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第四十四話~江南一向衆駆逐~


第四十四話~江南一向衆駆逐~



織田信長おだのぶながから遅れて金森御坊を出立した大原義定おおはらよしさだは、軍勢を率いて嘗ての六角家居城であった観音寺城へと到着した。 するとそこには、本多正信ほんだまさのぶ蒲生賢秀がもうかたひでの姿がある。 彼らは大原義定の到着が間もないと言う事で、麓にまで迎えに来ていたのであった。


「中務大輔(大原義定)様。 金森御坊での戦勝、祝着に存じます」

「うむ。 そなたらも新村、小川両城の押さえご苦労だった」

『はっ』


 そこで本多正信と蒲生賢秀に声を掛けた後、大原義定は二人のやや後方に控える三人へ目を向ける。 そこに居たのは、新村城主である志村資則しむらすけのりと彼の息子である志村資良しむらすけよし。 それから、小川城主の小川祐忠おがわすけただであった。

 この三名は元々六角家臣であったが、織田家との戦の後は六角家より離れて浅井家臣となっていた経緯がある。 しかし仕えていた浅井家が【金ヶ崎の戦い】の際に起きた反乱騒動で領地半減となった事に伴い、浅井家よりの離脱を余儀なくされてしまう。 そこで義頼の執り成しもあって、彼らは近江衆として織田家直臣となっていた。

 そんな三人に対して、大原義定が無事をねぎらう。 すると、その言葉を聞いた志村資則は直ぐに顔を上げていた。 いや、彼だけでは無い。 息子である志村資良、それと小川祐忠の両名も顔を上げていたのだ。

 そして彼ら三人の目には、何かを決めた様な色が見て取れる。 その様子に、大原義定はいぶかしげな顔をした。


「どうした」

「中務大輔様! 新村、小川の両城を攻める場合は、我らに先鋒をお願いしたい!!」

『お願い致します!!』


 志村資則に志村資良、小川祐忠の三名が大原義定に城攻めの際の先鋒を訴えた。

 近江国内に居る一向宗門徒に居城を取られたなど、彼らにとって屈辱以外の何物でもない。 しかし、己が抱える兵だけでは奪還が難しい事も理解していた。 だからこそ彼らは、観音寺城へ身を寄せたのである。 いずれは織田信長が、近江国内に居る一向宗門徒を駆逐するだろうことを信じて。

 そしてその考えは図に当たり、こうして大原義定が観音寺城へ軍勢と共に現れたのである。 正に今こそ居城を奪還する時であり、この機を逃すまいと三人は揃って進言したのだ。

 一瞬呆気に取られた大原義定だが、間もなくゆっくりと頷く。 彼としても、三人の気持ちが分からない訳ではないからだ。 大原義定もまた、二度ほど居城を奪われるという経験をしているからである。 一度目は【観音寺騒動】であり、二度目は足利義昭あしかがよしあき上洛時に起きた六角家内での内訌であった。


「分かっている。 新村城を攻める時は、資則と資良に。 小川城を攻める際は、祐忠に先鋒を任せる」

『感謝致します!』


 明けて翌日、逢坂の関で義頼が大原義定に言った様に甲賀郡から兵が到着する。 とはいえ織田信長の道案内に兵を割いている為、雀の涙と言ってもいいほどの規模である。 そんな数少ない兵を率いて来たのは、三雲定持の長子である三雲賢持みくもかたもちであった。

 彼は嘗て浅井家の湖西侵攻とほぼ同時期に起きた布施家の反乱、いわゆる【瀬田・布施山の戦い】の際に六角義治ろっかくよしはるに従って布施家攻めに参加していた。 しかしその戦の最中で、深手を負ってしまう。 命こそ取りとめたが相当に深い傷であったが為に、最早武将としては戦場に出られない体となってしまったのである。 その為、三雲家嫡子の座を弟の三雲成持みくもしげもちへ譲らざるを得なくなってしまった。

 しかし三雲賢持はそこで諦めたりはせず、他にも戦場にて働きをする手立ては無いかと模索する。 その結果、彼が得た答えが軍師、若しくは参謀として身を立てるという道であった。

 己のその後をそう決めてからというもの、彼は体をいといながら必死に書物を読み耽って書かれている知識を血肉として身につける事に没頭する。 そしてついに、必死に身につけた知識を披露すると言うこの日を迎えたのだ。


「……まさか、その方が来るとはな。 体はもういいのか?」

「武器を持って大立ち回りなど、到底出来はしないでしょう。 また、走り回る事なども不可能です」

「なるほど……その為の輿か」

「はっ」


 三雲賢持の直ぐ近くには、輿が置かれている。 彼は面会する為にこの場に現れた時、この輿に乗って現れたのだ。 であるからこそ、大原義定としても気になる。 彼がどの様にして、この戦に関わろうと言うかに。


「して、賢持。 その方は、その体で何をすると?」

「参謀として働きます」

「……そう言う事か。 ならば、ひとまず俺の近くにいて策を献じてくれ」

「御意」


 その後、大原義定は観音寺城に進藤賢盛しんどうかたもりらを残すと蒲生賢秀と本多正信を伴い出陣する。 そして、山路胤治やまじたねはるが城主を務める山路城に入った。

 そこで義定は、三雲賢持と本多正信と蒲生賢秀を呼び出して意見を求める。 すると三雲賢持が、待っていましたとばかりに口を開いて意見を述べ始める。 その意見とは二つあり、一つは山崎片家やまざきかたいえを動かす事であった。

 嘗ては六角家重臣として名を連ねていた男であるが、六角家の内訌を原因とした織田家との戦の際に、彼は抵抗せず織田家に降伏している。 その為、織田家直臣となっている。 また、居城と所領は安堵されていた。

 その山崎片家の居城が愛知川を挟んでやや距離はあるが、存在するのである。 つまり三雲賢持は、小川城を攻めるにあたって、小川城と新村城に居る一向宗門徒に連携させない為の措置として彼の出陣を提案したのだ。

 そして今一つは、湖北十ヶ寺に対する物である。 小川城と新村城を攻める際に援軍を出されては、そもそもの方針が崩壊しかねない。 確実に小川城と新村城を取り戻し、そして山崎家から軍勢を動かす為には湖北十ヶ寺に居る一向宗門徒は邪魔なのだ。

 そこで三雲賢持は、鎌刃城主である堀秀村ほりひでむらからの圧力も必要だと意見を述べたのである。 堀秀村も嘗ては浅井家家臣であったが、浅井領が半減しあおりを受けて浅井家家臣から織田直臣へと鞍替えしたのだ。 その堀家も動かすべきだと言う意見を聞いた大原義定は、視線を本多正信と蒲生賢秀へと流す。 その視線に対して両者が頷いたのを認めると、大原義定は三雲賢持の意見の採用を決めたのであった。


「ふむ。 確かに両者とも圧力を掛けるには丁度いいか……分かった。 賢持の言う通り、両者へ動く様にと促す書状を書こう」


 そう答えると、山崎片家と堀秀村宛の書状を甲賀衆に届けさせる。 大原義定からの書状を受け取った両名は、間もなく出陣した。 先ず山崎片家だが、新村城からある程度距離を置いて布陣して圧力を掛けたのである。 この山崎勢の存在によって、新村城に籠る一向宗門徒は身動きが取れなくなってしまった。

 そしてもう一人、堀秀村はと言うと重臣の樋口直房ひぐちなおふさを箕浦城に派遣している。 そこで北上するかの様な動きを見せる事で、湖北十ヶ寺に圧力を掛けたのであった。

 こうした山崎家と堀家の対応を聞いた大原義定は、直ぐに予め組織していた別動隊を動かす。 その別動隊の大将には蒲生賢秀を任じ、副将には志村資則を任命して新村城に対する牽制としていた。

 また自らは、小川城を攻める為に山路城を出陣している。 そして小川城を包囲すると、織田信長が金森御坊に対して行った様に降伏勧告を行ったのである。 しかし一向衆門徒が、受け入れる事は無かった。


「……では、致し方あるまい。 祐忠、約束通り城攻めはそちに任せる。 元はその方の城だ、良く分かっているだろうしな」

「はっ」


 前述した通り、小川城は祐忠の居城である。 当然だが祐忠は、城の隅々まで把握していた。 それこそ、一向衆門徒などより上である。 だからこそ彼は城から脱出する事が出来たのであり、そしてこれは新村城を居城としていた志村資則と志村資良親子も同様であった。

 兎にも角にも義定から城攻めを一任された祐忠は、小川城の最も弱い場所から侵入を果たすべく義定に城攻めを懇願する。 いわば囮であるが、義定も短時間で城が落とせるのならと了承した。

 此処に義定が城攻めを行う中、祐忠率いる部隊は小川城への侵入を成功させる。 そして、城の大手門を開いた。 こうなってしまっては、最早どうしようもない。 小川城に籠る一向宗門徒は、義定率いる近江衆に徹底的に蹂躙されていく。 その結果、数百の首を上げたとされるほど、一方的な勝利となったのであった。



「直ぐに出陣しろだと?」

「はい」


 城を落として間もなくであるにも拘らずそう進言して来た三雲賢持に、大原義定は眉を顰めた。

 一方的と言える様な勝ちを収めたとはいえ、兵が疲れていない訳ではない。 流石に一向宗門徒を蹂躙した小川城で休む気になどなれないが、休むのは山路城でもほど近くにある今は亡き伊庭氏の城跡でもいいのだ。


「だがな賢持。 此処ここは、兵を休ませるべきではないのか?」

「戦には「機」という物があります。 今はその「機」ではないかと拙者は思います。 また小川城の事は、今頃新村城に伝わっているかと思われます。 そして小川城での戦結果を聞けば、士気は低いでしょう。 士気の上がらない兵など、恐るるに足りはしないと思われます」


 三雲賢持と共に現れた蒲生定秀がもうさだひでの口上を、大原義定は目を瞑りながら黙って聞く。 やがて蒲生定秀の口上が終わると、彼はゆっくりを目を開く。 それから、本多正信の意見を聞いた。

 すると彼からも、二人に同意するという言葉が得られる。 主君であり叔父である義頼の知恵袋となる本多正信の言葉を聞いた大原義定の腹は決まり、即座に出陣する事にした。

 小川祐忠に後を託すと、軍勢を率いて小川城から出陣する。 そして新村城の牽制部隊であった蒲生賢秀率いる別動隊と合流を果たすと、そのまま新村城を包囲した。  城攻めの方法は、志村親子に任せるつもりである。 そして新村城だが、蒲生定秀達が言った通り士気と言う物が感じられなかった。

 とは言え、油断していい物でもない。 義定は甲賀衆の頓宮守孝(とんぐうもりたか)を呼び出すと、彼に新村城の内偵を命じた。 その命を受けて、彼の率いる甲賀衆が新村城へ向かう。 その間に、大原義定は臨戦態勢を整える。 すると数刻も経たないうちに、頓宮守孝達が帰って来た。


「中務大輔殿。 城内の士気は最低と言っても良いぐらいです」


 彼よりそんな報告を聞くと、本多正信が口を開いた。

 それは降伏を呼び掛けると言う物であり、三雲賢持も同じ考えらしく首を縦に振り同意する仕草を見せている。 この様に対応を提案された大原義定は、少し考えた後で了承した。

 それに小川城攻めの時も、城攻めの前には降伏を呼び掛けている。 対応を同じにするという観点からも、大原義定は降伏を促す軍使の派遣を決めたのだ。 そしてその軍使だが、言い出したと言う事もあり本多正信が務める事となる。 彼自身一向宗門徒であるので、相手としても受け入れやすいのではないかと言う思惑もあった。

 その一方で、大原義定は山崎片家に繋ぎを取り城攻めの用意をさせる。 降伏に同意すればいいが、しなかった場合の手を打っておく必要がある為である。 しかしその用意だが、結果から言えば無駄となった。

 新村城に籠る下間頼亮しもつまらいりょうを大将とした一向衆門徒は、同じ門徒である本多正信の説得を受けて降伏したのである。 新村城より戻って来た彼より報告を受け大原義定は、新村城を接収するべく志村親子を差し向ける。

 命を受けた親子は降伏した一向衆門徒達を完全に隔離した上で、慎重に城内を探索する。 やがて安全を確認し終えた志村親子は、漸く居城を取り戻したのであった。

 こうして新村城の探索と接収を終えた志村資則は、息子の志村資良を大原義定に派遣して城内の報告をする。 彼らからの報告を受けた義定は、ゆっくりと新村城に入った。 それから程なくして、山崎片家も新村城に入っている。 これは、義定からの指示であった。


「久しいな、志摩守(山崎片家)……殿」

「中務大輔殿もお元気そうで」


 実はこの二人、こうして面と向かって会うのは二年振りである。 最後に会ったのは、織田家による観音寺城攻めの少し前であった。

 因みに山崎片家は、六角家が織田家に協力する事には肯定的だった家臣の一人である。 図らずも六角家と織田家が戦う事になった際に彼は早々に織田家に降伏しているせいか、大原義定に対してばつが悪そうであった。


「志摩守殿、その様な顔をしなくてもいい。 殿(六角義頼ろっかくよしより)も俺も、そなたの判断は致し方ないと思っているのだ」

「そ、そうですか」


 この大原義定の言葉は、嘘では無い。 義頼も義定も、あの時湖東の六角家家臣が織田家に降伏するのは仕方が無いと思っている。 だから二人は、その事を追求するつもりもなければ声高に言うつもりもなかった。

 二人の考えをこうして聞けたからなのか、山崎片家の表情は安堵の色が混じっている。 その様子に小さく苦笑を浮かべたが、直ぐに表情を引き締めるとこれからの事を片家に告げた。

 大原義定としては、山崎片家の軍勢も加えた上で十ヶ寺へ向かいたいからである。 彼としてもそこに否はなく、二つ返事で了承すると大原義定の軍勢に加わったのであった。

 無事に山崎片家と久し振りの面会を済ませた大原義定は、鎌刃城の堀秀村へ小川城と新村城の奪還に成功した旨を記した書状を認めると使いの甲賀衆に持たせて出立させる。 その後は、山崎勢も加えての戦勝祝いの宴を開いた。

 それから三日後、堀秀村より返書が大原義定の元に到着する。 その書状には、戦勝を祝う言葉と箕浦城にて合流する旨が認めてあった。 早速大原義定は、出陣の準備に取り掛かる。 準備を終えると新村城を出陣し、やがて箕浦城にて堀秀村主従と合流を果たした。


「お初にお目に掛かる。 拙者、堀遠江守秀村と申します。 そして後ろに控えますは、我が臣である樋口三郎左衛門直房です」

樋口直房ひぐちなおふさにございます」

「しかし……まさか貴公と同陣する事があるとは、思いもよらなかった」

「それは拙者も同じにございます、中務大輔殿」


 鎌刃城は浅井領、六角領境の城として幾度となく両家が刃を交えた城である。 その城主である堀家の筆頭家老を務める樋口直房とは、敵味方としてだが一応面識はあったのだ。

 だからこそ大原義定は、浅井家に仕えている堀秀村と同陣するとは夢にも思っていなかったのである。 しかし時勢の流れが、こうして彼らを結び付けたのであった。 

 

「そなたの手強さは拙者は勿論、父も兄上もそして殿も知っている。 なればこそ、味方の今は頼もしい事この上無い」

「過分な言葉、痛み入ります」


 大原義定が手放しで直房を称賛する事に、堀秀村は複雑な表情を浮かべる。 若い自分の補佐を的確に行う筆頭家臣が褒められている事は誇らしいのだが、同時に自らが蔑にされている様に思えてしまったのだ。

 勿論、大原義定にそんなつもりは無い。 故に秀村の様子に彼は気付けなかったが、そこは蒲生定秀が気付いていたので彼は話を本来の筋へと持っていった。


「中務大輔様。 十ヶ寺への対応は如何なさいます?」

「ん? あ、ああ。 殿より、宇佐山城主の森様が此方に向かっているとの書状が届いている。 よって森様と連携しつつ、湖北十ヶ寺を抑える。 しかる後、殿や浅井殿と合流する」





 その頃、江北の義頼は少し前に正室であるお犬の方から届いた書状を見ながら嬉しそうな表情を浮かべていたのである。 戦に次ぐ戦で割と家を明ける事の多い義頼であるが、お犬の方との夫婦仲は大変宜しい。 そんな夫婦に後は子が、特に嫡子が家臣から待ち焦がれられていた。

 そんな義頼へ、本多正信と共に義頼の両翼とも言われる沼田祐光ぬまたすけみつが声を掛ける。 完全に虚を突かれてしまった義頼は、思わず慌てしまう。 彼は慌ててお犬の方からの書状を片付けると、咳払いを一つしてから何の用かと問い掛けた。

 すると祐光は、表情一つ変えずに書状を差し出す。 それは、湖南を任せた大原義定からの書状であった。 何かあったのかと訝しげな表情を浮かべながら読み出した義頼だったが、やがて表情は安心した物に変わった。

 義定からの書状には、新村城と小川城の一向宗門徒を破り屈服させた事を記されていたからである。 そんな甥からの書状を受け取った義頼は、少し笑みを浮かべていた。


「意外といっては失礼なんだろうが、義定は戦が割と上手いな」

「……はっ」


 義頼の言葉に、沼田祐光は何とも言えない返事をした。

 否定など決して出来ないので、肯定の返事をするしか無いのである。 そんな沼田祐光の態度に「意地が悪かったか」と内心思いながら、義頼は言葉を続けた。


「後は湖北十ヶ寺だけか。 森殿が湖北十ヶ寺に対応している事は、義定に伝えてある。 だが……それだけで構わぬのか?」

「と、申されますと?」

「追加の手が本当にないのか、そう考えてな」

「……追加の手、ですか……無い訳ではありません」 

「手立てがあるのか、祐光! それは何だ」

「六角水軍と堅田衆」

「……そうか! 湖上からの攻め! それがあったか!!」


 現在、六角水軍は後方支援を主に行っている。 また堅田衆も延暦寺とは同調せずに織田方、いや義頼方として引き続き協力している。 つまり彼らは現在、半ば遊兵と言える状態にあった。

 そこで祐光は、彼らの存在を義頼に告げたのである。 そして彼から言われた事で六角水軍と堅田衆の事を思い出した義頼は、彼らを生かす動きについて閃いたのであった。

 そしてそれは、祐光が考えている策と同じである。 その辺りは、義頼が戦上手と言われている所以でもあった。 


「はい。 彼らを使えば北と南、それから湖上より攻められます。 三方から攻められては、湖北十ヶ寺とてそう長くは持たないでしょう」


ご一読いただき、ありがとうございました。

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