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第二百二十五話~捕縛~


第二百二十五話~捕縛~



 的場山城本丸にしつらえられた陣において、こうべを垂れている者達が居る。 その者達とは、山内隆通やまのうちたかみちを筆頭とした山内家や分家の者達であった。

 さて彼らが何ゆえに頭を垂れているのかと言うと、的場山城の陥落に合わせて降伏したからである。 とは言え、彼らは既に義頼に通じているのは前述の通りである。 その意味では、茶番以外の何物でもない光景であろう。 だが、建前上は的場山城にて毛利勢を逃がす時間を稼いだ者達である。 例え実情を知る者達からすれば茶番であったとしても、形式的には必要な事であった。

 しかしながら、彼らを見る視線はと言うと何かが違っている風である。 義頼にはその様な感じがないのだが、一部の者達からは事前に味方となっている者達を見る様な雰囲気ではないからであった。





 的場山城陥落の末に形上とは言え降伏した山内隆通らに対して何ゆえにその様な視線が向けられているのかと言うと、話は毛利勢が六角勢の伏兵によって逆に奇襲を掛けられてしまい撤退へと追いやられてしまった時点まで遡る事となる。

 的場山城へと兵を返している上原元将うえはらもとすけであるが、当然ながら追撃してくる敵勢も認識していた。 彼の本音からすれば的場山城ではなく別の城に撤退したいのだが、最寄りの城が的場山城である以上はそうするしかない。 それにどの道、率いた軍勢自体がもう己の統制下にない。 例え別の命を発しても、彼らが従うか分からないばかりか余計に混乱を来たしてしまう可能性が多分にあった。

 これでは選択など、的場山城への撤退一択でしかない。 最早彼にできる事は、一刻も早く城に辿り着く事しかなかったのだった。

 その一方で的場山城の福原貞俊ふくはらさだとしからも、この情勢については察知している。 彼は味方を救出するべく、急ぎ兵を出陣させた。 派遣したのは三村元親みむらもとちかの叔父となる三村親成みむらちかしげや、彼と共に毛利家に降った河原直久かわはらなおひさ竹井直定たけいなおさだらと言った者達である。 彼らからしてみれば、義頼の元に三村元親がいる以上は降伏など出来ない。 その意味で毛利家を裏切ることはまずないし、何より敵を討つのに必死となる。 足止めと言う時間稼ぎを行うには、都合がいいと言えるからだ。

 無論、無駄死にさせる気など無いので頃合いを見計らって退かせるつもりである。 ゆえに大将は、別の者を宛てている。 彼らを率いているのは、上原元将と親しかった湯浅将宗ゆあさまさむねであった。 彼らは撤退してくる味方を通しつつも、迎撃の準備をする。 やがて上原元将が通り過ぎ、そして敵勢が見え始めると逆落としに攻勢を掛けた。

 とは言え、味方が完全に撤退を完遂した訳ではない。 大分少なくなってはいたが、それでも味方がいない訳ではなかった。 それでも湯浅将宗は、攻勢を掛けたのである。 これにより少ないながらも同士討ちは発生してしまうのだが、それは敢えて飲み込んだ上での攻勢であった。

 何せ下手に味方の命に考慮すれば、勢いのに敵勢が的場山城へ押し掛けかねない。 それを防ぐ為には同士討ちも止む無しと言う、苦渋の決断だったのだ。

 一方で追撃の勢いに任せて兵を進めていた永原重虎ながはらしげとらであるが、進撃の先に迎撃の動きを見せる勢力がある事が報告されると、彼は一瞬だけ躊躇ためらいを見せる。 しかし此処ここは押し時だと判断し、そのまま進撃を続ける。 ついには、湯浅将宗率いる軍勢と激突した。

 逆落としの分だけ毛利勢の援軍の方に優位性が感じられたが、勢いと兵の数と言う点においては六角勢の方が上である。 かくして両軍勢は、的場山城の大手門へとつたう道筋上において干戈を交える事となった。 その光景に、福原貞俊は即座に追加の兵を出す。 楢崎信景ならさきのぶかげ福田盛雅ふくだもりまさと言った備後国国人らを援軍として派遣したのだ。

 こうなってしまうと、六角勢の勢いは完全にとは言わないまでも削がれてしまう。 するとその頃合いを見計らったのか、福原貞俊は一旦大きく兵を押し出して六角勢を押し返すと即座に兵を的場山城へ戻させたのである。 勢い削がれた上に押し返された事で完全に攻勢の機を逸してしまった事に、永原重虎は奥歯を噛みしめた。

 しかし無理に押せば、今度は味方に被害が大きくなる。 己を一旦落ち着かせるかの様に大きく息を吸った後でゆっくりと吐き出すと、一先ず軍勢を集める。 その上で永原重虎は、慎重に兵を的場山城へと進めたのであった。



 その一方で何とか追撃をかわした毛利勢ではあるが、負け戦である事に間違いはない。 しかも、的場山城の近くまで進撃されている。 この敵兵を何とかせねば、立て直しも難しかった。

 そこで福原貞俊は、神辺城の杉原元盛すぎはらもともりらを動かして義頼の側面へ攻勢を仕掛ける様にと画策する。 敵本陣が急襲されれば、的場山城近くにまで追い出してきている敵の軍勢も退かざるを得なくなる。 その隙をついて福原貞俊は兵を立て直し、同時に防衛線を再構築するつもりであった。

 その様な重要と言える命を受けた杉原元盛は周辺の国人と共に軍勢を組織すると、敵側面からの一撃を行うべく南下を始める。 しかしながらこの動きは、周辺を警戒していた義頼によって感知されてしまった。 元から何かあれば対応できるようにと構えていた事もあり、間髪入れずに丹波衆を派遣する。 波多野秀治はたのひではるを筆頭とした彼らは、進軍してくる敵勢を待ち受けていた。

 程なくして杉原元盛の軍勢と、波多野秀治率いる丹波衆が激突する。 とは言え、これは相手が悪かった。 何せ丹波衆には、丹波国人の誇る丹波の四鬼が揃い踏みなのである。 確かに荒木鬼と丹波鬼は息子に代替えしているが、それでも彼らが鬼の名に恥じない猛将である事に間違いはなかった。

 波多野秀治の命により攻勢を掛けた丹波衆は、丹波の四鬼旗下の軍勢が敵勢を切り裂いていく。 すかさず敵勢に生じた傷を広げる様に、四王天政孝しおうてんまさたから残りの丹波衆が攻勢を掛ける。 無論、杉原元盛も並の将ではない。 損害を受けつつも軍勢を掌握し、反撃すら行って見せていた。

 しかし、先手を取られた影響は大きい。 しかも駆け抜けた丹波の四鬼が馬首を返し、またしても攻勢を仕掛けてきた。 十全な状態ならば、まだ耐える事ができただろう。 しかしながら、中途半端な状態では如何いかな杉原元盛とて受け止めきる事は出来なかった。

 そこに生じた隙に付け込み、波多野秀治は全軍による攻勢を仕掛ける。 これが致命傷となり、杉原元盛の軍勢は敗走を始めたのだった。

 すると波多野秀治は、即座に追撃に入る。 撤退に当たっては、杉原元盛が自ら兵を率いて殿しんがりを務めていた事もあって壊滅の憂き目こそ免れている。 しかし引き換えに、杉原元盛自身は軽くはない傷を負ってしまっていた。

 それでも何とか居城の神辺城へと辿り着けたが、本人の怪我もあって出陣などもう無理である。 それは、共に軍勢を構成した国人達も同様である。 結果、先の敗戦もあって彼らは城に籠るより他なかった。

 こうして増援部隊を抑えつける事に成功すると、義頼は敢えて敵味方に分かる様に情報を流す。 この報せにより永原重虎率いる軍勢は勢いを盛り返し、引き換えに福原貞俊率いる軍勢は士気を大きく落とす事となる。 こうなってくると、的場山城にて防衛する事が難しくなってきた。

 そこで福原貞俊は、軍の立て直しを兼ねて一旦後方に退く事を模索し始める。 だが、事はそう簡単ではない。 何とか城を包囲される事は押し止めているとは言え、永原重虎率いる軍勢が直ぐ近くにいるのだ。 毛利勢が円滑に後方へ退く為には、の軍勢を押し止めておかねばならない。 しかしそれは、事実上囮として犠牲になれと言うに等しかった。

 しかしながら、この犠牲はどうしても必要である。 そうでなければ、追撃により要らぬ犠牲を負いかねないからだ。 ゆえに、選ばなければならない。 そしてそれは、備後国における防衛戦の大将である福原貞俊の役目であった。

 だが、その悩みはそう長くは続かないで済む。 と言うのも、自ら名乗り出た者が居たからだ。 福原貞俊がどうしたものかと悩んでいる最中に、面会を求めてきた者が居る。 その者が名乗り出た者であり、それは山内隆通だった。


「誠にそなたらが残ると、そう言うのか」

「はい。 せいぜい時間ときを稼いで見せまする。 その隙に内蔵人(福原貞俊)様は、軍勢と共に後方へお退きください」


 山内隆通も自身が毛利家より織田家に移るに当たり、現状において最大の手土産となるのが福原貞俊の身柄である事は十分に分かっている。 だが例えそうであったとしても今まで毛利家に世話になった手前、自身の手で彼を捕らえるなどと言った事はしたくはないと言う思いがあった。

 すると山内隆通は、自らが囮となり的場山城へ残る事で毛利家に対する返礼代わりにと考えたのである。 だが同時に六角家、ひいては織田家に対して筋を通す必要もあった。 理由の如何いかんに寄らず、今後は味方となる相手である。 最初から情報の出し惜しみなどしては、以降は冷や飯ぐらいどころか何かのついでに粛清されるかも知れなくなるからだ。

 故に彼は、福原貞俊の行う撤退の用意がある程度まで整った頃に情報を流す事にする。 いささか矛盾する動きなのは理解しているが、それでも今の彼にできるせめてもの動きだと考えていた。 

 またこの動きには、合法的に降伏する上での大義名分代わりになると言う打算が働いてもいる。 囮と言う状況を敢えて受け入れる事で、敵へ降伏するも止む無しと言う思いを毛利家側に持たせる事ができる。 つまり、降伏は致し方ない事態であると敵味方問わずに思わせられるのだ。

 また義頼側にも、多少なりとも利点はあると言える。 既に内通している山内隆通率いる一党が城に残り防衛するという事は、兵を損耗せずに的場山城を落とせるという事になる。 それは杉原元盛の軍勢を打ち破った事と相まって、備後国の東側を抑える一助になるのは間違いないのだ。

 そして毛利勢が備後国の西側へ退いた以上、備後国の東側における影響力は下がる。 しかも義頼の軍勢が備後国国人筆頭家とも言える杉原家の軍勢も破っている事をかんがみれば、相対的に織田家の影響力が上がるのは間違いないからだった。


「……済まぬ。 そなたの忠誠は、きっと忘れぬ」

「…………いえ。 それよりも、お早く。 何時いつ敵が来るとも分かりませぬ故」

「そうだな。 では後を頼んだ」

「はっ」


 それから福原貞俊は、急ぎ的場山城から撤退する準備を始める。 同時に城へと残る山内隆通らに指示を出して軍勢を整えさせる準備を始める事で、自身の撤退を敵の目から隠そうとした。 しかしながらその用意は、結果として無駄に終わったと言えるだろう。 なぜならば山内隆通が離反していたという事もあるが、何よりこの福原貞俊の撤退が義頼の巡らした監視網に引っ掛かってしまったからだった。

 如何いかに山内隆通が毛利家より離反して味方になると約定したとはいえ、つい最近まで敵であったことに変わりはない。 その辺りの警戒も兼ねて情報収集を行っていた事は前述したが、その監視の網によって的場山城の動きが判明したからである。 だが、その動きが少々おかしい。 城に居る毛利勢が兵を整えている事自体に間違いないのだが、その動きが統一されている様に見えないのだ。

 その様は、別々の動きが城の中で行われているのではないかと思われてしまう。 その時、報告を受けた沼田祐光ぬまたすけみつの脳裏によぎったのは、山内隆通の毛利家からの離反が福原貞俊に気付かれたのではないかという事であった。

 そこで更に毛利勢の動向を探ったのだが、動きが違うだけでお互いが警戒しているようには見えないと言う情報が齎されるに当たり彼は眉を顰めたのだ。 とは言え、敵に動きがある事自体は間違いない。 頭の中で思案しつつも沼田祐光は、義頼らへ報告したのだった。



「で一体全体、的場山城で何が起きているのだ祐光」

「……そうですな……状況からかんがみるに、撤収が考えられます。 その一方で、山内隆通を筆頭とする者達が残ると思われます。 これは恐らくですが、新左衛門尉(山内隆通)殿が殿しんがりとなったと言う感じなのですが……それにしては彼よりの報せがないのです」


 毛利家より離反しているのだから、その動きを知らせてくるのが筋と言う物である。 それがないという事は山内隆通ら内通が毛利家側に判明してしまい動きが取れない、若しくは織田家に付く事をひるがえしたのかのどちらかという事になる。 前者であれば致し方ないが、万が一にも後者であれば許し難い二重の裏切りと言えた。

 それはそれとして警戒すべき事であるが、何より先ずは目の前で起きている事態に対処せねばならない。 そこで義頼は、的場山城を包囲を目指している永原重虎らに援軍を送り増援とする。 その上で、城攻めを前倒しするかそれとも予定通りに行うかを沼田祐光へと問い掛けた。

 すると彼は、城攻めの前倒しを提案する。 山内隆通の動向がやや不明瞭となっている以上、彼とその一党を当てにはできないからだ。 若し下手に毛利勢の撤退を円満な形で成功されては、折角落とさせた士気を上げる事となってしまう。 その前に、城攻めへと移行してしまう方がましだと考えたのだ。

 それに万が一にも毛利勢の撤退が成功したとしても、負け戦の末に成された撤退と十全な力を持って成された撤退とでは備後国国人に対する影響が違ってくる。 少しでも味方が優位となる為には、毛利勢に負けて貰うのが一番だからだ。


「つまり 上野之助(沼田祐光)殿は、新左衛門尉殿がもう味方とは考えないという事だな」

「ええ、兵部少輔(馬淵建綱まぶちたてつな)様。 その様に考えた方が、安全かと」

「祐光。 俺はまだそう判断するには、早い気がするがな」

「もしかしたら、殿の言われる通りかもしれません。 ですが、最悪の事態に陥るのは避けたいのです」


 沼田祐光の中でも山内隆通が再度毛利家に付いたのか、それとも別の事情があっての事なのか判別しきれていないのだ。 そこで彼は、初めから味方でないとした上での行動を提示したと言う訳である。 味方として考えるから難しくなるのであり、彼らの存在を考慮しないとして動き方を考えればそこまで難しい訳ではないのだ。

 正直に言えば、早計だと義頼は考えている。 だからと言って現実に毛利勢が動きを見せている以上、手をこまねいている訳にも行かない。 完全に納得した訳ではなかったが、義頼は沼田祐光の提言を採用する事にしたのだった。

 こうして方針が決まれば、もう躊躇いはしない。 義頼は、直ぐに援軍を用意させたのである。 援軍を率いるのは、義息の井伊頼直いいよりなおとした。 そして補佐には、本多正重ほんだまさしげ藤堂虎高とうどうとらたかと言った経験豊富な将を付ける。 更に兵だが、大和衆と播磨衆を中心に編成させる事とした。


「これでいい「申し訳ありません」な……何だ」

「新左衛門尉様からの報せにございます」


 何とも言えない時に来た報せに、思わず義頼らは目を合わせてしまう。 それから苦笑を浮かべた義頼は、届いたと言う報せに目を通す。 書状の形で届けられた報せの中身は、中々に無視できないものだった。

 それはそうだろう。

 そこに記されていたのは、福原貞俊の撤退と彼が退く予定と思われる城の名が記されていたからである。 但しその周辺にも城が複数あり、必ずしもその名が記された城に退くとは断定できないとも書かれていた。 

 なおこれは山内隆通が情報を隠した訳ではなく、福原貞俊が明かさなかった為である。 囮として残る事になる山内隆通らだが、恐らく最終的には降伏すると福原貞俊は考えていたからである。 そこで敵に情報を少しでも漏らさない為に、敢えて情報を隠匿したのだった。

 話を戻し書状を読んだ義頼だったが、書状をその場で公開する。 その上で、彼は信じていいとの見解を出した。 その一方で沼田祐光だったが、彼は山内隆通の書状とおのれにまで上がってきている的場山城の情勢について熟考する。 慎重に精査した結果、彼が導き出した答えは義頼と同じく信じていいと言う物である。 前言を翻すようではあるが、的場山城の動きから推察すればそう判断せざるを得ないのだ。

 しかしそうは言っても、まだ完全に怪しさを払拭ふっしょくできない。 そこで、裏切りがあろうとなかろうとどちらでも対応できる様にと、沼田祐光自身が同行する事にした。

 義頼の周りには、本多正信ほんだまさのぶや武藤昌幸、沼田祐光や小寺孝隆こでらよしたかと言った者達に比べれば落ちるとしても、充分に知恵者と呼べるだろう者達もいる。 義頼が友と言ってはばからない長岡藤孝ながおかふじたかや、義頼の右腕である馬淵建綱まぶちたてつななどがそれに該当した。

 更に言えば、義頼だけであったとしてもそうは問題はないだろう。 どちらかと言えば武に長ける義頼だが、いわゆる猪武者ではない。 傅役もりやくだった蒲生定秀がもうさだひでや馬淵建綱の補佐が若き頃から例えあったとは言え、戦上手と呼ばれた事は伊達ではないのだ。  


「分かった。 そなたに任せるぞ」

「御意」


 こうして沼田祐光も同行する事となった援軍は、用意が整い次第すぐに出立する事となる。 また義頼も動き、彼は永原重虎に対して急ぎ的場山城へ攻める旨を子飼いの忍びである鵜飼孫六うかいまごろくにて伝えさせた。

 彼は永原重虎らに会うと、口答にて何ゆえにその様な命を出したかの理由を話す。 要は最早援軍ではなく、別動隊となった井伊頼直率いる軍勢が、撤退を行おうとしている福原貞俊の行動を妨害する為の物であったのだ。

 城を攻める事で時間を無駄に使わせ、その隙に沼田祐光が予想した場所に軍勢を展開しておく。 そして、頃合いを見計らって攻め手を緩めるのだ。 これは不審に思われないよう、日没を利用してもいいだろう。 そうなれば好機として、福原貞俊は城を出る事は請け合いだからだ。


「……分かりましたと、殿へ伝えてくれ」

「はっ」


 返事と共に鵜飼孫六が消えると、永原重虎は早速動き始める。 ゆるゆると進めていた城の包囲を一気に進め、同時に城攻めを開始したのだ。 その動きに、的場山城側も即座に対応する。 彼らも兵を整えていたので、速やかに行えたのだ。

 これにより急遽始まった城攻めだが、どちらの勢力もすでに対応整えていた状態だったので、一進一退いっしんいったいとなり日没を迎えてしまった。 元々の考えでもあるし、何より同士討ちは御免である。 永原重虎は、城攻めを止めると夜襲に対する警戒を行った。

 すると福原貞俊は、城に残る山内隆通らは別として撤退についてくる兵達には暫し休憩を与える。 これから、夜陰の中の行軍を行う訳である。 疲れから、何か良からぬ事態を招いても面白くない。 その可能性を少しでも下げる為、暫しの休憩をしたのだ。

 およそ一刻ほど休んだ福原貞俊は、夜の闇に紛れて的場山城の搦め手より落ち延びていく。 これは敢えて永原重虎が、警戒を薄くした為に問題なく成功した。 その事で逆に福原貞俊は眉を顰めたが、成功自体は悪い事ではないので敢えて目を瞑る。 だが彼の胸の内には、漠然とした不安の様な物が広がっていた。


「敵襲ーー!」

「何だとっ!!」


 それから暫く月明かりを頼りに進んでいた福原貞俊の軍勢だったが、突然味方から警戒の声が上がる。 思わず誰何したが、それに答えた者はいない。 代わりに聞こえてきたのは、「ザァ」と言う音である。 そしてその音は、彼の人生において散々戦場で聞いた矢音であった。

 福原貞俊は警戒の声を上げると同時に、ほぼ咄嗟の判断で臥せる。 次の瞬間には矢の降り注ぐ音が聞こえたかと思ったその直後、味方の悲鳴が辺りに響き渡ったのだった。

 何ゆえに此処ここに敵がいたのかは分からないが、その様な事は後で考えればいい。 福原貞俊は即座に迎撃の準備を整える様にと指示を出す。 だが伝令が出て行くのと、井伊頼直率いる別動隊が襲い掛ったのはほぼ同時であった。 完全に機先を制されてしまった福原貞俊だったが、彼が率いているのは毛利直臣を中心とした軍勢である。 そんな彼らを中心に、迎撃はかろうじて成功した。

 とは言え機先を制されている以上、劣勢となるのは否めない。 福原貞俊の軍勢はじりじりと押し込まれていった。



 押し込まれながらも中々に崩れない敵勢に、流石は福原貞俊率いる毛利直臣の兵だと沼田祐光は感心する。 だが、この場所を戦場にと決めたのはその沼田祐光である。 辺りの地理は十分把握していたし、何より夜襲をする備えは万全だった。 彼は井伊頼直に進言して、兵を展開した時点で二つの事を進めている。 一つは同士討ちを避ける為の目印を身に着けさせる事、そしてもう一つは夜襲を行うに当たって兵に敢えて目隠しをさせて暗さに目を慣れさせていたのだ。 これにより夜襲を行っている六角家の兵は、昼並みとは言わないがそれでも毛利家の兵などより素早く動けている。 幾ら月明かりがあろうとも、夜は夜なのである。 しかも、月は満月などではない。 六角家の兵の動きが毛利家の兵より動きが良いなど、自明の理であった。


「遠江介(井伊頼直)様。 押し時です」

「分かっている。 押せ、押しまくれ!」


 井伊頼直の号令により更に旗下の兵が攻勢を更に強める。 するとまだ混乱より抜け出していなかった備後国国人の兵より、逃亡者が出始めた。 すると一人、また一人と戦場より兵が離脱し始める。 流石に毛利直臣と言っていい上原元将や毛利家直臣の長屋就安ながやなりやすらに率いられた兵は踏みとどまっていたが、それでも毛利勢に動揺は広がってしまう。 そんな敵の状況に、本多正重や藤堂虎高と言った経験豊富な将は気付く。 すると彼らは井伊頼直の元に伝令を走らせると、一気に旗下の兵による総攻めに転じていた。

 その動きに引きずられる様に、他の兵も動き始める。 そんな味方の動きに驚いた井伊頼直らだったが、直後に伝令が到着しその報告から原因を理解する。 ある意味で独断専行どくだんせんこうな動きであるが、まだ若い井伊頼直にはこういった戦場の機微きびの様な物はまだ理解できなかった。


「祐光殿、どうすればいい」 

「戦には、機と言う物があります。 今がその時かと」

「つまりは、総攻撃と言うことか」

「はい」

 

 沼田祐光の返事に、井伊頼直は頷き返す。 そして彼は、刀を抜くと振り下ろし総攻撃を指示した。 これが決め手となり、戦の趨勢が決まる。 毛利勢に押し返すだけの余力はなく、福原貞俊の軍勢は井伊頼直の軍勢に敗れたのだ。

 なおこの戦の結果、福原貞俊は捕らえられてしまう。 また、幾人かの備後国国人は討ち死にしている。 そして、前述した上原元将や彼と親しかった湯浅将宗などは討ち死にしてしまったのだった。





 こうして、話は冒頭へと戻る。

 以上の様な顛末もあり、山内隆通ら内通していた者達が正式に帰順したにも係わらず一部の六角家臣から微妙な雰囲気が醸し出されると言う事態となってしまったのだ。

 因みに井伊頼直の率いる別動隊に敗れた福原貞俊率いる毛利勢だが、一部の者達は戦場より離脱に成功している。 彼らは毛利直臣の長屋就安ながやなりやすに率いられ、何とか当初予定していた撤退先の城へと逃げ延びていたのであった。

備後国防衛の毛利家大将が捕らえられてしまいました。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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