第二百十話~織田信忠付き忍び衆~
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第二百十話~織田信忠付き忍び衆~
話は、前線で義頼と柴田勝家がそれぞれ武田家の軍勢と干戈を交え始めた頃まで遡る。 完全に全ての目が織田と武田両軍勢の戦へと注がれている中、躑躅ヶ崎館より動き始めた集団があった。
そう多くはない数であったが、全員赤い鎧を身に着けている。 彼らは、小幡信貞率いる赤備えであった。 軍勢を率いる小幡信貞が上野国の国人である事から「上州の赤備え」とも呼ばれている彼らは、躑躅ヶ崎館を出ると戦場を大きく迂回する。 敵味方に気付かれない様にと、慎重に進軍していた。
兵数がそれ程多くない事もあってか、誰に気づかれる事もなく移動していた彼らの先に桝形に金の切裂の馬印が見えてくる。 これは、織田信忠の使用する馬印であった。
「殿。 どうやら気付かれてはいない模様です」
「うむ。 正に僥倖。 では、行くぞ信貞」
「応っ!!」
「突撃ー!!!」
武田信勝は、愛刀の甲斐国江を振りかざしながら突撃を命じた。
この刀は武田家に代々伝えられていた刀であり、まだ武田信玄が健在であった頃に譲り受けた名刀である。 以降、武田信勝は自身の愛刀としていたのだ。
そんな大切な愛刀を振りかざしながら、信勝も馬を駆けさせる。 最早彼らに隠す気などなく、ただ真っ直ぐに信忠の馬印目掛けて突き進んでいくのであった。
突然起きた鬨の声に、織田信忠のいる織田本陣に動揺が走った。
しかし彼らも、織田家当主である織田信忠付きの猛者である。 直ぐに気を取り直すと、警戒を露にする。 同時に理由を探るべく、斥候を周囲へ派遣した。 しかし彼らは、すぐに戻る事となる。 探るまでもなく、織田家本陣へと突き進んでくる一団が見えたからだ。 しかもその集団には、武田家の旗印も見えている。 これでは、間違い様もなかった。
敵の存在を確認した彼らは、すぐに本陣へと取って返す。 そして、主へ武田家の別動隊が迫っている事を報告した。 報せを受けた織田信忠は、すぐに迎撃の用意をさせる。 その命に従い、馬廻り衆や母衣衆が迎撃の準備を整える。 その時とほぼ同じくして、武田信勝と「上州の赤備え」が接敵した。
人数こそ多くはないが、武田家の誇る赤備えの一翼である「上州の赤備え」の中から更に選りすぐった者達で構成された彼らは数の劣勢などものともせずに押し込んでいく。 しかし、だからと言って簡単には抜けはしない。 信忠の周りに居る者達もまた、精鋭なのである。 赤備えの面々はその技量を、信忠の馬廻り衆や母衣衆はその数を前面に押し出して戦いを繰り広げて行った。
その様な中、武田信勝も甲斐国江を振るい突き進んでいく。 彼は周りに合わせ赤備えの鎧を着こんでいるので、目立つことはない。 その代わりに側近の土屋昌恒が信勝の鎧を着こんでおり、織田勢の耳目を自身に集めていた。
彼は獅子奮迅とも言える働きで織田勢に対しており、必然的に敵が集まる事となる。 その分だけ他の目が疎かになり、赤備えの恰好で参戦している信勝が動きやすくなっていた。
元々、武に秀でている男である。 相対する敵兵が少なければ、先ず打たれる様な事はない。 事実彼は、味方と共に迎撃している信忠の馬廻り衆や母衣衆の包囲を突き抜けていた。
そのお陰で、信勝の視界が広がる。 そんな彼の目に映ったのは、やはり護衛の者と思われる者達を従えた信忠の姿であった。 まさしく好機だと感じた信勝は、己が馬に活を入れると駆けさせる。 その彼に続いて、共に抜けた赤備えの者達もまた信勝に従った。
無論、その姿は信忠の側からも確認できる。 すると、守っている者達が迫りくる武田信勝らを迎撃した。 織田勢の大将の目前で始まる剣劇であるが、彼らは必死に守り何とか抜かれない様にと踏ん張る。 しかしそんな者達をも信勝は味方と共に抜き、いよいよ彼は大将同士の一騎打ちへと持ち込もうと刀を構えた。
標的とされた信忠と彼の近くに居る者達も刀を抜き、迎撃の態勢を整える。 その姿に不敵な笑みを浮かべた信勝は、今一度馬を駆けさせようとする。 しかしその時、彼の視界に何か光るものがいくつか見えた。
その瞬間、本能とも言える何かに従い彼は馬の手綱を引き絞る。 いきなりの事に馬は棹立ちとなるが、そのお陰で逆に光る物から逃れる事が出来た。
その後、いななき驚く愛馬を何とか宥めると、信勝は光ったと思える場所を見据える。 するとそこには、苦無や棒手裏剣を構えた者達が存在していた。 いや、そればかりではない。 何時の間にか、信忠の周りにも守る様に布陣しているのだ。
そして彼らは、通常よりいささか短い刀を構えている。 中には刀を持たずに、苦無や棒手裏剣を構ている者達もかなりの数居た。 何より総数で言えば、この場に居る味方より遥かに数が多い。 精鋭中の精鋭だとは言っても、いささか分が悪いと言えた。
何であれ信忠を守る様に、彼らが現れた事に間違いはない。 その事に、武田信勝は歯ぎしりをする。 今彼の周りにも、赤備えは居る。 だが先に述べた様に、数では劣っている。 これでは、接敵などかなり難しいのは自明の理である。 あと少しで逆転も可能と言う状態まで追い込みながら、突如覆させられたのだから悔しさも一入であった。
「そ、そなたたちは何者だっ!」
『……ゑ?』
織田信忠より発せられたその言葉に、思わず武田信勝もそして彼と共に敵の護衛を抜けていた小幡信貞ら赤備えの者達も不思議そうな声を上げた。
それも当然だろう。 信忠が誰何した者達は、全員が全員彼を守る様に展開しているのだ。 普通に考えれば、彼ら全てが信忠を守る者達である。 それであるにも拘らず、護衛対象であろう信忠が彼らに誰何しているのだ。 この状況で、不思議と思わない訳がない。 するとその中の一人、恐らく集団を率いる物だと思われる男がその疑問に返答した。
「参議(織田信忠)様。 我らは殿……左衛門督(六角義頼)様から、護衛を命じられた者にございます」
「何っ! 義頼だとっ!」
「はっ。 詳しい事は戦の後に左衛門督様よりお聞きください。 此処は我らがお守りします故、急ぎお退きいただきたく存じます」
「う、うむ。 して、そなたは何者だ」
「拙者は伊賀十二家が一家、滝野十郎吉政と申します」
「そうか、大儀。 恒興、元助っ! 退くぞ」
『御意』
今回の武田攻めに当たり織田信長からの命で信忠付きとなった池田恒興と彼の嫡子である池田元助に声を掛ける。 すると声を掛けられた二人を筆頭に、信忠の護衛をする者達は伊賀衆との間に入り主を守る様に動く。 そんな二人の動きなど全く気にせず、滝野吉政率いる伊賀衆は武田信勝らを牽制していた。
これにより困ったのが、武田勢である。 数の上では、完全に相手が上回っているのだ。 しかもそのうちの大半は、飛び道具持ちであると考えて間違いがない。 これでは、退いていく信忠らの追撃など無理であった。
「……これまでか……信貞! 血路を開いて脱するぞ!!」
「口惜しいですが、分かりました。 撤退する!」
小幡信貞がそう声を掛けると同時に、武田信勝を先頭に赤備えの者達が退き始める。 彼らは信勝と信貞を守る様にしつつ、二人の後を追った。
そんな赤備えに対し追撃を掛けようとした馬廻り衆や母衣衆であったが、頭を振って自重する。 確かに追撃を掛けたいところであるのだが、今は他に優先させるべき事がある。 言うまでもなくそれは、主の身の安否であった。
信忠は池田恒興と池田元助親子と共に退いたので、一応安心ではある。 しかし此処が戦場である以上、何が起きるか分からない。 早急に、行方を確認する必要があったのだ。
その様な中、織田信忠の馬廻り衆の一人である中島勝太が滝野吉政に声を掛ける。 彼は、嘗て織田信長に敵対した織田信清の家老であった中島豊後守の息子であった。 その中島豊後守だが、丹羽長秀に調略されると、同じく家老であった和田定利と共に信長の兵を引き入れて戦を決定付けている。 以降は信長に仕えていたが、信忠が織田家の家督を継いだ頃から信長の命により信忠付きの将となっている。 すると彼は、嫡子の勝太を信忠の馬廻り衆として仕えさせたのであった。
「そなた、滝野……と申したな。 伊賀衆とも左衛門督様の家臣とも申したな」
「はっ。 我が主の命により、陰ながら参議様をお守り致しておりました」
「なるほど。 では、殿の行方も分かるか」
「はい。 先程連絡の者が戻り、どうやら一条小山城へお入りになる様にございます」
義頼によって落とされた一条小山城は、今回の戦に当たって後陣とされていた。
その一条小山城へ撤退と言うのは、至極まっとうな判断である。 実際、もし己が信忠と共に退けば、同様に進言するからだ。
その後、彼らは一旦味方を集結させる。 それから更に後方へ退くかその場に留まり続けるかの判断を、信忠に仰ぐ旨を伝えた。 そしてそれは他の馬廻り衆や母衣衆も同じであるらしく、勝太同様に納得顔をしている。 彼らはお互いに頷き合うと、撤退した信忠の後を追い掛け一条小山城へと進路を取るのであった。
その一方で、何とか退いた武田信勝はと言うと一度赤備えを集結させている。 そこで彼は赤備えを纏める小幡信貞や、主の身代わりとなって獅子奮迅の働きをしていた土屋昌恒、更には武田信勝と同様に赤備えの恰好をして紛れていた武藤昌幸などの安否を確認する。 すると幸いな事に、誰もが顔を揃えていた。
多少の怪我を負った様子ではあるが、誰一人として致命傷を負ったようには見えない。 その事に信勝は、先ず安堵していた。 それから彼は、未だに前線で戦っている山県昌景や秋山繁虎らへの伝令を彼らに命じる。 すると土屋昌恒が山県昌景へ、秋山繁虎へは春日昌澄がそれぞれ伝令として向かう手筈となる。 それを了承すると、信勝は躑躅ヶ崎館へと撤退したのであった。
その頃、義頼と山県昌景は未だに打ち合っていた。
とは言え、戦況は義頼側へいささか傾いている。 片や二十代後半の義頼と、片や四十代後半の昌景とではやはり体力の面での差が大きい。 それでも昌景が討たれていないのは、正に経験の差であった。 何せ昌景は、義頼が生まれた頃から戦場に立ってた男である。 如何に義頼も若いころから戦場に立っているとは言え、その差は如何ともしがたいものがあった。
だがそれの経験の差も、このまま戦いが続けば意味はなくなる事となるのは必至である。 どれだけ経験があろうと、体がついてこれなくなれば意味をなさなくなるからだ。 事実、山県昌景は肩で息をしている。 息を荒げているが、まだそれだけでしかない義頼とは明らかに違いが出ていた。
このままでは討たれるのは自分の可能性が高いと判断した昌景は、勝負に出ようと覚悟を決める。 その途端溢れた何かを敏感に感じた義頼もまた、顔の表情を引き締める。 次の一撃こそが決め手となるとどちらからとなく判断したからだが、それを証明するかの様に二人からは形容しがたい何かが溢れ出している。 その何かが最高潮へと到達するその直前、二人の戦場に別の者が乱入してくる。 誰であろうそれは土屋昌恒であった。
勝負に水を差す行為であり、正に慮外者と言っていいかもしれない。 事実、土屋昌恒にに文句を言ったのはあろう事か味方である筈の山県昌景であった。
しかし義頼に取って、この土屋昌恒の登場は想定外であるだけでなく冷や汗ものである。 やや押し気味となっていたとはいえ、明確に差が出ていたと言う程ではない勝負の最中に敵の増援が現れたからだ。 これで、勝つのはかなり難しくなったと言える。 見た感じ、自身より若いのだ。 その様な男が、疲れが見えているのが明白だが百戦錬磨と言って差し支えない男が、手を組んで襲ってくるなど御免被りたいのが正直なところなのだ。
流石の義頼も覚悟をしかけたが、二人からの思いも掛けない言葉によって虚を突かれてしまう。 その言葉とは、山県昌景から出た手打ちであった。 訝しげな表情となる義頼に対て理由が告げられる。 それは武田信勝から出た撤収の命の為であり、勝負がつかないのは残念だが主からの命には逆らう訳にはいかないと言う物であった。
その理由は、納得できる。 それに義頼としても、悪い話ではない。 己が疲れていると言うのも勿論あるが、滝野吉政率いる伊賀衆を秘かにつけているとは言えどもやはり織田信忠の安否は気になるからであった。
やはりここは手打ちとして、先ずは主の安全確認を優先させるべきだと判断した義頼は、提案を受け入れる事にする。 しかしながら、懸念は残る。 それは、柴田勝家と秋山虎繁の戦いであった。 だが、それも杞憂に終わる。 彼ら曰く、そちらに関しても撤退の命が出ていると言うのだ。
それならばと、昌景からの提案を受け入れる。 その後は自ら馬淵建綱の元に行き、戦の終焉を命じる。 流石に理由を求められたので、織田信忠に降りかかっているかもしれない災厄についてを告げる。 その話に驚きをを露にした後で、馬淵建綱も義頼の命に従う。 彼より軍配を返された義頼は、すぐに停戦を命じたばかりでなく追撃も禁じていた。
するとゆっくりとだが、山県昌景が率いる武田の赤備えが退いていく。 それから間もなく、秋山虎繁率いる兵もまたゆっくりと退いて行った。
そんな敵勢の様子を警戒だけは怠らずに退いていく武田勢を見ていた義頼の元に、伊賀衆が一人現れる。 彼は、伊賀衆の一人である下山甲斐守であった。
そして彼もまた、信忠を秘かに護衛する伊賀衆の一人である。 その下山甲斐守から、信忠が一条小山城へ撤収した旨が伝えらる。 すると義頼は頷くと同時に、下山甲斐守へ柴田勝家のところへ向かう様に命じた。 彼は了承すると、すぐに行動に移す。 そして義頼もまた、武田勢を警戒しつつ一条小山城へ軍勢を向けたのであった。
一条小山城へ到着すると、徐々にではあるが兵が集まっていた。
殆どが本隊の兵であり、彼ら以外では義頼の率いて来た兵が最初であるらしい。 一先ず兵を馬淵建綱に預けると、信忠の元へと急ぐ。 程なくして面会が叶い、義頼は部屋に入ると信忠の前に平伏した。 部屋に入る際に見た感じでは怪我らしい怪我を負っている様には見えず、その事に内心で安堵する。 その後、信忠が無事な事に口上を述べた。
その口上を聞き終えた後、今度は信忠が口を開くと尋ねる。 その疑問とは、寸でのところで現れ危機を救った伊賀衆に対してであった。
「しかし義頼。 何時のまに、忍び衆を付けていたのだ?」
「それは、某が毛利攻めを任された頃まで遡ります。 相手は毛利家、一朝一夕で破るなどまず無理な相手でございます。 そうなれば、今までの様に近江国内に居られる事は難しくなります。 そこで代わりに、秘かに護衛を付けようと考えました。 実質に実行したのは、上杉攻めの直前となりますが」
「上杉攻め……か。 凡そ一年前になるか。 ふむ。 もしかして父う……いや何でもない」
最期に織田信忠は問い掛け様としたが、途中で言葉を濁した。
既に織田信忠へと付けられた伊賀衆は、彼だけでなく周りの馬廻り衆や母衣衆に露見している。 更に言えば、武田家当主にも知られてしまっているだろう。 ならば隠し続けるより、護衛を付けている事を明白にした方がいいと考えたのだ。
その一方で、織田信長には佐治為次が率いる甲賀衆を付けらている。 人員に関しては兎も角、自分に付けられているのならば父親にも付けられていてもおかしくはないと考えた故に尋ねかけたのである。 しかしながら、彼らに関してはまだ白日の下にすらさらされていない。 いるかいないのか判明していないのだから、此処はそのままにしておいた方が良いと考えたのである。 だからこそ織田信忠は、途中でやめたのだ。 しかし、知らないという事はやはり不安になるだろう。 そこで義頼は声に出さず、首肯する事で途中でやめた問いに対する返答としたのだった。
「……何であれ助かったのは事実、改めて礼を言うぞ義頼」
「いえ。 本当であれば、存在を隠したままの方がよかったのですが。 致し方ありません」
滝野吉政が表に現れないという事は、即ち織田信忠の身に命の危険が迫っていなかったという事に他ならないからだ。
しかし、今更それを言っても仕方がない。 それに判明したからと言って、別段困る訳ではない。 忍び衆に守られていると言う事実は、暗殺などに対策が立てられていると公言しているに等しい事になる。 結局のところ、秘かであってもそうでなくても存在自体において意味があるのだ。
とは言え、判明してしまった以上は面通しをしておいた方がいい。 そこで義頼は織田信忠の了承の元、滝野吉政を呼び出す事にした。 それから間もなく、現れた吉政と面会する。 そこで信忠は、彼の働きに対して褒めの言葉を与える。 まさか織田家の現当主から褒めの言葉を貰えるとは思ってもみなかった吉政は、思わず感動してしまう。 そんな彼に対し義頼が、引き続いて警護の任を命じる。 命を受けた吉政は「命に代えましても」との言葉ともに了承したのであった。
躑躅ヶ崎館へと戻った武田信勝らはと言うと、彼らも話し合いを持っていた。
無論その議題は、これからの動向についてである。 織田信忠に一撃を与えると言う目的こそ果たせなかったが、兵数に勝る織田本陣へと突撃を掛け、しかも成功させた事で「武田家此処にあり」と示す事は出来たと言えるだろう。 此れならば、降伏したとしても無碍にされる事はないと思われる。 いや、一定の配慮も得られると言う物だ。
しかしながら、彼らの表情は引き締まっている。 それは、必ずしも楽観視できる状況でもないからだ。 実は今回の戦だが、織田勢に一定の損傷を与える事で少しでも味方に有利な状況を作り出すと同時に武田家の内部対立を悟らせないと言う目的以外にもある切実な実情も絡み合っているからである。 その切実な実情とは、兵糧にあった。
義頼の駿河国からの侵攻に当たり、急ぎ撤退をして何とか躑躅ヶ崎館の確保を成功させた武田家であったが、その引き換えにしたのが兵糧等であった。
何よりも速度を重視しての撤退であったが為に、武田信勝は最低限の兵糧を各兵らに持たせる事しかできなかったのである。 結果として高遠城へ兵糧などの物資を置いてきた訳だが、それらはすべて織田勢に確保されてしまっていたのだ。
つまり、今の武田勢には継戦能力がないと言っていい。 一戦や二戦ぐらいが、精一杯なのだ。 後は籠城をするぐらいしか手がなく、そちらも兵糧が乏しくてはそう持つ訳ではない。 だからこそ、敵に悟られる前に動く必要がある。 故に、乾坤一擲な敵本陣への奇襲を企てたのだ。
後は、当初の予定通りに軍使を派遣するだけである。 しかし、武藤昌幸や曽根昌世は難しい顔をしていた。 それは、思ったより損傷を与えられなかったからである。 織田信忠にしても、直前まで迫りながらも伊賀衆によって阻まれている。 それなりの怖れの様な物は与えたと思われるが、心胆寒からしめるとまでは行っていないのはまず間違いない。 これでは例え降伏の使者を出したとしても、上手くいかないのではと危惧していたからだ。
だからと言って、代案があるかと言われると答えに窮する。 ない訳ではないのだが、あまり使いたいと思える手立てではないからだ。 何であれ、先ずは当初の予定通りに行うのがいいだろう。 上手くいかなければ、その時に改めてでもいいからだ。 特段、反対も出ない以上は敢えて変える必要もない。 そもそも変える気もない信勝は、予定通り軍使を派遣したのだった。
その一方で織田勢はと言うと、柴田勝家が一条小山城へ到達しており、彼らもまた話し合いを始めている。 そこでの話し合いとは、勿論今後の動きであった。 武田家が取るであろう動きを予測してでの対応であるが、あまり難しくもない状況と言える。 それは、凡そ予測が可能だからだ。
先ずはこのまま戦を継続する事だが、それは義頼の言によって否定される。 その理由は、前述した通り武田勢の兵糧や物資であった。 義頼が、直接干戈を交えていた訳でなかった為に情報の収集は行っている。 その過程で、武田勢が兵糧等を置いて移動速度を重視して躑躅ヶ崎館にまで戻ってきた事を把握していたからだ。 しかもその件については、接収した柴田勝家からも言は取れたのでほぼ間違いはない。 なのでこのまま戦の継続と言う選択を、武田家が取るとは思えなかった。
「然らば……まさかと思うが降伏か?」
「ええ。 修理亮(柴田勝家)殿のおっしゃられる通りかと思います。 だからこそ武田信勝は、あの様な戦を仕掛けたのかと」
確かにそう考えてみれば、あの攻勢も納得できた。
殆ど特攻に等しい攻勢であり、無謀と言っていい。 しかし一戦を交え一定の勝利を得る、若しくは一発逆転を目指してと言う理由ならば必ずしもそうとは言い切れない。 ましてや本人の武にも、兵の強さにも自信があればあながち無謀ではないのだ。
そしてその策は、半ば成功したと言っていい。 大将たる織田信忠が討たれる事こそ回避したが、本陣まで攻め込まれたのは間違いない事実からである。 そしてその点を突いてくる事を想像するのは、容易かった。
するとここで義頼が、一つの提案をする。 これは、義頼自身が嘗て経験した事からの策である。 しかもこれは、武田家だからこそ通用すると言っていい策であった。
何であれ織田信忠らは、その策に沿って武田家の考えを打破するべく動き始めたのであった。
影に隠れていた忍び衆、登場致しました。
漸く、ですけど。
ご一読いただき、ありがとうございました。




