第二百三十一話~仕組まれし暴走~
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第二百三十一話~仕組まれし暴走~
長門国大寧寺に在する足利義昭は、酒宴を開いていた。
彼の中では、自身の出した書状に相手が従うなど当然の事と捉えていたからである。 それどころか、味方に付いた軍勢を率いて京に攻め上るなどと迄彼は夢想していたのだ。 そんな足利義昭の元に、次々と書状が舞い戻ってくる。 酒宴の最中に届いた書状をほろ酔いで気分のいいまま開いたのだが、読み進めていくうちに赤ら顔がどす黒い赤色へと変わっていく。 そればかりか、書状を持つ腕も小刻みに震えだしていた。
流石に気付いたのか、家臣の一色藤長が声を掛ける。 すると足利義昭は、憤怒もかくやと言う表情のまま自身が手にしている書状を差し出した。
この場は最早、酒宴の色など帯びていない。 静かになったこの場所で、一色藤長は渡された書状を読んでいた。 その最中であるにも拘らず、足利義昭は他にも幾つか届いていた書状を掴むと癇癪を起こしたかの様に叫び声をあげながら空中へ放り投げる。 何度も何度も行うその様は、まるで子供の様でもあった。
「公方(足利義昭)様。 落ち着き下さい」
「これが落ち着けるか! 忠俊、どれもこれも断りの手紙だぞ!! 将軍の命を何と心得ているのかっ!」
宥め様とした内藤忠俊へそう言うと、床に散らばっている書状を踏みにじる。 そこには怒りどころか、恨みすらも籠っている風であった。 流石にそこまで暴れれば、少しは発散できたらしい。 息は荒げていたが、更に暴れる様な事はない。 ただ乱暴に腰を下ろすと、勢いよく杯の酒を飲み干した。
それから自ら手酌で酒を注ぎ、三杯ほど飲む。 だが怒りが収まらないのか足利義昭は、注ぎ口に直接口をつけるとそのまま飲みだした。 慌てて真木島昭光が止めるが、取り合わずに全て飲み干している。 しかしながら、酔った様子が見られない。 それだけ足利義昭の怒りは、深いものだったのだ。
「まったくもって、公方様のおっしゃられる通り。 この不埒な者達は」
「清信もそう思うであろう」
「然り」
足利義昭に賛同したのは、上野清信であった。
その彼の手には、床に散らばっていた書状のうちの一つがある。 その書状の差出人は、長岡藤孝である。 嘗て織田家包囲網が崩れた際には降伏か徹底抗戦かで口論した両名であり、無論上野清信は徹底抗戦を主張していた。
そして降伏をした長岡藤孝は織田家中で出世し、上野清信は足利義昭に従い長門国まで落ちてきている。 まさに嘗ての口論の結果が、今の両者を分けていると言ってよかった。
「して、公方様。 如何なさいますか?」
「知れた事よ、秀政。 毛利輝元に書状を出し、出陣させよ」
「承知」
足利義昭より命じられた上野秀政は、早速書状を出したのである。 その書状を受け取り、困惑したのは毛利輝元だった。 叔父の小早川隆景より、足利義昭が書状を義頼らに出していた事は聞き及んでいる。 そして、その書状によって情勢に変化など生まれるなどとは彼をしても思っていなかったのだ。
この一件に関する見解は小早川隆景と同じであり、叔父の現状を理解するだろうとの言葉に頷いたぐらいである。 しかしながら、彼らの思惑は外れてしまった。 こうして毛利輝元の元へ、足利義昭からの書状が届いた事が雄弁に物語っていると言ってよかった。
「……どうしたものか、叔父上」
「…………」
毛利輝元からの問い掛けに、小早川隆景は沈黙をもって答えた。
それは、幾ら何でも現状については理解するだろうと思っていたからである。 だがその思惑が外れたばかりか、事実上の命令とも言える書状を出してきている。 流石の小早川隆景も、思わず絶句してしまったのである。 そんな叔父の様子に、毛利輝元も「さもありなん」と思えてしまっていた。
とは言え、そこは音に聞こえし知将小早川隆景である。 予想外の事態によって受けた衝撃から脱出を果たすと、今の状況を利用できる術はないかと模索し始めたのであった。
少し時は流れ、千光寺山城。
この城には敷名元範が派遣され防衛に努めている備後国の毛利勢だが、一向に上がらない士気に頭を悩ませていた。
既に備後国における勢力分布だが、毛利家より織田家の影響が圧倒的に大きいと言える事態へとなっている。 その上、彼自身が当主を務めている敷名氏の領地も脅かされている状況にあった。 その状況は、風前の灯火と言っていいだろう。 何せ居城は、十重二十重に囲まれているのだ。 しかも、援軍には向かえない。 もし千光寺山城より出陣して救援に向かうとなれば、その直後にはあっという間に千光寺山城が織田家側の城になるのは明白だったからだ。
そこで敷名元範は、無駄に命は散らすなとの密使を城の守将へ出している。 具体的には、力攻めされる様であれば降伏もやむなしとしていたのだ。
そんな矢先、驚くべき報告が千光寺山城へと届く。 その知らせとは、毛利輝元と小早川隆景が軍勢を率いて千光寺山城へ赴くと言うのだ。 毛利家の勢力が縮小してしまっている備後国においてそんなあまりにも危険な行動に出ると言う知らせを聞き、敷名元範は首を傾げる。 そもそもからして、小早川隆景がその様な行動を許したと言うのが理解できないでいた。
だからと言って、幾ら命だとは言え座して見逃していいと言った類の物でもない。 敷名元範は、自重する様にと進言する為に急ぎ使者を出す。 しかし時すでに遅く、既に彼らは吉田郡山城を出陣していた。
途中で敷名元範の使者は軍勢に合流できたが、これではどうしようもない。 それでも使者としての役目を果たし、預けられていた書状を届けた。
その後、使者は小早川隆景の認めた返書を持たされて千光寺山城へと返される。 予想よりも早い帰還に訝しげな表情をしつつも、敷名元範は書状を確かめる。 そこで漸く、彼にも毛利輝元と小早川隆景が出向いた理由が知らされる。 同時に書状には指示もあり、敷名元範はその指示に従い援軍を歓迎する用意を始めたのだ。
そして当然の事だが、この毛利勢の動きは的場山城にいる義頼にも届く。 知らせを聞いた備後国や備中国の国人衆や備前国や美作国の一部の国人衆などと言った中国地方国人らが絶好の好機だと息をまく。 しかし、義頼や沼田祐光や永原重虎らと言った六角家家臣や、長岡藤孝らなどはその報告に首を傾げていた。
それは、毛利勢の行動があまりにも無防備だからである。 そこで何か他にも訳があるのではと思ったのだが、その訳となりそうな知らせがやや遅れながらも齎される。 その訳こそ、足利義昭が毛利輝元へと出した書状であった。
毛利輝元や小早川隆景に対して出陣を促す手紙が出されていると言うその報告に、長岡藤孝は思わず納得してしまう。 嘗ては家臣として仕えていただけに、実にありそうだと思えてしまったのだ。 そしてそれは、沼田祐光も同じである。 彼も足利義昭の事は調べていたので、あり得そうだと納得してしまったのだ。
しかし、一方で義頼もそうであったかと言うとそうではない。 彼もあり得そうだとは思っていたのだが、どうにも納得できないのである。 何と言うか上手く言の葉にはできないのだが、もし強いて上げるとするならば勘であろう。 首の後ろと言うかうなじの毛と言うかその辺りに不快を感じてしまい、どうにも警戒感が拭えなかったのだ。
だが、確かに好機は好機なのである。 ただ、相手には小早川隆景と言う存在があると言う事実。 この一点が、義頼らに不安を齎している要素なのである。 実はそれもまた、自身がはっきりと自覚している訳ではないが義頼の納得し切れていない理由でもあった。
「左衛門督(六角義頼)様。 此処で、決着をつけるべきです」
「決着か……それは吝かではないが」
「何、左衛門督様率いる我らであれば物の数ではありますまい」
そう言うのは、細川通薫である。 彼は野洲細川氏現当主であるが、勢力としては大きくない。 細川通薫は元々備中国に領地を持っていたのだが、今は亡き尼子晴久の在りし頃に圧力を受けて備中国より追いやられている。 その後、備中国も騒乱の時代に突入した事で、帰還もままならなくなってしまった。
そこで毛利家の支援を受け、どうにか備中国で小さくも所領を持つまでになったが、備中国より毛利家が手を引いた事で彼は同じ細川一門の誼で長岡藤孝に取り成しを頼み義頼に降伏したと言う経緯の持ち主である。 その様な経緯を持つ人物なので、ここで手柄を立てたいと言う気持ちが分からないでもなかった。
「その通り。 我らなら勝てましょう!」
「然り、然り」
完全とまでは行かなくても、雰囲気的に出陣するべきであると言う流れができつつある。 だが、敵を侮るなど危険極まりない。 相手は中国地方に覇を唱えた大大名毛利家であり、その知恵袋は、小早川隆景なのである。 どう控えめに見ても、卑しめる様な相手ではなかった。
そう考えた途端、先程感じた不快感が蘇ってくる。 義頼は一つ首を振ると、明確に否定の言葉を述べていた。
「ならぬ! 拙速に打って出るなど、言語道断だ!!」
「そ、その通り。 殿の申す通りにございます」
まるで威圧でもするかの如く語気を強めた義頼に続いて、沼田祐光も賛同する。 ただ、少し畏怖したのか彼の言葉はやや震えている様にも感じた。 それは、この場にいる他の者達も同じである。 義頼が無意識に醸し出したあまりの迫力に、盛り上がっていた場の雰囲気も一気に盛り下がっていた。
しんと静まり返った広間に、義頼の言葉が続く。 この場にいる将らに対して、直ぐの出陣はないと宣言すると改めて解散を命じる。 その勢いに気圧されたかの様に一人、また一人と消えて行った。
その間、義頼は睨むかの様に身動ぎ一つせず彼らを見送る。 やがて広間に残ったのは、沼田祐光らと言った者達であった。
「全く。 気持ちは分からぬでもないが、相手は小早川隆景だぞ」
「恐らく、基本的に勝ち続けた事が侮りを生んでしまったのかと」
「……勝ちも、善し悪しだな。 まぁ、いい。 それよりも、祐光に昌幸。 千光寺山城に来るだろう毛利の動き、つぶさに調べろ。 確かに公方様なら言い出しかねぬが、その言葉に素直に乗る様な小早川隆景とは思えん。 何か、裏がある筈だ」
『はっ!』
「他の者も警戒を密にしろ。 どんな手を打ってくるか、分からぬ」
『御意!』
そう命じると、義頼も広間から出る。 その後を追う様に、残った者達も次々と退出して行った。
その一方で広間から退出した中国国人達はと言えば、いささか毒気が抜かれている。 なまじ意気込んだだけに、肩透かしを食らったと言う感じだったのだ。 その中にあって、細川通薫は苛立ちを表していた。 彼は広間を退出後、一人自陣へと戻っている。 つまり周りには、家臣達しかいない。 それを幸いに、苛立ちを隠すことはなかった。
何ゆえにそこまで怒っているのかと言えば、折角のお膳立てが上手く躱されてしまったからである。 実は彼自身、まだ毛利家に属している。 言ってしまえば、小早川隆景がひそかに残した楔なのだ。 その彼の元に、密かに指示が届いたのである。 細川通薫は今がその身に帯びた役目を果たす時と考え、義頼らを煽ったと言うのが真相だった。
しかしながら、前述の様に事の他義頼が警戒してしまった為に頓挫している。 このままでは、策が成らなくなってしまう。 そこで彼は、如何にして小早川隆景の策に義頼らを乗らせるべきかと考えていたのだ。 だが、そう簡単に手立てなどが浮かぶ筈もない。 ゆえに彼は、苛立ちを隠せなかったのだ。
そんな彼の元に、一人の忍びが現れる。 名を世鬼政定と言い、毛利家の忍びとなる外聞衆の一人世鬼政矩の兄にあたる人物だった。 彼は義頼の命を受け慌ただしく動き出した伊賀衆と甲賀衆の隙を付き、潜入を果たしたのである。
因みに彼ら二人は、別々に世鬼の家を建てている。 そして名目上では、兄の方が本家と言う扱いであった。
話を戻して世鬼政定はと言うと、懐より書状を差し出す。 その書状を細川通薫が手に取ると、左衛門佐(小早川隆景)様からの書状だと一言伝えてから静かに立ち去って行った。
慌ててその書状を開き読み出した細川通薫の顔に、徐々にだが笑みが浮かび始める。 流石は左衛門佐様だと思いつつ、彼は書状に書かれていたことを実行するべく僅かな供を連れて人より出て行く。 やがて行き着いたのは、先程の広間で出陣に賛同した中国国人達の元であった。
彼らはやけ酒という訳ではないが、出陣が成らなかった事に対して酒を飲み発散する事で言わば憂さを晴らしていたのである。 義頼もあえて咎めはしなかったので、酒盛りと言うほどではないにしろそれ相応に飲んでいたのだ。 その代わりに割を喰っているのが、六角家臣である。 彼らが義頼からの命を受け敵に対する警戒を行っており、だからこそ彼らが酒を飲めると言う物だったのだ。
それはそれとして、その場に現れた細川通薫はと言うと彼らの酒盛りに加わる。 そこで数杯付き合うと、彼らに対しある提案を持ちかけ始めたのである。
「どうだ皆の衆。 我らだけでも、兵を動かさないか?」
「は? 下野守(細川通薫)殿。 何を言っている?」
「だから、我らで千光寺山城を攻めぬかと言っているのだ」
「……抜け駆けせよと言うのか。 それはまずかろう」
「何、手柄を立ててしまえば問題はない。 功名さえあれば、抜け駆けは問われない。 そうではないか?」
いわゆる「抜け駆けの功名」である。 細川通薫は、手柄を欲しがっている彼らに対しそう持ち掛けたのだ。 そしてこれこそが、小早川隆景が書状にて指示した事案である。 そんな事など露知らず、話を持ち掛けられた国人達は再び意気が上がってくる。 それに酒が入っていた事が、拍車を掛けていた。
次々と賛同の声が上がる中、提案した細川通薫が彼らに声を押さえる様に言う。 もし事前に義頼らに知られてしまえば、押さえられてしまう。 それでは手柄を手にできなくなり、意味がなくなってしまう。 そう諭された国人達は、程なく静かになった。
すると細川通薫が、具体的に手立てを伝えていく。 だが、もし素面だったら、誰かが必ず何かおかしいと気付いただろう。 しかしこれも、酒が入っていた事で疑問に思われなかった。 程なくしてその場にいる者達がみな了承すると、彼らは三々五々自陣へと帰っていく。 そして夜が更けるまで待つと、夜陰に紛れつつ静かに自分の兵を揃えていく。 やがて夜が明けると、彼らは兵を動かしたのだった。
そうなれば当然、気付かれる。 夜明けとともに動いていく軍勢を目の当たりにした巡回の兵が、呆気にとられつつ見送って行く。 それは、そうだろう。 兵を動かすなど、全く聞いていないからだ。 程なくして我に返ると、急いで上の者に確認を取る。 だが彼らも全く聞いていなかった事なので、その上へとまるで川を逆流する様に確認が取られて行く。 やがてこの話が義頼の下まで辿り着くのに、大した時間が掛かる事はなかった。
「な、何だと!? 軍勢が動いていると言うのか」
「ははっ」
「馬鹿な……どうしてそんな事になっている! 祐光!!」
「分かりません。 拙者にも、何が何やら。 それにどうやら主に動いているのは備後や備中、それから一部の備前や美作の者達の様にございます」
細川通薫がけしかけた国人達は、比較的最近に織田家に降伏した者達なのである。 彼らからすれば、家の存続の為に一つでも多くの手柄が欲しいのだ。 確かに、義頼により改めて安堵の約定は取り付けている。 だが、自身の手による裏打ちが欲しいのも事実なのだ。
お家大事なのは、どの家も同じである。 つまり細川通薫……いや小早川隆景は、そんな国人達の心を揺り動かす事で軍勢を動かすと言う流れを作り出したのであった。
そんな小早川隆景の策は兎も角、義頼としてはここで動かないと言う選択はできない。 それは味方を見捨てると同じであり、そんな事をすれば折角上手く行っている占領地の治安を荒れさせてしまう事になる。 いやそればかりか、臣従した国人達が反乱を起こしかねない。 今まで織田家の領地に組み込んだ国人らは確かに将兵を出しているが、全てではないのだ。
「ええい! 何でそうなった!! 仕方ない祐光、急ぎ兵を整えよ」
「はっ」
「それと、孫六」
「お呼びですか?」
「甲賀衆、伊賀衆を総動員させろ。 そして、急ぎ周辺の警戒及び情報収集を行え。 此度の一件、下手をすると毛利の策略かも知れん。 もしそうならば、どんな手を打っているか皆目見当がつかん」
「御意」
義頼の命を受けた沼田祐光と鵜飼孫六が消えると、義頼は大きくため息を付く。 それから、気だるそうに一言漏らしていた。
「全く……どうしてこうなった」
だが、その言葉に答える者はいない。 義頼はもう一度ため息を付くと、自身も出陣の用意をするべく着替えを始めるのであった。
時を同じくして千光寺山城だが、城内に兵はあまりいない。 旗印や幟などは乱立しているが、それだけであり気配はあまり感じられなかった。 しかし城壁の上などには、気配の割に人影は多い。 だがよく見るとそれは、案山子であった。
では、城兵の大半はどこに消えたのか。 彼らは既に千光寺山城より出ており、辺りに幾つかの集団に分かれて潜んでいる。 そして息を殺し、じっと機会を窺っているのだ。 その機会とは、当然だが城に攻めてくるだろう敵勢を討つ為である。 此処で敵に痛撃を与え、攻勢を一時的に頓挫させるのが最大の目的だった。
その後は、意気消沈した彼らを牽制できるだけの軍勢を残し安芸国へと戻る。 それから、四国より兵を送り出している明智光秀や羽柴秀吉の軍勢を痛撃、いや撃滅する。 これが、此度の出陣に際して小早川隆景が毛利輝元へ進言した策であった。
これが成れば、暫くは四国から攻めてきている織田勢に対抗できる。 その隙に国内を引き締め、山陽と山陰、そして四国からの迎撃における再構築を確立する事を模索していたのだった。
「叔父上、上手く行くのか?」
「大丈夫にございます、殿」
「そ、そうか。 そうだな! うむ」
力強く答える小早川隆景に、何となく不安に駆られて問うた毛利輝元も安堵の雰囲気となった。
無論、全くのでまかせではない。 もし最上の結果が出せれば、先に述べた以上の成果も期待できるからだ。 此度の策は毛利輝元へ進言した敵への痛撃や撃滅の裏にもう一つ、隠れた思惑が存在している。 その思惑とは、義頼の捕縛、もしくは命を取る事にあった。
幾ら国人の暴走とは言え、味方である事には変わりがない。 そして義頼ならば、彼らを見捨てる事はないと踏んだのだ。 つまり小早川隆景は、功に焦る国人らを暴走させる事で義頼を釣り出そうとしているのである。 そしてその策は、思惑通りに進んでいると言っていいだろう。 事実、義頼は彼らを救う為に急ぎ兵を整ている。 そして兵が揃い次第、出陣するのは間違いない状況にあるのだ。
「殿。 今少し、お待ちください。 さすれば、我らの勝ちです」
「分かっておる。 叔父上、いや隆景。 打って出る時だが、任せるぞ」
「御意」
毛利輝元の言葉に、小さくしかし鋭く答えた小早川隆景は少しずつ払われていく夜の闇を見詰ている。 その視線は、未だに見えない薄らいでいく夜の闇のその先にいるだろう敵を見透かしているかの様な鋭い物であった。
小早川隆景の策、発動です。
ご一読いただき、ありがとうございました。




