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第三十三話~決意の長政~

金ヶ崎より、義頼も撤退します。


第三十三話~決意の長政~


 

 徹底的に破却された疋壇城に織田信長おだのぶながからの命で兵糧等の軍事物資を残したまま撤退した義頼は、今まで織田家の本陣があった妙顕寺に軍勢と共に移動した。

 やがて妙顕寺に到着すると、彼の軍勢は池田勝正いけだかつまさ明智光秀あけちみつひで、それから木下秀吉きのしたひでよしの出迎えを受ける。 そこで殿しんがり大将を命じられた池田勝正から、織田信長の命である殿しんがり与力の任を伝えられたのであった。

 場所的な関係から、殿しんがり自体は覚悟していた義頼にとって、殿しんがりを受け持つ将が他にも居るというのはうれしい誤算である。 正直に言えば、単独で殿しんがりとなると考えていたからだ。

 だが、実際には共に殿しんがりを務める者がいる。 嬉しい意味での誤算に、義頼は笑みを浮かべていた。 しかし、それも僅かな時間である。 今はそれどころではないのですぐに表情を引き締めた義頼は、共に殿しんがりを務める事となる三人へ、具体的な撤退の方法を尋ねる。 そんな義頼の問いには、殿しんがり大将である池田勝正が返答したのであった。


「左衛門佐(六角義頼ろっかくよしより)殿。 我らは撤退するが、敵に追いつかれる前に逆に攻勢を掛けるつもりだ。 具体的には、火縄銃を使い敵の足止めをする。 そこに兵を突撃させて、相手を押し返す。 そこですかさず兵を返して、我らも退くのだ。 そこでもし敵が取って返して来たら、再度火縄銃にて損傷を与えてから撤退。 これを繰り返していく所存である」


 そんな池田勝正の返答えを聞いた義頼は、少しの間だが思案した。

 やがて思いついた義頼は、一つ提案する。 その提案とは、撤退の際に行う火縄銃の攻勢に対して、同じ飛び道具と言う事で六角家の弓衆も繰り出してはというものであった。

 そんな義頼の申し出を受けた池田勝正は、少し思案に入る。 その時、彼より年嵩と思われる男が義頼の提案を肯定し援護する。 その男とは、明智光秀であった。

 彼が義頼の言葉を肯定したのは、六角家が抱える弓衆の優秀さを知る故である。 元々六角家は、六角承禎ろっかくしょうてい六角義賢ろっかくよしかねと名乗り彼が六角家当主を務めていた頃から、弓衆には力を入れていたのだ。

 それは、六角承禎が「弓術天下一」とあだ名されていた事も理由ではある。 しかし最大の理由は、一時とはいえ日置流の当代を務めた事にあった。

 その六角承禎が六角家当主であり同時に日置流当代であった頃、家中の弓衆の拡充を図っている。 しかしてその弓衆拡充の流れは、彼が隠居後も続き今でも続いていた。 その流れは義頼が、六角家当主になってからも変わっていない。 彼もまた、兄と同様に弓衆を疎かにする事はなかったのだ。


 話がそれた。


 何はともあれ、明智光秀の同意と援護もあり義頼の考えは採用された。

 すると配下の弓衆より、特に腕の立つ者を選び部隊を作り上げる。 その上で、彼らと共に火縄銃を使い敵を追い払う部隊に合流した。

 因みに、火縄銃を使う兵達を率いるのは木下秀吉である。 義頼は、彼と共に朝倉勢の迎撃に当たるのであった。

 また、殿しんがりを務める彼らの道案内役だが、それは沼田祐光ぬまたすけみつが務める。 彼は元熊川城主であった沼田光兼ぬまたみつかねの息子であり、その沼田祐光が道をたがえる事などまずありえない。 敵か味方かはっきりわからない若狭国内を抜けるにあたって、安心して道案内を任せる事ができると言うのは貴重であった。

 そんな沼田祐光の案内で進んでいた殿しんがりであったが、やがて彼らが関峠の頂上付近に差し掛かった頃、後方を警戒させていた甲賀衆より知らせが義頼に届く。 それは、追撃してくる朝倉勢発見の報告であった。

 情報を入手した義頼は、直ぐに殿しんがりの大将を務める池田勝正へと報告する。 その報告を聞くと彼は、事前に確認した通りの行動を開始した。 つまり彼らは、関峠の頂上付近で伏せたのである。 殿しんがりのほぼ全てが伏兵となった頃、義頼は周囲の近江衆を鼓舞した。


「良いか、よく聞け。 我らがここで敵を足止めすればするほど、撤退する織田家の多くの者が助かる。 この撤退戦で、我ら近江武士の心意気を敵味方に見せつけるのだ」

『はっ』 


 それから程なくすると、追撃してきた朝倉勢が関峠に差し掛かる。 やがて敵が間合いに入ると、弓衆を率いる義頼と鉄砲衆を率いる木下秀吉が同時に声を掛けた。

 二人の声に従い、矢と鉛玉が打ち出される。 ほうほうの体で撤退しているであろう織田勢を意気揚々と追っていた朝倉勢は、まさかの反撃にさらされてしまい出鼻を挫かれてしまう。 いやそれだけならばまだしも、朝倉勢は混乱まできたしている。 そこに、池田勝正と明智光秀が率いる兵が一撃を与えるべく突撃した。

 予想だにしていなかった敵勢からの火縄銃と矢の遠距離攻勢に混乱したところで、両将による一撃である。 これには堪らず、朝倉勢は後ろに下がる……いや下がざるを得なかった。

 しかし二人は深追いなどせず、即座に撤退へと入っている。 そんな敵の殿しんがり勢の動向を見た一部の朝倉兵は急ぎ引き返して来たが、再び義頼と木下秀吉から矢と鉛玉の洗礼を浴びせられまたしても混乱してしまう。 だが、まさにその時、義頼と秀吉がほぼ同時に鋭く口にした「引けっ!」と言う言葉が重なった。

 期せずして重なった言葉に、二人は思わず目を見合わせる。 やがて、どちらからともなく笑みが浮かんだ。


「では、一緒に引きますか。 どちらが早いか競争ですな」

「承知致しました、木下殿」

「退却ー!」

「引けー! 引けー! 撤退だー!!」


 義頼と秀吉は同時に後ろを向いた瞬間、異口同音に撤退の声を上げ駆けて行く。 そんな二人に従って、旗下の兵達も関峠を下って行ったのだ。

 この様なやり方を駆使して、殿しんがりの役目を立派に果たす。 そして彼らは生き残る為に、朽木元網くつきもとつなが当主を務める朽木氏の領地を目指して撤退していくのであった。





 池田勝正を大将とした織田家の殿しんがり勢が追撃してくる朝倉勢との撤退戦を繰り広げている頃、浅井惟安あざいこれやす率いる軍勢は疋檀城近へと到着していた。 すると彼は念の為とばかりに、城に対して斥候を放つ事にする。 やがて帰って来た者から、報告を聞いた浅井惟安は眉を顰めた。

 それは、疋壇城には人っ子一人いないと報告されたからである。 より詳しく聞けば、人が居ないだけではなく城は破却されているとの事であった。 破却されたのなら打ち捨てられたのだろうと見当をつけた浅井惟安は、進軍を再開する。 やがて疋檀城に到着し中に入ると、斥候の言った通り城は破却されており、そこには猫の子一匹見る事は出来なかった。


「なるほど、確かにもぬけの殻だな。 やはり打ち捨て……って、これは!」


 驚きの声を上げた浅井惟安の視線の先には、まだ十分に使えるであろう刀が打ち捨ててあった。

 いや、そればかりでは無い。 よくよく見れば武具だけでは無く兵糧の類と思われる物資も相当数散乱している。 するとそれを見た兵が、我先にと回収し始めてしまった。

 浅井惟安は慌てて止めようとしたが、兵が言う事を聞く様子は見られない。 こうなってしまっては、兵の制御など難しい。 仕方無く浅井惟安は、放置して兵が落ち着くのを待つ。 致し方なかったとはいえ、彼の率いる軍勢は疋壇城でいたずらに時を掛けてしまったのであった。

 こうして時間を無駄に浪費した訳だが、やがてその回収という名の略奪も終わる。 ここで漸く、進軍できる状態へと移行した。 そこで浅井惟安が改めて兵を推し進めようとしたその時、伝令が走り寄って来る。 要件について誰何すると、伝令の報告は増援を報せるものであった。

 そんな伝令の報告に、浅井惟安は眉を顰める。 追加の増援を送るなど、全く聞いていなかったからであった。 しかし来てしまった以上は、出迎えないと失礼に当たる。 浅井惟安は自ら赴き、増援の者達を出迎えた。

 それから程なく、伝令が増援部隊だと称した軍勢が到着する。 その軍勢が掲げる旗印は、磯野家と宮部家の物である。 ならば味方である事に、まず間違いは無かった。

 やがて増援と称する軍勢が、浅井惟安達のすぐ近くで止まる。 すると軍勢から、馬に乗った武者姿が二つほどゆっくりと近づいてくる。 その二人とは、磯野員昌いそのかずます宮部継潤みやべけいじゅんであった。

 彼ら二人は浅井惟安に近づくと、浅井久政あざいひさまさの命でこの場に現れた旨を伝える。 勿論嘘なのだが、その言葉を聞いた浅井惟安は本当に増援であったと胸を撫で下ろしていた。

 だが前述した様に嘘であり、二人とも本当は浅井長政あざいながまさの命でこの場に現れたのであった。

 その事を証明するかの様に、まず磯野員昌が動く。 味方と思い安心して気が緩んだ浅井惟安へ、手にした槍を振るったのだ。 完全に隙を突かれた彼は真面まともに食らってしまい、馬から叩き落されて気を失ってしまう。 あまりの事に呆気にとられた浅井惟安の軍勢は、思わず呆けてしまった。

 そんな隙を狙ったかの様に、宮部継潤が右手を振り上げる。 その直後、彼ら二人が率いてきた軍勢の弓衆は、一斉に矢を構えていた。 いや、弓衆ばかりではない。 徒歩の兵も騎馬の兵も、全員が全員己の得物を構えていた。

 完全に虚を突かれた形であり、浅井惟安が率いていた兵達は反撃どころか動く事もままならない。 そんな彼らに対して、浅井惟安を気絶させた磯野員昌が鋭く声を張り上げていた。


「聞けっ! 浅井備前守様の命により、そなたらを捕縛する。 抵抗を試みないのであれば、手荒な真似はしない。 だが抵抗するなら、我が槍のさびになるとそう心得よ!!」


 常に浅井家の先陣大将として名を馳せた磯野員昌の言葉と迫力に、浅井惟安の将兵は思わず狼狽えた。 それでなくても大将が気絶させられており、その上捕縛までされている。 この様な状況では、彼らに抵抗しようとする考えなど起きる筈もなかった。

 するとその時、浅井惟安の率いていた将兵の心に訴えかける様に宮部継潤も口を開く。 その声色こわいろは、磯野員昌とは違い優しさの様なものが込められていた。


「宜しいか? 備前守(浅井長政)様は、犠牲なき様にと願っております。 我らに従い、このまま小谷城に戻るというのであるならば兵は咎めないとの確約も得ております。 どうか短慮たんりょなど起こさず、命に従っていただきたい」


 磯野員昌の迫力と宮部継潤の優しさを含んだ言葉に、浅井惟安の兵のやる気などは削がれる。 それでなくともつい先程戦利品を手にしたばかりであり、下手に逆らい死ぬのは嫌だという気持ちが生まれているのだ。

 ほどなくして誰からともなく、浅井惟安の兵は武器を手放して員昌と継潤に降伏し始める。 ここに気絶している浅井惟安が率いた将兵は、磯野員昌と宮部継潤によって捕縛されたのであった。



 首尾よく兵を押さえた宮部継潤は、破却された疋檀城内で浅井惟安の兵から事情を聞いていた。

 既に彼らを捕縛した事は、伊賀衆に命じて小谷城の長政へ連絡させているので問題は無い。 しかし宮部継潤は、浅井惟安にこの疋檀城で追いつけた事が気になっていたのである。 そこで彼は、数名の護衛と共に事情を聞いて回ったのであった。

 すると全員が全員、城は破却されており武具兵糧が城内に打ち捨てられていたと言う。 事情を聴いた宮部継潤は、その意味について考えていた。


「疋壇城は、破却されている。 十中八九、織田勢の仕業であろう。 という事は、城は廃棄するつもりであったのは想像に難くない。 ならばなぜ、武器や兵糧まで打ち捨てられているのだ?」


 あまりにも真逆の出来ごとに、継潤は頭を悩ませていたのだ。

 城を破却させると言う事、それは即ち城を捨てると言う事である。 その様な廃棄予定の場所に、大切な武具兵糧などの物資を置いておく筈もないのだ。

 それにそもそも、織田勢が疋壇城に居ないというのもおかしい話なのである。 少なくとも城内に相応の物資があったことは、浅井惟安の軍勢が略奪したものから推察できる。 それだけのものがあったと言う事は、相当数の兵が居た筈なのだ。 

 しかし、人っ子一人居なかったことは裏付けられている。 その目で確かめた者が惟安の兵にも居る以上、疑う余地などなかった。 考えれば考えるほど、訳が分からなくなってくる。 その様な現状に頭を抱えている宮部継潤の元に、磯野員昌が近づいてきた。  

 彼は宮部継潤の傍らに立つと、兵を退こうと提案してくる。 磯野員昌としては、浅井惟安の捕縛と彼が率いた軍勢の確保が達せられた以上、早々に小谷城へと戻りたいのである。 今は予断を許さない状況下にあるので、一人でも多くの兵を浅井長政の元に揃えておきたかったのだ。

 そんな彼の気持ちを知ってか知らずか宮部継潤は、彼へ疋壇城の現状について尋ねてみる。 まさかその様な事を聞かれるとは思っていなかった磯野員昌は、始め質問の意図が読めなかった。


「……えー、っと。 どういう意味か?」

「だから丹波守(磯野員昌)殿。 城が破却されているにも関わらず物資は残されていたという、この疋壇城の現状についてだ」

「ああ、この疋壇城の事か。 まぁ、確かにおかしいな。 全く、真逆であるし」

「そうだ。 普通に考えて、城の破却と兵糧などの物資を放っておく事など両立しない。 だがこの城では、両立していた。 だからこそ、訳が分からないのだ」

「ふむ……なるほど。 それは確かに。 ただ別々に考えれば、そう難しい事では無いのだがな。 だが両方があるから難しい、そんなところか。 いやぁ、拙者には分からん」


 少しおどけた様に言った磯野員昌の言葉に、宮部継潤は反応する。 そして彼は、おもむろに詰め寄った。 その勢いに磯野員昌は一歩引いたが、宮部継潤は彼が引いた分だけ一歩踏み出す。 更に磯野員昌が下がると、その分だけ宮部継潤が間合いを詰めていた。

 これではらちが明かぬと、足を止めて磯野員昌が宮部継潤へ問い掛ける。 しかし彼は、逆に問い掛けてきた。 その内容とは、磯野員昌が城を攻めたとして破却させる意味。 それと、兵糧等を打ち捨てる意味合いについてであった。

 何故にその様な事を聞くのかといぶかしがりながらも、磯野員昌は返答する。 最初の質問については、直ぐに使わせぬ為と答える。 そしてもう一つの質問については、撤退の為だろうと答えていた。

 その二つの質問に対する答えを聞いた宮部継潤は、この疋檀城の状況が如何なる手順で発生したのかに思い至ったのであった。


「丹波守殿、 直ぐに小谷へ戻ろう!」

「は?……それはやぶさかではないが、急にどうしたのだ」

「疋檀城の状況が分かった。 信長公は、恐らくだが浅井家の離反に関して知っていると思われる」

「何? 本当か!!」

「うむ。 それ故、この疋檀城で真逆の事が起きているのだ。 恐らく破却した時点では、まだ浅井家が織田家から離反した事を知らなかったのであろう。 その後、どこまで知ったかは分からないが浅井家の離反が判明したので早急に撤退したのだ」


 漸く疋壇城の現状について結論を得た二人は急いで兵を纏めると、小谷城へ向けて兵を引く。 やがて小谷城に到着した磯野員昌と宮部継潤は、慌てて浅井長政へ状況を説明した。

 最も説明したのは、宮部継潤だけだったが。


「そうか……」


 すると浅井長政は、さほど驚いた風もなくただ一言漏らした。

 そして目を瞑ると、お市の方に事情を説明した時の事を思い出す。 それは、磯野員昌と宮部継潤が小谷城を出て暫くしてからの事であった。

 浅井長政は妻であるお市の方にも纏めて説明を行ったのだが、その際に彼女は驚きの表情を浮かべる。 その直後、途端に彼女が落ち着かなくなった。

 そんなお市の方の態度を不思議に思った浅井長政は、彼女に理由を尋ねる。 するとお市の方は暫く逡巡した後で、突然浅井長政へ平伏した。 いきなりの事に思わず目を丸くしたが、ただ平伏されていては事情も分からない。 彼はお市の方の手を取って顔を上げさせると、優しく問い掛けた。

 顔を上げた彼女は、始めこそ視線を反らしていたが、やがて覚悟を決めるとゆっくりと詫びを入れた訳を話し始める。 その内容に、今度は浅井長政が驚きの声を上げ、そして固まってしまった。

 そんな浅井長政の声と態度にお市の方も再度驚き、またしても平伏してしまう。 しかしそんなお市の方の態度が、彼を驚きの硬直から解いた。

 そして、平伏している彼女の肩へふわりと手を掛けると促してお市の方の体を起こす。 そして浅井長政は真正面からお市の方の目を見ると、確認するかの様に問い掛けたのであった。

  

「お市、真か! 本当に義兄上に……信長公に知らせたのか!!」

「は、はい。 実は……」


 そこで浅井長政はお市の方から、義父である浅井久政の朝倉家につくと発した後で手に入れた情報と浅井家の動き。 そして織田信長へ、織田家の軍勢が陥るであろう現状を表した土産である「布の両端を縛り中に小豆」を陣中見舞いと称して送った事と自ら認めた書状を送った事を知らされた。

 全て告白し終えたお市の方は、床に伏せて泣きだす。 そんな己の正室をじっと見ていた浅井長政であったが、やがて優しくお市の方の背に手を置くと宥める様に動かす。 すると涙に濡れたままの顔を起こした正室に向かい、彼はきっぱりと告げたのであった。


「お市、後の事は俺に任せろ」

「ぐすっ……で、ですが」

「心配するな。 そなたも、我が子も。 そして家臣領民も、守って見せる! だからそなたは、いつもの様に凛としていてくれ。 子供達の為にも」

「は、はい」


 決意を込めて告げられた言葉に、お市の方は一瞬見惚れてしまった。

 その後、少し慌てた様に返事をしたお市の方を、浅井長政は力強く抱きしめる。 そんな夫の抱擁に、妻は身を委ねた。 その後、浅井長政は彼女にこの事固く口止めする様に諭す。 それこそ子供であってもとの言葉に、お市の方は驚きながらも了承したのであった。



「……の、殿! 如何なされましたか!」

「殿! 気分でもお悪いのですかか!」


 疋壇城での報告後、突然瞑目したかと思うと黙ってしまった主に対して磯野員昌と宮部継潤が心配げに声を掛ける。 そんな二人の声に、お市の方との会話を回想した浅井長政は現実へと意識を戻した。

 それから、二人に対して軽く詫びを入れる。 そんな主の様子を不審に思った宮部継潤であったが、今はそれよりも今後の対応について優先させる必要がある。 彼は居住まいを正してこれからの対応について主である浅井長政に尋ねると、彼は間髪いれずに答えていた。


「変わらぬ。 いや、変えぬぞ善祥坊! 義兄上に、信長公に会う事はな。 如何いかなる手を使ってでも、許しを請うのだ!!」


 そう磯野員昌と宮部継潤の二人に答えた浅井長政は、ゆっくりと立ち上がる。 そして彼は決意の籠った目で琵琶湖、いやその先にある筈の京が見えているかの様にじっとその方角を凝視し続けたのであった。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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