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第二十四話~沼田三兄弟~


第二十四話~沼田三兄弟~



若狭国遠敷おにゅう郡、中郡とも呼ばれるこの地に一つの城が建築されていた。

 その城の名は、熊川城と言う。 この城は若狭街道沿いに存在し、街道を見下ろす様に建築されていた。

 この熊川城のある熊川の地は、代々若狭沼田氏が城主を務め治めている。 そして現在の城主であるが、その者の名は沼田清延ぬまたきよのぶと言った。

 さて若狭沼田氏であるが、鎌倉の頃よりこの地にあったとも足利尊氏あしかがたかうじの命によりこの地に赴任して来たとも言われる一族である。 そんな若狭沼田氏の居城である熊川城だが、今は戦火に包まれている。 そして攻めているのは、何と若狭沼田氏の味方である筈の若狭武田家家臣の松宮清長まつみやきよながであった。

 彼が熊川城を攻めた理由は分からない、ただ分かっているのは熊川城の落城は間もなくであろうと言う事だけである。 その事を証明するかの様に、若狭沼田家当主である沼田清延の元には悲観的な報告が届けられていた。


「殿っ! 大手門が破られました!!」

「くっ……曲輪まで引け。 何としても、時を稼ぐのだ!」

「はっ」


 使い番が、沼田清延の命を伝える為に走り去った。

 その使い番が出て行くのを見届けてから、彼はその場にいる家族に視線を向ける。 沼田清延が見た先には父親の沼田光兼ぬまたみつかね、その他に弟の沼田祐光ぬまたすけみつ沼田光友ぬまたみつともが座っていた。

 すると沼田清延は、父親に対しておもむろに頭を下げる。 それから噛みしめる様に、言葉を紡いでいた。


「父上……弟達を……一族をお願いします」

「清延。 気持ちを変える気はないのか」

「ありません。 拙者は、若狭沼田家の当主です。 城を捨てて逃げるなど、到底出来ません」

「そうか……」


 息子の言葉を聞いた沼田光兼はゆっくりと立ち上がり、沼田清延に近づく。 そして息子の目の前で片膝をつくと、肩に手を掛けた。 その手から暖かさの様な物を感じて、沼田清延の目が一瞬潤む。 そんな息子に対して、沼田光兼は優しい眼差しを落としていた。


「清延、さらばだ!」


 その瞬間、沼田光兼は渾身の力を込めて息子の鳩尾に拳を叩き込む。 完全に油断していた沼田清延は、その一撃をまともに貰ってしまった。


「な、何をっ……なされ……」

 

 まさか父親が兄を殴るなど思ってもみなかった沼田祐光と沼田光友は、思わず絶句する。 一方で殴られた沼田清延は、最後まで言葉を紡ぐ事なく意識を闇に落としていた。

 力なくぐったりとしている息子を抱えると、沼田光兼は驚き固まっている二人の息子に近づく。 そして気を失っている沼田清延を、沼田祐光と沼田光友の前に優しく寝かせた。


「いいか祐光、光友。 良く聞け。 お前達は、清延を連れて城より落ち延びよ」

「父上。 まさか最初からそのおつもりで……」


 沼田祐光の言葉に、沼田光兼は頷く。 それから二人の息子に、己の思いを吐露するのであった。


「わしは融山道圓(足利義輝あしかがよしてる)様がお亡くなりになった時、別件で京を離れ若狭に居た。 本来であれば、義輝公と共に死んでいた筈なのだ。 そんなわしを、先代様は重臣として召し抱えて下された。 その先代様も、今はおらん。 そして当代の孫八郎(武田元明たけだもとあき)様は、遠く一乗谷におられる」


 武田元明は、現在の若狭武田家当主である。 しかし若狭国は、先年に朝倉義景あさくらよしかげの侵攻を受けて、事実上朝倉家の領地となっている。 その際、元明は光兼の言う通り一乗谷へ移動させられていたのだ。


「父上! なればこそ兄と共に生きねばなりませぬ!」

「そうです! 兄上の言う通りです父上!!」


 沼田祐光の言葉に、弟の沼田光友も同意する。 しかし沼田光兼は、憂いを帯びながらも決意の籠った目を二人の息子に向けながら首を振っていた。


「すまぬな。 わしはここに残り、城を枕に討ち死にする。 最後の花、咲かす為にな」


 そこには、戦国を生き抜いた強兵つわものの確固たる信念と気迫がある。 その雰囲気に、沼田祐光と沼田光友は気圧けおされてしまい何も言えなくなってしまった。

 そんな二人の息子の肩に、沼田光兼は手を片手ずつ置く。 そして、しっかりとした口調でこれからについての指示を二人に出した。


「お前達は、清延と一族を連れて取りあえず近江にまで行け。 そこまで行けば、清長めも追いはしまい」

「……くっ、分かりました」

「兄上っ」

「光友! 父上の覚悟を無駄にする気かっ!!」


 沼田祐光の血を吐く様な想いの籠った言葉に、沼田光友は父親を見る。 すると沼田光兼は、透明とも言える優しい表情を浮かべながら二度三度と頷いていた。


「分かり……ました……」


 断腸の思いで了承した沼田光友であったが、溢れる涙をこらえる為か暫く動かない……いや動けない。 それでも想いを振り切る様にやがて顔を上げると、沼田光兼に近づき気絶している兄の沼田清延を抱え上げた。


「祐光、光友。 さらばだ! それと清延には「すまん」と伝えてくれ」

『さらばにございます』


 異口同音に答えると、二人は沼田清延を抱えて本丸館の広間から出て行った。

 三人の息子をじっと見送った沼田光兼であったが、広間から息子達が消えると一度目を瞑る。 そして目を見開くと、昂然こうぜんと前を見詰める。 そこには死を覚悟した、一人の武士もののふが居るのみであった。


「清長。 わしもただでは死なん! 一人でも多く、死出の旅路への道ずれとしてくれるわっ!!」


 それから沼田光兼は、三人の息子達と落ちる事を拒んだ数名の臣を呼び出す。 いずれも相応に年を喰った者達であり、若い者達を生かす為にこの城を死に場所と定めた者達であった。


「良いか! 我らは一人でも多く敵を討つ! 犬死は許さん! 一人でも多く、敵を道連れとするのだ!」

『御意!!』

「では……参るぞ! 冥府へ!」


 この後、熊川城に残る兵は、全員が全員死兵となり敵勢を討ち取っていく。 なまじ勝ちが見えていた為に、積極的な攻勢を行わなかった事が松宮勢の裏目となった形であった。

 しかし寡兵である事に変わりはなく、勝敗をひっくり返すほどの要素とは成りえない。 だが城に残った沼田勢には承知の事であり、彼らは決して降伏勧告など受け入れず全て討ち死にしたのであった。

 そして沼田光兼であるが、彼は全ての曲輪が落とされ本丸まで攻めて来られても他の沼田勢と同様に降伏など受け入れない。 沼田光兼は、松宮清長の兵相手に刀の目釘が折れるまで戦い続ける。 いや、折れても敵から武器を奪い戦い続ける。 やがて沼田光兼は、己の体に数本の槍が刺さった状態まで追い込まれてしまった。

 最早もはや目もかすみ、碌に前も見えない。 足はふらつき、今切り込まれたとしても一撃を避けるなど到底無理であろう。 そんな状態にもかかわらず、沼田光兼は不敵な笑みを浮かべていた。

 その雰囲気に、取り囲んでいる松宮勢の将兵はたたらを踏んでしまう。 そんな敵勢を睥睨へいげいした沼田光兼は、壮絶な笑みを浮かべると己の首を掻き切ったのであった。

 沼田光兼の取った余りに凄まじい最期に、本丸まで攻めた松宮家の将兵は暫く誰も近づく事が出来なかったという。



 さて父親の沼田光兼と死兵として熊川城に残った者達の凄絶な奮闘により首尾よく落ち延びた沼田祐光達は、街道より少し入った山中で一時休息をしていた。

 一行には女子供も居り、無理をさせる事など出来ないからである。 そんな休憩の最中で、気絶していた沼田清延が漸く目を覚ます。 そこで彼は、弟の沼田祐光から父親の最後の言葉を聞いた。

 すると沼田清延は、一字一句を噛みしめる様に黙って祐光の言葉を聞いている。 全てを聞き終えると、黙って木々の間から見える夜空を見上げた。


「兄上、悲しみは分かります。 だが、何時いつまでも安穏としては居られない。 一刻も早く、父上の言葉通り近江へと逃れましょう」

「兄上! それは幾ら何で「わかっている」も……兄上?」


 沼田祐光の述べた兄に対する言葉に、沼田光友は思わず喰って掛かる。 しかしその言葉は、他でもない沼田清延によって止められていた。

 それから優しくもはかなげな視線を、末弟へと向ける。 そこには、己を思ってくれた弟に対する慈愛と感謝の気持ちが込められていた。


「光友。 俺を汲んでくれる気持ちは嬉しいが、今は祐光の言う通り一刻も早く若狭から出ねばならん」

「それは……そうかも知れません。 ですがっ!」

「それこそが、命を引き替えに俺達を落ち延びさせてくれた父上と残った一族に対するせめてもの供養だ」


 そう言ってから沼田清延は立ちあがると、熊川城の方角を見る。 そして姿勢を正すと、深々と頭を下げる。 すると、沼田祐光以下一族の者達も沼田清延と同じ様に頭を下げていた。

 暫く彼らは、沼田光兼と熊川城に残った者達へ哀悼を捧げる。 やがて頭を上げると、沼田清延はこの場にいる一族全員へはっきりと告げたのであった。


「行くぞ! 俺達は何としても、生き延びるのだ!」

『御意!!』


 こうして沼田清延率いる若狭沼田氏の一族は、近江国に向けて足を踏み出すのであった。






 観音寺城にて織田信長おだのぶながの代官の職に励む義頼の元に、本多正信ほんだまさのぶがある報告を持って来る。 その報告書を読み進めるうちに、彼は眉を顰める。

 と言うのも本多正信の報告にあったのは、隣国である若狭国で起きた熊川城攻めに関する事が書かれていたからであった。

 その報告書によれば、熊川城で沼田光兼が討ち死にしている。 それと、若狭沼田家の現当主となる沼田清延に付き従って城より落ち延びた沼田一族の者達が近江国内の朽木谷に居ると書かれていた。


「……上野介(沼田光兼)殿には、公方(足利義昭あしかがよしあき)様の一件で手筈を整えてくれた借りがある。 捨て置くのは忍びないな」

「では、受け入れますか」

「そうだな。 取りあえず、六角家に迎えよう。 確か、信維と面識が有った筈だな。 正信は信維と共に、勘解由左衛門(沼田清延)殿達を連れて来てくれ」

「御意」


 義頼から命を受けた本多正信と和田信維わだのぶただは、早速朽木谷へと向かう。 その朽木谷に沼田一族は、朽木元綱くつきもとつなによって形上は保護されていた。

 領地が近く、同じ若狭街道沿いと言う事もあり朽木家と沼田家は一応面識がある。 とは言え朽木元綱も、沼田祐光や沼田光友であったら顔も分からなかったであろう。 しかし沼田一族を率いているのは、当主の沼田清延である。 流石に、彼の顔は見知っていたのだ。

 それに、領内を断りなく彼ら沼田一族を抜けさせる事など出来る筈もない。 そこで朽木元綱は、保護と言う形を取って事実上彼らを軟禁していたのだ。 その上で朽木元綱は、沼田一族の一件を観音寺城へ知らせたのである。 それは若狭国より、正体不明の一団が移動している事を本多正信が把握した直後の事であった。

 報せを受けて本多正信は急ぎ甲賀衆を派遣しつつ、同時に義頼へと報告する内容を纏める。 その報告こそが、先程本多正信から義頼へもたらされた報告書であった。

 話を戻して、朽木谷へと到着した本多正信と和田信維は朽木元綱と面会する。 そこで彼が知り得た事情を聞いてから、二人は沼田清延と面会した。

 一応、朽木元綱によって衣服は渡されていた為、沼田清延は熊川城から落ちた時と同じ格好と言う訳ではない。 だがそれは沼田清延などの一部の者だけであり、沼田一族の殆どの者は落ち延びた時の格好のままであった。


「お久しぶりにございます、勘解由左衛門殿」

「そうですな、八郎(和田信維)殿」


 二年、いや三年振りの会合であった。

 そんな二人だが、よそよそしいのも仕方が無い。 昵懇じっこんの間柄と言う訳ではないし、二人はあくまで足利義昭の動座に関する際に顔をを合わせただけである。 ましてや矢面に立ったのは、今は亡き父親の沼田光兼であったのだから。


「ところで八郎殿。 御一緒に居られる方はどなたでありますか?」

「このお方は、本多弥八郎正信殿にございます」

「お初にお目に掛かります。 六角左衛門佐義頼が臣、本多正信と申します。 今日は殿の名代としてまかり越しました」


 和田信維に紹介された本多正信は、自己紹介をしてから端的に用向きを伝えた。

 その内容に沼田清延は驚きの表情を浮かべる。 それは若狭沼田家と六角家に、直接的な繋がりなど無いからだ。 その六角家から、現当主の名代と名乗る者が現れたのである。 驚くなと言う方が、無理な話であった。


「左衛門佐(六角義頼ろっかくよしより)殿が、如何いかなる御用でしょう」

「我が主は、沼田家の者達を歓待したいと申しております。 つきましては御足労ではありますが、観音寺城まで御来訪いただきたく存じます」

「……はあっ!?」


 あまりにも意外な言葉に、沼田清延はしばらく沈黙した後に素っ頓狂な声を上げたのであった。



 それから三日後、観音寺城のあるきぬがさ山の麓にある六角館で、義頼は沼田一族と面会した。

 なお彼ら全員、本多正信が用意した衣服に着替えていたのでこざっぱりとした格好となっている。 これには、沼田清延と沼田祐光、それから沼田光友の兄弟は感謝の念を表していた。

 それはそれとして、彼らを除く沼田一族は六角館内に留められている。 そして沼田一族を代表する形で、沼田三兄弟は義頼と顔を合わせていたのだった。 

 

「お初にお目に掛かります。 沼田光兼が嫡子勘解由左衛門清延と申します。 これに控えるは、弟の祐光と光友です」


 自己紹介をした沼田清延であるが、彼は義頼より十才ほど年上だと思われる。 そして次弟の沼田祐光は義頼より五才ほど年上と推察され、末弟の沼田光友は義頼とほぼ同年代と思われた。 


「六角左衛門佐義頼です。 しかし、此度は災難でしたな。 ですが、我が館に居られる限りは安心していただきたい」


 そう義頼がねぎらったが、沼田三兄弟は誰も答えない。 義頼は彼らを促すでもなく、ただじっと待っている。 やがて暫くすると、意を決したかの様に沼田清延が口を開く。 そして彼に、質問をぶつけていた。

 それは、義頼が沼田一族を客として出迎えた理由についてである。 前述した通り、六角家と沼田家に接点など殆ど無い。 それであるにも拘らず、一族に手を差し伸べて来た事が不思議でならなかったのだ。

 勿論、助けてくれた事自体は感謝している。 しかし、今は一族を守らなくてはならない。 その為か沼田清延は、いささか疑り深くなっていたのだ。

 そしてそれは、彼の後ろに控える沼田祐光と沼田光友も同様である。 義頼はその事に気付いていたが、敢えてその事は一切指摘せず、沼田清延の質問に答えていた。


「今から三年前ほど前でしたか。 公方様を若狭へ送り出した際、貴公達のお父上には大変世話になったと信維より聞いています。 その恩返し、そう思っていただければいい」


 まさかの答えに、沼田三兄弟は驚いた。

 幾ら足利義昭の動座に関した事であったとは言え、まさか三年前の一件が一族を助けた理由とは想定していなかったからである。 しかし、それならば逆に有り難いとも言える。 足利義昭を担ぎ上げている織田家の家臣となっている義頼が、その足利義昭に関する事で沼田清延達を罠に掛ける可能性は低いからだ。


「……そうでしたか。 三年前の…………分かりました。 お世話になります」

 

 沼田清延は暫く考えに耽ったが、最終的には義頼の言葉に甘える事とした。

 その判断をした最大の理由は、一族の者達の状態にある。 若狭国より連れて来た一族の中には、女子供もいる。 沼田清延や男衆はまだ余裕もあるが、流石に女子供は限界が近かったのだ。

 そればかりか、実際に体調を崩している者も幾人かは居る。 それらの事もあり、義頼の提案を受け入れる決断をしたのであった。

 因みに沼田清延だが、当初は妹婿となる細川藤孝ほそかわふじたかを頼ろうと考えていたのである。 しかしその前に、彼らが近江国に居た事で義頼が救いの手を差し述べた形となったのだ。

 その後、沼田三兄弟は義頼の部屋から辞して彼らの為にあてられた部屋に戻ったのだが、暫くすると沼田光友が兄へ問い掛けている。 それは、沼田清延の判断についてである。 正直に言うと沼田光友は、義頼の言葉を信じていなかったのだ。

 しかし、それも仕方が無いと言える。 血で血を洗う戦国の世、であるからこその警戒感とも言えた。


「正直に言えば分からんな。 だが、一族の者は限界を越え始めていた。 それを考えると、どうしてもな」

「…………」


 沼田清延の言葉に、末弟は言葉を返せなかった。

 例え体調を崩していても我慢してついて来る一族の者達をどうしたらいいかと、当主の弟として考えていたからである。 しかし、今の今まで良い案など浮かぶ事は無かった。

 仕方無いとは言え半ば放置していたこの案件に、義頼の申し出は一縷の光明を指し込んだのである。 有効な手立てを打てなかった兄の沼田清延が、義頼からの提案に乗ったのも致し方ないと思えたからであった。

 そんな無言の対応をした弟に、沼田清延は同意したのだと判断する。 そして彼は、もう一人の弟である沼田祐光へも意見を尋ねていた。

 いきなり兄から問い掛けられ彼は、小さいながらも驚きの表情を浮かべる。 だがそれも一瞬であり、彼は思考を直ぐに切り替えると兄の問い掛けを思案する。 それから暫くのち、沼田祐光は自らの考えを披露していた。


「信用できる出来ないは一先ずおいておくとしまして、左衛門佐殿ですが我らに対して態々策略を掛ける理由が見当たらないです。 今や我らは、領地も持たない根無し草。 そんな我らに対して、罠を仕掛ける必要はないでしょう」

「そうだな。 気にしないなら放っておけばいいし、邪魔なら早々に排除すればいい」

「それは……確かに……」


 沼田祐光の言葉に、沼田清延もそして義頼の対応を疑っていた沼田光友も同意する。 彼らは最早、後ろ盾のない存在でしかない。 何と言っても、兵も碌に居ない。 そんな集団など、それこそ捻り潰してしまえばそれで済んでしまうのだから。  


「だが、それであるにも拘らず左衛門佐殿は我らに救いの手を差し伸べてくれました。 それに左衛門佐殿は、孫八郎様の大叔父に当たる御方。 まだ油断はできないでしょうが、少なくとも清長よりは信用出来るでしょう」

「そう言う事だな。 どの道、我らは兎も角として一族の者達は休ませない訳にはいかん。 その意味でも、甘えさせてもらうとしよう」

「分かりました」


 沼田清延の言葉に同意しつつも沼田光友は、警戒だけは怠らない様にしようと内心で決意を固める。 しかし表面上は、兄の顔を立てて取りあえず引いたのであった。

 こうして沼田一族を保護した義頼だが、彼は己の言葉通り彼らを歓待する。 それは豪華さこそないが、確りとそして誠意のこもった対応であった。 また義頼は、沼田一族で体調を崩している者達の為に医者を用意する。 とは言え体調を崩している者の中には、重篤じゅうとくな者も幾人か居た。 六角家の典医の見立てでは、助かる見込みは良くて五分五分であると言う。

 その事を聞くと、彼は少し考えた後で六角承禎ろっかくしょうていの元を訪れ伝手を借りたいと頼み込む。 弟より事情を聞いた彼は、不思議そうな表情を浮かべながら義頼に問い掛けたのだった。


「つまり……腕のいい医者をという訳か。 だが、あの一族へそこまでする必要があるのか?」

「兄上。 俺は恩には恩を、仇には仇で返したい。 それに兄上ならば、彼の御仁に連絡がつけられるでしょう」

「まぁ、元は同じ佐々木一族の者だ。 それに、あの者の母は今は浅井に走ったが目賀田一族の女でもあるしな。 それだけではない。 わしもお前も、あの男には世話になった事はある」

「は? えっと……そうなのですか? 兄上」

「お前も小さかったから、覚えてはおらんだろう。 まぁ、そんな事は良い。 分かった。 兎に角、繋ぎだけは取ってみよう。 曲直瀬道三まなせどうさんに」


 それから幾日か経った頃、使いの者兼道中の護衛として出した山中俊好やまなかとしよしと甲賀衆と共に曲直瀬道三が観音寺城を訪問する。 彼は細川晴元ほそかわはるもと三好長慶みよしながよし、他に松永久秀まつながひさひで毛利元就もうりもとなりを治療したという確かな腕を持って重篤な患者を見事快癒へと向わせたのであった。

 その手腕を間近に見て、最初診察した典医が弟子入りしたいと言い出したがそれは別の話なので割愛する。 何はともあれ曲直瀬道三は、他の者でも十分対応出来るまで患者に治療を施すと「患者が待っている」といって報酬を受け取ると京へ戻っていった。

 こうして呼び寄せた曲直瀬道三も京へ戻り、体調を崩していた沼田一族の者達も健康を取り戻した頃、義頼は清延を尋ねている。 そこで彼に、これからの事を尋ねる。 いきなりの事に沼田清延は、如何いかなる事かと逆に尋ね返していた。 


「いや。 伝手があるなら繋ぎを取るし、某の知り合いであるのなら紹介状を書こう。 それで、どうなのかと思ったのです」

「そう言う事でしたか……実はその件でお話しがあります」

「何でしょう」

「少しお待ちを」


 そう言うと沼田清延は、二人の弟を呼び寄せた。

 それから程なく、沼田祐光と沼田光友が部屋へと入って来る。 やがて揃った沼田三兄弟は、揃って義頼に頭を下げていた。 これは完全に想定していなかった事態であり、義頼は驚きつつも眉を顰めてしまう。 すると兄弟を代表する形で、長兄の沼田清延が口を開いた。


「一つは礼にございます。 我らを助けただけでなく、医者まで用意して下さった事に」

「いや。 そこまで気にしなくても……一つ?」

「はい、一つにございます。 さらにもう一つ。 我ら沼田一門、左衛門佐殿の家臣の端に加えていただきたく」

「……はい?」


 沼田清延の唐突と言える申し出に、義頼は驚きの声を上げる。 そんな彼に対して、兄弟がこの結論に至った理由を話し始めた。


「拙者は最初、妹婿に当たる兵部大輔(細川藤孝)殿を頼るつもりでいました。 しかし左衛門佐殿から救いの手を差し伸べられ、その上これだけの馳走と世話になり申した。 この恩を返さずにいなくなるなど、沼田の名折れにございます」

「…………」

「どうか、どうかお願い致します。 殿!」

『殿っ!!』


 沼田清延の後ろに控える沼田祐光と沼田光友も、声を揃えて清延に追随して頭を下げている。 そんな沼田三兄弟を暫く見詰めた後、義頼は三人に声を掛けた。


「以前は兎も角、某は今、しがない代官です。 そんな某でも宜しいと、貴公達はおっしゃられるのか?」

『関係ありません!』  

「……そうですか……あい分かった。 そこまで言われて断るは、男が廃る。 この六角左衛門佐義頼、確かに貴公達沼田一門の身柄は預かった」

 

 こうして熊川より落ち延びた若狭沼田一族は、義頼の家臣の一端を担う事になった。

 なお沼田三兄弟の次弟となる沼田祐光だがかなりの知恵者であり、本多正信の後押しもあって義頼の参謀(軍師)となったのであった。


沼田祐光に軍師とありますが、扱い的には本多正信も軍師です。

(日本古来の軍師(軍配者)ではなく、一般的な意味合いの軍師)

なお、だんご三兄弟とは関係ありません(笑)


ご一読いただきありがとうございました。

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