第二百九話~武田の乾坤一擲~
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第二百九話~武田の乾坤一擲~
軍勢が展開した一条小山城(甲府城)での戦において、最初の口火を切ったのはやはり織田勢であった。
攻め手の大将を務める義頼の手にした軍配が振るわれると同時に、据えられた大砲より一斉に砲弾が放たれる。 凡そ半数が、大手門とその周辺に着弾し、残りは城内に対して満遍なく降り注いでいく。 柴田勝家との戦を経験している武田勢に取り、設楽ヶ原と合わせて三回目となる大砲が介在した戦である。 流石に将兵の中にも慣れた者が居る為、轟音ごときで泡を食ったりする者は大分減っていた。
だが彼らは、轟音とは別の理由で慌てる事となる。 それは、大砲より放たれる砲弾の着弾間隔であった。 三方ヶ原や柴田勝家との戦とは違い、明らかに短いのである。 ただ砲弾が放たれる際に聞こえてくる轟音も小さく、また破壊力も過去に経験した戦の時よりも低いのだが、そんな事など気にはならない。 何せ次々ととは言わないまでも明らかに短い砲撃の間隔で砲弾が着弾しているので、気にしている余裕がないと言うのが本音であった。
本丸から六角勢より放たれてくる砲弾を見ていた梅雪は、その光景に唖然とする。 前述した通り嘗ての経験から考慮しても短い間隔で放たれた砲弾により、そう時間が掛からないうちに大手門及びその周辺が破壊され、瓦礫の山と化した様に思える。 更に、城内の各曲輪にも着弾があり、櫓などと言った施設に被害が出ている様子が見て取れた。
幸いなのか、敵からの攻撃による味方の混乱はない様に思える。 しかし、だからと言ってそれは慰めぐらいにしかならない。 煙により隠されているのではっきり確認できないが、大手門は最早役に立たないと考えた方が無難である。 となれば次の手を考えなければならない。 梅雪は直ぐに伝令を出し、大手門近くへ兵を集結させる。 そして自身はと言えば、搦め手からの逃走を思慮に入れていた。
このままでは遠からず、一条小山城は敵によって蹂躙されるのは必至だと判断したからである。 その前に、躑躅ヶ崎館にまで引いておく必要があるからだ。 しかしてこの城が落とされれば所詮館でしかない躑躅ヶ崎で守れるかははなはだ不安ではあるのだが、それは今言っても詮無い事である。 この様な事態となってしまったからには、先ず生き残る方が大事だからだ。
同時に彼は、如何にしてこの始まった戦に決着付けるべきかに考えを割き始める。 戦が始まってしまった以上、相応の引換が必要だからであった。
その筆頭は言うまでもなく、現当主の武田信勝の首であろう。 他にも嫡男である武王丸も候補となるが、まだ数えで十才でありしかも元服すら迎えていない事を考えれば助命される可能性がある。 しかし梅雪としては、両者に纏めていなくなって欲しいと考えていた。
その為には、降伏ではなく躑躅ヶ崎館にまで攻め込んでもらう必要がある。 その戦で信勝に与する武田家臣や武田一門衆筆頭であり最近になって剃髪して逍遙軒を名乗り始めた武田信豊を敵に殺させ、息子の勝千代へ不承不承と言う形で武田家の家督を継承する。 その後は、息子を後見しつつ改めて織田家に降伏し甲斐武田家の存続に力を尽くすと言う体を取る。 さすれば穴山家……いや甲斐武田家の未来は安泰であるなどと考えていた。
確かに武田信勝や武王丸もなく、一門衆筆頭である逍遙軒や他の親族衆が消えれば武田信勝のいとこで彼の義弟となる梅雪の息子が武田家の家督を継いでも不思議はない。 その意味でも彼の考えは、強ち的を外しているとは言えなかったのだ。
しかしながら、彼の考えが実現する事はない。 その理由は、ひどく単純であった。 梅雪がそろそろ城からの脱出をと考え始めていた矢先、屋敷の屋根を貫き砲弾が彼の至近距離に着弾したのである。 彼は直撃を受けた訳ではないので即死こそしなかったが、着弾の余波で吹き飛ばされてしまっていた。
梅雪はそのまま背中からまともに柱にぶつかり、深刻な損傷を負ってしまう。 そのせいか、呼吸も上手く行えず、思うように体を動かせない。 その様な状態のところにきて、何と屋敷が崩れてしまう。 しかもその際に、天井の梁の一つが折れてしまい何と梅雪の体を貫いたのだ。
急所こそ避けていたので即死と言う事態には見舞われなかったが、それが慰めになるかと言えばそんな事はなかった。
それでなくても倒れ伏した彼の周りには、破壊された建物の瓦礫しかない。 その様な状況では、周りに動ける者は居る筈もない。 当然ながら、幾ら梅雪が呻く様に声を上げても誰も来る筈がなかった。
そんな状況の中でも梅雪は一人生き残るために梁を抜こうともがくが、まともに太い梁が体を貫いている様な状態にあって力などはいる訳もなかった。
直ぐにも彼の瞼が重くなり、本人の意思に反して目が閉じ始める。 やがて完全に閉じる直前、彼の瞼の裏には武田家の当主となった勝千代の姿が映ったのを最後に梅雪は涅槃へと旅立っていたのだった。
しかして大将が行方不明となった関係もあって、士気も指揮も混乱をきたしてしまう。 正にその時、砲弾が止む。 と、同時に義頼旗下の兵が一条小山城内へと突入し雪崩れ込んで行く。 この突入が決め手となり、城内の士気は完全に瓦解。 城に詰めていた兵は、我先に搦め手より躑躅ヶ崎館へと退却して行った。
その一方で湯村山城の原重胤はと言うと、必死の防戦を行っていた。
山城と言う攻めづらい地の利を生かした守りで、柴田勝家も中々に上手く勝ちを拾う事が出来ない。 だがそれも、時間の問題である。 そもそもが攻め手側の織田家と守り手側の武田家とでは、兵の数が違うのだからそれも致し方ない事態であった。
しかしながら、湯村山城の落城はこの戦とは違う別の戦が齎した趨勢によって決定してしまう。 それは、一条小山城の落城であった。 何せ躑躅ヶ崎館は、名が示す通り館であって城ではない。 勿論、館の周りに堀を巡らせたりと防衛の施設は整えられているが、所詮は平時において政務等を行う館でしかないのだ。
だからこそ、一条小山城と湯村山城がある。 しかしてその一角である一条小山城が落城したと言う事は、連動して躑躅ヶ崎館の守りを行っていた連動が途絶えたという事に他ならない。 これでは如何に山城の湯村山城と言えども、支え切れるものではなかった。
何れは一条小山城を攻めていた敵である織田勢が現れると知り、士気を保つことができなくなってしまう。 まるで櫛の歯が抜けるかの如く、一人また一人と城兵や兵の闘争が起き始めてしまう。 こうなっては、有効な手を打つ事もままならない。 その上、城の守りを維持する事など到底不可能だ。
最早、重胤に残された命令は撤退の二文字しかない。 彼は即座に撤退の指示を出すと、躑躅ヶ崎館へ兵を退いたのであった。
こうして一条小山城と湯村山城を落とした義頼と柴田勝家が、それぞれ城に入る。 すると義清神社から、織田信忠が本陣を移す決定をする。 彼は本隊を率いて、一条小山城へと入城したのだった。
一条小山城、及び湯村山城の陥落。 そして両城から逃げおおせた将兵の受け入れを行った武田信勝であったが、その仕事が済むとすぐに将兵を集め軍議を開いた。
その席で武田家中に対し、正式に梅雪の死が周知される。 そんな報告を聞き、軍議の席は一瞬の沈黙が支配した。 その隙を突く様に、武藤昌幸より和平と言う名の降伏が提案される。 しかしてその直後には、軍議の場が喧噪へと変貌する。 それは、一部の家臣が暴走に近い状態で猛烈に反対したからだった。
さて、彼ら武田家臣が何ゆえに一部とは言え反対するのか。 その理由は、武田家中の対立にあった。 実のところ武田家の家中は、大きく分けて二つに分かれていたのである。 一つは、今は亡き武田信玄や家督を継承した武田信勝によって引き上げられた家臣達であり、彼らは当主から見出された力を発揮して武田家の要職に就いた者達だった。
そしてもう一方は、一部の譜代の家臣である。 彼らは、つい先ほど死亡が正式に報告された梅雪の元に集まった者達であった。 とは言え、先述した通り全ての譜代家臣がと言う訳ではなくあくまで一部である。 彼らからすれば、己らが就く筈だった職を理不尽に奪われたと思っている節がある。 武田家の重臣の家である彼ら自身が就く事がこそが正しい、と言いかねない者達なのだ。
言ってしまえば、非主流派という存在となる。 その者達を利用し、自身の勢力としていたのが梅雪だった。 ただ利用しているのは彼らも同じであり、お互い持ちつ持たれつで集っていたのである。 だが旗頭とした梅雪が亡くなり、己らの家が嘗ての栄華を取り戻す事が難しくなったと認識した彼らはついに暴走したのだ。
家中での復権が叶わないのならば、せめて名だけは残そうと考える。 しかし武田家が降伏しては、それも叶わなくなってしまう。 その様な事態を看過する事など、到底できない。 そこで彼らは、武士の誇りや名誉を前面に出して武藤昌幸の提案した降伏に大反対したのだ。
なまじ武士の誇りや名誉を前面に出された為に、武田信勝は反対がしづらい。 まして彼は、名門甲斐武田家と大祝諏訪家の血を引いている武士でありやはり名は惜しかった。
それに、このまま降伏するより一当てして降伏後の地位をある程度確保しておきたいと言う思いもある。 何より賭けとなるが、乾坤一擲と言うのもあながち悪い話でもない。 この状況で敵に一泡吹かせるかそれとも勝ちを拾うか、そんな事が可能な手立てなど殆どないからだ。 必然的に、自ずとできる事は決まってしまう。 それは、敵大将の心胆を寒からしめることだった。
「……良かろう。 伸るか反るかの大博打となるが、打って出ようではないか。 だが、命には従え。 反論は許さぬ」
『御意』
いつもは梅雪を筆頭に、何かと信勝に否定的な彼らが素直に命に従った。 そうなれば、紛糾する事もあまりない。 更に言えば山県昌景や春日虎綱ら重臣達も、信勝に従う素振りを見せたからだ。
此処に軍議は終結し、後は実行に移すだけである。 信玄の目と称された武藤昌幸や曽根昌世らを中心に、策が練られたのであった。
そしてその頃、織田家の軍勢にも動きがあった。
湯村山城を落とした柴田勝家が、一条小山城へと移動してきたのである。 彼は湯村山城へ弟の柴田勝直を残して、信忠の軍勢と合流を果たしたのである。 無論、次の戦となる躑躅ヶ崎館攻めの為であった。
すると早速ながら織田勢は、躑躅ヶ崎館攻めの為に陣を展開する。 義頼と勝家の軍勢を前面に押し立て、その後ろに信忠の本隊が城を出て布陣する。 丁度、扇の様な陣の展開であった。
こうして両軍勢の動きが定まった訳だが、その夜は静かなぐらいに過ぎていく。 そして日が昇った翌日、いよいよ両軍勢は激突した。 この戦でも最初に口火を切ったのは、義頼である。 彼は一条小山城攻めの時と同様に、大砲による砲撃を行った。
砲弾の散布も、ほぼ同じ割合で行っている。 およそ半分を、躑躅ヶ崎館の大手門及びその周辺に集中させる。 そして残りは、躑躅ヶ崎館全体へ散布させた。 しかしながら、そこで予想外の出来事が起きる。 何と、武田家の軍勢が打って出てきたのだ。 彼らは騎馬団を前面に押し立て、ただひたすら前へと進む。 丁度一斉射の後で、砲弾の補給を行う隙を突いての進撃であった。
この大砲の弱点と言える砲撃間隔を突いての攻勢を提案したのは、武藤昌幸と曽根昌世である。 両者は幾度かの戦を経験した事で、大砲が連続で打てないという事に確信を持った。 そこで、敢えて織田勢に大砲を打たせてから反撃に移るべきだと軍議で提案したのである。 その意見を武田信勝が取り上げた結果、この突撃となったのだ。
そしてその突撃の先陣を切るのは、武田勢の赤備えである。 彼らは、速度を緩める事なく織田勢へと迫って行く。 次弾を放つ暇はないと判断した義頼は、急ぎ迎撃をさせる。 そして迎撃の態勢を整えたのとほぼ同じくして、武田の赤備えが義頼の軍勢へ攻撃を仕掛けた。
始めは一進一退と言った風情であった攻防だが、やがて赤備えは義頼の軍勢を徐々にではあるが切り裂いていく。 近江国人を中心とした近江衆により構成された前線を切り抜けた赤備えであったが、次の備えでその勢いは足止めを見せる。 彼ら赤備えを止めたのは、丹波国人により構成された丹波衆であった。
嘗て丹波国を纏めていた波多野秀治は、「丹波の四鬼」を使い赤備えの勢いを完全に打ち消したのである。 流石に「丹波の赤鬼」こと赤井直正や「丹波の青鬼」こと籾井綱利、更に「荒木鬼」こと荒木氏綱や先代の波多野宗高亡き後に「丹波鬼」を受け継いだ嫡男の波多野宗長らが相手では如何に赤備えと言えども先に進む事は無理と言う物だった。
だがこれは、想定のうちである。 それでなくても敵となる織田勢の方が多いのだから、想定しない方がおかしいと言える。 では何ゆえに正面からぶつかったのかと言うと、赤備えの役目が囮だったのだ。
実はこの時、山県昌景は赤備えを率いていなかった。 代わりに、広瀬景房に赤備えの指揮を任せていたのである。 そして当の山県昌景はと言うと、赤備えの突撃が始まってより少しした後に正面の大手門ではなく別の門より出撃していた。
囮となっている赤備えから離れて迂回すると、山県昌景が義頼のいる六角勢の本陣目掛けて突き進む。 その途中で彼は、信勝より借り受けた三ツ者に命じて六角勢の本陣を守っている甲賀衆や伊賀衆の相手をさせる。 その隙に忍び衆の守りを突破し、いよいよ肉薄したのだった。
丁度、三ツ者と旗下の甲賀衆と伊賀衆が対峙した頃、義頼は訝し気に眉を寄せていた。
その理由は、赤備えの進撃が止まった事に対してである。 彼とて、幾度となく赤備えと対峙していた。 その経験から義頼は、いささか脆いと感じたからである。 如何に近江衆や相手が「丹波の四鬼」であったとしても、あの山県昌景率いる軍勢がそう易々と足を止めるとは思えない。 ならばそこに、別の理由があるのかと訝しんだのだ。
そこまで考えが至ったその時、微かに喧騒の様な者が聞こえた気がする。 義頼旗下の軍勢の主力がぶつかっている前線などではなく、割と近くから聞こえた様に感じたのだ。
「…………なるほどな。 脆いと感じる訳だ。 建綱! 軍勢、任せる」
「はっ!……はあっ!?」
「昌景が来おった」
「な、何ですと!?」
打根を構える義頼の見る方向へ建綱が視線を向けると、確かに争いと小集団の兵が向かってきているさまが見えた。 そしてこのままでは、此処まで到達してしまう事も朧気ながらわかる。 だからこその先程の指示だったと、建綱は理解した。 そこで一先ず、北畠具教を筆頭とする藍母衣衆と馬廻り衆へ主の警護と迎撃を命じる。 その上で彼は、預けられた軍配を握りしめた。
できるならこのまま残りたい気持ちで一杯だが、流石に味方への指示を疎かにすることはできない。 今は足止めに成功した敵軍勢だが、今後突破されないとは言い切れないのだ。 そして突破されれば、武田勢はそのまま織田信忠率いる本隊へ攻勢を掛けるのは必定となる。 それを許容する事は、できる筈もないのである。 「ご武運をっ!」と一言残した建綱は、本多正信ら幕僚と共にこの場を離れて軍勢の指示を行うのだった。
そして残った義頼はと言うと、山県昌景を迎え討つべく静かに佇んでいる。 程なくして両者は、三度目となる対峙を果たしていた。 しかし二人は互いに得物こそ握っているが、それだけである。 両者の周りで戦いが起こっている事を考慮すれば、とても対照的な空間であった。
「久しいな、右少将……いや左衛門督(六角義頼)殿。 凡そ一年半ぐらいか」
「それぐらいですかな、三郎兵衛尉(山県昌景)殿。 しかし、貴殿とは何かと因縁がある」
「ふむ、そうよな。 息子にも等しい年齢の男と、こうも槍を付ける事になるとは思いもよらなんだ」
「確かに」
「名残は尽きぬが、そろそろ始めるか……山県三郎兵衛尉昌景! 推して参る!!」
「六角左衛門督義頼、承った!」
その瞬間、両者は一気に詰め寄り互いの得物をぶつけ合った。
しかして二人の表情には、憎しみなどない。 寧ろ、笑みすら浮かべている。 正に場違いとも言える状況だが、同時に何故か納得ができてしまう雰囲気となっていた。
両者はまるで、稽古でも行っているかの様に得物をぶつけ合っている。 そこには、殺し合いをしているとは思えない空間が横たわっていた。 これでは義頼も昌景も、楽しんでいるとしか思えない。 まるで旧知の者達が、久方ぶりに己らの腕をさらけ出し合っているとしか思えない様な対決であった。
事実、義頼と昌景はある意味でこの時間を楽しんでいると言っていいだろう。 ほぼ同じと言っていい腕と技量を持つ両者だけに、一歩間違えれば致命傷となりかねないこの瞬間、瞬間に充実感を見出していたのだ。
一度や二度などでは効かず、二桁にも及ぶくらい打ち合う両者だが一向に決着など付く様子がない。 何より二人が楽しんでしまっており、そう易々と終える様には見えなかった。 それでいながら、一向に動きが衰える様子は見えない。 両者は相も変わらず、小さく笑みを唇に浮かべながら打ち合っているのだから始末に負えなかった。
そんな何時終えるとも知れない義頼と昌景の対決であったが、唐突に終わりを見せる。 しかしそれはどちらかが致命傷を負ったと言った様な理由ではなく、別の要因が理由であった。 それは丁度、両者が距離を取った際の事である。 義頼の近くに、一人の男が唐突と言っていいぐらいいきなり現れたからだ。
いきなり現れたその男に、昌景は警戒を表す。 しかし対照的に、義頼は視線を少し向けただけで直ぐに戻している。 その訳は、見知った相手だからだ。 そこに現れたのは、多羅尾光太である。 彼は、義頼直属の忍びの一人であった。
「光太、何用だ」
「殿。 お耳に入れたい事が」
「手短にしろ」
その言葉に頷くと、光太は要望通り簡潔に答えた。
しかしながら、その報告に思わず義頼は目を見開く。 かろうじて昌景から視線をそらす事だけはしなかったが、その驚きは相当の物であった。 だが、それも仕方がないと言える。 それだけの内容が、報告されたからだ。
その内容は、武田家におけるもう一つの赤備えを率いる小幡信貞を伴った武田信勝が、大きく戦場を迂回し進軍していると言う物だからである。 率いる兵数こそ決して多い訳ではない事を考えれば、出来るだけ秘匿したい動きなのだと推測できる。 その上、前線を避けて回り込む様に進む様を考えれば凡そ狙いを伺う事ができる。 恐らくだが、狙いは織田勢の大将である織田信忠だろう。 つまり武田家は、義頼と対峙している山県昌景と柴田勝家と対峙している筈の秋山虎繁と言う二人の猛将を使ってまで足止めを行ったのだ。
如何に義頼と勝家と言う織田家を代表する様な将であっても、この武田の猛将二人を相手にしてはそう簡単に救援に向かう事は出来ない。 もし彼らを無視して信忠の元へ向かうとすれば、織田の軍勢全体が崩壊しかねないのである。 それだけの力が、山県昌景と秋山虎繁には備わっているのだ。
こと此処に至り、漸く武田家の狙いに気付いた義頼は、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。 その表情に謀を知られた事を察した昌景は、不敵に笑みを浮かべた。 確かに彼自身、義頼との対峙を楽しんでいたのは間違いない。 だがその裏で進行させた策があったのも、また事実である。 そして義頼の表情から、その策が成った事を察知し思わず笑みを浮かべてしまったのだ。
「さて……どうする? 左衛門督殿」
「…………どうする、か……その様な事、決まっている!」
その直後、義頼は懐より取り出した打矢を放つ。 いささか虚を突かれた昌景は一瞬反応が遅れてしまい、浅く頬を切らられてしまう。 その隙をついて、義頼は一気に踏み込むと打根を振り下ろした。
流石に昌景は受け止めたが、この反応は少々予想外である。 踵を返して救援へと向かうかそれとも動揺するか、もしくは動揺しないまでも揺らぎを見せるかに思われた義頼が攻勢へと転じたからだった。
「ほう。 参議(織田信忠)殿より、拙者との対決を望むとは……失望したぞ、義頼!」
「抜かせっ! 拙者は、我が家臣を信じておる。 それよりもこの場は、そなたを足止めする方が大事よ!」
「我が……家臣だと? どういう事だっ!?」
「答えてやるいわれはないっ!!」
嘗て万が一を考えて手を打ったとは言え、できうるならば出番がない方がいいと考えていた織田信忠を守る為だけの伊賀衆。 その伊賀衆を率いているのは、伊賀十二人衆の一人となる滝野吉政である。 斯様な事態となってしまった以上、彼に全てを任せるしかない。 内心で吉政へ仕える主たる織田信忠の身柄を託しつつ、今度は義頼が山県昌景の足止めを行うのであった。
武田の反撃……になるのかな?
うん。 きっとね。
ご一読いただき、ありがとうございました。




