出した義頼は、六角高定と共に残りの兵を伴い長光寺城を出陣する。そして、観音寺城付近の慈恩寺威徳院(後の浄土宗金勝山浄厳院)に到着すると、同地に駐屯した。

 それから観音寺城を占拠している後藤高治宛てに使者を送ると、彼からの返事を待った。

 さて使者を受けた後藤高治たちはというと、流石に断りづらかった。

 何といっても義頼は観音寺城にいた訳ではないので、今回の件に全く関係がない。それと六角家重臣で義頼の与力筆頭でもある馬淵建綱からの添え状も、その判断に拍車を掛けていた。

 さらに後藤高治たちが当てにしていた浅井家の軍勢に対して義頼が蒲生定秀を派遣して手を打っていることや、その上、こたび討たれた後藤賢豊と両藤として並び称される進藤賢盛がこちらに賛同せず挙兵しなかったなどの事象が、後藤高治たちに会談を受け入れさせたのであった。

 それから程なく、了承の返事を持って使者が帰ってくる。すると義頼は、馬淵建綱と護衛の兵を指揮する寺村重友てらむらしげともを連れて観音寺城に向かった。 



 観音寺城に入城を果たした義頼の一行は、武装を解かれた後で観音寺城本丸にあるもう一つの六角屋敷の広間へ通される。その広間上座の中心に後藤高治が座っており、そんな彼の両脇には共に兵を挙げた者たちが座っていた。


「久し振りだな、高治。わしが元服して以来か」

「侍従様も、お変わりないようですな」


 どこかよそよそしい言葉に、義頼は苦笑した。

 しかし、それも致し方ないだろう。彼らは今現在、敵味方といっていい状態にあるのだから。

 だからこそ義頼は気を引き締めると、後藤高治らとの折衝に入ったのであった。


「……さて、別に世間話をしにきたのではない。今回の件だが、わしに預けてくれ」

「侍従様に?」

「ああ。それ相応の対応はするつもりだ」


 すると暫くの間、広間に沈黙が横たわった。

 やがて彼らは、顔を突き合わせるとひそひそと話し始める。そしてある程度意見が纏まると、代表する形で後藤高治が義頼へ相応の対応について尋ねてきた。

 至極もっともだと思いつつ、その問いに返答する。 その内容は、彼らをしても驚きであった。何せ義頼は、現六角家当主である六角義弼を隠居させると言うのである。その上で、六角家の家督をこの場に居る六角高定に引き継がせると言うのだから驚くなというのが無理であった。

 だが、疑問もある。確かに六角の姓を名乗っているが、六角高定は大原家に養子縁組した者だ。ならば六角高定ではなく、六角承禎の弟に当たる義頼が継ぐのが相応の様に思える。そこでその旨も併せて尋ね、義頼の見解を問いただした。 


「ああ、その件か。兄上に子が無い、もしくは子が幼いのならばわしが六角家の家督をとも考えないでもない。だが、実際には高定殿がいるのだ。彼を推すのは、当然であろう?」

「はぁ……それは、そうかも知れませぬな」

「それと後藤家の家督と領地についてだが高治、その方に継がせるつもりだ。また今回の挙兵に関してだが、その方たちが咎められるようなこともさせぬ」

「それは、まことにございますか?」

「勿論だ、定武」


 義頼の言葉に対して疑いの目を向けて来る平井定武に対して、彼は頷きながら返事をした。すると後藤高治達は、義頼に同行している馬淵建綱の方を向いた。

何せ彼は義頼の与力だが、同時に六角家の重臣でもある。その彼であれば、義頼の言葉に嘘が無いか分かると考えたからである。そして馬淵建綱は、後藤高治らの視線を受けその意味を察するとゆっくりと頷く事で彼らに対する返事としていた。

 重臣の馬淵建綱からの確約と取れる返事を確認できた後藤高治らは、暫くの猶予を求める。義頼としては一刻も早い解決を望んでいるが、焦りが碌な結果を生まない事も朧気ながら理解できる。内心の焦りを隠しながらも、彼は了承したのであった。



 さて義頼を一旦部屋から別室へと送り出すと、広間に残った後藤高治らは義頼の提案に対して議論を始めた。後藤高治に取って、義頼の出した提案は決して悪いものではない。父と兄の仇である六角義弼が六角家当主の座から外れる上に、後藤家の家督と領地は安堵させるというのだからだ。

 また、他の者たちに取っても受け入れられる提案である。主家に反旗を翻したにも拘らず咎めを受けないということは、自分達は民草からそしりを受けないという意味でもあるからだ。


「どうであろう。侍従様の提案、受けてもいいと思うが」

「……喜三郎殿。了と答えるのは、いささか早計ではないか? 侍従様の提案は、六角宗家の総意とはわしには思えん。そこで、今一度侍従様にわしが会って話をしようと思う」


 六角家内でも重臣筆頭格である平井定武の提案に、そこに居る者全員は頷き了承する。こたびの蜂起に賛同した者達からの承認を得られた平井定武は、別室に待機している義頼たちを一人で訪ねた。


「侍従様。先程の提案ですが、我らとしては受けても構いません」

「おお! そうか!!」

「しかし、先程の提案ですが右衛門督様は了承しておいでなのですか?」

「御屋形様は知らぬ。だが、何としても了承させる。俺の命にかえてもだ!!」

「!!」


 不覚にも平井定武は、孫の様な年齢でしかない義頼に気圧された。

 だがそれゆえに、信じてみる気にもなれる。それと同時に、なにゆえに進藤賢盛がこちらに同調して兵を挙げなかったのかを何となくだが理解した。

 恐らくだが、義頼の存在に先への可能性を見たのだろうと。


「……分かりました。すぐに兵を引くなどは到底、了承できませんが、取りあえずはこのまま静観を致しましょう」

「まことか!!」

「はい。ですがこのあとのことは、侍従様の働き次第にございますぞ!」

「わかっている……つもりだ。それに、高定殿からの了承は得ている。あとは何としても、兄上と御屋形様には承知させる。だからお主らも、浅井から連絡が来ても決して軽々しくは動かないでくれ!」

「承知」


 義頼の言葉に定武は、金打ちして了承する。そんな定武に対して満足そうに頷くと、義頼は立ち上がった。

 そしてすぐ、馬淵建綱と寺村重友を伴って観音寺城を出て行くと慈恩寺威徳院へと戻ったのであった。


「さて、解決への目処が立ち始めましたな」

「そうだな、建綱。だが、それゆえに何としても成功させなくてはならない。六角家内のことは勿論だが、浅井と対峙する定秀の援護となるからな」

「確かに」

「その為にも高定殿は無論の事、お主たち……いや家臣と与力衆全ての力が必要だ。よろしく頼むぞ」

「無論です」

『御意』


 彼らからの返事に、義頼は黙って頷いたのであった。


ご一読いただき、ありがとうございます。

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