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第三十二話~切腹~


第三十二話~切腹~



 小谷城の小丸を落とした遠藤直経えんどうなおつねが配下の伊賀衆と共に踏み込んだ部屋には、浅井久政あざいひさまさの他に幾名かの浅井家家臣が居り、彼らは酒を酌み交わしていた。

 そんな小さな宴に参加していたのは、浅井久政の護衛を務める数名の他に舞楽師の森本鶴松大夫もりもとつるまつだゆう。 それから、二人の浅井家家臣である。 その家臣とは、浅井井演あざいいひろ井口経親いのくちつねちかであった。

 浅井井演は浅井長政あざいながまさの祖父である浅井亮政あざいなおまさの兄弟に当たる人物であり、そして過去には朝倉家に助けられた事から親朝倉派と言える人物である。 その様な理由から、彼が浅井久政に協力しても不思議はなかった。  そして井口経親だが、彼は浅井久政の義兄弟に当たる人物である。 血縁こそないが兄弟と言う事もあり、此方こちらも協力したとしても不思議では無かった。 

 そんな彼らであるが、突然踏み込んで来た直経と彼の旗下に居る伊賀衆に対して、呆気に取られているのか言葉が出ない。 鶴松大夫と浅井井演と井口経親は 半ば茫然と踏み込んできた遠藤直経達を見ていたのである。 しかしその中にあって、浅井久政だけは反応して咎める様に声を張り上げて誰何すいかしたのであった。


「直経! 一体全体、これは何のつもりだ!!」

「浅井家の為にございます」

「何だと!? どういう意味だ!」

「ご先代様と引き換えに、浅井家の存続を図るのです!」


 浅井久政の問いに遠藤直経は、躊躇う事なく今この場に居る理由を告げる。 流石にかつて主君と仰いだ者を、何も知らせずに討つなど忍び難かったのだ。 そんな遠藤直経の言葉に合点がいったのか、浅井久政は確認するかの様に尋ねた。

 おのが命が、織田家……いや織田信長への対価なのかと。

 すると遠藤直経は、居住まいを正してからはっきりと頷いた。

 こう返事をすることで遠藤直経は、此度こたびの行動があくまで己の独断である事としたのである。 万が一にも、浅井久政に与した者達が逃げ出す事に成功した場合、浅井家にこれ以上の災いが降らない為の保険でもあったからだ。

 どうせ、この場には遠藤直経以外、彼の思惑に賛同した八人はいない。 この襲撃が成功しようが失敗しようが既に覚悟を決めている彼であるので、全てを己に被せるつもりであったのだ。

 

「そうか…………良かろう、直経。 汝に、我が首をくれてやるわっ!」

『ご先代様!!』


 遠藤直経の返事を聞いた浅井久政は、かなりの間を開けた後に言葉を紡いだ。

 その言葉に、彼の護衛を務める者と鶴松大夫が揃って抗議の声を上げる。 そんな彼らに対して浅井久政は、ゆっくり首を振っていた。

 彼もまた、一廉ひとかどの武士である。 自分なりに善かれと思って実行した策が覆されて包囲までされているからと言って、今更足掻く様な真似をするなど彼の矜持が許さなかったのだ。

 そんな浅井久政の態度に、一旦は抗議の声を上げた鶴松大夫や護衛を務める者達は押し黙ったかの様に沈黙する。 すると浅井久政は、誰一人声を出さない彼らを一通り眺める。 その後、改めて遠藤直経のへ視線を向けた。


「直経。 わしの首はくれてやるが、鶴松太夫は助けよ。 此度の件は、あくまでわしら浅井の者が主導した事だ。 よいな」

「承知しました」


 浅井井演や井口経親と違って、鶴松大夫は浅井家臣と言う訳ではない。 舞楽師でしかない彼が、浅井家の政治に関与したとはまずありえないからである。 だがその思いが油断となったのか、遠藤直経は鶴松大夫の動きに反応できなかった。

 と言っても、別に彼が遠藤直経に襲い掛かったと言う訳ではない。 鶴松大夫は何を思ったのか、庭に飛び出たのである。 正に、虚を突かれたと言って良かった。

 さて庭に飛び出た鶴松大夫はと言うと、彼は庭に降り立つと同時に手にしていた刀を抜く。 そして刃を着物の袖で包み逆手に持ち変えると、そのまま自らの腹に突きたてたのであった。

 

「鶴松!」

「ごせ……ん代様……私も、お……とも……いたし……ます」


 鶴松大夫は浅井久政へ途切れ途切れに一言答えると、そのまま己の腹を真一文字に切り裂いて行く。 そこで我に返った遠藤直経は、慌てて鶴松大夫に近づいた。 しかし鶴松大夫は、介錯を願う。 そんな彼の末後まつごの言葉を聞いた遠藤直経は頷くと、自らの刀を抜いて鶴松大夫の首目掛けて振り下ろす。 それは見事な切り口であり、鶴松大夫はうめき声一つ漏らさずに絶命していた。

 その直後、浅井久政の護衛の者達も後に続くかの様に切腹をする。 止める間もなく切腹してしまった護衛の者達に浅井久政は声を掛けようとしたが、彼はぐっと堪えた。 それから遠藤直経の方を向くと、目で鶴松大夫と同様に介錯を命じる。 嘗ての主からの意を汲んだ遠藤直経は、小さく首を縦に振ると護衛の者全員を介錯したのであった。

 また腹を切ったのは、護衛の者や鶴松大夫だけでは無い。 浅井久政の行動に賛同し協力した浅井井演と井口経親、彼らもまた切腹したのである。 最早逃げる事も叶わないと、悟った故の行動である。 そしてそんな二人の介錯もまた、静かに遠藤直経が務めていた。

 己の考えに賛同した者達の最後の情景を全て見届けた浅井久政は、次は己の番とばかりに着物をはだけると自らの脇差を抜く。 そのまま彼は自らの腹の前に脇差の刃を持って来ると、一呼吸おいてから一気に腹に突き立てた。

 それから、腹を十文字に切り裂いていく。 程なく遠藤直経は、切腹した浅井久政の呼び掛けに反応して首を討ち介錯したのであった。

 此処ここに現浅井家当主である浅井長政を押し込めると言う行動を起こした浅井久政と、彼に賛同する者で中心的な人物であった浅井井演と井口経親は切腹して果てたのである。 すると遠藤直経は、事前に認めておいた書状を二通取り出す。 その書状を伊賀衆の二人に託して、既に磯野員昌いそのかずまさらに助けられているであろう浅井長政と、もう一人宮部継潤みやべけいじゅんへ届ける様にと命じた。

 程なく伊賀衆の二人が、それぞれ書状を持って小丸から出ていく。 その事を確認した直経は、この場に残っている霧隠弾正左衛門きりがくれだんじょうざえもん率いる伊賀衆に声を掛けた。


「拙者は……ここで切腹する。 そなた達は小丸襲撃前に言った様に、これより善祥坊(宮部継潤)殿の指示に従うのだ」

『はっ』


 遠藤直経は、旗下の伊賀衆に最後の命を出すと浅井久政の遺体に対して一度だけ深く平伏した。 その後、庭に降りると自らの前にも文を置く。 その後、彼は一呼吸おいてから久政と同様に腹を十文字に切ると、最後に自らの首を掻き切り果てたのである。

 するとそれから間もなく、土牢から救出された浅井長政が磯野員昌いそのかずまさ大野木茂俊おおのぎしげとし新庄直頼しんじょうなおより。 そして、磯野員昌と大野木茂俊と新庄直頼に協力した一部の伊賀衆を伴って小丸へと現れる。 程なくして浅井長政は、父親である浅井久政と元傅役で己の懐刀でもある遠藤直経の遺体を見つける。 その途端、思わず駆け寄り二人へ声を掛けていた。

 しかし、両者共に既に絶命しているので答える筈もない。 浅井長政の声は、空しく小丸に響いたのであった。

 その時、彼は遠藤直経の前に置かれてある書状に気付く。 何時いつのまにか流れ出していた涙を拭った浅井長政は、その文を拾い上げそしてゆっくりと広げる。 そこに記されていたのはなんと遠藤直経の遺言であった。

 


≪殿。 御先代様を討つと言う、かくのごとくな手段しか思いつかぬ我が身の非才をお許しください。 そして願わくば、此度の仕儀に付いて信長公へ許しを請うていただきたく存じます。 もし我が命をあわれと思いになるのならば御家族の為、ひいては家臣領民の為になにとぞ戦を避けて下さい。 伏してお願い申し上げます。 喜右衛門直経≫

 


 遠藤直経の遺言が認められた文を読み終えた浅井長政の目には、再び涙が流れ始めている。 暫く涙を流し続けたが、やがて涙を拭うと綺麗に文を畳む。 それから、父親である浅井久政と元傅役である遠藤直経の遺体の方を向いて平伏した。

 浅井久政とて、私利私欲だけで押し込めた訳ではない事は浅井長政も分かっている。 父親なりに、浅井家の事を考えての行動であったのだ。 そしてそれは、遠藤直経も同じである。 だからこそ浅井長政は、父親と腹心に詫びたのだ。

 それから幾許かも経たない頃、小丸に宮部継潤みやべけいじゅんが現れる。 彼は遠藤直経が派遣した伊賀衆から渡された文を読むと、赤尾清綱あかおきよつなに話を通した上でこの場に向かったのだ。

 小丸に入った宮部継潤は、久政らの遺体を見て一瞬だが気圧された様に立ち止まる。 しかし浅井長政の姿を確認すると、首を数度振って意識を切り替えてから声を掛けていた。 そんな宮部継潤に対して浅井長政は、始め訝しげな顔をする。 やがて近づいて来た宮部継潤へ、浅井長政は現れた理由を問い掛けたのであった。


「継潤。 何ゆえにこの場に現れた?」

「遠藤殿と行動を共にしていたからにございます」

「……ああ、そうか。 そうだったな」


 宮部継潤の言葉を聞いて浅井長政は、土牢から救出された際に磯野員昌らから聞いた話を思い出す。 その話の中では、確かに彼も遠藤直経の賛同者として存在していたのだ。

 納得した浅井長政は、宮部継潤に命じて父親の浅井久政以下彼らの遺体を丁重に扱う様に命じる。 同時に、土牢から出る際に代わりに入れた浅井井伴あざいいともの事も伝えた。 すると宮部継潤は、即座に行動に移る。 己はこの場で後始末の陣頭指揮を行い、土牢へは伊賀衆を数名派遣したのだ。

 その後、浅井長政はこの場の事を宮部継潤に任せると、新庄直頼へ遠藤直経に賛同した者を本丸の広間へ集める様にと命じる。 その命を拝領した彼は、赤尾清綱あかおきよつなら賛同者を集めるべく先に本丸へと戻って行った。 そして命じた浅井長政もまた、小丸へ同行した員昌と茂俊と数名の伊賀衆と共にこの場をあとにすると小谷城の本丸へと戻る。 やがて本丸へと到着すると、そのまま広間へと直行した浅井長政は、上座に腰を下ろしじっと面子が揃うのを待っていた。

 それから程なく、赤尾清綱を筆頭に本丸の広間に宮部継潤を除く七人が揃う。 だが、広間へと入って来たのは招集を掛けた者達だけではない。 そればかりか、浅井長政救出へと向かった者たち以外が説得した浅井家家臣達も広間に現れたのだ。

 その数から、相当数居ると思われる。 そしてそれは、浅井長政と同様に織田家へ敵対すると言う選択を良しとしなかった者達が相当数いた事の証左でもあった。

 その様な家臣達を前にして、彼は目を瞑る。 暫く経つと、目を見開き家臣達に改めて宣言した。


「ここは、直経の申した通りに致す。 その為にも、福寿庵(浅井惟安あさいこれやす)を捕らえるのだ」

『御意』 


 それから間もなく、磯野員昌と小丸より戻った宮部継潤が惟安を抑える為に兵を率いて小谷城から出陣した。





 さて、話を少し戻す。

 織田信長おだのぶながが本陣を置いている妙顕寺に、甥の大原義定おおあらよしさだ沼田清延ぬまたきよのぶ沼田光友ぬまたみつともを撤退の道案内として残した義頼は、即座に寺を出立している。 やがて疋檀城に戻ると、沼田祐光ぬまたすけみつが彼を出迎えた。

 沼田祐光には主を出迎えると言う理由もあったが、他にも二つ程理由がある。 一つは、駒井秀勝こまいひでかつが率いて来た六角水軍についてであった。

 なお沼田祐光だが、彼は六角水軍が海津湊に到着したという報告が上がって来ると軍使を高島越中守たかしまえっちゅうのかみへ人を派遣して、到着した六角水軍は援軍だと伝えている。 これは、高島越中守が必要以上に六角水軍を警戒させない為の処置であった。  

 人は、全く情報が無いと警戒を露わにする。 だが、ある程度の情報が分かっていればそれほど警戒をしなくなる。 ましてや現れた軍勢が味方であるのだから、それは尚更であった。

 そして今一つだが、それは意外なところからであった。

 何と、小谷城のお市の方からであると言う。 例えお市の方からの使者と言うのが真であったとしても、今まさに渦中の家である浅井家からの使いである。 しかも主たる義頼が疋壇城に居ないとあっては、警戒し足止めをさせるのは当然だった。

 故に沼田祐光も、戻って来た主へ直ぐ伝えたのである。 義頼としても、お市の方からの使者とあっては後回しと言う訳にもいかない。 到着したと言う六角水軍を気にしながらも、先ず彼は使者と面会する事にした。

 その使者は、陣幕で囲まれた一角に居る。 城を破脚した直後であり、城内には使者を留めておくような建物など全く無いからだ。

 そんな城内の元本丸にて、お市の方の使者と面会する。 義頼が己を紹介すると、使者は頭を垂れて己を通す様にと懇願して来る。 何せ此度の浅井家で起きた騒動に、お市の方は全くと言っていい程関わっていないのだ。

 しかし、疋壇城に居る義頼に分かる筈もない。 しかし義頼としても、すんなりと通す訳にはいかなかった。

 するとその使者は、懐より品を取り出す。 それは、両端が紐で縛られた布と書状であった。

 その布の中には何が入っているのかは分かったが、それよりも義頼が注目したのはその布自体である。 布には何と、織田の家紋が施されていたからだ。 この様な布を持てる者など、織田信長の一族以外ではまずいない。 何より義頼は、織田信長の妹であるお犬の方を妻にしている関係からその家紋に見覚えがあったのだ。


「これは!……間違いない、織田家の家紋。 おい、直ぐに解放しろ」

「は、ははっ」


 義頼は使者を解放すると、片膝をついた謝罪した。


「御使者殿、真に申し訳ございません」

「その様な事より、直ぐに通して下さい」

「お待ちください、馬を用意します」

「それは、助かります」


 使者が乗る替えの馬を用意させる間、義頼は沼田祐光に指示を出して馬術の上手い者を数名程用意させる。 彼らに、使者の護衛を行ってもらう為であった。

 それでなくても、金ヶ崎城と疋壇城から朝倉勢が退いたばかりである。 もしかしたら、逃げ遅れた残党が居るかもしれないのだ。 

 沼田祐光が準備を整える間、義頼は紙と筆を用意させると書状を二通したためた。

 一通は使者に持たせて、織田信長への面会を滞りなく行わせる為である。 そしてもう一つは、水軍の到着を知らせる為であった。

 やがて義頼が文を書き終えた頃、沼田祐光が用意した馬とその馬に騎乗する使者が現れる。 彼は先ほど書いた文を使者と任を与えた護衛の者に渡すと、疋壇城から送り出したのであった。



 無事に妙顕寺へ到着した使者の一行だが、呆気ない程すんなりと通される。 これは、義頼からの書状が添えられていた事が大きかった。

 その為か使者の言は信じられ、お市の方からの届け物である物品と書状。 それとついでとばかりに、義頼の書状は織田信長へ渡されたのであった。

 先ず義頼の書状を見た織田信長は「今さらだな」と一言呟くと、手紙を小姓へ渡す。 それから彼は、お市からの届け物を手に取った。 訝しがりながらも彼は、紐を解く。 すると中から、小豆がかなりの数零れ落ちて来た。


「袋に閉じ込められた小豆……だと?…………そうかっ! 市めっ! 袋の鼠と言いたい訳か!! しかし、義頼に続いて久秀からの報告。 更には……市か。 これで、ほぼ間違いなくなったと言う訳か……」


 織田信長は、小豆が全て零れ落ちた布を握りしめながらこの場に居ない浅井家の者がまるでそこに居るかの様に睨んでいた。 それでなくても彼の元には、松永久秀まつながひさひでからも浅井家が裏切ったとの報告が届いていたのである。 そこに、お市から織田家の危機を知らせる届け物とくれば織田信長に取り浅井家の離反は疑い様も無くなっていた。

 その事実に、体を怒りで震わせる。 暫くそのままでいたが、やがて思いだしたかの様にお市の方からの書状を手に取っていた。

 そこに書かれていた内容に、織田信長は思わず怒りを忘れる。 それぐらい、予想外の内容だったのである。 文には何と、お市の方直筆で浅井家に今起きている事が書かれていたのだ。

 お市の方は浅井家の騒動に殆ど係わっていないが、情報が入らない訳ではない。 ましてや彼女には、織田信長が付けた家臣が存在しているのだ。 その上、浅井久政は浅井長政を捕えた事を家中に発表している。 であるからこそ、お市の方の元にも表だった情報は届いていたのだ。

 それ故に彼女は、兄である織田信長へ窮地の知らせと浅井家の現状をこうして報せたのであった。

 こうして義頼と松永久秀、そしてお市の方からの報せを受けた織田信長はと言うと、彼は直ぐに家臣を集めている。 浅井長政の意思は一先ず置いておくとして、浅井家が離反したと思われる以上、何時までもこの場に居るなど危険以外何物でもない。 早々に、全軍を織田領内へ戻す必要があるからだ。

 家臣達を集めたその席で織田信長は開口一番、浅井家が朝倉家に賛同した事を通達する。 現状では、少々ややこしい事になっている浅井家内部の事は報せずにただ結果だけを伝えたのだ。

 すると当然の様に、家臣達に驚愕が広がる。 しかし織田信長は、一喝して家臣達を鎮めると言葉を続けた。


「そこでだ! 我らは、直ぐにでも撤退する」

『はっ』

「なお、武具と兵糧は置いて行け。 朝倉に対していい時間稼ぎとなるし、こちらも素早く動けるからな。 それと殿しんがりだが、勝正に任せる。 他に与力として、光秀と秀吉。 それから、義頼をつける」


 織田信長から殿しんがりの命を受けたのは、池田勝正いけだかつまさ明智光秀あけちみつひで。 それから、木下秀吉きのしたひでよしと義頼であった。

 この四将で、追撃して来るであろう朝倉家に対処する事になる。 するとその四将の内で、大将となる池田勝正が信長に尋ねていた。  それは、この場に居ない義頼も殿しんがりとして命じられたからである。 池田勝正の問い掛けに一つ頷いた織田信長は、更に言葉を続けた。


「そうだ勝正。 その方達三名は、疋檀城より撤退させる義頼と合流後に撤収。 殿しんがりとして、朝倉を食い止めるのだ」

『御意』


 三人が了承すると織田信長は、視線を他の家臣に向けて一言「撤退だ」と言い放つ。 筆頭家臣たる佐久間信盛さくまのぶもり以下、織田家の将は一言返事をすると集められた広間から出て行く。 その際に、殿しんがりである三名にも一言声を掛けてから各々が出て行った。

 その後、織田信長は、己の出した撤退宣言後に間をおかずいち早く妙顕寺を出立している。 彼は僅かな馬廻りと共に、義頼が道案内として残した大原義定と沼田清延と沼田光友に先導させながら、京へ向けて撤退に入っていた。

 その一方で疋壇城に戻っていた義頼の元へは、織田信長から殿しんがりを務める様にとの命が届く。 彼は直ちに拝領すると、甲賀衆数名を海津湊に居る六角水軍に派遣して水軍の撤収を命じた。

 義頼の命を受けた甲賀衆が疋檀城から海津湊に向けて移動していくのを見送った後、彼は共に殿しんがりを務める事となる三将がいる妙顕寺に向けて急ぎ撤退を開始する。 勿論、信長からの命にあった通り、兵糧等の軍需物資を疋壇城に残してであった。

 この為、破脚されうらぶれた様子の疋壇城に、不釣り合いなほどの置き土産が残される事になる。 そしてその物資が、間接的にではあるが浅井家の動向に影響するとは義頼もそして命を出した織田信長も予測できなかったのであった。



遠藤直経殿がご逝去されました。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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