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第二百四十話~保護と言う名の捕縛~

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第二百四十話~保護と言う名の捕縛~



 備後国杉原保。

 この地では、城が建築中である。 事と次第によっては用途がなくなるかも知れない城の建築だが、必ずしも意味がなくなるとは言い切れない。 そこで、城の建築は引き続いて行われていた。

 最もこの城の建築には、藤堂高虎とうどうたかとら井伊頼直いいよりなおと言う、初めて城を建築している彼らの技能をより高めると言う理由も存在している。 幾ら築城のすべを学ぼうとも、実際に行わなければ分からないことも多々あるからだった。

 そんな建築現場だが、今は静かな物である。 その理由は、間もなく織田信忠おだのぶただが同地へ到着するからであった。 さかのぼる事半刻ほど前に先触れが現れ、その旨が伝えられている。 そこで義頼は、織田信忠を迎えるべく建築作業を止めさせていたのだ。 これがし、城建築の査察ならばこんな事はしない。 あくまで、織田信忠と彼が率いる軍勢を迎える為の措置であった。

 それから待つ事暫し、いよいよ軍勢が現れる。 そんな彼らを先頭で出迎えたのは、義頼であった。


「久しいな、義頼」

「殿(織田信忠)に置かれましてもご健勝の良し、喜び申し上げます」

「うむ。 それで早速だが、良いか?」

「無論にございます。 どうぞこちらへ」


 義頼の案内で、織田信忠と織田信長に付けられた堀秀政ほりひでまさ池田恒興いけだつねおきが通される。 軍勢に同行している河尻秀隆かわじりひでたからなどと言った武将達だが、彼らは同行せずに残した軍勢を任されていた。

 これは、外部へ情報の漏洩をできるだけ減らしたいと言う為である。 無論、いずれは話す事となるが、先ずは事情を知る彼らからという段取りであった。

 程なくして通された建築現場の外れにある建物、これはこの日の為に急遽作られた物である。 周囲は馬廻の将などでがっちりと固められており、蟻の這い出る隙間もない厳重な警備であった。 そしてそこには、毛利家の者達も密かに通されていたのだった。

 そんな建物へ、義頼や沼田祐光ぬまたすけみつ長岡藤孝ながおかふじたかに先導された織田信忠と堀秀政が現れる。 彼らはそのまま、建物の中へと入って行った。 やがて毛利家の面々がいる部屋に案内された織田信忠は、上座へと腰を下ろす。 そしてその彼の少し前の左右に、義頼と池田恒興と堀秀政が腰を下ろす。 また沼田祐光と長岡藤孝だが、彼らは義頼の更に下座へ腰を下ろしていた。

 

「面を上げよ」

「はっ」


 織田信忠の言葉に従い毛利輝元もうりてるもと吉川元春きっかわもとはる、そして小早川隆景こばやかわたかかげが頭を上げた。 そこで織田信忠から、臣従の件に対する確認が問われる。 すると毛利輝元から織田信忠へ、降伏の口上が始まった。

 その口上を織田信忠は、最後まで黙って聞く。 その口上が終わると、彼は自身の考えを伝えた。


「臣従の件、確かに承った。 だが、今は足利殿の事もある。 今は、そちらに傾注したい。 良いな」

「承知致しました。 我ら毛利、全面的に協力致します」

「うむ。 して臣従云々だが、足利殿の一件が解決次第、改めて聞く事にしよう」

『はっ』


 毛利家からの協力の確約を得た織田家は、行動を開始した。

 先ず、此度こたびの織田信忠の来訪があくまで援軍である事を強調する為、毛利家側の最前線となっている兵庫城へと織田家側が圧力を掛ける。 その上で、義頼と織田信忠。 それから、長岡藤孝と六角承禎ろっかくしょうていらが動いた。 この行動は、織田信忠が来た事で余裕の出た義頼による山陰への援軍と言う体を装う為、数千の兵を連れての移動である。 しかも援軍の大将を務める名目上の人物は、長岡藤孝が務めるとしている。 そして本来の大将である織田信忠は、影武者に当たる人物を杉原保へ残して動いていないと言う体を装っていた。 

 その一方で毛利勢だが、一足先に吉川元春が少数を供として山陰へ戻る。 そんな彼に遅れて、毛利輝元と小早川隆景が密かに山陰へと向かう手筈となっていた。 これはあくまで、毛利輝元と小早川隆景が山陰へと向かった事を足利義昭あしかがよしあきらに悟らせない為である。 折角、周囲を密かに固めて彼らが大寧寺より動けない様にしているのだ。 しかし、此処ここで派手に動けば、足利義昭らに気取られかねない。 それを嫌っての、事であった。

 やがて毛利家居城の吉田郡山城へと戻った毛利輝元と小早川隆景の二人だったが、流石に到着した同日には出立しない。 その日は体を休め、明けて翌日、先行した吉家元春と同様に少数を護衛として毛利輝元と小早川隆景は山陰へと旅立ったのであった。


 

 


 ところ変わり、長門国にある大寧寺では、足利義昭達が連日の様に宴を開いていた。

 しかしながらこれは、毛利家が足利義昭ら一党を逃がさない為の物である。 ほぼ毎日の様に宴を開く事で、彼らが逃亡などを考えさせない様にしているのだ。 そんな事とは露知らず、足利義昭は接待攻めとも言える様な連日の宴を楽しんでいる。 そんな毛利家の対応に、彼は内心で漸く毛利も将軍の意向に従う気になったかと思案している。 そんな足利義昭達を、毛利家の忍び衆や派遣した毛利家直臣による包囲網が確実に閉じ込めていたのであった。


「しかし公方様。 この毛利家の対応の変化、何かあったのでしょうか」

「考えるまでもないぞ昭光。 毛利が将軍の権威を敬っての事だ」

「そう、でしょうか……」


 足利義昭の家臣である真木島昭光まきしまあきみつは、この急な変化をいぶかしんでか己の主へと問い掛ける。 しかし、足利義昭は満面の笑みを浮かべながらほがらかに楽観的な返答をしていた。


「違いないわ。 それより、お前も飲め飲め」

「はぁ、いただきます」

「うむうむ。 まっこと、平穏な事だ」


 どの口が言うのかと義頼や織田信忠、更に言えば毛利輝元らが言いかねない言葉を吐きつつ酒を飲み干す足利義昭を筆頭とする者達であったが、そこに急報が飛び込んでくる。 その報せをもたらしたのは、一色昭秀いっしきあきひでである。 息せき切って飛び込んできた彼に、ほろ酔い気分の上野秀政うえのひでまさが何があったのかと問い掛ける。 すると一色昭秀は、呼吸を整えてから事態の変化を告げたのであった。


「公方様! 軍勢が迫っております」

『な、何っ!?』

「しかも西と東からにございます」

「昭秀! 本当か!!」


 一瞬で酔いの醒めた足利義昭が問い掛けると、一色昭秀は頷く事で返答とした。

 その様子に嘘偽りがない事を理解した足利義昭らは、彼の言った意味を推察する。 とは言う物の、答えなど直ぐに出てきた。 西からも軍勢が来たと言う事は、軍勢には毛利家が関係している。 そもそも、前線となっている出雲国ならばまだしも、後方の長門国に軍勢が来ること自体、先ず有り得ないのだ。


「駿河守(一色昭秀)殿。 迫ると言う軍勢の詳細だが、分かっておるのか」

「そ、それが」

如何いかがされたのだ」

「玄蕃頭(真木島昭光まきしまあきみつ)殿。 東からの軍勢の中に、織田木瓜の旗印が……」

『はあっ!?』


 それは、あり得ない話だった。

 確かに織田信忠が備後国に軍勢を率いて現れている事は、毛利家よりの報せで認識している。 その言わば援軍とも言える織田信忠も、やはり毛利家からの報せで山陽にいると知らされていた。 そもそもからして長門国は、毛利領内である。 そこに織田木瓜の旗印を掲げた織田家の軍勢が現れる事など、おかしい以外の何物でもなかった。

 だが、おかしかろうとおかしくなかろうと織田家の軍勢が現れたのは事実である。 事の詳細はまだ把握しきれていないが、ただ逃げなければならないと言う事だけは理解する。 次の瞬間、彼らは取る物も取り敢えず大寧寺より逃げ出そうとする。 その様は、まるで蜘蛛の子を散らす様であった。

 しかし大寧寺は、前述した様に毛利家の兵や忍び衆によって固められている。 その事前に派遣されていた者達の働きによって、既に大寧寺の外へと繋がる出入り口は、完全に抑えられてしまっている。 これでは、逃げるなど到底不可能であった。


「おのれ、毛利! 裏切りおったか!!」


 漸く事態を把握した足利義昭は声を張り上げるのだが、逆に言うとそれぐらいしかできない。 前述した様に、外へと繋がる出入り口は全て封鎖されている。 壁を昇っても、外は既に毛利家の手勢によって固められており逃げ様がないのだ。

 そんな足利義昭にできる事など、地団駄を踏むか呪詛でも籠っているかの様な声を張り上げるかぐらいしか残された手段などない。 それから程なく、外への入り口が開くと一気に毛利の者達がなだれ込んでくる。 彼らに最早成す術などなく、押さえられるしかなかった。

 こうして大寧寺内の制圧に成功すると、そこに小早川隆景が現れる。 彼の指示で、幕臣らの武装解除などが粛々と進められていく。 程なくして彼らの武装解除が完全に終わると、いよいよ織田信忠ら織田家の者が入ってくる。 当然だがその中には、六角承禎や義頼ら朝廷からの勅使の肩書を持つ者達も存在していた。

 それから時を空かずして、毛利輝元ら毛利家の者が大寧寺内へと入ってくる。 すると彼らは、先に到着していた織田家の者と合流する。 その後、彼らは案内に従い、庫院くいんへと向かう。 大寧寺内にいた幕臣の殆どは本堂に集められたが、足利義昭や真木島昭光など中心となる者達は、別に庫院へと集められていたからだ。

 その庫院内の一室に、織田信忠ら織田家の者が入る。 更に続いて、毛利輝元らも部屋へと入って行く。 するとそこには、足利義昭達が下座に座らされていた。


「おのれっ!! やはり裏切ったか、毛利輝元!」

「……勝手な事を。 そもそも、勝手に押しかけて来たのではないか」


 およそ冷たいと言ってはばかりない言葉を、毛利輝元が返答する。 そして彼の後ろでは、小早川隆景と、密かに織田信忠に同道していた吉川元春から、やはり冷たい視線が向けられていた。

 彼らから、視線と言う名の圧力を向けられた足利義昭は思わずひるむ。 しかし彼は、自身では取り繕ったつもりで織田信忠へも言葉を掛ける。 それは、最後の意地と言った雰囲気であった。


「ぐっ。 そ、そうだ信忠! 無礼であるぞ! 将軍たる我を下座におき、その方が上座に腰を下ろすなど!!」

「その通りである。 早々に位置を代わられい!」

「黙れぃ!!!」


 足利義昭の言葉に続き、同じく部屋にいる上野秀政も声を張り上げる。 しかし、二人以上の大声で義頼から一喝されてしまう。 その迫力に、足利義昭と上野秀政は思わず黙ってしまった。


「ご苦労義頼、これで静かになったな。 さて勅使殿。 先ずは、お役目を」

「参議(織田信忠)殿。 ご配慮、忝い」


 織田信忠から話を振られた六角承禎は、一つ咳払いをしてから彼のそもそもの役目であった足利義昭へ将軍職解官の通知を行った。

 伝えられた足利義昭は無論、部屋内にいる幕臣らも信じられないと言う表情を浮かべる。 そんな彼らの気持ちを表す様に暫しの間だが、部屋にしんとした空気が漂う。 しかしながら、その静寂を足利義昭が破るのだった。


「わ、我を将軍より解任するだと! ふざけるな!!」

「ふざけてもおらぬし、冗談でもない。 しかと確認されよ、足利殿」


 形態けいたいとしては綸旨りんじとなるが、間違いなく本物である。 これにより、最早疑いなどない筈であった。 すると、足利義昭の書状を持つ手が震え始める。 間もなく顔を上げると、書状を床に叩き付けていた。 流石に、綸旨を破くなどはできなかったらしい。 それでも叩き付けまではしたのだから、その怒りは相当な物であった。

 怒りに任せ立ち上がると、見下ろす様に上座にいる織田信忠や六角承禎を見やる。 しかし睨まれている二人は、どこ吹く風であった。


「それで足利殿、朝廷からの命に従うか?」

「ぐっ………………あい、分かった。 だが、相応そうおうには迎えてくれるのであろうな」


 怒り心頭の足利義昭だが、此処ここまで体裁を整えられていては受け入れざるを得ない。 何より、怒りに任せて行動を起こそうにも、大寧寺は取り囲まれている。 味方となる幕臣や僅かだがいる兵も一か所に集められ監禁されているので、どうにも手の打ちようもないのだ。

 だからせめて、将軍から退いた後の待遇を求めたのである。 だがその件も、六角承禎は首を左右に振り否定して見せた。


「残念だが、それは無理だ。 貴公には、別の嫌疑が掛かっておる」

「別の嫌疑だと!?」

「そうだ。 その嫌疑とは、勅使の副使に対して暗殺未遂を行わせたと言う嫌疑だ」

『はぁっ!?』


 暗殺未遂などと身に覚えのない話に、足利義昭らは声を上げていた。

 それは無論、彼らにとって寝耳に水だからである。 だが、その中でただ一人、大館晴忠おおだちはるただだけは顔色を変える。 その様子に、捕らえた上で尋問した使者の言葉は事実であった事を義頼などは確信する。 するとまるで確認するかの様に、義頼が大舘晴忠へ問い掛けていた。


「大舘殿。 身に覚えはありますな」

「な、何を言っている義頼」

「足利殿、分かりませぬか。 彼がそれがしに対し、暗殺を仕掛けた張本人です」

「晴忠。 ほ、本当か?」

「……はい。 ですが、拙者が行ったのは義頼と長岡藤孝に対してにございます。 決して、勅使の副使へ仕掛けた訳ではありません」

「ところが、そうではない。 そなたが某へ暗殺を仕掛けた時、既に勅使の副使だった。 こう言えば、もう分かるであろう? 大舘晴忠」


 義頼が告げたまさかの言葉に、足利義昭達は絶句する。 そんな彼らに義頼は、己が副使に任じられた経緯をかいつまんで話した。 最も自身が選ばれた理由の中に、稚気ちきがあった事は義頼も知らない。 ゆえに、その部分が云々省略されていた説明だった。

 その話を聞いた足利義昭達の顔色は、蒼褪めていく。 特に暗殺を企てた大舘晴忠は凄まじく、彼の顔色は蒼を通り越し白と言っても過言ではなかった。


「勅使は、帝の代理と言っても過言ではない。 その勅使の副使を務める者の暗殺など朝廷、いや帝に対して弓を引いたに等しい」

「お、お待ちくだされ! 正使殿! 全ては、こ奴が独断で行った事。 拙者は、何も知り申さぬ」

「その通りにございます。 咎を受けるとするならば、拙者だけに」


 慌てて己の責を逃れ様とする足利義昭の傍らで、全てを自分のせいだと言う大舘晴忠と言う構図である。 それはそれで美しいものかも知れぬが、今回に関してはそう言う訳にはいかない。 何せ朝廷の面子を、いちじるしく害している。 それより何より、幾ら家臣の独断だと言っても主君である足利義昭に責がないなどあり得ないのだ。

  

「無論、企てた大舘晴忠には相応の処罰があろう。 だが、それは足利殿とて同じ。 主導していない、知らなかった。 例えそれが事実であったとしても、無罪とは成り得ぬ」

「そ、そんな……わ、わしは知らぬ。 知らぬのだ。 だから、わしは悪くない! 悪くはないのだ!! ろ、六角殿。 何とかならぬか。 頼む、この通りだ」


 余程処罰される事が怖いのか、足利義昭は六角承禎に対して懇願こんがんする。 そこには将軍の権威など微塵も存在せず、ただ罪から逃れたい年嵩としかさの男にしか見受けられなかった。

 そんな姿を見て、六角承禎は溜息を付く。 それから彼は、いっそ憐みの表情を浮かべながら足利義昭へ助言を行っていた。


「こと此処ここに至っては、大人しく朝廷の意向へ従うべきです。 ついでと言っては何ですが、たまわったすべての官職を辞し自ら謹慎でもすれば多少は印象もよくはなるでしょう。 ああ、それから剃髪ていはつでもすれば、なおよろしいかと」

「わ、分かった。 そなたの言う通りにする。 だから何卒なにとぞ、何卒」

「織田参議殿も、宜しいか?」

「……足利殿には寺にて過ごしてもらうと言う事で、良しとしましょう」


 織田家の代表である、織田信忠が了承した事で足利義昭の処分に対する一応の決着が図られた。

 とは言う物の、実際には朝廷より最終的な判断が下されるまでは確定ではない。 しかし、朝廷からの使者である六角承禎の出した提案に乗った事で、足利義昭に対する大きな意味での処分は決したと言ってよかった。

 後は、細々とした決め事となる。 具体的に言えば、どのような寺で以降の余生を送るのかとかその際の監視などと言った類の物である。 此方こちらに関しては、実際に身柄を預かる事となる織田家と朝廷による話し合いの結果となるので、この場においては関係ないのだ。

 そして、彼ら足利義昭らの一党は、この時点で織田家へと引き渡される事となる。 これによって、漸く厄介者が消えた事で毛利家の面々からも安堵の表情が見て取れた。 この様子に、織田信忠達は苦笑を浮かべる。 だが、同時に毛利家の者達の気持ちは分からないでもないと内心で考えていた。

  

「こほん。 さて、残るはそなた達であるな。 一応尋ねるが、心変わりはしたか?」

「いえ。 織田参議殿、我ら毛利家は織田家へ臣従いたします」


 大きな意味での処遇が決まった足利義昭らが部屋から消え、朝廷からの使者である六角承禎が辞して間もなく、織田信忠は場の雰囲気を変えるべく一つ咳払いをする。 そして、確認する様に毛利輝元へ尋ねていた。 それが臣従の件に関する事だと理解した毛利輝元は、即座に頭を下げている。 それから、以前に備後国の城の建築現場で申し出た通り、織田家に臣従する旨が伝えられた。 

 その条件だが、嘗て義頼へ伝えた通りである。 織田家より認可される筈の二か国のうち、一か国は返上。 必要とあらば吉川元春や小早川隆景、そしてここからが追加されたのだが毛利輝元の首すら差し出すという物であった。

 毛利輝元にまだ後継となる息子はいないが、彼の祖父に当たる毛利元就もうりもとなりには子が多い。 そこで毛利輝元が首を差し出したとしても、後継候補となる人物はそれなりにいるのだ。

 また、毛利家は家臣の層も厚いので、毛利両川とされる吉川元春と小早川隆景が亡くなったとしても家の維持が難しくなると言う事もない。 寧ろ家が縮小する事で、人材の方が過多になる可能性すらあるのだ。


「なるほど。 当主の首すら差し出す覚悟があると、そう申すか」

「はっ。 それゆえ、我らの臣従を認めていただきたく重ねてお願いします」


 相も変わらず頭を下げつつ織田信忠へ懇願する毛利輝元達をじっと見ていた織田信忠であったが、やおら立ち上がると上座から降りる。 そのまま彼は、ゆっくりと毛利輝元へ歩み寄った。 そして彼のすぐ前まで近づくと、ひざを曲げて腰を下ろす。 中座の格好となった織田信忠は、毛利輝元の手を取る。 それから、顔を上げさせた。


「右馬頭(毛利輝元)殿。 貴公の申し出、しっかうけたまわった。 織田家当主、織田参議信忠の名において毛利家の臣従を認める」

「ま、真にございますかっ!」

「うむ。 貴公の首は勿論、治部少輔(吉川元春)殿の首も、そして左衛門佐(小早川隆景)殿も首もいらぬゆえ、安心するがいい」

『おおっ!』


 これは義頼が、毛利家を救う為に毛利両川の命を差し出されるより、織田家の為に生かした方が良いと進言した結果であった。 ただ、これには続きがあり、その際には吉川家と小早川家は毛利家より独立させて別の家として織田家に仕えさせるべきだとも進言している。 織田信忠もそして堀秀政もこの考えに賛同した事で、後に実行されて吉川家と小早川家は別家として毛利家より離れる事になった。

 

「それと、今回の一件に対する協力の褒美として、一国を与える」

『……はあっ!?』


 織田信忠の口から出たまさかの言葉に、毛利輝元も吉川元春も、そして小早川隆景もはとが豆鉄砲でも喰らったかの様な顔になる。 殆ど見られる事はないだろう彼らの表情に、織田信忠は笑い声をあげる。 また、義頼や堀秀政も笑みを噛み殺そうと、必死に肩を震わせていた。


「うむ。 毛利両川と名高い、そなたら二人のそんな顔を見られただけでも価値はあったな」

「……戯言とは、感心致しませぬ参議様」

「ははは、すまぬな左衛門佐。 だが、一国を与えると申したのは戯言ではない。 その点は安心するがいい」

「本気であられるのか」

「無論だ、治部少輔」

「そ、それであれば寧ろ感謝する外はありません」

「何。 信賞必罰は、当然の仕儀だ。 それと、与える国については後に通達する」

『はっ』


 此処ここに毛利家に対する織田家からの処遇も決まり、中国地方の趨勢もおおよそ方が付いたのであった。

新年号開始後、一発目の更新となります。

文中にもある通り、毛利家への処遇は以降となります。

あと、足利義昭らも同様です。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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