第百九十八話~新たな砲と砲弾~
お待たせしました。
第百九十八話~新たな砲と砲弾~
安土での行事をすべて終えた義頼は、出立の前に織田信長と面会した。
無論、出立の報告をする為である。 正月明けで間もないにも拘わらず出立するとは忙しいにも思えるが、これには理由がある。 それは、義頼が中国地方へ戻る前に此度の褒美で完全に領地と化した丹波国での事を含めて領内全てを回る事を考えている為であった。
やがて面会の許可が下りると、信長と面会した席で備前国まで戻る道程を伝えて許可を貰う。 その旨を伝えられた信長は、やや苦笑しながらも許可を出した。 すると義頼はすぐにでも立とうとしたが、その前に主より一つ告げられる。 それは、今まで義頼が屋敷としてた六角館に関してであった。
新たに改修された観音寺城だが、今までと違い安土城の詰めの城となった関係で流石に城代を交代したのである。 義頼が勤めていた観音寺城城代だったが、以降は織田一族に任せる事とした。 それに伴い、観音寺城に引き続いて六角館も織田家所有の屋敷となる。 そこで、義頼へ新たに屋敷が下賜される運びとなったのだ。
して新たな屋敷の建つ場所だが、安土城本丸の裏手に存在する曲輪となる。 そこは城の搦め手となる道筋であり、文字通り安土城の裏から守る場所であった。
これにより、義頼は出立前に引っ越しを行わねばならなくなる。 取り敢えず出立を数日伸ばし、引っ越しにいそしむ事となった。 義頼や六角義治や大原義定は無論の事、安土城下にいる家臣や小者も総出で引っ越しに従事する。 勿論、正室のお犬の方や側室達、それから元傅役でお伽衆の蒲生定秀や現在お伽衆である三雲定持や道意なども手を貸していた。
始めはお伽衆を使う気はなかったのだが、彼らが自主的に手伝いにやって来たのである。 流石に断り辛く、義頼は許可を出した。 だが、彼らも戦国の世を生き抜いた男達である。 年を取っているとは思えないぐらい、精力的に引っ越しを手伝っていた。
彼らの手伝いのお陰かどうかは分からないが、家にある大きな物は凡そ一日と半日で纏めていた。 その翌日に運び込もうとしたが、定秀達お伽衆の面々が来ない。 何かあったのかと使いを出すと、どうやら体の節々が痛く体をあまり動かせないらしい。 年を考えないからだと思いつつ苦笑を浮かべた義頼は、今一度使いを出して安静にする様にと厳命する。 意地を張り、手伝いに来られても困るからだった。
お伽衆の面々についてはそれまでとし、義頼らは新たな屋敷へ荷物を運び込んで行く。 数珠繋ぎに荷物を運び込んで行く家臣達を、義頼は鼓舞する。 そんな様子を、信長や彼の側室たちが見学している。 面白いのか分からないが、彼らはにこやかにしていた。
「上様。 面白いですか?」
「ん? 此方は気にするな。 居ない物と思っておけ」
「はぁ」
信長の言葉に首を傾げながら、それならばと義頼は気にしない事にした。
さっさと運び込むべく、人海戦術で運び込んでいく。 物さえ運び込んでしまえば、後はお犬の方や屋敷に残る者に任せてしまえばいいからだ。
やがて全ての物を運び込んだ六角館内は、随分と寂しい景色となっていた。
「こうして見ると、思った以上に広かったのだな」
「よく、屋敷内や庭で遊んだな。 なぁ義頼、義定」
「ですな。 兄上」
義頼も大原義定も、そして六角義治も懐かしそうに屋敷内を見遣る。 同時に、そこはかとない寂しさが滲み出ていた。
三人が三人とも、幼少時から寝食を過ごした屋敷である。 此処には、彼らの様々な思い出が詰まっているのだ。 六角承禎の前で、三人そろっての背比べや庭での相撲。 そして、承禎の指導の下で行った弓の稽古など実に色々な思い出が走馬灯の様に現れては消えて行った。
恐らく、二度とこの屋敷に三人が……否、ここにいない承禎も含めて六角家の者が戻る事はない。 次に現れるとすれば、それは多分客としてである。 再度、住人として戻る事はまずあり得ないと思われた。
それから三人は、ただ黙って屋敷内を回る。 それは幼少時からの思い出を、全て己の中に取り込んでいる様であった。 順繰りに一室、一室を丁寧に回り全てを己の眼に焼き付けた三人は最後に玄関から出る。 そして今一度振り返ると、まるで礼だとでも言うかの様に深々とお辞儀をしたのであった。
三名はそのまま、六角家の新たな屋敷がある曲輪へと移動した。
そこは不当辺六角形に形作られているが、当初の縄張りではもう少し辺が多い造となっている。 しかし信長の監修で、曲輪が現在の形に変更されたのである。 当時、理由が分からず首を傾げた義頼であったが、今になって見ればよく分かる。 始めから信長が、義頼に与える屋敷の場所として縄張りを変更したのだと。
詰まるところ、信長の遊び心だったのである。 義頼の姓である六角に因み、敢えて六角形へと変更させたのである。 そんな曲輪にある屋敷に入り一息ついた彼らは、それから三人で夜食を取っていた。
「しかし粋なのか、それとも遊びが過ぎるのか」
「何がだ、義頼」
「この曲輪だ」
「なるほど。 恐らく、何も言わない方がいいのだと思うが?」
「義治、それは分かっている。 分かってはいるが、何となく言っておきたかったのだ」
「ま、分からんではないがな」
元々戯言であったので、それ以上の話とはならない。 彼らは他にも雑談をしつつ夜食を終えると、銘々が出立に備えるのであった。
その翌日、朝食を取った後で暫く休んでいた義頼だったが、その時に使いの者が現れる。 誰かと思えば、羽柴秀吉からの使者であった。 使者の話では、何か相談があるらしい。 引っ越しの関係から出立日を伸ばしていたし、何より出立前にお伽衆の面々を労うつもりであった義頼は、短い時間ならばと了承した。
使者は直ぐに踵を返した思うと、程なくして戻って来る。 そして義頼は客を迎える準備を家の者に命じると、静かに秀吉の到着を待っていた。
暫くした後、秀吉が到着すると茶室へと案内される。 そこはいわゆる庵としての茶室ではなく、屋敷内にある茶室である。 そこで秀吉は、義頼手ずから入れた茶を振る舞われた。 何と言っても義頼は志野流免許皆伝であり、信長からも絶賛された程の腕前である。 一応茶を嗜んでいる秀吉としては、ある意味で望外の喜びであった。
そんな義頼の茶を飲んで一息ついた秀吉は、少し躊躇った後で相談とやらを持ち掛ける。 それは、意外な内容であった。
「えっと……道三への紹介? もしかして紀伊守(羽柴秀吉)殿、何か病気にでも掛かられたか?」
「あっ! いえ、拙者ではない。 半兵衛(竹中重治)殿を診てもらいたいのだ」
どうやら、患者は竹中重治であった。
彼は美濃斎藤家の当主であった今は亡き斎藤龍興が美濃国より信長によって追われた後に織田家家臣となった男である。 その後、秀吉が織田家重臣となった頃に彼の与力として付けられている。 以降、義頼における本多正信や沼田祐光と同じ立ち位置に立った男であった。
重治は与力として以上に羽柴家の知恵袋として、陰日向なく働き秀吉を支えている。 それはもう、殆ど秀吉の家臣と言って良かった。
その重治が、何と病に掛かっているらしい。 まだ重篤と言った風情ではないのだが、それだけに早々に治してもらいたいらしい。 そこで秀吉は、皇室にも出入りをし今上天皇も診察した事のある曲直瀬道三の診察を欲したのだ。
そして道三は佐々木源氏の流れを汲む男であり、幼少の頃の義頼も診察した事がある。 その伝手を利用する為に、この場に現れたのであった。
「……まぁ、いいでしょう。 紹介の書状ぐらいなら出しましょう」
「か、かたじけないっ! この御恩、必ず返します」
「気に為さらなくていい。 半兵衛殿も紀伊守殿も、そして某も織田家臣。 同じ家臣の誼です」
「真、感謝致します!」
それから直筆で紹介文を書き上げると、秀吉に渡す。 嬉しそうな雰囲気を隠さずに受け取る秀吉を見て、義頼も笑み浮かべていた。
意気揚々と屋敷に帰っていく客を見送ると、義頼は屋敷を出る。 向かった先は、嘗ての傅役であった蒲生定秀のところであった。 主の突然の訪問に、定秀は慌てて床を上げようとする。 しかし勝手知ったる他人の家とばかりに入って来た義頼は、彼を押し留めていた。
義頼に押し留められては、従わざるを得ない。 定秀は、ゆっくりと腰を降ろした。
「全く……これでは、年寄りの冷や水と言われても反論できんぞ」
「何の! 若い者にはまだまだ負けません」
「だが、体は厭えよ。 無理などもっての外だ」
「何を言われます、殿。 この様に……うぐっ!」
やはりまだ無理があったらしく、立ち上がって間もなく腰を抑えながら蹲る。 どうやら急に動いた事で、痛めていた体に無理が掛かった様であった。
未だに痛むらしく、そこをさすっている。 そんな定秀に、義頼は苦笑していた。
「何であれ、無茶はするな。 俺が子供の頃の様には行かんだろう」
「それはっ!……まぁ確かに」
彼にも、若い者などにまだまだ負けないと言う気概はある。 しかし確実に齢を重ねており、最早六十後半に差し掛かろうとしている。 流石に、三十代や四十代の頃に出来た様なことが出来なくなっているという自覚はある。 それ故に義頼の言葉に対して、尻つぼみな返答となってしまったのであった。
腰を痛めている様だが、しかし無事な姿に安堵する。 そこで立ち上がると、定秀の屋敷を後にした。 その後、三雲定持と道意の元を訪れて二人を見舞う。 二人も定秀と同様に床上げしようとしたが、やはり義頼は押し留めている。 そして彼らを見舞った義頼は、新たに与えられた屋敷へと戻ったのであった。
秀吉の訪問と定持らお伽衆への見舞いと予定外の事が次々と発生した義頼だったが、それらを無事に片付けると大原義定を伴って漸く出立した。 彼が先ず向かったのは、甲賀郡である。 予定ではその後、伊賀国と大和国と丹波国へ向かうつもりであった。
こうして安土を出た義頼は、甲賀郡を任せている三雲成持が居る三雲城に寄って彼から現状を聞き及ぶ。 通常の報告と左程は変わらない内容であり、先ずは一安心であった。 三雲城で過ごしながら政務を行った義頼だったが、大体の目途が立つと伊賀国へと向かう。 季節がら天候が落ち着くのを待ってからであった為、少し三雲城に滞在してからの出立であった。
無事に伊賀国へ入ると義頼は、伊賀国を任せている仁木義視から実情の報告を受ける。 その後は、甘藷や南蛮黍などを任せている益田長盛や 宮城堅甫と面会して現状を確認していた。
しかしながら、まだ一年目と言う事もあって分からない事も多い。 それを証明するかの様に、甘藷と南蛮黍では収穫量に明確な差が出ていた。 甘藷の方は中々の収穫量であったが、南蛮黍が思いの外伸びなかったのである。 だが、原因については既に把握していたので来年には対策を行うとも報告されていた。
なお、収穫場所自体はどちらの作物もあまり選ばないのではないかという報告がなされた。
伊賀国は土壌の関係からか、植物の発育があまり宜しくない。 しかし甘藷や南蛮黍は、収穫自体は問題がないとの事であった。 これが偶々なのか、それとも違うのかはまだ分からない。 もう数年かけ無ければ、答えは見えないからだ。
しかし、もし荒れ地でも生育が可能ならばそれは朗報である。 今までは使い道がないと諦めていた土地でも、栽培が可能となるかも知れないのだ。
引き続いて様子を見る様にと命じると、場所を移して三雲賢持と面会する。 そこで大砲や、新装備の進捗状況について確認していた。
ある意味で、六角家秘中の秘と言える大砲などの新装備の開発や製造、そして試射などを行っている射場に赴くと、そこには三雲賢持と並んで鉄砲鍛冶師を纏めている大窪善兵衛が居た。
今は砲を前に、何やら話し合っている。 そんな二人を漸く見付けた義頼は声を掛けようとしたが、その言葉が口から零れる事はない。 それと言うのも、彼らの前に鎮座する砲が気になったからだった。
何と言っても特徴は、その大きさであろう。 義頼が毛利攻めに使用している大砲より、全体的に小さく作られていた。 砲身も短く細いところから、口径と射程は小さい物であろうと想像が出来た。
その様な新式と思える大砲を見ていた義頼へ、声が掛かる。 見れば、今の今まで主に気付きもせずに話し合う……いや意見を戦わせていた賢持と善兵衛からである。 片腕を上げて答えると、義頼は近づいて行く。 やがて間近にまで到着すると早速、砲について問うのであった。
「新型か?」
「はっ。 ご要望に沿えると思われる大砲を、作成してみました。 何度か試射を重ねましたが、先ず先ずの出来だと思います」
「なるほど……しかし、随分と小さいな。 半分……ぐらいか?」
「もう少し大きいですが、三分の二よりは小さいです。 それに伴い、軽量化にも成功しております」
重量が軽減しただけでなく、他にも改良点はあった。
何と、分解して運べるのである。 つまり輸送時には分けて運び、現地にて組み立てて使うのだ。 これにより、従来の大砲に比べれば簡単に移動できる。 何せ数人居れば、持ち運びが可能なのだ。
それと引き換えに、砲の口径と砲身を切り詰めなければならなくなっている。 その為に使用する砲弾は小さく、かつ射程も短くなった。 しかも分解して運べる様に軽量化に重点を置いた為に、大砲自体の耐久性を犠牲とするしかなかったのである。 とは言えこれで、別動隊を組織しても大砲を持たせる事が出来る。 その仕様目的は、多岐に渡るであろう事が想像できた。
取り敢えず、己の目で確認しようと試射をさせてみる。 命中などは完全に無視した、ただ砲撃するだけのものだ。 砲門が向けられた先には盛り土があり、そこに打ち込む予定である。 それから間もなく、試射が行われた。 しかし何度か試射が行われた砲である為、特に問題なく砲弾が発射された。 狙ったところかどうか義頼からは分からないが、それでも盛り土には着弾する。 その直後、盛り土をまき散らしていた。
砲門が小さいからか、威力はさほど大きくはない。 しかし比較的簡単に移動が可能な砲であるとするならば、十分に満足していい結果であった。
「ふむ……いいだろう。 先行的に、幾つか量産を開始してくれ」
「はっ」
試射で問題ないからとは言え、いきなり量産とはいかない。 実際に戦場て使ってみないと分からない現象があったりするかもしれないからだ。 そこで数少なく生産させて、実際に戦場で使用し不具合が無いかを確かめる。 その為の、先行量産指示であった。
次の事案は、砲弾についてである。 実は、義頼が砲弾について一つ試作をする様にと書状で指示を出していた。 そして彼がその砲弾について思い付いたのは、最も得意とする弓からである。 正確には弓ではなく、矢の形状であった。
知っての通り、矢には矢羽が付いている。 これがある事で、矢は安定して飛翔するのだ。 ならば砲弾も、矢と同様な形にすれば丸い砲弾よりも安定するのではと義頼は思案したのである。 そこで書状にて、矢の様な形の砲弾を作成して試す様にと指示を出したのだ。
その様な命を受けた賢持らは、同封されていた義頼の記した絵図を基に作成する。 矢を標準として作成すればいいので、作るのはそう難しい事ではない。 しかしながら作成してみると、この砲弾に構造的な問題がある事が判明した。
そもそも、大砲もそして火縄銃も火薬を爆発させる事で砲弾や弾丸を発射している。 つまり、密閉かそれに準ずる状態でなければならないのだ。
そして義頼の指示で作られた矢を元にした砲弾は、その形状から密閉状態にする事が難しい。 羽に当たる部分が存在する為、どうしても空間が生じてしまうからだ。 この欠陥は、そのまま射程に跳ね返って来る。 そして射程距離が短すぎるのであれば、大砲を利用する意味はない。 特に手練れの弓衆が数多く居る六角家では、尚更であった。
また、砲弾と砲身の間に空間がある事で、命中に狂いが生じてしまう。 しかも砲身内でどの様に動くのか分からず、その結果砲身をも傷付けてしまいかねなかったのだ。
「だが……この形は、想定していなかったな」
「これしか思いつかなかったのです、ご容赦下さい」
「まぁ、気付かなかった俺にも落ち度はあるからな」
そう言いつつ、義頼は苦笑した。
それはそうだろう。 提示された砲弾は、とても矢と似ているとは思えないのである。 義頼も見せられるまでは、矢に近い形状だと思っていた。
実際、その様に指示を出していたのだから当然であろう。 だが、目の前にある砲弾は矢と言うより円柱に近い。 いや、円柱と言うより涙の滴と言った方が良かった。 下部に当たるであろう細く絞られた側には矢と同様に羽が付いている。 その羽よりもさらに大きく膨れた形で矢で言うところの軸の部分が存在する。 最後に上部となる鏃に相当する部分が、矢と同様に尖っていた。
何故にこの様な形となったのかと聞くと、ある意味で苦肉の策らしい。 どうやっても羽がある事で生じる空間を埋める術が見いだせなかったので、賢持と大窪善兵衛はいっそのこと鎧でも身に着ける様に追加したらと考えたのだ。
ただ砲弾に後付けするより、初めからその様な形で作ってしまった方が耐久性もいい。 その結果、生まれたのがこの砲弾である。 丁度、砲弾で最も太くなるところが新式の砲の口径に合わせて作られていた。
こうしてお披露目を済ませると、大砲に装填する。 そして狙いを定めると、発砲した。 砲弾はあまりぶれずに進み、そのまま盛り土に着弾する。 その軌跡は、従来の砲弾よりかなり安定している様子であった。
「殿! 如何ですか!?」
「…………ああ、思った以上にいいな」
「どうかなされましたか?」
問われた義頼だったが、かなり間が開いてから返事をした。 その事に賢持と善兵衛は、訝しげな顔になる。 と言うのも、義頼の反応が予想と違っていたからだ。
二人は、新式の砲弾を見せれば驚くと思っていたのである。 しかし義頼は、驚くよりも何かに思考したと言う様子だったのだ。 勿論、驚きが全くなかったとは言わない。 だが、驚き以上に何か他の事に意識が裂かれたと言った雰囲気となっていたからだった。
「……賢持、それと善兵衛」
『はっ』
「今撃った砲弾だが、改造は可能か?」
「え? それは可能です……だよな善兵衛」
「は、はい。 可能です、新左衛門尉(三雲賢持)様」
二人の返事を聞いた義頼は、頷く。 それから、今回の伊賀国訪問で二人に告げようと思っていた案件を告げる。 その内容は、以前お蔵入りとなった火薬を入れて炸裂させる砲弾の改良案だった。
但し、義頼の指示した新作となる砲弾が前提である。 始めは当初の予定より形が違っていたので二人へ告げるのを諦めたのだが、試射を見た感じでは可能だろうと思えたので改良案を伝える事にしたのだった。
さて、義頼の改良案だが以前の火薬入り砲弾とは全く違っている。 以前の考えでは、長い導火線を使って炸裂させる事にしていた。 しかし、今回の改良案では導火線を使わないのである。 何故にその様な事を思い付いたのかと言うと、切っ掛けとなったのは馬上筒であった。
実は馬上筒だが、火縄を使用していないのである。 正確には、最新型の馬上筒がであるが。
一番最初に考案され、その後実戦に投入された馬上筒は火縄を使用していた。 しかし、いざ実戦で使用してみると思いの外使い勝手が悪い。 特に火縄には長さに限りがあるので、その前に突撃をしなければならない。 そうなると、火縄に火を付ける判断が非常に難しくなってしまう。 何とかならないかと、現場よりの意見が齎されたのだ。
これには、流石に賢持も頭を抱えてしまう。 火縄を長くすればいい様にも思えるが、その様な事をすれば使い勝手が更に悪くなるのは必至である。 しかし、それでは意味がない。 あくまで要求されているのは、使い勝手を良くする事である。 対策をして返って使い勝手を悪くしては、本末転倒だからだ。
その後、試行錯誤したがこれと言う物はみつからない。 何か良き物はないかと思案しつつもどことはなく見ていた賢持の視界に、ある物が写り込む。 それは火口箱から燧石を取り出し、火種を作っている情景だった。 すると次の瞬間、賢持の意識は覚醒する。 散々探していた答えが、よりにもよって身近にあったからだ。
そう。 要は、火種となればいいのである。 ならば燧石で火花を作り出し、その火花を火種とすればいいのだ。 そこに気付いた賢持は、早速大窪善兵衛ら鉄砲鍛冶らを集めて馬上筒の改良を始める。 そして三ヵ月ほど前に、漸く火縄を使わない新式の馬上筒が完成したのだ。
話が少し逸れたが、義頼が提案した改良案はこの最新式の馬上筒の発火方法を応用した物である。 従来の導火線を使って火薬を爆発させるのではなく、砲弾が地面でも構造物でも人でも何でもいいので着弾した際に起きる衝撃で火花を生じさせて砲弾内に詰めた火薬を爆発させると言う物であった。
義頼からの改良案を聞いた賢持と善兵衛は、思案し始めた。
構造上の問題はこれから考えるとしても、義頼から提案された案自体は必ずしも不可能だとは思えない。 事実、最新式の馬上筒は、火縄を使わずに発砲できているのだ。
どの道、砲弾を炸裂させる方法については暗中模索の状態なのである。 しからばことの難度はさておき、紛いなりにも完成するまでも道筋が朧気ながらでも見えている義頼からの改良案に、挑んでみる価値はある様に思えた。
「……承知致しました。 兎に角、着手して見ます」
「うむ、頼むぞ……と、そうだ。 俺が指示しておいてなんだが、焦るな」
『御意』
賢持も善兵衛も、そして鉄砲鍛冶らも焦ったところでいい物が出来ない事は十分承知している。 焦らず、しかし急いで作るのだ。 その為、時間も惜しいのだろう。 早速、善兵衛ら鉄砲鍛冶たちは集まり意見を出し始めていた。
流石に賢持は残ったが、その彼も加わりたそうにしている。 どうも鉄砲などの新装備の開発を任せているうちに、すっかり賢持は新たに開発する事に喜びを見出した様であった。
そんな彼の仕草に、義頼は笑みを浮かべる。 それから賢持へ、新装備の砲の先行量産と新砲弾となる羽付きの砲弾の量産を念押ししてから義頼は伊賀国内の屋敷に戻った。 そこでも政務をこなした義頼は、大和国へと向かったのである。
なお新砲弾の名称だが、その見た目から有翼砲弾と名付けられる。 そして新式の砲はと言うと、従来に比べ軽量でかつ砲弾も軽いものを使用する事から軽砲と命名されたのであった。
以前に話が上がった新式の砲と、それとは別に新たな砲弾。
そして……新構想?
ご一読いただき、ありがとうございました。




