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第二百五十一話~九州到来~

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第二百五十一話~九州到来~



 高祖城より打って出た原田隆種はらだたかたね率いる原田勢を討ち、かつ竜造寺家の軍勢をも味方とした毛利輝元もうりてるもと率いる織田家先遣隊は、軍勢を纏めると一度岩屋城へと戻る。彼らはそこで軍勢を再編すると、再び岩屋城を出陣した。その際の先鋒は、引き続いて竜造寺勢が務めている。これは、先の原田信種はらだのぶたねが降伏した際に渡された原田隆種直筆の書状が影響していた。

 その書状にて原田勢が何ゆえに竜造寺勢だけに攻撃を仕掛けたのかは判明したのだが、いかんせん証拠となるような物が全くないのである。つまり竜造寺勢はとても怪しいのだが、しかしながら敵と断じるには難しかったのだ。

 そこで彼らを先鋒として、もし裏切ったとしても対応できるようにしたのである。その為、竜造寺勢の後方には、原田家を攻める少し前に合流を果たした大友家より離反しなかった大鶴宗秋おおつるむねあき小田部鎮元こたべしずもとら国人を配置して督戦させていた。

 なお、高橋鎮種は岩屋城に残っている。これは戸次道雪べっきどうせつから北九州の守りを預けられたという理由もあるが、何より間もなく九州へ現れる義頼や羽柴秀吉はしばひでよし明智光秀あけちみつひでへの対応という側面も持っていたからだ。

 さて岩屋城を出た軍勢だが、秋月家と筑紫家の連合勢の駆逐を開始する。最初に目指したのは、龍ヶ城であった。この城は、高橋家の重臣となる北原家が城主を務めている。同時に、高橋家と秋月家が隣接する位置にある城でもあった。

 しかしてこの城主だが、秋月家が原田家と共に大友家へ反旗を翻した頃に現当主へ代変わりしている。その理由は、先代の北原家当主にあった。

 秋月家が大友家に反旗を翻した当時、北原家の当主は現当主ではなく先代に当たる北原鎮久きたはらしげひさが務めていた。彼は嘗て高橋家の当主であった高橋鑑種たかはしあきたねが侵攻してきた毛利家に同調する形で大友家に反旗を翻し、のちに毛利家が撤退したことで情勢が不利になると大友家に降伏したかどで家督を剥奪されたことで図らずも訪れた高橋家滅亡の際にお家の再興に奔走した人物である。その際、北原鎮久は、何と大友宗麟に直訴までして高橋家の再興を願い出ている。しかも彼は、高橋家重臣の地位すら捨ててまでの嘆願であった。

 しかしてこの行動が、高橋家を滅亡の危機より救ったのである。それゆえ、彼の地位は高橋家内で揺るぎないものとなっていた。だが北原鎮久はその地位に奢らず、あくまで高橋家の重臣としての働きを貫いたのである。その彼に、転機が訪れる。それが、【高城の戦い】における大友家の大敗北であった。

 この戦において被った大友家の損害は、かなりのものである。もし戸次道雪の援軍が間に合わねば、大友家の存続すら危ぶまれたかも知れないのだ。しかし高橋鎮種は、それだけの大損害を受けた大友家に対してまだ忠誠を貫いている。高橋家の存続が第一義の北原鎮久からすれば、およそ理解できるものではなかった。

 そこで彼は、高橋家の為にと高橋鎮種に対して説得を試みた。高橋家当主として、高橋家の存続を第一に考えるべきであると。だが高橋鎮種は元々吉弘氏であり、大友氏庶流の出となる。その彼からすれば、主家の大友家に忠義を尽くすのは当然であった。寧ろ高橋鎮種からすれば、大友家存亡の危機といえるこの事態に臨み、何ゆえにこのようなことをいい出してくるのかと不審に思ったのである。その為、彼は逆に問い詰められることになってしまった。

 まさか問い詰められるとは思ってもみなかっただけに内心慌てた北原鎮久であったが、そこは高橋家の重臣である。彼は何とか言い繕って、その場から逃れることに成功した。しかし両者にすれ違いが生じたのは事実であり、そこを秋月種実あきつきたねざねに突かれることとなる。高橋鎮種と北原鎮久の間に齟齬が生じたことを知った秋月種実は、北原鎮久に密使を送ると高橋家の為に強硬手段に出るべきであると諭したのだ。

 無論諭された北原鎮久も、秋月種実の申し出が主家へ弓引く行為なのは理解している。しかし確実に力を激減させた大友家に忠節を尽くし高橋家を滅亡させるなど、かつて高橋家を存亡の危機より救いだした男として看過できなかった。それゆえに立原鎮久は、秋月種実の言葉に乗ったのである。彼は密かに兵を集め、その軍勢の力を持って別の当主に挿げ替えることを画策したのだった。

 しかし、この企みは高橋鎮種へ知られることとなる。その切掛けは先の面談に求めることができるのだが、直接の決め手となったのは告発であった。

 北原鎮久は秋月種実へ信用できる者を密使として送り彼に同調することを伝えたが、その密使があろうことか別の者に漏らしたのである。その理由は、偶々なのかそれとも彼自身の思いからなのか分からない。だが重要なのは、他者が知ってしまったということであった。

 重大な秘密をもらされたその者の名は、伊東源右衛門いとうげんえもんという。彼は北原鎮久と嫡男となる北原進士兵衛きたはらしんしひょうえに対して恩があった。しかし話は、高橋家存続に関する事態である。悩みに悩んだ末、伊東源右衛門は高橋鎮種へ告発したのだ。

 話を聞いた高橋鎮種は、驚きをあらわにする。なにせことは高橋家の重臣筆頭ともいえる北原鎮久の謀反であり、しかも彼は自身の高橋家当主就任へ尽力した人物である。これで驚かないという方が、あり得ない。だが、同時に彼は疑惑が確信に変わったとして腑に落ちてしまっていた。

 何はともあれ、ことが判明した以上は防げばいい。しかも筑前国では国人らによる大友家からの離反が相次いでおり、北原鎮久を呼び出す理由に事欠かなかった。伊東源右衛門の告発から一週間もしないうちに、北原鎮久は岩屋城へ呼び出されることとなる。秋月種実と連携を模索している最中さいちゅうであり、高橋鎮種から疑われない為に彼はその召喚に応じたのだ。

 そして岩屋城内へ入ってから少し待たされたあと、北原鎮久は高橋鎮種が待つ部屋へと赴く。しかしそこにいたのは、二人の男であった。高橋鎮種は、裏切り者を討つと決めた際に家中でも勇名を馳せている萩尾と内山田の両名へ上意討ちを命じたのである。この命に従い、二人が待っていたという訳であった。

 呼ばれて部屋に入ったにも関わらず、高橋鎮種がいない。代わりにいるのは、萩尾と内山田である。流石に訝し気な表情を浮かべた北原鎮久であったのだが、その際にいきなり切り付けられる。彼は咄嗟に飛び退いたが、完全には避けられることはできなかった。北原鎮久は、身に纏っていた着物と、そして腕を切り付けられてしまう。だが致命傷という程でもなく、北原鎮久は刀を抜いて応戦しようとした。

 しかしそこに生まれた隙を、もう一人の男が見逃す筈もない。彼は部屋に置いてある槍を持つと、そのまま突きを繰り出す。完全な体勢ならば避けられたかもしれないが、北原鎮久は先の一撃をかろうじて避けたに過ぎない。ゆえに追撃となる一撃を避けることは能わず、彼は槍の一撃によって貫かれていた。


「殿の命だ。理由は、いうまでもなかろう」

「……おのれ、鎮種め……これで、高橋もおわ……」


 最後まで言い切ることもできずに、北原鎮久は永遠の闇に沈む。しかし、話はこれで終了とはいかなかった。どういった経緯かは分からないが父親の死を知らされた嫡男が、親の敵を討つとして一族と兵を集めたのである。しかしその謀反が勃発する前に、高橋鎮種より使者が派遣される。正使を務めていたのは今村宗加いまむらそうかといい、彼は挙兵を画策している北原進士兵衛から見れば舅に当たる人物となる。そして副使には、伊東源右衛門がいた。

 憎き高橋鎮種の重臣であるが、同時に舅となる男にいきなり刃を向けるなどといった無道はしたくない。そこで北原進士兵衛は、使者の両名と面会することにした。程なく面会が叶うと、正使の今村宗加が高橋鎮種直筆の書状を渡す。そこには、今回の上意討ちに至った経緯が記されていたのだ。

 しかしながら、書状に記されていることが嘘か誠かの判断が彼にはできない。その時、副使を務めている伊東源右衛門が口を開いた。


「進士兵衛殿。拙者は、林蔵主はやしぞうす殿から全て聞きました。あの者であれば、全てを知っています」

「林蔵主からだと?」


 北原進士兵衛も、林蔵主のことは知っている。そして、父親の北原鎮久が懇意にしていたこともだ。その林蔵主が漏らしたというのであれば、それが嘘とは思えない。だがそれは、父親の謀反という行為を認めることである。それは流石に、納得はできるようなものではない。そこで北原進士兵衛は、林蔵主を呼び出して事情を聞くことにした。

 それから暫くしたのち、僧体の男が現れる。彼こそが、林蔵主であった。部屋に入った林蔵主は、伊東源右衛門の姿を見て自身が呼ばれた理由を察する。彼は表情を歪めたがそれも一瞬であり、すぐに表情を取り繕うと北原進士兵衛の前に腰を降ろした。


「林蔵主よ。ぶしつけで申し訳ないが、答えて欲しいことがある」

「拙僧に何用でございましょうか」

「うむ。もしそなたが父上と高橋家、それと秋月種実の間で起きた事象に関して知っているのであれば話して貰いたい」


 北原進士兵衛の言葉に、林蔵主は内心でやはりそのことであったのかと思いを馳せる。それから目を瞑り心を落ち着けると、淡々と自身と北原鎮久、それから秋月種実の関係を語り出した。その内容は、高橋鎮種の書状と同じである。いや、それ以上に詳しいものであった。

 何と林蔵主こそ、北原鎮久が秋月種実へ派遣した密使の正体だったのである。僧の彼が使者となり、北原鎮久の返書を届けたのだ。その当事者といっていい林蔵主からの告白であり、それは書状に記されていた北原鎮久の計画した事態に、嘘偽りがないことが白日に晒された瞬間でもあった。こうなれば北原進士兵衛も、認めざるを得ない。彼は高橋鎮種からの使者を前にして、肩を落としてしまっていた。


「進士兵衛殿。兵を集めている件だが、諦めてくれぬか?」

「……分かりました、舅殿。兵は挙げません」

「そうか。分かってくれたか」

「はい。それと、殿へ詫びがしとうございます。取次ぎをお願い致します」


 そういって北原進士兵衛は、今村宗加と伊東源右衛門へ頭をさげた。使者となった二人からすれば、否などない。必ずや殿へ伝えると、そう返答した。しかしその時点で、返答は貰えなかったのである。理由は、原田隆種の侵攻にあった。彼は兵を動かすと、前述したように岩屋城へ高橋鎮種を釘付けにしたのである。同時に高橋家の城にも兵をだし、幾つか落としていた。

 その中にあって北原進士兵衛は、今一度高橋鎮種に会い詫びを入れるまでは死ねないとして原田家の軍勢に対抗する。何せ龍ヶ城は秋月家との領土境にあり、しかもこの城は城下の街道を監視する役目も併せ持っている。原田家と秋月家が手を結んでいることは分かっているので、この二家を分断する意味でも原田家の軍門に降る訳にはいかなかった。

 幸いにして、原田隆種は岩屋城攻めに力を入れていたことで多くの兵が回されることはなかった。しかもこれは偶然の一致であったが、父親の敵討ちの名目で兵を集めていたことが北原進士兵衛に優位に働き城を守りきったのである。その後、織田家先遣隊の四国勢による救援があり高橋家が窮地より脱したことは前述している。しかし北原進士兵衛は高橋鎮種の命により、そのまま龍ヶ城に残り国境を守ることとなっていたのだ。その龍ヶ城に、こうして大友家救援の兵が到着したのである。北原進士兵衛は、この軍勢を粛々と迎え入れていた。

 因みに北原進士兵衛は、この時点で首を討たれる覚悟していたのである。無論理由は、先の父親による謀反騒動にあった。しかし高橋鎮種の代理として現れた今村宗加からは、気にすることはないと伝えられた。否、気にするどころか、後日になるが、龍ヶ城を守りきった功を評価するとまで伝えられたのである。北原進士兵衛は感涙し、改めて高橋鎮種へ忠節を誓っていた。

 なお、北原進士兵衛の褒美であるが、それは北原家の家督継承と、龍ヶ城城主としての地位である。それからもう一つ、高橋鎮種から種の一字を与えられることになる。以降、彼は北原摂津守種興きたはらせっつのかみたねおきと名乗るようになったのであった。



 一方で、撤退する秋月家と筑紫家の連合勢を追って侵攻した軍勢は、許斐山城に入っていた。

 この城はつい数か月前までは、占部貞保うらべさだやすという宗像家重臣筆頭の当主が城主となっていたが、大友勢が日向国へ侵攻しているさなかに宗像氏貞の勘気に触れた為、出仕差し止めの上で蟄居を命じられてしまっていた。その際に身柄は、彼の姉婿に当たる許斐氏備このみうじつら預かりとなっている。また城も召し上げられており、代わりに身柄を預けられた許斐氏備が城代となっていた。

 この許斐山城に、織田家先遣隊のうちで四国勢を率いる長宗我部元親の先鋒となっている宗像氏貞むなかたうじさだの軍勢が入ったのである。彼らはこの城近くに建つ白旗山城を拠点にして侵攻を続け、秋月氏と筑紫氏を討つつもりであった。

 だが彼らの元に、高橋家へ救援に向かった毛利勢より原田勢を討ち破ったという知らせが届く。すると長宗我部元親は、毛利輝元へ書状を送って合流を促す。しかし毛利勢から、二方向からの攻めが提案された。


「どう思う、非有よ」

「よろしいかと存じます。原田も破れましたし、筑紫も退くに退けぬ有り様とのこと。二方向から攻めれば、分断もできましょう」

「ふむ……いいだろう。了承すると返答せい」


 滝本寺非有たきもとじひゆうの助言もあり、二方向からの攻めが実現することになる。つまり、龍ヶ城への進軍はこの二方向からの攻めを実現させる為のものでもあった。

 こうして二つの軍勢は、それぞれに秋月領内に進攻していく。秋月種実や筑紫広門ちくしひろかども軍勢を出して迎撃に当たるが、そもそも兵数からして違う。かれらは薄皮を剥ぐように、少しずつ兵力をすり減らされていった。

 やがて秋月家と筑紫家の軍勢は、追い込まれることになる。秋月種実は、居城である古処山城へ押し込まれ、筑紫家は荒平城まで撤退していた。こうなると筑紫勢も、形振り構ってはいられない。筑紫広門は血路を開き、そのまま自身の領地へと総撤退を行ったのだ。つまり秋月家は事実上見捨てられた訳だが、その話を聞いた秋月種実も仕方がないとしている。それはもし自身が、筑紫広門の立場で同じ状況に追い込まれれば同様の決断をしたからであった。


「さて、こうなれば道は二つ。城を枕に討ち死にか、降伏かであるな。ああ、それといずこかへ落ちるという選択もあったか」


 ここまで追い込まれてしまった自身をあざ笑うかのように、秋月種実が小さく独白している。そんな彼の気持ちを表しているのだろう、顔には乾いた笑みを浮かべていた。そんな秋月種実の目の前では、家臣による喧々諤々の話し合いが持たれている。およそ喧嘩腰といっていいくらいにいいあっているのだが、結論が出るようには全く見えなかった。

 その頃、古処山城近くまで進軍し合流も果たしていた織田家先遣隊に、一通の知らせが届く。その知らせとは、義頼たちが九州へ上陸したというものであった。彼らは瀬戸内海を船で移動してきたが、その途中で織田家先遣隊に加わっていなかった中国勢や四国勢を取り込んでいる。こうして軍勢を増やしつつ、九州へ派遣された軍勢の本隊といえる彼らは、博多へと上陸を果たしたのだ。その後、羽柴秀吉を総大将とする軍勢は大宰府へと進軍する。やがて到着すると、この地を本陣としたのだ。


「主膳正(高橋鎮種)殿。大宰府には水城があるそうだが、まことであろうか」

「はい。紀伊守(羽柴秀吉)様、確かにございます」

「そうか。では、左衛門督(六角義頼ろっかくよしより)殿」

「うむ。守りとして大砲を配置する」

「お頼み申す」


 その後、義頼は、高橋鎮種に案内をさせつつ、大宰府の水城に沿う形でやや旧式化した大口径の大砲を配置して守りを固めさせる。こうして大宰府を物資の集積地とすると共に、防衛の大将は大砲の扱いに最も長けている杉谷善住坊を任命していた。

 また博多周辺にも軍勢を置き、輜重の中心的な搬入路としつつも博多商人が色々な動きを見せないようにする為の圧力とする。こうして輜重の搬入路と最悪な状況に陥った場合の逃走路などを確保すると、高橋鎮種を案内人として織田家の軍勢は進軍することとなった。

 なお岩屋城には、城代家老の屋山種速ややまたねはやを残している。彼は、高橋鎮種の右腕として活躍した人物である。高橋鎮種の活躍の裏には、必ず彼の影があったとまでされるほどの人物であったとされていた。

 やがて数日後には出陣するといった頃、大宰府に本陣を構えた羽柴秀吉率いる軍勢の元に、長宗我部元親と毛利輝元の連名で彼らが現在に至るまでの詳細な報告が届いたのである。その報告を、羽柴秀吉は義頼と明智光秀と共に見ていた。


「ふむ。やはり合流するべきかと思うが」

「……左衛門督殿は、どう思われますかな」


 明智光秀より話題を振られた義頼だが、彼は暫く考えると高橋鎮種に用意してもらった北九州地域の地図に視線を向ける。そして懐より扇子を取り出すと、岩屋城を指し示す。その後、地図上で扇子を移動してある城を指し示した。その城とは勝尾城であり、筑前国内より撤退した筑紫氏の居城であった。


「紀伊守(羽柴秀吉)殿。筑前国は織田勢の先遣隊を担った彼らに任せ、我らは筑後国へ兵を進めましょう。その方が早くことを進められまする」

「それはいいですな。紀伊守殿、それでいかれては?」

「ふむ。日向守殿も賛成とあればこの紀伊守、異存はない」


 大将の羽柴秀吉が賛同したことで、進軍の方針が決まる。筑前国は長宗我部元親率いる四国勢と毛利輝元率いる中国勢で構成された先遣隊に任せられたのだ。その旨を記した書状を出すと、彼らは高橋鎮種を呼び出して彼にも方針を告げる。高橋鎮種が九州での案内人である以上、どのみち知らせなければならないからであった。

 筑前国と筑後国の鎮定についての話を聞かされた高橋鎮種は、驚きの表情を浮かべる。二国同時に侵攻するなど、普通はあり得ないからだ。策などによって、囮として二方向に軍勢を向かわせるということはある。しかし今回は、同時に侵攻するという話なのだ。しかも、無理をしている訳でもない。そこに大名としての力の違いを、まざまざと見せつけられている気分であった。


「そこで主膳正(高橋鎮種)殿。何か意見はあるか?」

「…………」

「主膳正殿。いかがされた」

「……はっ! あ、えと。申し訳ありません、大丈夫です」

「ならばよいのだが。して、何か意見はあるか」


 羽柴秀吉からそう問われた高橋鎮種は、少し考えにふける。やがて彼の頭の中に、三人程の名がよぎった。一人目は問註所統景もんぢゅうじょむねかげといい、もう一人は、五条鎮定ごじょうしげさだという。そして最後の一人は、黒木家永くろきいえながであった。

 問註所氏は、大友家現当主の大友義統より九代前の当主となる大友親綱おおともちかつなの頃より大友家に仕える譜代の臣であり、また五条氏は加判衆に名を連ねる重臣となる。そしてこの二家だが、大友家に対して反旗を翻していなかったのだ。

 最後に黒木家だが、実はこの家も反旗を翻していなかったのである。しかし、先に上げた二家と違い、いわば中立寄りの立場をとっていた。だが、高橋鎮種は黒木家がはっきりした態度を取らないのは何か理由はあるのだろうと予想していたのである。それだけに、大軍の織田家の軍勢が味方として現れれば、間違いなく黒木家永は協力すると考えたのだ。


「問註所、五条、そして黒木。この三家であれば、味方に付くと思われます」

「ふむ。では一つ、骨を折ってくれるか?」

「承知致しました」


 高橋鎮種は、三名の家臣を呼び出すとそれぞれに書状を渡して出立させた。すると五条家当主の五条鎮定からは了承の意を得られたが、問註所家当主の問註所統景からは回答を得られなかった。しかし返書を得られなかった理由だが、別に問註所家が大友家に反旗を翻したといったたぐいの話ではない。何と問註所家は籠城中であり、使者による繋ぎを付けることができなかった為である。そして彼の家を攻めているのは、同じ筑後国人の星野氏であった。

 星野氏の当主である星野鎮胤ほしのしげたねは、大友家が【高城の戦い】によって筑後国への影響力が激減したことを好機と捉えて、兵を挙げたのである。そして彼は、弟の星野鎮之ほしのしげゆきに居城の鷹取城を任せて、問註所家の居城となる長岩城へ進撃したのだった。

 まさか味方から攻められるとは思ってもいなかったことと、【高城の戦い】で大友家が大敗したことによる衝撃から抜け切れていなかった問註所家当主の問註所統景は初動に遅れてしまい城を取り囲まれてしまう。しかしその後は見事に味方を指揮し、頑強に抵抗していた。

 そして、残った黒木家であるが、こちらは五条家とも問註所家とも別の対応となる。とはいえ、話を断ったとか軍使を捕らえたといったたぐいの話ではない。黒木家永は居城に軍使を迎えると、彼に一つ条件を伝えたのだ。しかしてその条件だが、何と婚姻話である。黒木家永には、二人の息子とは別に娘が三人いる。しかし長女と次女は、既に嫁いでいる。つまり黒木家永は、残った三女との結婚を望んだのである。その相手だが、高橋家嫡男であった。

 何ゆえにそのような話を持ち出したのかといえば、筑後国へ兵を出した竜造寺家からの圧力より解放を望んだからである。このままいけば、竜造寺へ人質を出さなければならないかも知れないと彼は考えたのだ。そのような未来を回避する為に、高橋家との結びつきを求めたのである。本音をいえば、織田家と直接繋がるのが望ましいのだが、それは流石に無理があった。

 黒木家永の内心はそれとして、今は降って湧いたかのような婚儀話への対応である。まさかの話であり、使者となっていた谷川鎮実たにかわしげざねとしてもおいそれとは頷けない話でもあった。

 そこで致し方なく、彼は主へ書状を認めている。やがて届いた書状を開いた高橋鎮種も、これは予想していなかった。しかしながら、実のところ悪い話でもない。黒木家は、筑後十五城とまで謡われた筑後国内でも有力な家の一家である。その黒木家と婚姻関係が結べるのだから、断る要素はあまりなかった。

 だからといって、高橋鎮種が単独で運べる話ではない。大友家に関しては非常時ということもあるので、最悪事後承諾でもなんとかなると踏んでいる。しかし織田家の軍勢を率いている三人の将、即ち義頼と羽柴秀吉と明智光秀に対しては黙って話を進める訳にはいかなかった。それに彼らからの了承を得ていれば、大友宗麟おおともそうりん大友義統おおともよしむねも何もいってこれないであろうというしたたかな思惑もあった。 


「婚儀か……それで、貴殿はどう思われるのか」

「この話、受けてもいいと拙者は考えています」

「それは、大友家の為か?」

「それもあります。ですが高橋家としても、益がある話だとも愚考致します」

「なるほど……紀伊守殿、主膳正殿が納得されているのであれば、某に否はありませんが」

「そうだな、日向守殿はどう思われるか?」

「左衛門督殿と同じですな」


 彼らからの賛同さえ得られてしまえば、話は早い。それでも高橋鎮種は、念には念を入れる為として、羽柴秀吉からの添え状を発行して貰う。その上で彼は、黒木家永へ返書を認めていた。

 返書が届くまでの動きの速さもさることであるが、何と羽柴秀吉からの添え状までもある。これには、婚儀を提案した黒木家永の方が驚いていた。何はともあれ、黒木家永を味方に付けた織田家の軍勢は大宰府を出陣し、筑後国へと入ったのであった。


久方ぶりに、義頼が登場です。

意外と、長くなったなぁ。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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