第二百二十八話~我が子らと華燭の典~
お待たせしました。
風邪に倒れ、漸く昨日あたりからPCをいじれるぐらいにまで回復しました。
よって、最新話を投稿します。
第二百二十八話~我が子らと華燭の典~
織田信長との面会を終えると、義頼は屋敷へと戻る。 そもそも屋敷は安土城本丸裏手、即ち搦め手を守る様に存在している。 安土城本丸の縄張りを行う際に六角形に整地された事と、六角家当主である義頼の屋敷がある事から六角平とも呼ばれていた。
因みに義頼の屋敷がこの場所にある理由だが、一つは織田信長から信頼が厚いと言う事がある。 詰めの城として改修した観音寺城に移動する暇がなかった際、逃げ道となる搦め手を守らせる以上は相応に信頼がおける者に任せる必要があった。 そしてできれば、武力のある者がいい。 そうなると、義頼は丁度よかったのだ。
しかも義頼自身、嘗ては六角水軍と呼称されていた六角家の水軍を率いる者でもあった。 その意味でも義頼と言う存在は、うってつけと言えたのだ。
因みに六角水軍の正式名称は織田水軍なのだが、これは義頼が織田家降伏後に付けられた物である。 その為か、元々の名であった六角水軍が通称としてまかり通っており大抵その名で呼称されている。 これは彼の水軍を名目上とは言え取り纏めてるのが、未だ近江代官と言う地位にある義頼である事も影響していた。
さて、屋敷へと戻った義頼だが先ずは着替えて楽な姿となる。 それから、彼は生後初となる三人の我が子との対面に臨んだ。
程なくして義頼の前に正室であるお犬の方、それから側室となるお圓の方とお月の方の三人が揃う。 また、彼女達に仕える侍女達の姿もある。 その中には、本多正信の正室もいる。 彼女は、お犬の方の侍女を務めていた。
そんな侍女達を纏めているのが、小夜と言う女性である。 その彼女だが、実は今は亡き平井定武の娘であった。
嘗て彼女は浅井長政の正室として浅井家に輿入れしたのだが、後に彼が六角家と袂を分かった際に離縁させられ実家に戻っていた人物でもある。 しかし実家に戻ったのはいいが、彼女は後添えとして誰に輿入れする事無く過ごしていたのである。 そこで義頼は彼女を召し出し、侍女筆頭としての地位を与えたのだった。
それはそれとして、今は我が子の事である。 義頼の視線は、三人の妻の後方に控えている乳母の腕に抱かれている三人の赤子に向けられていた。
「その子らが我が子か」
『はい、殿』
三人の妻がそう言うと、先ずお犬の方の乳母が進み出る。 当然だがその腕の中には、鏡姫がいた。 乳母が抱いていた義頼の娘を、静かに差し出す。 目の前に差し出された我が子を見、少し打ち震えつつも優しく抱き留めた。 抱かれている感触が変わったことに気付いたのか、じっとしていた鏡姫はあたりに視線を巡らし始める。 やがて彼女の目に、義頼の顔が映りこんだ。
鏡姫は、じっと観察でもするかの様に顔を見つめる。 視線を向けられた義頼は、笑みを小さく浮かべながら優し気な視線を向けていた。 すると少しの間、義頼と鏡姫の間に視線が交わされる。 程なくすると、鏡姫の顔に笑みが浮かぶ。 それから彼女は、興味深げに義頼の顔に向かってその小さな手を差し出していた。
そこで義頼は、胡坐をかいた膝の上で抱いていた鏡姫を胸に抱く。 だが、力はあまり込めていない。 あくまで落とさない程度の力込めていないので、義頼の腕の中の娘の自由度は失われなかった。 鏡姫は、直ぐ近くにある義頼の顔を其の紅葉の様な手で触る。 慌てて乳母が止め様としたが、当の義頼が彼女をやんわりと押し留める。 その後は、娘の好きにさせていた。
内心で義頼は「ああ、我が子なのだ」と言う思いが満ちている。 同時に愛しさもこみ上げたのか、慈しむ様に腕の中にいる鏡姫の頭を優しく何度も撫でていた。
それから暫く間、何が楽しいのか鏡姫はぺたぺたと父親の顔を笑いながら触り続ける。 そんな我が子のある意味での洗礼を、甘んじて受け入れていた。 やがて飽きたのかそれとも疲れたのか、義頼の顔から赤子の手が離れていく。 そこで目を瞑っていた義頼が目を開き我が子を見ると、そこにはうとうととし始めている姿があった。
そんな我が子の様子に義頼は微笑むと、鏡姫を乳母へと渡す。 乳母が元の位置に下がると、代わりに進み出たのはお月の方の生んだ金剛丸を抱く乳母であった。
因みに金剛丸が二番目なのは、家格が影響している。 彼女は、北畠具教の末娘となる。 そして、幾らお圓の方が八介の一家となる井伊家の者であり先に側室入りしているとしても、やはり久我家の分家となる北畠家の方がどうしても家格が上とみなされてしまうのだ。
その考えで言うと、彼女こそが義頼の正室となってもおかしくはない。 しかし、今や日の本で最大勢力を誇る織田家を事実上率いている織田信長の同腹妹を押しのけてまで彼女を正室に据えると言う訳には行かなかった。 だが幸いと言っていいのだろう、義頼の妻の三人の仲が悪いと言った事にはなっていない。 それどころか彼女達は、とても仲が良かったのだった。
何はともあれ、お月の方の乳母より金剛丸を渡された義頼は腕の中の息子を覗き込む。 するとそこには、先程の鏡姫と同様にきょとんとした我が子がいた。 義頼の顔をじっと見ていた金剛丸だったが、やがて小さな両手を伸ばしてくる。 その仕草にどうやら嫌われていない様子だと安心しつつ、義頼は指を差し出した。
金剛丸は、伸ばした小さな手でその指をきゅっと掴む。 そこで思わず義頼が笑みを浮かべると、金剛丸も楽しそうに笑みを浮かべていた。
「うむ。 金剛丸、俺なんぞを超える男になるのだぞ」
直後、まるで返事でもしたかの様に笑い声を上げる。 その様子に、義頼の笑みはより一層深まっていった。
そして最後に義頼が抱いたのは、お圓の方が生んだ琳姫である。 しかし彼女は、待たされた様で眠りに陥っていた。 その為か、琳姫を義頼に渡す際、乳母は申し訳ない様な顔をしている。 しかし義頼は気にする事もなく、我が娘を腕の中におさめていた。
確かに眠っていたのは残念だが、義頼にしてみればそれが大した問題ではない。 今は、可愛い我が子を抱くだけで満足している状況なのだ。 眠っている琳姫をゆっくりとゆすり、揺り籠の様な動きをする。 すると琳姫は、眠りながらも嬉しそうな表情となっていたのだった。
こうして無事に我が子らとの面会を果たした後、義頼はお圓の方と個別に面会する。 と言うのも、お圓の方から話があるからと言われたからだった。 だが、その話と言うのが分からない。 それは、思いたる節がないからである。 何であろうと訝しげな表情を浮かべつつも義頼は、お圓の方の話と言うのを聞いていた。
すると彼の表情に、驚きの色が浮かんでいく。 それも仕方がないだろう、お圓の方から聞かされた内容が予想外だったからだった。
「して圓、話とは?」
「実は旦那様。 実は、お床下がりを致しとう存じます」
「何? 圓、急にどういう事だ!」
「急ではありません。 前より、考えておりました。 もう私も、いい年にございますれば」
お圓の言うお床下がりとは、有り体に言えば夫の相手を辞退すると言う物であった。
確かにお圓の方は義頼よりも年上であり、一般的な慣例から考えれば夫の相手を辞退してもおかしくはない年齢となっていると言っていい。 その事を考慮すれば、彼女の言い分は寧ろ当たり前だとも言えなくもない。 しかし義頼にその気が全くなかったので、彼女の言い分に驚いたのだ。
だが他でもないお圓の方よりの申し出であり、彼は目を瞑るとじっと考えに耽る。 すると義頼とお圓の方、ただ二人しかいない部屋には静かに時が流れていった。 やがて自身の考えを纏めた義頼は目を開くと、目の前に佇むお圓の方へと問い掛けた。
その問いとは、二つある。 一つは本気であるかを、彼女に今一度問い掛けたのである。 しかしお圓の方の決意は固く、己が意見を翻す事はなかった。
次に問い掛けたのは、お床下がりをした後はどうするのかと言う物である。 その問いにもお圓の方は、淀みなく答えた。
「お犬の方様やお月の方様や小夜などの侍女達と力を合わせ、奥をお守り致したく存じます」
「……つまり、小夜と共に侍女頭にでもなる気か?」
「そうですね、そうなりましょう。 ただ、それだけではありません。 他にもあります……例えば侍女への武芸とかも今まで以上に指導できればと愚考しています」
彼女がいみじくも言った通り、お圓の方が義頼の側室になって以降はお犬の方やお月の方と言った奥方も含めて奥に居る女性達の武が上がっている。 その理由は、前述した様にお圓の方にあった。
彼女は幼少の頃より、武も嗜んでいたからである。 何せ彼女以外には、井伊家の直系がいなかった。 その状況を打破するべく彼女と井伊直親の縁組があったのだが、その縁組も紆余曲折の末に破談と言う形になっている。 そこでお圓の方の父親である井伊直盛は、万が一の事態も想定し娘に武家当主としての教育も行っていたのだ。
確かに、義頼が出陣すれば城などを守るのは名目上とは言え正室であるお犬の方が中心となる。 義頼らの出陣で人手が足りなくなる事を考えれば、女性達が腕に覚えがあると言うのは悪い話ではない。 それであるが故に義頼は、何も言う事なく事実上黙認していたのだ。
「……ふむ……圓がそう言うのであれば吝かではないが、本当にいいのか?」
「旦那様。 私は家の為とは言え、女ながらに家督を継ぎました。 また、婚約者をも失いました。 しかし何の因果か旦那様と縁があり、妻となり二人も子を授かりました。 そして井伊家の家督も、無事に頼直へと引き継がれました。 もう井伊家に憂いなどなく、私は十分にございます」
「分かった。 だが、そなたが俺の妻である事は変わらぬ。 いや、変えさせぬ。 俺の妻として、奥のそして俺がいない間の事を犬や月と共に任せる。 良いな」
実際、お圓の方自身が言った通り彼女は義頼程ではないにしても武を修めている。 また井伊家当主として、武将としても働いた女性でもある。 彼女は少ないながら戦場も経験しており、義頼が出陣した後を任せると言う意味でお犬の方やお月の方よりよっぽど信が置ける存在であると言えたのだ。
「…………はい、旦那様」
「この話は、犬にも月にもしておく。 俺がいない間に、もし万が一の事態が起きたらそなたが中心となり対処せよ」
「御意」
此処に非常時限定とは言え、井伊直虎の復活が密かに決まったのである。 とは言え、現状でお圓の方が井伊直虎となる可能性は非常に低かった。 何せ織田家は日本の中でも間違いなく突出した力を持つ大名家であり、その織田家の中で重臣を務める義頼の奥方や彼女達の侍女がその手に刃を持って戦う事態などまず有り得ないからだ。
だがそれでも有事の際の対応について決めておけば、万が一にもその様な事態に陥った際に心配も幾許かはしなくて済むので、多少は義頼や他の六角家家臣の気持ちが楽になるのは間違いなかった。
それから義頼は、彼女に言った通りお犬の方とお月の方にお圓の方との間で決めた事を話しておく。 その上で二人の妻に、その際はよしなにする様にと告げていた。 告げられた二人も、そんな夫の言葉に否はない。 お圓の方が武将としての経験を持つのは間違いなく、餅は餅屋ではないが自分達よりも余程信がおけると思えるからであった。
そんなちょっとした騒ぎなども起こりつつも年も暮れ、明けて正月。 例年の様に年始の挨拶と言える行事が、織田信長の前で行われた。 織田家筆頭家臣、柴田勝家が音頭を取り年始の挨拶を織田信長へ行う。 その挨拶を聞き、頷きながら一言返すと言うのもやはり例年通りであった。
「武田も従え、四国征伐も終わりを迎えた。 そして毛利も追い込み、雪が解け次第越後へと攻め込む。 至極順調で何よりだ」
『御意』
織田信長の挨拶が終われば、こちらも例年通りに新年を祝う宴となる。 そして相も変わらず、織田家重臣として若い義頼は、酒を片手に挨拶回りをしていた。 一通り回り終えると、彼も六角家家臣や馴染みの者達と杯を重ね膳を喰らう。 しかし今年の新年を祝う宴は、例年と比べいささか盛り上がりに欠けていた。
無論、それには訳がある。 そもそも此度の招集だが、例年通りに新年を祝うと言うのが中心ではない。 寧ろ此方は、ついでと言ってよかった。 では、何ゆえに織田家家臣や従属の大名などが集められたのかと言うと、織田家主催によるある行事を行う為であり、その行事とは華燭の典であった。
華燭の典、即ち婚姻である。 しからば誰と誰の婚姻かと言うと、織田信忠と松姫の婚姻であった。 甲斐武田家が織田家に従属した事で、織田家と武田家両家の対立からほぼ実現不可能となっていた両者の婚姻が可能となったのである。
甲斐武田家を降伏させた後、織田信忠は暫く甲斐国に留まり治安の回復や人心の慰撫にあたっていた。 それらも目途が立つと、彼は後を柴田勝家に任せて岐阜へと戻っている。 しかしそのその際、織田信忠は松姫に改めて正室に迎えると言葉を残してから岐阜へ兵を退いたのだった。
岐阜城へ戻った織田信忠は、数日屋敷で過ごした後に安土城へ移動している。 そこで父親の織田信長に、松姫を妻に迎えたい旨を伝えていた。 元々、織田信忠と松姫は織田信長と今は亡き武田信玄が取り纏めた許嫁同士である。 しかも今は、武田家も織田家に臣従しているのだ。 二人が婚儀を挙げる事に対し、妨げとなる事案など存在しなかった。
それにこの婚儀だが、実は織田家にとっても利益がある。 知っての通り、松姫は武田信玄の娘である。 つまり織田信忠と松姫の間に子ができれば、女系ではあるが名門甲斐武田家の血筋が織田家にも受け継がれる事となるからだ。 しかし織田信長は、そんな考えなど全く見せない。 ただ、黙って息子の口上を聞いていた。
「……分かった、わかった。 わしが、仲人となってやる」
「真ですか、父上」
「ああ。 だから安心せい。 とは言え信忠、初志貫徹したと言えばよいか?」
「あ、いえ。 その……」
「くかかかか。 照れおったわ」
「父上っ!!」
照れ隠しか思わず声を張り上げた織田信忠に対し、織田信長はさらに笑い声を挙げる。 こうなっては、憮然とした表情を浮かべるしかない。 しかしその表情を見て織田信長は、さらに大きな笑い声を挙げたのであった。
その後、織田信長は約束通り縁談を勧める。 側近の矢部家定を派遣して、武田信勝との間で話を詰めさせる。 とは言うが、従属間もない甲斐武田家から否など言える訳がない。 何より、甲斐武田家に齎される利益の方が大きいので、断ると言う判断や婚儀に難色を示すなどと言う選択肢が初めからなかった。
その為か話はとんとん拍子で進み、大した時間が経った訳でもないのに粗方の事が決まってしまう。 祝言を挙げる日取りも、年明けの吉日を選んでと言う事で纏まる。 よく考えれば織田家と武田家の両家に異論がない話なのだから、その結末も当然と言えた。
そしてその決まった日取りだが、今日を入れて丁度十日後の大安に行われる事となっている。 何せ織田家現当主である織田信忠の婚儀であり、その規模は推して知るべしである。 織田家臣達の気がそぞろとなるのも、至極当たり前だった。
因みに華燭の典がまだ越後上杉家と毛利家との戦に一区切りがついていない状況であるにも拘らず行われるのかと言うと、先に述べた血筋云々の他にも理由があるからだ。 一つは冬と言う事で、毛利家にしろ越後上杉家にしろ動きを起こし難いという状況にあるからである。 また他にもあり、敢えて大大的に祝言を挙げる事で干戈を交えている両家に対して圧力を掛けると言う意味合いもあった。
つまり織田家として、両家との戦も決して全力ではないと敵味方に知らしめる側面を持たせたのである。 同時に友好的や敵対していない大名、更には従属大名や織田家有力家臣を集めた事で織田家の力を越後上杉家や毛利家などと言った敵対勢力にも見せつけると言う牽制にも似た動きを見せる腹積もりであった。
そんな織田信長が隠し持たせた意味合いはそれとして、この婚儀が織田家における一大行事であるという事実に変わりはない。 規模もそして派手さも相当なものになると言う予測が既に立っており、そしてその予測が間違いないだろう事が新年の宴に今一気が入らない理由ともなっているのは皮肉であった。
それであるが故か、比較的短時間で新年の宴が散会し始める。 例年であれば、夜通しであってもおかしくはない。 それがそうとはならないのだから、如何に彼らの気持ちが婚儀の方に向いているのかが分かるという物であった。
そんなそわそわとした雰囲気の中であっても、時は平等に過ぎていく。 幸いな事に毛利家や越後上杉家、他の勢力も動く事もなく織田家では華燭の典を迎えている。 とは言え、義頼を含めた織田家臣に実質関係あるのは正室となる松姫のお披露目の宴ぐらいであった。
そのお披露目の日、当然義頼も宴に参加している。 そして彼は、同行者を連れていた。 義頼が連れていたのは、元武田家の面々である。 彼は安土に向かう際、護衛を務める同行者として彼らも加えていたのだ。
山県昌景を筆頭とした甲斐山県氏の面々、武藤昌幸と彼の弟となる金井高勝。 そして、石田小山田氏の現頭領、小山田昌成と彼の父親に当たる小山田虎満らであった。
なお義頼の様に、嘗ては甲斐武田家臣であった者を雇い入れている織田家家臣と言うのはいる。 例えば柴田勝家は、秋山虎繁ら秋山一族を家臣に組み込んでいる。 この様に、それなりの数の旧甲斐武田家臣が織田家臣入りを果たしていた。
無論、織田家臣とならなかった者もいる。 例を挙げると、小山田信茂がそうである。 何と彼は、北條家家臣となっていた。 だが小山田信茂は武田家臣と言うより、立場的には半独立勢力の同盟者に近い。 強いて上げるとすれば、織田信長と徳川家康の関係に近かったのだ。
しかも領地は都留郡であり、この地は甲斐武田家と北條家の境である。 その為、小山田家自体が甲斐武田家と北條家の両家に属する両属関係と言ってよかった。 つまりある意味でどっちつかずの関係だったのだが、小山田信茂はこれを機に旗幟を鮮明にして正式に北條家臣となったという訳である。 その様な経緯から、此度の婚儀に際して北條家よりの使者を務めているのが小山田信茂であった。
話がそれた。
さて義頼だが、彼は今は家臣となっている元武田家臣らを引き連れて祝いの口上を織田信忠と松姫に述べている。 その口上が済むと、彼は席を後方に控えていた元武田家臣へ譲っていた。
「松姫様、おめでとうございます」
『おめでとうございます』
「ありがとう。 皆も息災そうですね」
『ははっ』
彼らを代表する形で山県昌景が、先ず織田信忠へ祝いの口上を述べる。 その後で、旧主の妹でもある松姫へ祝いの言葉を投げかける。 すると山県昌景に追随して、武藤昌幸らが異口同音に祝いの言葉を紡ぐ。 凡そ数か月ぶりに見た懐かしい顔ぶれであり、先に祝いの言葉を受けた秋山虎繁の時と同様に彼女は、笑みを浮かべつつ答えていた。
それから松姫は、義頼に目を向ける。 彼はある意味で、父親の仇とも言える。 武田信玄の命を直接奪った訳ではないが、義頼との一騎打ちで負った怪我が一因である事も間違いないのだ。 しかし今は戦国の世であり、その様な事を言っていてはそもそも此度の婚姻すら成り立たなくなる。 何と言っても、甲斐武田家を今の状況になるまで追い込んだのは、織田家だからだ。
そのことは十分に理解している松姫は、義頼に恨み言など言うつもりは全くない。 寧ろ彼女が気にしたのは、祝いの口上を述べた元家臣の彼ら達である。 元主家の者として、幾ら家を維持する為であったとしても彼らを放逐したのは間違いないからだった。
「左衛門督(六角義頼)殿。 昌景達は、よくやっていますか?」
「松姫様、大いに助けられています。 某は、彼らの様な有用な者を家臣とできた事を望外の喜びと感じています」
「そうですか。 それはよかったです……あなたたちも六角家の為、ひいては織田家の為に働きなさい」
『御意』
松姫から山県昌景達へ掛けられた言葉を最後に、義頼達は織田信忠と松姫の前から下がる。 そして彼らは、お披露目の宴が散開するまで参画していたのであった。
ま、タイトル通りです。
正月を挟んでの一大イベントでした。
ご一読いただき、ありがとうございました。




