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第二百十八話~足守川の戦い~

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第二百十八話~足守川の戦い~



 毛利家の外交僧である安国寺恵瓊あんこくじえけいを毛利家へと送り返した義頼は、じっと備中高松城を遮っている堤を眺める。 そして頭の中で、どの様にして堤を壊してしまうかを模索していた。

 無論、大砲を使ってと言う考えに変わりはない。 義頼が戦場を眺めつつ考えていたのは、何処どこに大砲を据えればいいのかという事であった。

 ある程度の精密さを追求すると、どうしても近づかざるを得なくなる。 しかし今回の場合、数を投入して大体の方向を合わせればそれで済む話となる。 多少のばらつきを飲み込んだ上で大砲を据えるのに決めた場所、それは足守川沿いだった。

 この足守川の水が高松城を水没させてると言うのも皮肉な話であるが、新型となる口径が小さい大砲の射程を考慮すると丁度いいのである。 今となっては旧型となった従来の大砲と共に、義頼は川沿いに大砲を据える様にと指示を出す。 その命を受け、鉄砲奉行の杉谷善住坊すぎたにぜんじゅぼうらが最善の位置へと大砲を据えていく。 無論、その周りには兵が多数配置され、大砲は彼らによって守られていた。

 当然ながら、その姿は毛利勢より確認できる。 報告を受けた小早川隆景こばやかわたかかげは、毛利輝元もうりてるもとにすぐさま出陣の進言を行った。 如何いかにも急な話であり、毛利輝元は狼狽とまでは行かなくても泡を喰ってしまう。 すると小早川隆景は、自身だけでも出陣すると言い出した。

 此処ここまで言われては、毛利輝元も折れざるを得ない。 彼は許可を出すと同時に、率いる将については小早川隆景に一任したのだった。

 さて、何ゆえに小早川隆景は出陣に拘ったのか。 それは、二つの思惑が原因であった。

 一つは、大砲の厄介さからである。 六角勢の思惑は分からないが、大砲と言う代物が邪魔である事に間違いはない。 早々に戦場から、排除したかったのだ。

 そしてもう一つだが、出来ればと言う前提が伴うがそれでも中々に大胆な考えに基づいている。 その考えとは、大砲の鹵獲ろかくであった。 毛利家でも大砲の研究は進めているのだが、いわゆる仏狼機フランキ砲の性能を大きく超える様な大砲は存在していない。 はっきり言えば、その様な大砲を日の本で所有しているのは織田家しかないと言うのが実情なのだ。

 その様な情勢であるが故に、小早川隆景は鹵獲をも試みようと考えたのである。 実際に動く大砲が戦場にはある、それを鹵獲できれば味方の戦力増強にも近づく。 何より、暗中模索あんちゅうもさく苦心惨憺くしんさんたんたる大砲の研究が進むだろうと見込まれる。 多少の危険を飲み込んでも、行う価値は十分にあった。

 とは言え、相手は既に実践している織田家である。 鹵獲に、そこまで傾注するつもりはなかった。 あくまでできればの話であり、当初の目的が戦場からの排除である事に変わりはなかった。

 そして義頼はと言うと、慌てる事なく軍勢の展開を推し進めている。 同時に大型の大砲の標準を、堤から毛利勢へと変えている。 はっきり言って、堤の破壊など敵さえいなければ何時いつでもできからだ。 それから程なくして、味方の展開を終える。 その頃には、毛利勢も義頼の軍勢に向かってき始めていた。

 すると義頼は、黙って軍配を振り下ろす。 次の瞬間、大砲が一斉に火を噴いた。 その轟音と振動は凄まじく、義頼と幾度かの会戦もあって大砲に慣れ始めていた毛利勢であっても思わず躊躇わせてしまう物であった。

 しかして次の瞬間、毛利勢に大砲の弾が襲い掛る。 その砲弾が人でも地面でも、兎に角着弾すると炸裂していく。 周囲に破裂した砲弾の欠片かけらによって毛利兵が傷を負って行った。

 そしてこれには、小早川隆景も面を喰らう。 今まで、砲弾が着弾後に破裂するなどなかったからである。 だが何時いつまでも我を失う程、彼は愚将ではない。 直ぐに意識を切り替えると小早川隆景は、次の砲弾が撃たれる前に少しでも近づかせるべく味方を鼓舞した。

 だが此処ここでも、彼にとって予想外の出来事が襲い来る。 それは大きさが従来の物より小さいだろうと思われる大砲から、小早川隆景が想定したよりも早く次弾が放たれたのだ。 この砲弾も、着弾すると片っ端から破裂していく。 その為か、大砲を攻略させるべく向かわせた中央の軍勢の動きがあからさまに悪い。 それに引き換え、軍勢の両翼は順調に進軍している。 端から見ると、囲む対象が居ないのに鶴翼の陣を展開している様な状態になってしまった。

 そんな毛利勢の両翼に対して、大砲群の両脇に配置された六角勢より火縄銃による銃撃と弓による射撃が行われる。 なまじ突出してしまっただけに、彼らは敵より集中的に狙われてしまった。 こうなってしまっては、両翼は混乱を来してしまう。 そこで小早川隆景は、遅れた味方の中央部隊を前へと進撃させた。

 これで歪となってしまった味方の軍勢を整えさせようと画策したのだが、そこで口径の大きい従来の大砲が再度火を噴いた。 その砲撃に続く形で、口径の小さい大砲より砲弾が吐き出される。 口径が大きい大砲より放たれた砲弾も、口径の小さい方の砲弾も、先程と同じく毛利勢に降り注ぎ着弾と共に破裂させ当たりに欠片を撒き散らしていた。

 毛利勢も炮烙玉を使用し攻撃を行うからか、他家の軍勢よりこういった現象には慣れている。 それであるが故に、新型の砲弾に晒されていても瓦解するまでは至っていない。 とは言え、義頼の軍勢より放たれる砲弾の射程は長い。 近づくにも一苦労であり、しかも事前の予想よりはるかに短い間隔で砲弾を吐き出す新型の砲撃も受けているのだ。

 最早、事前の想定など完全に瓦解していると言っていい。 砲撃の轟音で、馬も使えないと言うのもこの事態に拍車を掛けていた。

 それでも小早川隆景は、軍勢を押し出し続ける。 此処で下手に退けば、味方の損害はさらに大きくなる。 ならば一刻も早く敵へと取り付き、乱戦に持ち込んだ方がましだと判断したのだ。

 だがそう易々と、実行させる義頼でもない。 彼は、即座に次の命を出す。 先ずは鉄砲騎馬隊による、突出した毛利勢両翼に対する攻勢である。 その隙に足軽部隊を前進させ、毛利勢の両翼を牽制して迂闊に動けなくした。

 同時に鉄砲奉行の杉谷善住坊すぎたにぜんじゅぼうや弓奉行の吉田重高よしだしげたからに命を出して、今は砲撃に晒されている敵が進撃してくるであろう中央付近へ火縄銃や弓の標準を向けさせる。 それは丁度、火縄銃や弓の射線が斜めに交差する様にしたのである。 これは現状の様に、味方が前線にいない状況下でしか出来ない。 もし味方が戦場に出ていては、間違いなく大量に誤射してしまうからだ。

 すると程なく、遅れがちであった毛利勢の中央部隊が近づいてくる。 幾ら口径が小さい大砲がより大型の大砲より素早く次弾を放てると言っても、砲弾を放つ時間を短縮するにはやはり限界がある。 その隙を突く形で毛利勢は、少なくはない犠牲を対価として何とか近づけたと言う訳である。 しかしそこで彼らは、火縄銃と弓による射撃の集中砲火を受ける事となった。

 それは毛利勢の左右斜め前より数に物を言わせた大量の射撃であり、文字通り弾丸と矢の雨あられである。 なまじ正面ではなく、斜め前からの銃撃や射撃である事もあって盾などで防ぐ事も難しい。 何せもし一方を抑えたとても、逆側からの射撃や狙撃があるのだ。 その為、彼らは反撃のいとますらもなく、次々と鉛玉と矢を強制的に味あわされていた。

 そこにきて、またしても大砲から砲弾が襲い掛ってくる。 しかもその砲弾は炸裂弾でも通常弾でもなく、嘗て近接した場合の対人用に開発された散砲弾さんほうだんである。 鉛玉と矢により強制的に足止めされたところにきてのこの一撃は、近づきさえすれば何とかなると言う考えのもとでかろうじて繋ぎ止めていた毛利勢の士気に大きなくさびとなって突き刺さって行った。

 流石の毛利勢と言えど、こうなっては士気を保つのは難しい。 一人、また一人と櫛の歯が抜ける様に戦場より逃げ出し始めた。 これでは、幾ら小早川隆景と言えども対処など無理である。 致し方なしと彼は、唇を噛みしめて悔しさを滲ませながらも全軍に戦場よりの撤退を命じた。

 すると、不思議なくらい速やかに毛利勢は後方にあるそれぞれの将の陣へと撤収を始める。 その敵勢に対して義頼は、口径の小さい大砲と火縄銃、そして弓による追撃を命じたが足軽には追撃を許さない。 これは深追いを防ぐ為であり、同時に本来の目的を速やかに実行へと移す為でもあった。


「善住坊に命じ、堤への攻撃をさせよ」

「はっ」


 この命ののち、唯一、追撃の為の攻勢を行わなかった火力である口径の大きい大砲による堤への攻撃が行われた。 砲弾は全て炸裂弾であり、しかも従来の丸い砲弾より命中精度を高めた有翼砲弾ゆうよくほうだんである。 多少のばらつきは出ても、従来に比べればはるかに狭い範囲内で着弾し破裂していった。

 これは攻撃対象が固定物であり、しかも距離が短いので起きた事である。 もし狙いが動く対象であれば、幾ら火砲に習熟した六角勢と言えども此処ここまでの精度を出す事はかなり難しかった。

 それはそれとして、大砲からは次々と砲弾が吐き出されている。 勿論、間断なくと言うのは無理だが、できうるだけ早く砲弾を打ち出していた。 前述した通り戦場より毛利勢は撤退を行っているので、邪魔らしい邪魔も入らなかった。 最も、邪魔に入ろうものなら、即座に他の火力や弓による牽制もあるので毛利勢が介入するのも難しい。 毛利勢の大将である毛利輝元もそして小早川隆景も、臍を噛む思いで砲撃に晒される堤を見ているしかできなかった。

 何せ修築の為と下手に堤へ近づけば、まとめて吹き飛ばされるのは必定である。 勿論、頑丈にと作らせてはいる。 実際、通常堤を造る際より多くの土を投入して作られているのだ。 しかし、こう次から次へと砲弾を叩き込まれてはそう遠くないうちに決壊するのは間違いなかった。

 やがて、その思いを証明するかの様に堤にひびが入り始める。 そうなると、今まで砲撃に晒されながらも何とか形を維持していた堤のあちこちに割れ目が発生したのである。 その瞬間、小早川隆景の視界にはまだ逃げている味方の兵が写った。

 その直後、彼は今更に気付く。 このままでは、味方が溢れ出す水に飲み込まれてしまう事に。 すると小早川隆景は、急いで高台へ逃げる様にと追加の指示を出す。 だが、いささかに遅い命である。 そしてついに、堤から水が漏れ始めると一気に崩壊が始まった。

 文字通り、堰を切ったように堤の内側で備中高松城を水没させていた水が勢いよく流れ出す。 そしてそれは、小早川隆景の策である水攻めが、瓦解した瞬間である。 同時に、逃げ遅れた味方が水に飲まれる開始の合図であった。

 まだ戦場より逃げ切っていない味方の兵が、堤より溢れ出た濁流に飲み込まれていく。 全てではないにしろ毛利兵を飲み込んだ濁流は、足守川に流れ込むとそのまま下流目掛けて下って行く。 この事態に、小早川隆景も毛利輝元も負けを認めざるを得なかった。


「叔父上、これではもう……」

「分かっております、殿…………一先ず、撤退致しましょう」


 小早川隆景の言葉が決め手となり、毛利勢の撤退が決まる。 つい先日まで意気揚々と備中高松城を追い詰めていた軍勢とは思えない程、士気は沈降していた。

 しかしその中で、小早川隆景の目は厳しく義頼が居る筈の敵本陣がある日差山を見る。 その目には、周りの毛利勢とは違い力強さがあった。


六角義頼ろっかくよしより。 我もただでは退かぬ。 相応には、損害を被って貰うぞ」


 そう独白した後、小早川隆景は馬の手綱を操作する。 それに従い、彼の乗る馬も動き始めたのだった。

 何であれ小早川隆景が地形や気候までも考慮して建てた渾身の策であった水攻めを、半ば力押しで破った義頼。 彼は意気消沈いきしょうちんしながらも粛々と北へと退いて行く毛利勢を、じっと見続けていた。 本来であれば追撃を行いたいが、足守川の向こうは一面水浸しであり、半ば泥の海と化している。 とてもではないが、追撃に移れる状態ではなかったのだ。

 この事態も、もしかしたら小早川隆景の策ではないかと疑えるぐらいの状況となっている。 備中高松城に籠る三村勢を助ける為であったので、堤を壊すの必死であった。 しかしながら、この状況は想定していなかったのである。 仕方ないとは言え、それでも見逃さざるを得ない事態は口惜しいものがあった。

 因みに小早川隆景の策だと疑った義頼の考えは、実のところ正鵠せいこくを得ている。 もし撤退すると言う事態になったら、毛利家は堰を切るつもりだったのだ。 奇しくもその状況となった事もあって、毛利輝元や小早川隆景は撤退と言う判断をしたのである。

 それはそれとして、毛利勢が北へと撤退してる様を見つつも手は打っている。 先ずは、備中高松城の様子を確認せねばならない。 義頼は旗下の忍び衆を派遣して、籠城中の三村元親みむらもとちかと毛利家支配時代は備中高松城城代を務めていた清水宗治しみずむねはるへ繋ぎを付ける。 同時に毛利勢の動向を把握する為、此方こちらにも忍び衆を派遣したのであった。



 さて、話を少し巻き戻す。 それは、義頼の軍勢が鴨庄城へと到達した直後の事であった。 

 義頼は、この後に出陣して毛利勢と対峙した訳だが、その前に備中高松城に籠る三村元親や清水宗治と清水宗知しみずむねともの兄弟を筆頭とする備中勢に対して秘かに繋ぎを取っていた。

 既に大砲を使用し堤を破壊する事は軍勢と共にいる味方に伝えていたが、当然ながら備中高松城に籠る彼らが知るよしもない。 そこで、救援が到達した事と大砲による堤の破壊を伝えるべく忍びによる密使を派遣したのだった。


「そうですか……左衛門督(六角義頼)様が……」

「はい。 また戦の際には、大砲を使用します」

「分かりました。 我らは最後の踏ん張りを行いましょう」


 こうして派遣された密使は、毛利勢に見つからない様にと細心の注意を払いながら何とか三村元親らの接触に成功したのであった。

 当然ながら、この報せは籠城している味方の士気の鼓舞こぶにも繋がる。 水攻めによってどん底近くにまで落ちていた三村勢の士気であったが、その士気も回復する。 完全回復とまでは行かなかったが、それでもつい先ほどまでとは雲泥の差であった。

 それから数日を経てして、敵である毛利勢に動きが見える。 その動きに、いよいよ始まるのかと籠城する三村勢は戦の始まりを予感する。 その予測は違える事なく、義頼率いる織田家の軍勢と毛利輝元率いる毛利家の軍勢は激突した。

 その戦については前述した通りであり、今更言及はしない。 それよりも籠城している彼らに取って最重要事項は、堤の破壊でありそして水が引く事にある。 それが何時いつになるのかと、彼らは固唾を飲んで堤により見えない戦場を見続けていたのであった。

 やがて、一旦途絶えていた大砲による砲撃音が聞こえてくる。 そればかりではなく、堤の辺りより幾つもの土煙や何かが破裂でもしているかの様な轟音が備中高松城にも聞こえてくる。 様子が分からない籠城勢は、やや不安気に堤をじっと見ていた。

 そして、いよいよ堤が決壊する。 距離があったとは言え、備中高松城からも確認できる。 すると、誰からともなく歓声が上がる。 それは一気に高松城内へと伝播し、あちこちより声が上がる。 その歓声は、水攻めの水が流れ始めると最高潮を迎えたのだった。

 その興奮が一旦の収まりを見せた頃、義頼の派遣した忍びが備中高松城へと到着する。 以前に接触させた者を派遣した事もあって、直ぐに使者は面会を果たす。 そこで戦の経緯などについての詳細が、三村元親らに告げられた。 これにより漸く水攻めより解放されたと実感した彼らは、先程までと違い喜びよりも安堵の表情を浮かべていた。

 それぐらい彼らは、毛利勢に追い詰められていたのである。 もし義頼が現れるのが半月でも遅れていれば、三村元親らは降伏していたであろう。 正に寸でのところでの、救援劇であったのだった。


「して、左衛門督様は何時頃、現れまするか」

「それはやはり、水が引き次第となりましょう」


 まぁ、当然ではある。

 備中高松城は、そもそも周囲より低い位置に存在する城である。 しかも嘗ては、低湿地に囲まれていた。 攻め手は非常に限定されてしまうので、だからこそこの城は毛利勢の猛攻にも耐えたのである。 だが、その立地条件が小早川隆景の水攻めを生んだとも言えたのだ。

 その様な理由から、先ずは周囲が乾かねば動くのは難しい。 義頼が、撤退する毛利勢に対する追撃を行わなかった理由でもあるぐらいなのだ。 ただ、水自体は足守川に流れ込んでいるので心配をする必要がないのだけがせめてもの救いであった。

 こう言った理由もあり、義頼は本陣は動かさず引き続いて日差山に置いている。 そして一旦は足守川沿いに展開させた軍勢の本隊は移動させ、日差山の麓に布陣させていた。 備中高松城より退いた毛利勢は、殿しんがりかそれとも足止めか分からない者達を近在の城に入れている。 その数はそう多い訳でもないので、先ず攻めてくるとは考えずらかった。 そこで義頼は、一応の警戒をさせつつも辺りが乾くまで軍勢をを休ませる。 なお、勝利の宴会は備中高松城に入ってからとしていた。

 だが、これは後に早計であったと義頼は述懐じゅっかいしている。 確かに堤を壊された事で退いた毛利勢であったが、ただ退いた訳ではない。 小早川隆景は、これからの戦の事を考えて最大の邪魔となる大砲の排除を実行させていたのである。 彼は毛利家の忍び衆である外聞衆を秘かに残し、隙を伺っていたのだ。

 そして、備中高松城の開放によりいよいよ隙が生まれたと言う訳である。 それが行われたのは、義頼が備中高松城に入城した深夜である。 その日は、嘗ての約束通り勝利の宴が行われていた。 その宴会もごく自然に散会と言った流れとなり、義頼も用意された部屋にと戻っている。 そこで着替えようとした直後、突然騒がしくなる。 何事かと義頼は、直ぐに庭に出る。 すると間もなく、ある一角より火柱が上がった。

 それは丁度、大砲などを鎮座させている場所である。 そこで義頼は、もしかして誤って火薬にでも火が付いたのかと誰何すいかした。 だが、間もなく第二、第三の火柱が上がる。 その瞬間、義頼の表情が引き締まる。 幾ら何でも、次々と火柱が上がるのはおかしい。 そこで義頼は、敵の襲撃を予感したのである。 その時、近くに人が現れる。 警戒した義頼だったが、知っている気配でありその者に声を掛けた。


「何があった、孫六」

「申し訳ありません、殿。 敵の襲撃にございます」

「それは分かる。 相手は?」

「正確には分かりません」

「そうか……まぁ、いい。 輜重を最優先に確保させよ」

「大砲は宜しいのですか?」

「良くはないが、先ずは輜重だ。 この地は、未だ毛利の影響が大きい。 大砲などは、後でも補填できる。 だがしかし、この地で輜重が滞ってしまえば、我らの軍勢は敵によって溶けかねんぞ」

「し、承知」


 無論、大砲が減れば一時的でも補充できるまで侵攻は滞るかもしれない。 だがそうなったとしても、輜重さえ確保できていれば戦い方はある。 有り体に言えば、大砲が介在していなかった以前の戦い方に戻ってもいいのだ。 

 そんな事を考えつつも義頼は、消えた鵜飼孫六うかいまごろくが居た場所に視線を一瞬だけ向ける。 しかし直ぐに首を振ると、厳しい視線を火事が起きている方へと向けた。

 その途端、またしても火柱が上がる。 更には爆発音もあり、どうやら火薬にも火が付いた事に思い至る。 中々の手際だと感心すらしつつ、義頼は襲撃を掛けている相手が誰なのかをおおよそだが見当をつけた。

 幾ら撤退した毛利勢の動向を探らせる為に手薄になったとは言え、伊賀衆と甲賀衆の守りを突破する様な者がそうそういるとは思えない。 逆に言えば、それだけの者を抱えている家が何処どこかと考えれば大体の見当は付けられるのだ。


「やってくれたな毛利……いや、小早川隆景。 撤退する軍勢すらも、囮としたか」


 そう。

 小早川隆景は、撤退する毛利勢すら囮として義頼の忍びを引き付けて手薄にさせたのである。 その隙を突き、潜んでいた外聞衆が命がけの襲撃を敢行したと言うのが真相だった。

 そんな小早川隆景の思惑は一先ずおいておくとして、程なくしてこの場に大原義定おおはらよしさだ馬淵建綱まぶちたてつな。 永原重虎ながはらしげとら沼田祐光ぬまたすけみつと言った重臣は元より、長岡藤孝ながおかふじたか京極高吉きょうごくたかよしなども現れる。 義頼は彼らに対し、軍勢の掌握や輜重の確保。 並びに、不埒者ふらちものの襲撃者達の捕縛を命じたのであった。

備中高松城、救援攻防戦となります。

とは言え、中々に一筋縄とはいきません。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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