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第二百五十話~怨嗟~

お待たせしました。


書店アプリ『まいどく』において、配信もされております。


第二百五十話~怨嗟~



 一足先に居城の高祖城に戻った原田隆種はらだたかたねであったが、やがて殿しんがりを任せた草野鎮永くさのしげながが無事に戻ったことに喜びを覚える。しかし、同時に愕然としていた。それというのも、高祖城に戻っている兵も将も激減していたからである。兵は三分の一から四分の一程しか残っていない。その上、将に関しては一門の者以外では数名ぐらいしかいないのだ。重臣で城持ちとなっている者たちに至っては、ただの一人として高祖城には現れていなかった。

 これでは、完全に前提が瓦解してしまう。籠城して耐えようにも、将も兵も足りないのだ。これで城を守りきるなど、どだい無理な話である。籠城したところで、せいぜい持って二月といったところであろう。しかもそれは、敵が兵糧攻めをしてくれればである。もし力攻めをされた場合、どれだけ持たせられるかなど考えたくもなかった。


「これでは、二進にっち三進さっちもいかぬ」

「義父上。いかがなさいます?」

「……まだ竜造寺の姿は見えぬか」


 原田隆種の言葉に一応の確認がなされたが、やがて届いたのはいまだに影も形も見えないという報告だけである。すると今一度、次期当主となる原田信種はらだのぶたねが問い掛けてきた。

 その原田信種だが、実は養子である。もともと原田隆種には原田種門はらだたねかどという名の嫡子がいたが、彼と弟の原田繁種はらだしげたねが謀反の罪を着せられ結果、死亡してしまう。そこで、四男となる原田親種はらだちかたねを新たな嫡子とした。

 元々、原田隆種は、四男たる原田親種を特に可愛がっていたこともあり、問題とはしなかったらしい。しかしその原田親種も、程なくして死亡してしまう。その理由は、原田家と大友家の関係にあった。

 当時原田家と大友家は対立しており、その関係で彼の家は竜造寺家に臣従していた。しかし原田家の臣従は形だけのもので、実質には独立した家であるといっていい。そのことを証明するかのように、原田家は事実上独断で行動している。何せ独断で原田隆種は、大友家臣であった筑前臼杵氏を滅ぼしていたぐらいなのだ。

 しかしてこの行動が、大友宗麟の逆鱗に触れてしまう。 彼は筑前臼杵氏と同族に当たる臼杵鎮続うすきしげつぐに命じて、筑前国に兵を派遣したのだ。そして大友家は、原田隆種に対して首を差し出すようにと要求したのである。この要求に際して、原田一門でどう扱うかを会議していたところに原田親種が偶々出かけていた鷹狩りから帰ってくる。彼はこの会議の話を聞くと激怒して、「自身の首を大友に差し出せ!」と言い放つと切腹して果てたのだ。

 大友宗麟の要求した原田隆種の首ではないが、それでも原田家次期当主の首である。この首を持って手打ちとしたいとして、原田家側は検死を要求した。すると大友家より派遣されてきた者が、あろうことか原田親種の首を持ち帰ると言い出したので原田隆種は激怒した。

 しかし大友家との力の差は歴然であり、彼は泣く泣くその要求をのみ込んでいる。実はこの恨みが、今回の原田家謀反の遠因でもあった。

 こうして原田親種が亡くなると、代わりに嫡子とされたのが原田信種である。彼は肥前草野氏に養子にいった草野鎮永の子供であり、原田隆種から見れば孫に当たる。そのことから、次期原田家当主となったのであった。


「業腹だが、降伏するしかないであろうな」

「しかし、それで原田家は大丈夫でしょうか」

「信種、致し方あるまい」


 苦虫を纏めて噛み潰したかのような表情をしつつ原田信種に答えたその時、彼らの元に急報が飛び込んできた。


「た、大変にございます!!」

「どうした」

「りゅ、竜造寺が……」

「きたのかっ!」

「そ、それが……兎に角、こちらへ」


 原田隆種も原田信種も、そして草野鎮永も訝しげに眉を寄せながらも知らせてきた者についていく。やがて彼らの視界に、およそ信じられない景色が飛び込んできた。何と、毛利家の旗印となる一文字三星と麻生家の旗印となる三つ巴と共に竜造寺家の旗印である変わり十二日足ののぼりがはためいていたのである。即ちそれは、竜造寺家が原田家ではなく敵に付いたということに他ならなかった。


「義父上! あ、あれはいったい」

「……お、おのれっ! 竜造寺隆信っ!! 我を謀ったな!」


 激昂のあまり原田隆種は、力一杯壁を殴りつけていた。しかもそれは、一度だけではない。怒りに任せて、何度も叩き付けていたのだ。彼は拳から血が流れてこようが、一向にお構いなしで叩き付けている。そんな鬼気迫る様子に、孫であり義息の原田信種も実子の草野鎮永も言葉を掛けることができないでいた。

 やがて、唐突に原田隆種は壁を殴るのを止める。すると彼は、城の外へと向けていた視線を原田信種と草野鎮永へと向けた。その瞬間、視線を向けられた二人は思わず息を呑む。その理由は、原田隆種が浮かべていた表情にある。彼の顔は、憤怒で彩られていたのだ。


『だ、大黒天……』 


 義理であれ何であれ父親となる原田隆種の表情を見た二人が、思わず大黒天の名を漏らしたのには訳があった。

 それというのもつい先日まで攻めていた高橋鎮種の居城となる岩屋城のすぐ近くには、古刹として名高い観世音寺がある。いつ頃建てられたのかははっきりとはしていない寺であるが、続日本紀しょくにほんぎによれば天智天皇が母親の斉明天皇を追善する為に建立を命じたとされている相当に古い寺であった。

 この古刹である観世音寺の本尊は聖観音、いわゆる観音菩薩であるが、他にも幾つか仏像が安置されている。そのうちの一体が、大黒天立像であった。通常大黒天、即ち大黒様は柔和な表情をしている。しかし観世音寺に当時唯一残っていた金堂に安置されている大黒天立像は、憤怒の表情をした仏像であった。

 これは仏像が作られたのが、古い為である。そもそも大黒天は、ヒンドゥー教の神である。破壊神シヴァが元とされており、仏教に取り込まれた際に大黒天という名が付けられたのだ。その大黒天も、いわゆる神仏習合により大国主命に習合されている。これは室町の御世に入った頃とされており、この神仏習合以降は柔和な表情の大黒様の仏像が増えることとなる。しかしそれ以前に作られた仏像であれば、憤怒相の大黒天は普通に存在していたのだ。

 話を戻して観世音寺金堂に安置されている大黒天立像は、原田信種も草野鎮永も目にしている。だからこそ二人は、原田隆種の浮かべた表情を見て大黒天を連想してしまったのだ。


「鎮永、信種」

『はっ』

「我は打って出る。このまま竜造寺に嵌められたまま屈するなど、到底承服できぬ!」

「し、しかし父上。あそこに隆信がいるとは」

「そんなことは分かっておる!!」

『……』


 原田隆種から出た怒りの籠った言葉に、原田信種も草野鎮永も絶句した。


「それでも、それでもだ! 一矢でも報いなければ、収まりがつかん! 我が意地に懸けても、だ」

「父上」

「義父上」

「だが、そなたたちは付き合わなくてよい」

『え!?』


 まさかの言葉に、二人が思わず問い返す。そんな二人の視線の先には、先程まで浮かべていた憤怒の表情はどうしたのか問わんばかりに優しげな顔をした原田隆種がいた。


「あくまで、我が意地の為よ。そなたたちまで、くる必要はない」

「ですが父上!」

「宗麟より嘗て聞いた話では、織田には原田を名乗る家があるらしい。そなたたちは、その家に仕えるもよし。また、帰農するもよし。好きにせよ」

「……義父上」

「これから我が行うは、あまりにも愚かなことよ。そのような愚行へ、息子や孫を連れてはいけぬのだ」

『し、しかし』

「そなたらも案ずるでない、弾正忠(原田隆種)様だけには行かせませぬのでな」


 そういったのは、原田家一門衆に名を連ねる原田種守はらだたねもりである。他にも原田政種はらだまさたねなど何名かの一門衆もいる。いや、一門衆だけではない。僅かだが高祖城へと入っていた家臣の姿も若干数だが見える。その彼らに共通していることは、一様に覚悟を決めたかのような表情をしていることであった。

 その覚悟とは、いうまでもない。原田隆種に従い、打って出ることである。すなわち、九州の名族たる原田の名に恥じぬ最期を迎える覚悟に他ならなかった。


「そなたら……馬鹿者が」

「弾正忠様、今さらにございましょう」

「ふ、ははは。確かにのう……では、参ろうか」

『応!!』

「義父上!」

「くるでない! そなたらは生き残り、見届けよ」

「何をでございます。義父上の最後にございますか!」

「違う。竜造寺の最期をだ」

『は!?』

「ただでは死なん、そういうことよ。必ず、必ず竜造寺を道連れにする。あの隆信の血に連なる者たち全てをな!」


 まるで謎掛けのような言葉を息子と義息に残し、原田隆種はその場を立ち去る。そして彼の表情は、再び憤怒に彩られていくのであった。



 高祖城近くまで兵を推し進めた毛利輝元らであったが、そこで一旦動きを止めている。その理由は、味方でもない軍勢を見咎めた為であった。その軍勢だが、変わり十二日足を掲げている。そしてその旗印には、案内を務める麻生隆実あそうたかざねは無論のこと、同行している吉川元春きっかわもとはる小早川隆景こばやかわたかかげにも身に覚えがある。前述した通り、竜造寺家の旗印だからだ。

 麻生隆実や高橋鎮種、他にも大鶴宗秋おおつるむねあき小田部鎮元こたべしずもとらは同じ九州の一族であるし、毛利家と竜造寺は毛利元就もうりもとなりが存命であった頃に手を組んでいたこともあるので知らない筈がないのである。しかしだからといって、警戒しない訳にはいかなかった。

 過去の経緯は兎も角、今の時点での竜造寺家は敵か味方か分からない。すると間もなく、竜造寺勢を率いている竜造寺信周からの軍使が、毛利輝元の元へと派遣されて来た。その軍使から渡された書状には、毛利輝元へ味方する旨が記されている。即ちそれは、織田家に味方するということであった。


「いかに思う、隆景……殿」

「殿……いえ、右馬頭(毛利輝元)様。文面通り、味方するつもりでしょう」

「嘘偽りではなく、か」

「はい。織田の力と竜造寺では、比べるまでもありません。下手に逆らい滅ぼされるよりは味方の、いえ帰順の道を選んだのかと」

「なるほど。相分かった。取りあえずは、受け入れよう」


 こうして竜造寺信周の軍勢は、織田家先遣隊の一隊である中国勢と合流したのだ。

 その後、竜造寺信周は毛利輝元と面会を果たす。正式な扱いについては、後続部隊を率いる義頼や羽柴秀吉はしばひでよし明智光秀あけちみつひでらの到着後となる。だがそれまでは、暫定的であるにせよ味方として遇することとなった。いずれは、竜造寺家当主の竜造寺隆信自身が出てくる必要がある。しかしそれまでは、竜造寺信周が、織田家先遣隊における竜造寺家の代表であった。

 その竜造寺勢だが、彼らは高祖城を取り囲むに当たっての先鋒を任されることとなる。続く第二陣として、麻生隆実率いる麻生勢が配される。彼らは事実上、竜造寺勢の督戦隊ともいえる部隊である。そしてさらに後方には、中国勢が控えていた。

 取りあえず陣を敷いたその時、彼らからすれば想定外のことが起きる。何と、高祖城の大手門がゆっくりと開いていったのだ。もしかして不利を悟って降伏を選択したのか考えたその直後、突如として声が挙がる。その声は、大きく開いた大手門から一人だけ進み出た武将からのものであった。


「竜造寺ー! 原田への扱いに対する報い、その身で思い知れー!!」

「は? ど、どういうことだ!」

『さあ』


 不思議と戦場に広く響き渡った敵武将の声を聞き、思わず毛利輝元は二人の叔父へ声を掛ける。しかし吉川元春も小早川隆景にも思い当たる節はなく、揃って首を傾げていた。

 それから間もなく、高祖城の大手門を通り、将兵が城内より出てくる。遠目ゆえにはっきりとは分からないが、その数はどう見ても千には届いていないと思われた。

 優に万を数えている先遣隊に比べれば、その数は二桁は違う。そんな劣勢な状況で打って出てくるのかと思っていると、一番に城から出てきて声を張り上げた将、即ち原田隆種が跨っている馬が走り出す。そして続くように、周りの将兵も一斉に駆け出していた

 つまり二桁は違う敵兵に対して、彼らは敢然と突貫したのである。幾ら戦だからといっても、そんなことを普通はする筈がないにも関わらずだ。しかし、高祖城に籠る原田勢は不利など全く頓着せずに攻め寄せてきている。この異常ともいえる事態に対し一瞬でも呆気に取られた織田家先遣隊であったが、すぐに小早川隆景は守りを固めるようにと指示を出していた。

 正直にいって、彼をしても原田隆種の思惑が読めなかったからである。そこで、無難だが確実と思われる対応をしたのだ。しかしこれは、原田隆種たちにとってみれは福音ともいえる指示である。彼らには織田家先遣隊も他の筑前国国人の姿も映っていない。ただ、竜造寺の軍勢を襲撃することしか頭になかったからである。邪魔が入らないのを勿怪もっけの幸いとばかりに真っ直ぐ竜造寺勢へ向かっていく。しかし竜造寺信周も、愚かではない。我に返ると、迎撃の用意を調えさせたのであった。


「構うな! 狙うは大将の首ぞ! 原田の恨み、思い知らせてくれん!!」

『おおー!』


 千に届かない将兵と共に原田隆種は、竜造寺の陣営を突き進む。途中で一人、また一人と討取られ脱落していったが、彼らはそれすらも構わず真っ直ぐに突き進んだ。猛将として名を馳せていた原田隆種をしても、その途中で切り付けられていたし、体には矢も幾本か突き刺さっている。それでも、原田隆種や彼が率いている将兵の前進が止まることはなかった。

 彼らの執念はすさまじいものがあり、ついには僅かばかりとはいえ竜造寺の本陣へと躍り込んだのである。しかし同時に彼らが騎乗していた馬も、役目は終わったとばかりに一鳴きしてから倒れ込んでいた。離れ際、軽く首を一撫でしてから彼らも立ち上がる。しかし満身創痍といっていい有様であり、原田隆種に至っては、片足に深く傷を負っており引き摺っていたりしていた。


「流石は猛将原田隆種……まさかあの数でここまで届くとは」

「そなたか……信周。隆信めでないことは惜しいが……せめて代わりに弟たるそなたの身へ……刻み込んでくれん!」

「何を訳の分からんことを。耄碌したか、原田隆種。ならばせめて、この場で引導を渡してくれよう。掛かれ!」


 竜造寺信周の命を受け、鬨の声を上げつつ馬廻などの将兵が幾人もいない原田勢に躍りかかっていく。この本陣へ至るまでに満身創痍となっていた原田隆種らでは、流石に受け止めきれるものではない。それでも彼らは、命と引き換えであったとしても若干名を涅槃へと叩き込んでいる。しかし、ついには原田隆種がただ一人、辛うじて立っている。そんな状況に、陥っていた。


「さて、いい残すことはあるか原田隆種殿」

「この恨み……必ずや晴らさん!!」

「ふん、戯言が末期に残す言葉とは。では、死ぬがよい」


 竜造寺信周がゆっくりと手を振り上げ、そして一拍明けたあとで彼は腕を振り降ろした。それと同時に原田隆種へ、次々と一撃が加えられる。避ける間などあろうはずもなく、また避けるだけの力も残っていない彼の体には、次々と刀などが突き立てられていった。

 しかし原田隆種は、最後の力を振り絞る。彼は雄たけびを上げつつ踏み込むと、一気に竜造寺信周へ肉薄する。既に自身の持つ得物を振り上げる力などなくなっていた原田隆種は、そのまま体を預けるようにしてぶつかった。

 まさかの反撃に対処できず、二人はもつれあいながらも倒れ込む。その時、原田隆種の目に竜造寺信周の耳が映った。その直後、文字通り最後の力を振り絞ると耳たぶへ噛みつくと喰いちぎる。間もなく、竜造寺信周から痛みによる声が本陣内に響き渡った。


「ぐあぁぁ!!」

「くく、く……せいぜい、おののく……がいい……りゅうぞ……うじの血につ……らなる者ど……もよ……」


 竜造寺信周の痛みのあまり出た声に交じり、原田隆種からおどろおどろしい何かが籠っている怨嗟に満ちたといっていい言葉が流れる。しかしてその声は決して大きいものでもなかったが、なぜかその場にいた者たち全ての耳に残っていた。

 凄絶といえばあまりにも凄絶な原田隆種の最期に、暫くの間ではあったが、竜造寺の本陣内では誰も動けなかった。その間、竜造寺信周の声だけが本陣内で響いていたが、やがて我に返る者が出る。その者は成富信種なりどみのぶたねといい、竜造寺家の老将である。その老将は、慌てて竜造寺信周へと駆け寄ると、すぐに医者を呼ぶようにと命じる。その声に突き動かされるように、他の者も動き始めたのであった。

 成富信種は、程なくして現れた医者に竜造寺信周を預ける。そして治療は任せつつ、代わりに味方の兵の取り纏めや敵残党の始末が命じる。程なくして、竜造寺勢へ突貫した原田家の将兵は一人残らず討ち取られたとの報告が竜造寺本陣へ成されたのであった。



 一方、原田隆種から竜造寺勢への突貫に同行を厳禁された原田信種はというと、実父でもある草野鎮永や僅かな家臣と共に高祖城から脱出していたのである。しかも彼らは、原田隆種直筆の書状も携えている。その書状と共に彼らは、麻生勢の陣へ赴くとそこで麻生隆実に対して織田家先遣隊を纏めている将の一人である毛利輝元への降伏と取次ぎを申し出ていた。

 まさかの来訪であったが、元を質せば彼らは同僚である。その点で言えば、取次の労をおこなうなどやぶさかではなかった。しかし、先程の原田勢の突撃もありどうにも判断しきれない。そこで、先ずは一行を預かった上で毛利輝元へ報告したのだ。

 とはいえ、毛利輝元や小早川隆景や、それから吉川元春としても判断に悩む。そこで、まずは原田隆種直筆の書状とやらを見てみることにした。しかしてその書状には、竜造寺勢へ突貫した理由や降伏の旨が記されている。もしそれが事実とするならば、原田隆種の行った無謀とも思える突撃も分からないでもなかった。

 しかし、一つ問題がある。それは、竜造寺家が原田家に対して行ったとされる行動に、一切の証拠がないことだ。何せ原田隆信が竜造寺家に出した書状はあるが、竜造寺家側から今回の戦に関しての書状が一切ない。竜造寺家側からのやり取りはあくまで密使によるものであり、しかもその密使は忍びの者であったようだ。

 どうやら竜造寺隆信は、多少の齟齬が出る可能性よりも証拠を残さないことに重点を置いて行動したようである。この辺りは、竜造寺隆信の手際の良さといえるのかもしれなかった。


「これでは、追及も叶わぬか」

「たとえあの熊を追求したとしても、この様子ではのらりくらりと躱すでしょう」

「で、あろうな。では叔父上、どうする」

「致し方ありません、降伏は受け入れましょう。竜造寺家に関する判断は、織田家へ預けた方がよろしいかと」

「それが無難か……」


 兎にも角にも、原田家の降伏は受け入れられる。しかし、竜造寺家側が文句をいってくる可能性もあり、取りあえず毛利家が彼らの身柄を一旦預かることとなった。流石に竜造寺家側も、毛利家預かりとなると手を出しづらいのである。それに何より織田家先遣隊を預かる将の一人である毛利輝元の後ろには、織田家が存在するのだ。これでは竜造寺家も、原田隆種の行った最後の突貫に関しては不問にせざるを得ない。こうしてこの問題は、一応の決着を見たのであった。

原田家、恨みの突貫です。

その思いは、目的の敵本陣へ届きました。

あな、恐ろしや。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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