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第百八十四話~暗殺犯の身元と信忠の到着~

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第百八十四話~暗殺犯の身元と信忠の到着~



 襲撃犯である浮田家久うきたいえひさを矢で貫いた義頼は、素早く二の矢を番える。 その態勢のまま、彼は辺りの気配を探り始めた。 手応えとしては確実に屠ったと感じていた義頼が油断なく二の矢を構えた理由は、襲撃者が一人とは限らないからである。 一人目が囮の可能性もまた、存在するのだ。

 だが幾ら探ろうとも、怪し気な気配は感知できない。 暫く微動だにせず気配を探ってい義頼だったが、やがて構えていた弓を降ろす。 それから彼は、周囲の探索を行わせる為に忍び衆を呼び出そうとした。 しかしてその時、甲賀衆を束ねる望月吉棟もちづきよしむねと伊賀衆を束ねる千賀地則直ちがちのりただが現れる。 二人は平伏しつつ、異口同音に謝罪の言葉を述べたのであった。


『申し訳ありません、殿!』

「よい。 それよりも、急ぎ周りを探索せよ」

『はっ』

「それと、不埒者は多分仕留めた。 その遺体も確保しておけ」

『御意』


 吉棟と則直はそう返事をすると、義頼からの命を履行するべく消える。 彼らは、この地に居る旗下の忍び衆を総動員して周辺の探索等に全力を傾けた。

 忍び衆への指示を出した義頼は、次に馬淵建綱まぶちたてつなに命じて周辺を固めさせる。 命を受けた建綱も、白旗城に残っている兵員を総動員して更に警戒を厳重にした。

 一応の手を打った義頼は、此処で漸く腰を降ろす。 着物は汚れてしまうが、先ずは気を落ち着けたいと言う思いの方が強かった為か全く頓着していなかった。

 するとその時、義頼の元に沼田頼光ぬまたよりみつが現れる。 彼は沼田清延ぬまたきよのぶの嫡子であり、義頼の小姓の一人であった。 その頼光だが、彼は手にしていた床几を差し出す。 既に今更であったが、義頼はねぎらいの言葉を掛けると改めてその床几に腰を掛けた。

 そんな彼の周りには六角家家臣は無論だが、近江衆の蒲生頼秀がもうよりひでらも厳しい顔をして控えている。 義頼が忍び衆に命じた周辺の探索が終わるまでは、油断などする訳には行かないからだ。

 どれくらい時が経ったのか、望月吉棟が自ら報告に現れる。 その報告とは二つあり、一つは周辺探索の中間報告であった。 その言によれば、不審な者は未だ見当たらないとの事である。 そして引き続いて探索は続けているとの事であり、完全とは言えないが一応安心できる報告であった。

 そしてもう一つはと言うと、義頼の矢に貫かれた遺体を確保したと言う事である。 その報告に反応し腰を上げると、護衛を務める者達と共に吉棟の案内で遺体のある場所へと向かった。 するとそこには、確かに義頼の放った矢で頭蓋を射抜かれている男の遺体がある。 そしてその周辺だが、少ないながらも伊賀衆と甲賀衆によって固められていた。

 近づきその男の顔を見た義頼だが、全く見覚えが無い。 そこで周りに居る者にも訪ねてみると、一人だけ答えた者がいた。 その者は甲賀衆の一人で、青木筑後守あおきちくごのかみである。 青木家は甲賀五十三家の一つとして名を連ねる家であり、甲賀衆の中でもそれなりに力を持つ家であった。

 その青木筑後守によると、目の前に転がる遺体によく似た男を知っていると言う。 義頼がその男の名を誰何すると、青木筑後守は浮田家久に酷似していると告げた。 聞き覚えの無い名前にそれは誰かと続けて尋ねると、家久は宇喜多家臣の一人で徳倉城主であると報告される。 その報告を聞いて、義頼は訝しげに眉を顰めた。

 仮にも城主を務める者が敵の城である白旗城下に居て、かつ義頼の狙撃を実行したのだからその反応も致し方ないと言える。 普通に考えて、城主に暗殺まがいの命を与えるとは思えないからだ。

 そこで人違いではないのかと今一度義頼は尋ねたが、酷似しているのは間違いないと青木筑後守は断言する。 そこまではっきりと言うのであれば、放っておく訳には行かない。 なればどうするべきかと考えていると、伊賀衆の一人である百地泰光ももちやすみつが義頼に進言をした。

 それは、三村元親みむらもとちかに確認すると言う物である。 それを聞いて義頼は、三村家と宇喜多家の確執を思い出していた。


「そう言えば、確か元親の父親が宇喜多直家うきたなおいえに暗殺されたのだったな」

「はい。 ですからもし筑後守殿が言われた通りの者であれば、修理進(三村元親)様ならば見知っているのではと思われます」


 義頼の言った通り、元親の父親であった三村家親みむらいえちかは狙撃による暗殺で死亡している。 それを主導したのが、他ならぬ宇喜多直家である。 ならば宇喜多家と対立するにあたって、三村家が敵となる相手の家臣を調べるのは当然だった。

 まして青木筑後守の言葉によれば、死亡しているのは徳倉城主であると言う。 城を任せられる程の重臣であるならば、元親が知らないとはとても考えられなかった。


「ふむ……そうだな。 やって損はないか」


 どの道、確認するだけの話である。 手間や時間が、掛かる訳ではない。 そう結論付けた義頼は、人をやり元親を呼び出した。

 暫くすると、この場に元親が現れる。 いや、彼だけではない。 元親に随行して義頼の元に落ち延びて来た三村親重みむらちかしげや、彼の息子である三村親富みむらちかとみも一緒であった。

 何故に一緒なのかの理由は考え付かなかったが、別に他の二人が一緒に居たところで問題となる訳ではない。 そこで、手招きして彼らを呼ぶ。 元親と重親と親富は義頼に近づくと、先ず彼の無事について尋ねた。

 別に狙撃された情報を隠蔽した訳ではないし、何より銃声を聞かれている。 であれば三人が、銃声を狙撃と結び付けて考えても何ら不思議ではない。 ましてや三村家は、狙撃による暗殺で当主を殺されているのだから尚更であった。

 そこで義頼は、ありのままを三人へ伝えた。 すると元親と重親と親富は、一容に安堵の表情を浮かべる。 義頼の家臣ではない三人がその様な態度を示した理由は、彼らの境遇にあった。 何と言っても義頼は備中松山城より落ち延びた三村家の者を保護した存在であり、同時に三村家再興の鍵でもある。 彼の存在に今後の浮沈が掛かっているのだから、この反応も当然であった。

 そんな彼らを見て小さく苦笑いを浮かべたが、今はその話ではない。 直ぐに表情を改めると、義頼は三人へ遺体を見せた。 すると元親と親重と親富は、驚愕の表情を浮かべる。 三人が表した表情の変化を見て遺体が青木筑後守の言った通りの人物なのだろうと確信したが、それでも義頼は敢えて声に出して確認を行う。 しかし元親からの答えは、義頼の想像を超える物であった。


「さて、修理進殿。 この者だが、浮田家久に相違ないか?」

「……右少将様、間違いございません。 父三村家親みむらいえちかの暗殺を実行した片割れの一人、浮田家久……否、遠藤秀清えんどうひできよにございます」

「…………ゑ? あー、修理進殿。 この者は、浮田家久ではないのか? 遠藤某えんどうなにがしとは誰の事なのだ?」


 元親の言葉に対して疑問を呈する義頼の言葉を聞いた元親は、父親が暗殺された際の経緯いきさつを詳しくは知らないのだと見当をつける。 それから一呼吸開けると、家久の暗殺について話し始めた。

 義頼によって討たれた浮田家久だが、元親の言った通り嘗ては遠藤秀清と名乗っている。 彼は弟と共に、宇喜多直家によって三村家親の狙撃を命じられていた。 兄弟は紆余曲折の末、ついに暗殺を成功させる。 その後、宇喜多家に戻った兄弟は、直家直々に褒美を貰っていた。

 先ず兄の秀清だが、徳倉城主の地位と直家から偏諱を褒美として受けている。 するとそこで彼は名を変え、遠藤秀清は浮田家久と名乗ったのだ。 そして弟だが、彼もまた宇喜多家の重臣となっている。 浮田の姓と偏緯は受けなかったが、変わりに兄以上の領地をもらっている。 同時に兄同様に城主となり、彼は正崎城主となっていた。


「……なるほど、事情は分かった。 兎にも角にも、この男は宇喜多家臣なのだな」

『はっ!』

「そうか。 では、ご苦労だった。 下がっていい」


 しかし、元親も親重も親富もこの場から移動しようとしない。 変わりと言う訳ではないのだろうが、元親は家久の首を晒したいと義頼へ懇願した。

 よく見れば、彼らの手から血が滴り落ちている。 どうやら無意識に力が入りすぎて、己の手のひらを傷付けているようだった。 目の前に嘗ての主君と親の仇の遺体が転がっているのだから、その気持ちも分からないではない。 しかし、それを許す訳にはまだ行かなかった。

 何と言っても家久は、暗殺を実行したのである。 義頼が土壇場で気付けたから失敗に終わったが、そうでなければ成功した可能性は否定できない。 否、状況的に言って成功の確率は低くなかっただろう。 その様な事情もあって、今すぐに遺体を渡すと言う訳には行かないからだ。

 だからこそ義頼は、首を振って元親の進言を却下する。 その反応に少なからず衝撃を受けた三人であったが、直後に説明を受けると彼らは義頼の言葉を受け入れた。

 元親達としても、別に今すぐ遺体が欲しかったわけではない。 あくまで何れはであり、首を晒す際には自分達の手で行いたかっただけなのだ。

 そういう意味でならば、義頼としても否はない。 自分も狙われた立場だが、元親の父親と違い生き残ったのだ。 どの道、調べ終われば実行犯として首を晒すつもりだったのである。 それを己自身が行おうが、元親が行おうが義頼的には差はないのだ。

 大事なのは、晒したと言う結果だけなのだから。

 妥協点を見出し何とか元親達の同意も得た義頼は、次に正信と祐光へと視線を向ける。 そこで、此度の暗殺が誰の主導によるものかについて尋ねた。

 

「さて……現時点では、何とも言いかねます。 そこの男単独の犯行、これはまずありえません。 そこの男が宇喜多家家臣と言う事を考慮すれば、直家の命なのは間違いないでしょう。 ただ今回の一件が宇喜多家の単独なのか、それとも毛利家の意向を受けての犯行なのか。 それはまだ、これからとなりましょう」

「ふむ。 それが、現状から判断するに妥当なところだろうな正信。 となれば問題は、どちらが主導したかだ「殿。 拙者は、どちらでもよろしいかと存じます」が……どう言うことだ祐光」

「此度の一件が宇喜多家の単独であれ毛利家の意向を受けた結果であれ、暗殺を実行したのは事実にございます。 そうであるならば、この状況を利用し噂を流してしまいましょう」


 そう言うと祐光は、己の考えを義頼に告げた。

 要するに祐光は、今回の暗殺騒動が宇喜多家単独による犯行と言う噂と毛利家の意向を受けて行われたという噂の二つを流すべきだと進言したのである。 そしてその進言には、情報の攪乱と毛利家と宇喜多家の対立を促すと言う二つの意味が込められていた。

 何より、噂を否定する要素が毛利家と宇喜多家にあまり見当たらないと言う状況もいい。 それに今は、毛利両川が上月城攻めに失敗し撤退した直後である。 通常とは違う手を打ったとしても、別段不思議ではないのだ。

 そして宇喜多家だが、この家は言わずもがなである。 何と言っても当主の直家の命で、過去に幾度か暗殺を行っているからである。 その事実から、宇喜多家も暗殺を実行しないとは言い難かったのだ。

 つまり毛利家、宇喜多家ともに暗殺を行う可能性がある。 ましてや実際に暗殺が行われ、それを義頼が返り討ったと言う事実が既に存在してる。 これだけ状況が揃っていては、噂に説得力が付き纏ってしまい両家が否定しようとも否定しきれないのだ。


「噂か……いいだろう祐光。 早速行ってみろ」

「御意」

「では、一度白旗城に戻るか。 もうすぐ殿(織田信忠おだのぶただ)が来られるだろうから、着替えなくてはなるまい。 それと、改めてこの辺りを掃き清めて置け」

「承知致しました」


 その後、浮田家久の遺体についても指示を出した義頼は、白旗城へと戻る。 程なくして城内に到着すると、先ず汚れた衣装を着替える。 着替え終えた義頼は、再度白旗城下に降りて行った。

 再び戻ってくると床几を用意して、そこに座って信忠を待つ。 するとそこに、一人男が近づく。 誰かと思えば、軍監の堀秀政ほりひでまさであった。 何故に彼が今まで義頼へ近づかなかったのかと言うと、秀政なりに場の雰囲気を読んでの事である。 彼も義頼が狙撃された直後なので、さしたる情報も得られないだろうと判断していたのだ。

 そこで秀政は敢えて何も聞かずに黙っていたのであるが、現状から取り敢えず一区切りついたのだと判断する。 すると無事とは聞いていたが友でもある義頼の安否も気に掛かるので、こうして現れたのであった。

 そして義頼としても、軍監を務める秀政に対して誤魔化す気はない。 彼は現状で分かっている情報だけを、報告した。 じっと淡々とした表情で報告を聞き終えると、改めて文書による報告を求める。 義頼が頷くと、途端に彼は表情を崩した。

 そんな秀政の表情には、義頼が無事であるとの安心感と友の暗殺指示した者に対する怒りが見て取れる。 そんな様子に、義頼は相好を崩した。


「何を笑っている」

「いや。 そなたの反応が嬉しくてつい、な」

「何を言う。 当たり前だろう」

「本当に、嬉しいぞ秀政」

「何であれ命が助かって何よりだ、義頼」


 そう言うと、両者は本当にうれしそうに笑いあっていた。  



 それから暫くした頃、使い番が先ぶれとして白旗城に到着した。

 即座に床几より立ち上がると、じっと信忠の軍勢を待つ。 やがて視界に、軍勢が見え始めた。 当然だが、同行している武将の軍旗も見て取れる。 丹羽長秀にわながひで滝川一益たきがわかずますなどの織田家重臣達や織田家一門衆、それと荒木村重あらきむらしげを筆頭とした摂津衆の旗印が認められた。 

 そのまま白旗城近くまで近づいた軍勢だが、やがてゆっくりと停止する。 すると軍勢から兵に守られて、幾人かの者が義頼に近づいた。 先頭に居るのは、軍勢を率いる織田信忠である。 その周りに実弟である北畠具豊きたばたけともとよ神戸信孝かんべのぶたか、織田一門衆である織田信治おだのぶはるの姿が見えた。

 また織田家家臣からは、蜂谷頼隆はちやよりたか佐久間信栄さくまのぶひでの姿が見える。 丹羽長秀や滝川一益の姿が見えないが、それは彼らが後方に置いた軍勢を取り纏めている為であった。


「出迎え御苦労」

「はっ。 無事のご到着、執着至極に存じます」

「うむ」


 挨拶を済ませると、義頼は自ら先頭に立って案内した。

 その後ろに信忠が続き、その後ろから具豊などの織田家一門衆と織田家家臣が続く。 最後に、村重率いる摂津衆の面々が続いていた。

 やがて白旗城に入ると、六角家家臣に命じて部屋へ案内させる。 馬淵建綱や永原重虎ながはらしげとらなどが、用意された部屋にそれぞれの者を案内していった。

 そして義頼はと言うと、信忠を案内している。 だが彼だけではなく、そこにもう一人いた。 誰であろうそれは、軍監を務める秀政である。 二人に連れられて案内された信忠が用意された白旗城の一室に到着すると、そのまま部屋の中に入った。


「……実は殿。 一つ報告がございます」

「何だ秀政。 改まって」


 彼は目付としての役目もあるので、秀政が報告をする事自体に不思議な事はない。 だが白旗城に到着して間もないこの時に、わざわざ報告する必要はなかった。 だが、何れは報告を聞く必要がある。 特に行軍をしていた関係上、いささか戦線に対して情報不足でもある。 その不足分を埋める為にも、信忠は敢えて止めなかった。

 しかしその報告はとても予想外であり、信忠をして驚愕せしめるものであった。


「実は少し前の事なのですが、右少将(六角義頼ろっかくよしより)殿が狙撃されました」

「何だと!? どういう事だ!!」


 秀政は一つ間を開けると、先程義頼から手に入れた情報を報告する。 話を聞くうちに、信忠の態度はだんだん険悪な物になっていった。

 それは義頼が準一門衆と言う事もあるが、他にも父親の織田信長おだのぶながと同様に有力な家臣として信忠も重要視している事にある。 義頼の他にも織田家重臣はいるが、信忠の年齢に近い家臣でこれだけの力を有している者は一門衆を含めても流石にそうはいないのだ。

 つまり義頼は、次代重臣の筆頭と成り得るかも知れない存在なのである。 またそれを周囲に納得させるだけの実績も挙げている事から、その認識に対して異論が織田家臣からも出ていなかった。

 例え信長から次から次に命が出た結果だとしても、それらの命をこなし義頼が己の手柄としたのは間違いない。 その義頼に対して貶める様な事を信長に言えば、今度は命を出した信長から不興を買いかねない。 それだけは避けたかった織田家臣達としては、悪し様には言えなかった。

 それはそれとして、秀政より一通りの報告を受けた信忠は義頼の暗殺未遂に内心で怒りを覚える。 しかし家臣の手前と言う事もあり、何度か息をつき怒りのままに爆発させるのだけは押さえる。 だが怒りが抑えきれていないのは、表情がややひきつっているのをみれば明白であった。

 

「……まさか、義頼が狙撃されたとはなっ!」

「はっ。 真、汗顔の至りにございます」

「何を言っておるか。 それよりも、怪我はないのだな?」

「御意。 全く持って、問題はありません」

「そうか。 それは、何よりだ。 して……調べの方はどうなっている!?」

「目下、鋭意調査中にございます」


 三村元親のお陰である程度の目途が立っているとは言え、狙撃されてからまだそう時間が経っている訳ではない。 三村家経由で得られた情報以上の報告など、流石に難しかった。

 それもそうだと納得した信忠は、一先ずこの話は終わりにする。 情報が無い以上、その事を話しても所詮は憶測でしかないからだ。

 その変わりと言う訳ではないが、信忠は別の話を義頼へと振った。 それは二つあり、どちらも義頼から申請を受けていた話である。 一つ目は、山名豊国やまなとよくにについてであった。 信忠は、義頼からの依頼通りに彼を同行させてきた事を告げる。 そこで、軍勢の中に数こそなかったが山名家の旗印である二つ引両があった事を思い出していた。

 これにより、山陰側へ軍勢を派遣する陣容が完成する。 山陰へは豊国の他に山名家の宗家である但馬山名家と但馬衆、後は一色家と一色家に従う丹後衆。 そして、尼子勝久あまごかつひさ率いる尼子衆を派兵するつもりであった。

 そして、これで毛利家の軍勢も分けざるを得なくなる。 もし放っておけば山陰側から織田家の軍勢が蹂躙するので、何が何でも止めない訳には行かないからだ。

 更に信忠は、一つの書状を渡す。 そこには、織田家が正式に備中三村家を援護する旨が書かれていた。 最も、織田家が直接的にどうこうする訳ではない。 尼子衆と同じく、義頼に丸投げである。 だが、正式に織田家の後ろ盾があると言うのが重要なのでそこに問題はなかった。

 こうなると、重要な問題が出て来る。 それは、補給に関してであった。 中国地方へ兵を派遣するにあたって生野銀山に関する権利を任されているので、資金繰りに関しては問題がない。 問題となるのは、補給であった。 今は陸路による輸送で賄っているが、軍勢を分けるとなるとより補給路の確保が重要となる。 道筋もさる事だが、量が大事となるのだ。

 その事を考えると、より迅速かつ大量に運ぶために瀬戸内で運用する水軍があった方が心強い。 山陰側であれば、若狭水軍や丹後水軍に但馬水軍等を頼ることが出来た。 しかし山陽側となると、いささか心もとないのが現状である。 小規模であれば播磨国内にも水軍は存在するのだが、義頼の軍勢全てを賄うとなればとてもではないが無理であった。

 ただ播磨国ぐらいまでであれば、安宅水軍の存在もあるので依頼すれば可能となる。 しかし、その先の国々となると現状では難しい。 どうしても、村上水軍と言う厄介な存在が邪魔をするからだった。

 しかし、義頼も座して見ていた訳ではない。 既にその件については、動いていた。 実は、義頼と村上水軍の一部に小さくとも繋がりを持たせることが出来る話がある。 それは、村上水軍棟梁の一人である村上武吉むらかみたけよしを討ち取った【木津川の戦い】に由来する物であった。

 この村上水軍だが、実は決して一枚岩ではないのである。 中は大きく分けて、能島・因島・来島の三つに勢力が分かれている。 そして能島を本拠とする村上水軍と来島を本拠とする村上水軍の棟梁同士が、何と反発しあっていたのだ。

 その理由は、この時点よりさらに五年程前にまで遡る。 その頃に、村上水軍が毛利家の要請に従って九州へ水軍を出した事があった。 その際、能島を本拠としている村上水軍を率いていた村上武吉と来島を本拠としている村上水軍を率いていた村上通総むらかみみちふさが、ある作戦を巡って真っ向から対立している。 その一件がしこりとなり、武吉と通総は不仲となってしまう。 棟梁同士が不仲となってしまった事で、当然だが彼らが率いる水軍同士も仲が悪くなってしまったのだ。

 流石に毛利家の存在があるので、両村上水軍が表立って対立していた訳ではない。 しかし間違いなく、反発しあっていたのである。 その事を知った義頼は、本多正信と沼田祐光に諮った上で来島村上水軍を率いる通総に人を派遣して繋ぎを取ったのだ。

 最も、未だ交渉中であり義頼率いる織田家の中国侵攻軍に協力すると言う明確な答えを貰った訳ではない。 だが今後を考えると、瀬戸内に詳しい水軍はどうしても必要となる。 そこで義頼も未だ諦める事無く、幾度となく人を派遣していたのだ。

 そして通総も、もし毛利家が劣勢となってしまった場合を考えると無碍に断る事が出来ない。 以前なら考えられなかった事だが、織田家が此処まで強大となるとその考えを切り捨てる事など無理であった。

 その上、毛利家側に立っている来島村上水軍の主家に当たる伊予河野家の本拠が四国にあり、その四国にも織田家から近いうちにも兵が派遣されると言う噂がまことしやかに流れている。 それらの事情を鑑みると、殊更に繋ぎを切ると言う判断が出来なかったのだ。


「さて、如何しますか兄上」

「……うむ。 どうしたものか。 噂でだが、毛利両川も敗れたと聞き及んだ。 毛利家当主殿も無能ではないが、いささか果断に欠けると聞き及んだ事もあるしのう」

「では、織田に掛けますか? 兄上」

「そうさな……いや、もう少し様子を見よう。 毛利、織田の何れに付くとしても、やはり高く売りつけたいからな」

「そうですな。 しからば交渉については、引き続き兄上に任せます」

「うむ」


 来島村上水軍当主の村上通総からそう言われて交渉を一任されたのは、彼の庶兄に当たる得居通幸とくいみちゆきである。 彼は当初より、義頼の派遣した者と会談を重ねてきた人物であった。

 元々彼は、弟が幼くして家督を継いでより補佐してきた人物でもあるので、秘密交渉を担当する人物としては打ってつけである。 何より通幸は、来島村上家を支え続けた自負もあり、難しくとも安易な合意をするつもりはなかった。

 その後、弟の前から下がった通幸はふと空を見上げる。 その空は、晴れている訳でもなくまた雨が降り出しそうな気配もない。 実に曖昧な天気であり、それがこれからの舵取りの難しさを暗示している様であった。


「……いやいや! 弱気となるな、得居通幸。 亡き父上より託された弟たちも含め、必ず家を守らなくては」


 直後、彼は頬を張って気持ちを入れ直すと、確りと前を向いて歩き出すのであった。


三村家経由で、身元が判明しました。

信忠も知りましたけど。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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