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第百八十九話~阿波三好家の内訌再び~

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第百八十九話~阿波三好家の内訌再び~



 安芸国、吉田郡山城に備前国、そして播磨国侵攻を行った軍勢が到着した。

 その軍勢を率いていたのは、当然だが吉川元春きっかわもとはるである。 労いの宴を開きたいと言った宇喜多直家うきたなおいえの申し出もあったが、殆ど無視したと言っていい態度で備前国を出立して撤収したのだ。

 嫌い方も極まれりと言える対応であるが、実はそのお陰で直家が仕掛けた虎口から逃れている。 あまり褒められた対応でもなかったのだが、今回に関してはそれが功を奏した形であったのだ。

 知らず知らずのうちに命の危険から逃れた元春は、無事に毛利領内へと入っている。 そうなれば、危険などほぼ無きに等しくなる。 もし問題があるとすれば、それは備後国と安芸国に入ってからである。 と言うのも両国には、毛利領内でも特に多数と言っていいぐらいに一向宗徒が存在するからであった。

 基本中立を明言しているが、一向宗を率いるのは織田家旗下に入った顕如けんにょである。 いつ何時、前言を翻すか分かった物でもないのだ。 最も、外聞衆より毛利領内の一向宗門徒に動きはないとの情報は入っている。 そんな事もあり一応の警戒はしたが、それだけであった。 

 多少とは言え緊張感をもって領内を進軍するなど普通ではありえない状況なのだが、織田家と対立している以上は致し方ない。 通常であれば幾ら一向宗門徒が多数いるとは言え、そこは領内である。 そこまでの警戒などしないのだが、今は負け戦の後の撤退中であるので警戒するに越した事はなかったのだ。

 だが、この警戒も取り越し苦労で終わる。 備後国でも安芸国でも一向宗に動きなど全くなく、それどころか毛利領内においても一向宗が毛利家に不利益を齎す様な動きなど全くなかった。

 有り体に言えば、ただ無駄に緊張していただけである。 しかし元春にすれば、無駄とは言えない。 浅瀬山城攻防戦の果てに起きた【佐用河原の戦い】において嫡男の吉川元長きっかわもとながを、そして大聖寺山城撤退の折には毛利両川とも並び称される重臣中の重臣である口羽通良くちばみちよしの息子である口羽春良くちばはるよしを失っているのだ。

 此処で更に領内で騒動でも起こされた日には、目も当てられなくなってしまう。 そんな事になるぐらいならば、始めから警戒していた方がましであったのだ。

 しかしながら前述の通り、騒動どころか胡乱な動きも見られない全くの杞憂である。 その上、天候にも恵まれた事もあって、元春の到着は予定よりもいささか早いぐらいであった。 無事に吉田郡山城へ戻ると、早速報告も兼ねて毛利輝元もうりてるもとと面会する。 そしてその席には、小早川隆景こばやかわたかかげも控えていた。


「殿。 元春、ただいま戻りました」

「よく無事に戻った、叔父上。 怪我をしたとの報告もあったが、大事ないか?」

「はっ。 大立ち回りを十全に行うには流石にまだ無理ですが、そうでなければあまり支障はありません」

「そうか、何よりだ。 それと叔父上、元長の事だが……残念であった」

「あれも戦場の常、致し方ありますまい」


 戦に出ている以上、何処で討たれるかなど分かりはしない。 「鬼吉川」と称される元春とて、いつ何時戦場の露となるかも知れないのだ。 実際、先の戦では怪我を負っている。 もし元長がいなければ、骸を晒す事になったのは元春であったかも知れないのだ。

 いや、間違いなく骸を晒していただろう。 彼をしてそう思わせるぐらい、あの戦場で元春へ向かって放たれた義頼からの矢は鋭い物であった。 己目掛けて進む矢を前にして、鬼吉川とまで称される元春が死を覚悟して思わずその未来を幻視したぐらいなのだから相当な物である。 真に、正確無比な一撃であったのだ。


「そうと言えるのかも知れぬが……何であれ、詳細は後日に聞こう。 今日のところは、体を休めよ。 無論、兵もな」

「承知致しました」


 怪我がまだ完治していないと言う事もあって、元春も多少は疲れていた。

 事実、彼らが予定より早く着いた理由は、天候に恵まれた事もあるがそれ以上に帰路を急いだからである。 しかも警戒はそれなりに行っていたので、怪我人の元春も含めて少々無理をしている。 その意味でも休みを貰えると言うのは、ありがたい言葉であった。

 それに撤収したとは言え、これから義頼が攻めるであろう備前国を治めるのは、あの宇喜多直家である。 一癖も二癖もある男であり、そう簡単に陥落するとは思えない。 そして毛利家にしても、中国地方に覇を唱える家である。 宇喜多家以上に簡単に陥落する様な家などではなく、それこそ近々どうにかなる様な家でもなかった。

 その事は、毛利両川として毛利家を補佐している元春や隆景が一番分かっている。 だからこそ元春は素直に従い、隆景も輝元の言葉に対して意見を言う事はなかった。

 その後、宇喜多家からの救援要請を受けて組織された遠征軍は解散する。 しかし織田家との戦が終わった訳でもなく、全軍解散とはできない。 何かあった時に即応する為にも、ある程度の軍勢は残す必要があったからだ。

 そこで輝元と隆景は、収穫に必要と思われる最低限の数だけを返する事にする。 多少は収穫量が落ちる事になるだろうが、収穫を気にして家を攻められては堪らないので致し方ない処置であった。

 一方で元春だが、輝元より派遣された医者の治療を受けるとおとなしく養生する。 内心では焦りがない訳ではないが、今は怪我を直す方が最優先である。 先々に起こる可能性が非常に高い織田家との戦の為にも、彼は怪我の治療に専念した。

 そのお陰もあってか、普段通りに過ごすぐらいであれば問題ないぐらいにまでには回復する。 まだ戦場にて十全に働くには無理であろうが、通常の政務などであれば普通にこなせるぐらいの状態にまでなっていた。 するとそんな頃合いを見計らったかの様に、元春は輝元からの招集を受ける。 彼が主君の元に到着すると、そこには元春と輝元とは別に四人が雁首を揃えていた。

 一人は言わずもがな、弟の小早川隆景である。 その他の三人はと言うと、口羽通良と福原貞俊ふくはらさだとし、そして安国寺恵瓊あんこくじえけいであった。 安国寺恵瓊を除く四人は毛利家の最高幹部と言っていい存在であり、家中に置いて重要度の高い案件は大抵彼らがまず議論する事が通例であった。

 つまるところ、これから話し合われる事は毛利家にとって重要であると言っているに等しい。 事実、織田家との抗争をどう進めるかについての話し合いなのだから今の毛利家にとってこの議題以上重要な案件などそうそう考えられるものではなかった。

 そんな四人に交じって安国寺恵瓊が参加ている理由だが、事は外交も含むからである。 戦は乱捕りの側面を持つのだが、こと毛利家に関して言えば乱捕りの側面よりも領地の防衛と言った意味合いの方が強い。 つまり、毛利家にとって織田家との戦は、ある意味で外交手段の一つであると捕らえられていたのだ。


「さて殿、兄上も揃ったところで始めましょう」

「うむ。 では吉川の叔父上、改めて先の戦の経緯を語っていただこうか」

「御意。 それでは……」


 そう前置きしてから、元春は吉田郡山城を出陣してからまた吉田郡山城にまで戻って来るまでの経緯を語り始める。 宇喜田領内に入って三石城跡に駐屯し、後に宇喜多家からの軍勢と合流した事やその軍勢を率いたのは直家ではなく妹婿の伊賀久隆いがひさたかであった事などであった。

 その後の播磨国侵攻と【佐用河原の戦い】、そして義頼の暗殺未遂騒動や征西大将軍として出陣してきた織田信忠おだのぶただによる駒山城攻めとその過程の後に起きた己の撤退までである。 すると駒山城攻めの話の当たりで、口羽通良の表情が曇る。 だが、それも当然であろう。 話は自分の息子、しかも嫡男の最後についてである。 己が息子の死を前にして、普段通りでいれる筈もないのだ。

 そしてそれは、元春もよく分かる。 彼とて【佐用河原の戦い】にて、自身の後継として目を掛けていた息子を失っているのだ。 吉川元長きっかわもとながに関しては、元春も特段の信頼を与えていた息子である。 この息子であれば、自身が隠居しても問題ないとまで考えていたぐらいであった。

 次代を担う毛利家臣として、そして頼もしい息子と考えていたのである。 だからこそ失った後、彼にしては珍しいふぬけた様な状態となってしまったのだ。

 幸い、その頃は前線に副将として隆景がいたので事なきを得ている。 たがもしいなかったらと、今更ながらに身の毛がよだつ思いの元春であった。

 さて思いの外長くなってしまった話だが、全ての事を語り終えると元春は大きく息を吐く。 そこには話し終えたと言う思いと、改めて前線の状況が思わしくないと言う事を再認識した思いが込められていた。

 だがこれは、輝元を含む他の四人も同じである。 織田家との抗争については今更なので問題ではないが、義頼の暗殺騒動に端を発する家中、特に国人衆の動揺や今や織田家に組み敷かれた格好の一向宗を信じる門徒の存在と問題を抱えているのだ。

 そればかりか、目を四国にやれば織田家に同調している長曾我部家の土佐国統一という現状も発生している。 しかも、その四国へは織田家の軍勢が動くのではないかとの噂も流れているのだ。 また西に目をやれば、大友家と竜造寺家と島津家を主とした九州における動乱もある。 嘗ては北九州に毛利家の影響もあったので、何時此方へ飛び火してくるか分からないのだ。

 今更ながら、毛利家を取り巻く状況と内情に頭を抱えたくなる。 その中にあって、特に憂いているのが小早川隆景であろう。 戦に内政にと毛利家を支える中心として、八面六臂とも言える活躍をしている。 それだけに彼は、毛利家髄一情報を抱えていると言って良い。 即ち隆景は、一番現状を認識している毛利の人間と言えたのだ。

 だが彼は、その憂いをおくびにも出そうとしない。 出したところでどうにかなる訳ではない事を、よく知っているからだ。 そんな事に時間を割くぐらいなら、一つでも多く政策を考えた方がまだ建設的である。 ましてや取り巻く環境が良くないのであるならば、尚更に対応を考えるべきであった。


「さて、次は小早川の叔父上にお願いしよう」

「はっ」


 話を振られた隆景は、兄の元春より一足先早く吉田郡山城へ戻ってからの経緯を話し始めた。

 備中国や伯耆国や出雲国の現状、そして元来の目的であった因幡国人の武田家についての話をしていく。 元春の方とは違い、思ったほどに大した事がない事象に安心感が流れていた。

 ただ、報告をしている隆景の雰囲気は決して良い物では無い。 そしてそれは、安国寺恵瓊も同じであった。 情報に携わる中心である隆景は兎も角、安国寺恵瓊の表情が優れない理由は勿論ある。 それは彼が、外交に携わる外交僧だからに他ならなかった。

 外交上、様々な者と会い語り合ってきた安国寺恵瓊には、ある種の勘みたいな物が備わっている。 その勘に、隆景の語った内容が引っ掛かったのである。 具体的に問題となる様な事が見えない話だっただけに、安国寺恵瓊は殊更に気になったのだ。


「左衛門佐(小早川隆景)様、今の話は真ですか?」

「うむ。 どうした恵瓊、気になる事でもあるのか?」

「……はい。 どうにも拙僧には違和感と言うか、何かが引っ掛かるのです。 では具体的に何かと問われると、答えに窮するのですが……」

「そうか……実は拙者もだ。 何かが見えていない、そんな気がしている」

『えっ!?』


 何とも不安となる恵瓊の言葉に、会話をしている隆景と安国寺恵瓊を除く四人は驚きの声と共に表情を曇らせた。

 事実、隆景の話に不審なところはなかったのである。 だからこそ四人は内心で安堵していたのだが、その気持ちを安国寺恵瓊に、そして話をした当の本人に破られてしまったからだ。

 輝元以下、四人は伺う様に隆景と安国寺恵瓊を見る。 だが二人は、考えに浸っているのかその視線に気づいた様子はなかった。 しかも二人の雰囲気に、話し掛ける事も何故か憚れる。 結果、会議でありながらこの場には静かな雰囲気が流れていた。

 それから間もなく、安国寺恵瓊が顔を上げる。 すると呼応するかの様に、隆景も顔を上げていた。


「兎に角、もう少し調べてみる必要があるかと愚僧は考えます」

「そうだな。 どの道、領内にはもう少し目を光らせる必要がある。 その一環で、調べてみるか」

「それが宜しいかと」

「うむ。 では殿…………と、何ですかな? 皆して我らを見て」

『あ、いや。 何でもない』


 取りあえずの考えを安国寺恵瓊とすり合わせた後に輝元達の方を見れば、何故か視線が集まっている事に隆景は疑問を呈した。

 すると四人は異口同音に、言葉を返してくる。 その反応に隆景は、思わず安国寺恵瓊と顔を見合わせた。 最も視線を合わせた安国寺恵瓊にも、彼ら四人の反応の意味が分からない。 彼にできた事は、ただ肩を竦めるだけであった。

 何であれ、領内に関してだが福原貞俊と口羽通良が担当する事となる。 隆景や元春は、何時兵を動かすか分からない状況にあるのでそちらに重点を置く事としたのだ。  

 因みに安国寺恵瓊は、本来の仕事である外交に携わる事となる。 その相手だが、何と阿波三好家であった。 過去には対立した家同士でもあるが、今は織田家と敵対していると言う共通点を持っている。 その上、織田家による四国侵攻が噂されている。 その点を突けば、同盟も可能かと思われたのだ。

 但し、鞆に居る足利義昭あしかがよしあきが何かを言ってくる可能性はある。 何と言っても三好家は、彼の兄である足利義輝あしかがよしてるを殺した家だからである。 例えそれが分家であったとしても、その点を頓着するとは思えなかった。

 最も、文句を言ってきたとしても輝元らは無視する気でいる。 義昭自体、現状に置いて織田家の毛利家侵攻の理由となっている。 更にここで騒がれて、問題を拗らせられてはたまった物ではないからだった。

 こうして方針が決まると、早速彼らは動き始める。 福原貞俊と口羽通良は毛利家の重臣中の重臣であると同時に、隆景と元春の補佐でもある。 貞俊は山陽側を通良は山陰側を担当していたので、二人はそのままそれぞれの担当地域についての情勢を調べ始めた。 

 そして隆景と元春は、輝元の近くに居て即応できる体制を整えておく。 そして安国寺恵瓊は、阿波三好家を動かすべく瀬戸内海を渡り四国へと上陸すると阿波三好家の居城である勝端城へと向かう。 しかし、彼が勝端城へ到着する事は叶わなかった。

 それは彼の所為ではなく、別の要因が阿波三好家で発生したからである。 その要因とは、事実上の傀儡として祭り上げられていた阿波守護職にある細川真之ほそかわさねゆきの反旗にある。 彼は長き傀儡の状態に嫌気がさしたのか、勝端城を出ると福良連経ふくよしみちつねを頼ったのだ。

 これにより、阿波三好家に内訌が発生する。 これは安国寺恵瓊としても完全に想定外であり、これでは助力は得られそうにもないと諦めざるを得なかった。 仕方なく彼は、情報収集の為の人員を幾ばくか残して寂しく帰路へと着いたのである。 だがこの内訌、実は密かに仕組まれた物であった。

 仕組んだのは、表向き隠居しているが実際のところは三好長治みよしながはるの懐刀として活動している篠原長房しのはらながふさである。 彼としても、傀儡当主である細川真之が日頃より不満を漏らしていた事は掴んでいた。 そこで何時かは排除をと考えていたのだが、その手法が問題である。 主君である長治の名に傷が付く様な手立ては、用いる気が無かったのだ。

 そこで利用しようと考えたのが、福良連経ふくよしみちつねら阿波三好家に不満を持つ一部の阿波国人衆である。 長房は密かに手を回して、敢えて真之と連経らが繋がりを持つように仕向けたのだ。 元々、三好家に対して不満を持っているのである。 彼らが懇意となるのに、さして時間が掛からなかった。

 すると彼らは、何度も会談を持ち手立てを煮詰める。 やがて彼らの元に織田家が侵攻してくると言う噂が流れると、ついに実行に移す事にしたのだ。

 だがこの計画自体、前述した通り篠原長房にいや阿波三好家に筒抜けだったのである。 と言うのも真之に賛同した者に元小笠原家家臣の新開道善しんがいどうぜんが居たのだが、彼は長房の命によって阿波三好家から送り込まれた密偵であったのだ。

 その彼によって、この謀反計画の全てが阿波三好家側に流されていたのである。 だが敢えて蜂起させたのは、家中を一つに纏める為であった。 昨今の更なる織田家の成長や石山本願寺の降伏に、三好長治も危機感を覚え始めていたのである。 その事を長房に相談したのだが、その彼から驚く事を進言された。

 その進言とは、織田家に臣従すると言う物である。 言われた当初は驚き続いて激昂したが、長房は淡々と長治に現実を突きつけた。

 何と言っても織田家は、毛利家を相手取りながらも東では越後上杉家や甲斐武田家を相手取っている。 その実力は途方もなく、阿波国と讃岐国を押さえているぐらいでは到底太刀打ちできないだろうと。 その上、四国征伐の噂まで流れているのである。 この比べるのも烏滸がましいまでの国力差を認識させられては、流石の長治も言葉が出なかったのだ。


「幸いと言っていいのかは分かりませんが、織田家には左京大夫(三好義継みよしよしつぐ)様がおられます。 あのお方を通し、右大将(織田信長おだのぶなが)殿に接触致しましょう」

「……長房、他の手はないのか?」

「少なくとも拙者には、殿を生かしかつ阿波三好家の存続を図る他の手を思いつきませぬ」


 この策を実行すれば、阿波三好家は間違いなく阿波国と讃岐国を失う事となるのは必至であった。

 しかしながら、三好義継を当主とした三好家の再統合は図れる。 その再統合された三好家に置いて、重臣筆頭として長治の阿波三好家が生き残る事は十分可能であった。  

 つまるところこのまま座して滅びるか、それとも己が命と家名を残す為に力を落とす事を良しとするかと言う選択なのである。 この選択に、長治も即答は出来ない。 答えを出すまで幾許かの猶予を貰うと、彼は本気で悩んだ。 それこそこれだけ悩んだのは始めてであったろう、それぐらい悩んだのである。 彼は数日に渡り悩みに悩んだ末、ついに答えを出した。


「……分かった長房。 そちの言う通り、織田家に臣従する」

「ご理解いただけましたか」

「正直に言えば、納得した訳ではない。 だが、阿波三好家を滅ぼすよりはましだ。 それと手筈だが、そなたに任せる」

「御意」


 長治より全てを一任された長房は、三好義継へ密使を派遣した。

 阿波三好家よりの使者と聞かされ面を喰らった義継であったが、即座に会う事を決める。 今でこそ敵味方に分かれているが、元は同じ家である。 彼に、会わない理由がなかった。

 そしていざあって見れば、密使に再び驚く。 相手が、十河存保そごうまさやすだったからである。 元々、十河家は義継が継ぐはずであった。 しかし三好長慶みよしながよしの嫡男であった三好義興みよしよしおきが早世すると、義継は養子縁組して次の三好宗家の嫡男となったのである。 そして空いた十河家の嫡子として養子縁組されたのが、三好実休みよしじっきゅうの三男存保である。 つまり義継と存保は、義理ではあるが兄弟となるのだ。

 最も両者が兄弟として過ごした時間など、全くと言っていい程ない。 しかし実父と養父とは言え、同じ父を持つ二人である。 だからこそ長房は、存保を密使としたのであった。


「まさか、そなたが来るとはな。 して用件だが、本気か?」

「はい、左京大夫様」

「そなたの顔を見るに、本気の様だな…………相分かった、上様に取り次ごう」

「感謝致します、義兄上」


 存保の言葉に、義継は苦笑を浮かべた。

 その後、彼は存保に同行して信長の元へと向かう。 やがて面会が叶うと、存保は長治と長房の書状を差し出していた。

 書状を受け取った信長は、まず長治の書状に目を通す。 そこには、織田家へ臣従する旨が記されてあった。 ある意味規定通りの書状に、信長はつまらなそうな表情をする。 しかし長房からの書状を見た途端、表情が一変して楽し気となっていた。

 と言うのも長房の書状には、臣従するに当たって阿波三好家で行いたい事が書かれていたからである。 それこそが家中の纏まりであり、その具体的な手立てとしての仕組まれた内訌であった。


「何とも、面白い。 良かろう、長房に伝えよ。 お手並み拝見と」

「……? 承知、致しました」


 首を傾げながらも、存保は了承した。

 その仕草が面白かったのか、信長は呵々と笑い始める。 そんな信長の様子に、義継と存保は顔を見合わせたのであった。


史実と違い生き延びた、篠原長房主導による内訌劇開幕です。

乗せられた細川真之が、いと哀れ……と。

それから、久々に義頼が影も形も出ません。

こちらも、いと哀れ?


ご一読いただき、ありがとうございました。


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