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第百六十五話~今李広対軍神~


第百六十五話~今李広対軍神~



 藍母衣衆と馬廻り衆を引き連れて本陣より飛びだした義頼は、戦場を突き進んでいく。 彼が率いる六角勢が向うその先には、上杉謙信うえすぎけんしん率いる越後上杉家の馬廻り衆を中心に構成された部隊が存在していた。

 彼らは義頼の放った矢によって謙信が狙撃された事で、進撃を止めてその場に留まっていたのである。 そんな上杉勢目掛けて、義頼は旗下の将兵と共に突貫したのであった。

  

「なっ! 敵だとっ!?」

「くっ。 御実城様を守れっ!」


 土壇場で先手を取られてしまった上杉の将兵は、謙信を守るかの様に円陣を組もうとする。 しかし、その円陣が完成する前に義頼率いる六角勢が攻勢を仕掛けたのだ。

 すると上杉勢は円陣を諦め、其々が六角家の馬廻り衆と藍母衣衆に相対していく。 果たして六角家の者達と上杉の者達が戦いに入った頃、第二陣とばかりに浅井長政あざいながまさ率いる浅井勢が攻勢を掛けたのであった。

 幾ら精強を謡われる上杉家の馬廻り衆と言えど、六角家の藍母衣衆と馬廻り衆。 それに加え浅井家の馬廻り衆を相手にしては、やや分が悪い。 兵数の差もあり、上杉勢は徐々にではあるが押され始めていた。

 そんな味方の様子に、謙信は抜刀していた刀を握り締める。 彼の手にある刀は、嘗て武田信玄たけだしんげんを切りつけたと言ういわれを持つ小豆長光あずきながみつであった。

 その時、偶々彼の愛刀に何かの人影が写り込む。 その影が何となく気に掛かり、謙信は写り込んだ相手が居る方向へ視線を向ける。 そんな彼の視界に入ったのは、打根を握り大型馬を駆る一人の武将の姿であった。





 謙信率いる上杉勢の馬廻り衆へ肉薄した義頼率いる手勢は、速度を緩める事なく突撃する。 その直後、あちらこちらで六角勢と上杉勢の戦いが始まった。

 義頼の馬廻り衆と藍母衣衆が、上杉勢と相対していく。 彼らは武士としては勿論、武人としても相応以上の力量を持つ者達である。 その為か、相手が上杉勢の中軸を成す者達であってもまるで遜色なかった。

 その事を証明するかの様に、可児吉長かによしなが柳生宗厳やぎゅうむねよしなどと言った母衣衆が、上杉勢の馬廻り衆を押さえ込んでいる。 その様な中、義頼は上杉勢の相手をする事なくただひたすらに馬を駆る。 その姿勢は、まるで己の相手が何処どこに居るか分かる様であった。

 それから間もなく、義頼の視線の先にやや小柄な体格をした黒髪の法体姿の武将が見えて来る。 その姿を見咎めると、彼は確かに口角を上げたのであった。

 その一方、やや遅れて動いた浅井長政あざいながまさもまた上杉勢と会合していた。

 そこで長政は、一人の男と対峙する。 年の頃なら義頼より五・六歳は年下であろうその者は、痩身の優男であった。

 その男の名は、上杉景虎うえすぎかげとらと言う。 数年前に越後上杉家と北条家との間で結ばれた同盟、後に越相同盟えつそうどうめいと呼ばれる様になる同盟の証として、北条家から越後上杉家に送られた人質であった。

 すると彼は、上杉謙信に気に入られたと言う事もあり彼の養子となっている。 後に越相同盟が手切れとなってからも景虎は何故か上杉家に留まり、養子とは言え上杉家の一門衆の一人として若いなりに力を振るっていた。

 その景虎だが、見掛けとは裏腹に中々に手強い豪の者である。 その様な若者が、十は年上であろう長政と中々に良い勝負を行っていたのだから大したものであった。

 しかし、元服間もない頃に初陣を迎えてからかれこれ十五年もの間戦場を経験して来た長政が相手である。 幾ら新進気鋭の武将である景虎であっても、これは相手が悪かった。

 刃を交え始めた頃は兎も角、十合・二十合と得物を合わせるうちに両者の動きに明確な差が出て来たのである。 当初は気にする程でもなかったその差は、刃を交える回数が増える程に両者の間で差が生じ始める。 終いには、景虎が長政の動きに翻弄されていた。

 それでも景虎は、必死に長政を倒そうと力を込める。 だが力で押せばいなされ、僅かでも隙を見せれば容赦ない一撃が襲い掛かって来る。 経験の差はいかんともしがたいのであろう、景虎は長政によって心身ともに押されていたのであった。

 その一方で義頼はと言うと、今まさに先程見付けた法体姿のやや小柄の男に対して肉薄したところであった。

 義頼は手始めとばかりに、懐から抜き打つ様に打矢を三本ほど立て続けに投げつける。 しかし相手は謙信であり、一筋縄でいく様な存在ではない。 彼は愛刀の小豆長光を何度か振るう事で、全ての打矢を叩き落としていた。

 その技量に、義頼は思わず感心する。 だがそれも一瞬の事であり、その様な些事に意識を割く程の時間はない。 義頼は軽く頭を振って意識を切り変えると、愛馬たる疾風の突進する勢いを乗せた打根による突きを謙信へ放っていた。

 打矢を払った僅かな隙を突く様に、間髪入れずに襲ってきた打根に謙信は、小さくも驚きを表す。 その驚きが冷めやらぬ間に息つく暇なく襲い来る義頼からの攻勢を、謙信は小豆長光で逸らしていくのであった。



 義頼率いる六角家の馬廻り衆と母衣衆、それから浅井長政率いる浅井家の馬廻り衆が上杉謙信率いる馬廻り衆と相対した中で生まれた二組の一騎打ちであるが、最初に動いたのは長政と景虎の戦いであった。

 若さからの焦りなのか、それとも起死回生を狙った物であるのか分からない。 しかし確かな事は、景虎が勝負を決めに掛かったと言う事実であった。

 彼は力任せに長政の槍を払うと、何とか相手との距離を取る。 そこで槍を構えると、渾身の力を込めた突きを放った。

 その一撃は「此処で決める!」と言う思いも込めたものであり、長政との闘いで襲われていた疲労感から少し動きが鈍っていた筈の彼をしても電光とも取れる一撃であった。

 もし景虎が、そして騎乗する馬が疲れていなかったらその一撃は決まっていたかも知れない。 だが現実には景虎と馬には疲れがのし掛かっており、微かにであるがその一撃には揺れが生じていた。

 しかしその揺れこそが、長政の命を救う事となる。 景虎の動きに揺れが生じた事で、長政に僅かであるが猶予が生まれたのだ。 その刹那に生まれた猶予があった事で、長政は一瞬だけ早く体を捩じる。 そのお陰もあり、長政の急所を狙った景虎の一撃は、狙った場所では無く脇を貫通していた。

 いや正確には、長政が身に付けた鎧を貫通したのである。 そして槍の穂先自体は長政を傷つけて出血を強いていたが、それだけでしか無い。 到底、致命傷とは言えない傷であった。

 その上、渾身の一撃であっただけに景虎も直ぐには態勢を整えられない。 体は流れ、崩れたままである。 その様な千載一遇の好機を長政が見逃す筈もなく、彼は景虎の槍を脇に抱えると力任せに引き付けた。 これには景虎も堪らず、落馬してしまう。 その直後、長政もまた馬から降りた。

 その時、己の得物である槍もそして景虎の得物も既に手放した長政は脇差を抜く。 そのまま、想定外に地面へと引き倒され息を詰まらせていた景虎に対し、長政は馬乗りとなると首筋に刃を添えた。

 その瞬間、長政と景虎の視線が交差する。 だがそれも僅かであり、長政は躊躇う事なく景虎の首に添えた脇差を一気に引いた。 その途端、首から血が迸る。 すると景虎は、己の傷口を咄嗟に自らの手で抑えた。

 しかしその程度で、満足な止血が出来る筈もない。 血液が噴出するのと反比例するか様に遠くなる意識の中で、一言呟くのであった。


「義父上様……申し訳……ありま……」


 それが北条家より越後上杉家に人質として送られた若き武将、上杉景虎が最後に漏らした言葉であったと言う。


「上杉が将! 浅井長政が討ち取ったり!!」



 長政が景虎を討ち取った頃、義頼と謙信の闘いも佳境を迎えていた。

 元来義頼は打根と懐に忍ばせた打矢を使い、相手との距離を問わない戦い方をする。 その様な闘い方の義頼と違い、小豆長光で迎撃している謙信としてはどうしても受け身とならざるを得なかった。

 接近した闘いでは、ほぼ五分と言っていい。 しかし義頼が距離を取ると、謙信は攻め手に欠けてしまのだ。

 しかし謙信は、その様な状況などまるで意に介さず刀を振るっている。 彼は相手が距離を取った時は、どうしようもないと割り切ったのだ。

 それに義頼の持つ打矢とて、無限にある訳ではない。 その意味では、英断だった。 その証明とばかりに謙信は、義頼と接近した時には苛烈とも言える攻撃を繰り出していた。

 しかし相対する義頼とて、並みの男ではない。 やられたらやり返すとばかりに、此方も猛烈な攻めを行っていた。

 両者の戦いは、押しては引き、ひいては押ししている。 永遠にも続くかと思われたその闘いであるが、僅かづつであるがその天秤は傾き始めていた。 どちらに傾き始めたのかと言うと、義頼に優位な方へとである。 その理由は、両者の体格にあった。

 武将の中でも小柄な部類に入る謙信と、相反する様に大柄な体を持つ義頼である。 純粋な腕力や体力では、小柄な謙信の方が不利なのだ。

 もしかしたら機敏さは小柄な分だけ、謙信の方が有利であったかもしれない。 しかし両者は馬に乗り、相対している。 そこに本人の機敏さは、然程の影響はなかった。

 謙信との闘いの中で、漸くその事を気付けた義頼は無意識に口角を上げる。 その直後、乱撃とも言える攻勢を与え始めた。

 此処に来て攻勢を強めて来た事に、謙信は僅かに驚く。 それが刹那の隙を生んでしまい、義頼の一撃が謙信の利き腕を傷つけていた。 致命傷と言う訳ではないが、それなりの傷が生まれている。 その傷に一瞬だけだが気を取られた謙信を見て義頼は、今が好機と手にした打根を投げつけていた。

 義頼の打根は、とても丈夫に作られた紐が取り付けられいる。 その紐によって、打根は義頼と繋がっているのだ。 その打根の紐を、義頼は謙信に絡ませたのである。 それと同時に義頼は力に任せて、彼を引き付けたのだ。

 慌てて力を込めて抵抗したが、こと力に置いては義頼の方が謙信より遥かに上である。 一瞬の抵抗の後、謙信は馬上から引き摺り降ろされていた。

 強かに体を打ちつけた謙信であったが、痛みを堪えて体を起こす。 そこに義頼が、馬上から躍り掛かった。 彼は己の鎧も含めた全重量でのしかかる事で、謙信の動きを阻害したのである。 この思惑は見事に当たり、義頼は謙信に肩から体当たりをしたのとほぼ同等な衝撃を与えていた。

 地面に重なり合う様に倒れ込んだ両者は、もつれる様に地面を転がる。 数回転がった時、謙信は吹き飛ばす様に義頼を足蹴にした。

 相手は自分より体格もよく、その上鎧まで着込んでいる。 かなりの重量を感じたが、謙信は何とか距離を取る事に成功する。 そして急いで立ち上がったが、その瞬間に顔を顰めつつ胸を押さえた。

 実は先ほどの義頼が浴びせた体当たりの様な一撃を受けて、肋骨を痛めたのである。 折れている訳ではないが、骨にひびが入ったのだ。

 しかしその義頼も、無傷ではいられない。 先程の体当たりの様な一撃で、彼は右肩を痛めている。 しかし怪我の度合いでは、謙信の方が上であった。 

 とは言え謙信と相対する義頼に、そんな敵の状態など分かる筈がない。 だが彼の仕草から、何らかの怪我を負っている事は判断できた。 すると義頼は、己の打根を手繰り寄せる。 落馬の衝撃で謙信へ絡ませていた紐は解けていたので、特に問題なく義頼は打根を構え直していた。



 軋む様に痛む胸を押さえながら、謙信は立ち上がった。

 表情には出さない様にしているが、断続的に襲って来る痛みを抑えられる筈もない。 己の意思とは無関係に、謙信の顔には脂汗あぶらあせが伝っていた。

 しかし謙信は、意に介さない。 脂汗が一筋顎から垂れたかと思うと、彼は一気に踏み込んだのである。 当然の様に痛みに襲われたが、奥歯を噛みしめて謙信は堪えていた。

 しかしてその一撃は、義頼の虚を捕える。 彼もまさか、表情を歪めるぐらいの痛みを負ったと思われる相手が先に手を出して来るとは思ってもみなかったのだ。 慌てて避けたが、反応が遅れた分完全には回避できない。 義頼は痛めたと思われる右肩に引き続いて、右腕にも手傷を負ってしまった。

 致命傷とまではいかない傷であるが、さりとて浅い傷だとも言えない。 腕の傷口から血が噴き出している訳ではないが、流血自体は簡単に止まりそうにない。 つまり、それ相応の傷である事に間違いなかった。

 義頼は舌打ちをすると、右腕に構えていた打根を左手で構える。 彼は打根と打矢を駆使する戦い方故に、左右どちらの腕でも遜色なく武器を扱う事が出来るのだ。

 すると義頼は、打根を構えると鋭く息を吐きつつ素早く踏み込む。 その瞬間、弾かれた様に一気に間合いを詰めていた。 しかし謙信は、油断などしていない。 彼は胸の痛みを堪えつつ、何とかその一撃を回避した……かに思えた義頼の打根は、謙信の着物を貫いていた。

 彼は確かに打根を避けてはいたが、身に付けていた着物までは間にあわなかったのである。 謙信は突かれた勢いに引きずられる様に、数歩たたらを踏んでいた。

 その時、またしても軋む様な痛みが謙信を襲う。 だが今度は、心構えもあり表情は崩れない。 そればかりか、小さく笑みすら浮かべたのだ。

 そんな相手に、義頼が眉を寄せる。 そんな義頼に頓着せず、謙信はお返しとばかりに踏み込んだ。 彼が狙ったのは、左腕である。 彼の右腕に続いて左腕を傷つけて、義頼の戦闘力を奪おうとしたのだ。

 我慢はしていても、己の胸の痛みは相当の物である。 そう長く闘っていられないと、謙信は自己分析したのだ。

 だがここで、謙信も予想しなかった動きを義頼がする。 何と、彼もまた踏み込んだのである。 本の僅かに驚いた事で動きが微かに鈍った謙信であったが、そこで躊躇う様な真似はしない。 彼はそのまま、手にしている小豆長光を振るっていた。

 その一撃を、義頼は己の左腕を掠らせつつも紙一重で回避する。 しかしその弾みで、打根の紐が切られてしまった。 だが義頼は、左腕に生まれた新たな傷も打根の紐が切られた事も関知しない。 そればかりか、切られたばかりの左腕で謙信の首を力を込めて刈り取ったのである。 その勢いに謙信の口から呻くような声が漏れ、そして両足が浮く。 そのまま義頼は、戦場に響く咆哮と共に謙信を地面へと叩き付けていた。

 義頼の動きに対応しきれなかった謙信は背中を、そして後頭部をまともに地面へ打ち付けてしまう。 その衝撃はかなりのものであり、謙信は呼吸もままならず意識は朦朧とする。 それでも何とか立ち上がろうとしたが、その瞬間今までで最も強い胸部からの痛みに襲われた。

 実はひびの入っていた肋骨の幾本かが、地面に叩きつけられた衝撃で折れてしまったのである。 その痛みは今までとは比較にならないぐらいな物であり、謙信の意識が遠のく。 だが、直後に再度襲ってきた肋骨の痛みに意識はかろうじて繋ぎとめられた。

 痛みで気絶こそ免れた謙信だが、同時に後頭部を強かに打った事に変わりはない。 彼の意識は、未だに覚醒と朦朧の狭間にあった。

 その一方で義頼だが、謙信との一騎打ちと言う緊張感と激戦。 それから何箇所かに負った傷が原因となり、息も荒く片膝をついていた。 しかし謙信が立ち上がろうとしていているのを見咎めると、ふらつく体を叱咤しながら立ち上がる。 そして義頼は、左手で己の腰に差した刀へ手を掛けていた。

 義頼が佩いていた刀だが、名を綱切筑紫正恒つなきりつくしまさつねと言う。 伝承では、【宇治川の戦い】で川に張られた綱を切りながら渡った佐々木高綱ささきたかつなの愛刀とされていた。

 しかしながら後に正恒は、如何なる理由か高綱の手を離れてしまう。 だがやがて、義頼の祖先に当たる六角満高ろっかくみつたかが手に入れていると、それ以降は六角家で代々受け継がれていた刀であった。

 その正恒で謙信を討とうとした義頼だっだが、それは叶わなかった。

 何と謙信は、愛刀の小豆長光でその一撃を逸らしたのである。 だが、痛む体で力が入らなかったのか彼は刀を手放してしまった。

 今こそ好機と踏んだ義頼が正恒を振り下ろそうとしたその瞬間、彼の背筋に恐ろしいまでの何かが走り抜ける。 すると義頼は、己の生存本能と勘に任せて体を捩じりつつ正恒を立てていた。

 その直後、いづこからともなく飛んで来た槍と正恒が衝突する。 正恒のお陰でその一撃を逸らす事に成功したが、それは己の急所を庇えただけに過ぎない。 件の槍は、逸らされた後に義頼の肩を切り裂いていた。

 逸らしたとはいえその一撃は凄まじく、義頼はたたらを踏んでしまう。 謙信との一騎打ちによって被った疲労が大きかった事も、影響していた。

 それでも何とか踏み止まった、義頼は正恒を構える。 腕と肩から流れ出る血を無視して、彼は視線を未だ立ち上がれない謙信を視界の隅に捕えつつも槍が飛んで来た方向に定める。 するとそこには、二人の武将が存在していたのであった。





 話を少し戻し、謙信が義頼によって馬から引きづり降ろされた頃の事である。 上杉勢の小島貞興こじまさだおきは、主である謙信を探していた。 と言うのも彼は、義頼の率いる六角勢と続いて突撃して来た浅井勢の為に、謙信を見失ってしまったからだ。

 そんな貞興であったが、前述した様に彼は剛の者である。 貞興は敵勢を蹴散らしながら、謙信を探していた。 その途中で彼は、吉江資賢よしえすけかたに出会う。 そこで貞興は、彼と共に主を探していた。

 そんな最中、貞興と資賢は義頼と一騎打ちをしている謙信を見付けたのである。 そして二人が主を見付けた直後、謙信は地面に叩きつけられたのである。 その瞬間、二人は馬を駆っていた。


「喜四郎(吉江資賢)殿は、御実城様をお助けしろ!」

「弥太郎(小島貞興)殿は、如何する」

「俺があの男の相手をする! その間に貴公は、御実城様を連れ出すのだ!」

「承知!!」


 資賢の返事を聞くと、馬を操りながら貞興は手にした槍を振りかぶる。 と同時に、彼は槍を投げつけていた。

 前述の様に義頼は寸でのところで槍を避けたが、肩に一撃を貰い数歩たたらを踏んで後方に下がってしまう。 それでも正恒を構えつつ視線を戻したが、その時義頼は二人の武将に気付いた。

 言うまでもなく、彼らは小島貞興と吉江資賢である。 貞興は乗っていた馬を下り、刀を抜いて構えている。 そして資賢はと言うと、彼は謙信の元へ走り寄っていた。


「御実城様っ!!」

「だ、大事ない」


 そう答えた謙信だったが、傍から見れば顔面は蒼白である。 その上、胸を抑えている事から怪我を負っている事判断出来た。

 そればかりか息も荒く、足元もおぼつかない。 少なくとも、このまま此処に居ていいとは思えなかった。


「御実城様! 引きましょう」

「……引けだとっ!」

「はっ。 今の御実城様は、とても万全とは思えませぬ。 此処は一端、引くべきです!」

「……相分かった……貞興、頼むぞ」

「お任せを」


 そう言うと貞興は、愛刀を一つ振る。 その刃風はかなりの物であり、今の義頼をしてこの場に留まらせるには十分であった。

 その様子を尻目に資賢は己の馬に跨り、そして謙信も彼の馬に跨る。 後ろに謙信が乗った事を確認すると、彼は上杉の本陣へと馬を駆けさせた。

 義頼としては追い掛けたいが、貞興が居てはそれもままならない。 ましてや、馬に乗っている訳ではない。 何より、目の前の男が許すとは到底思えなかった。

 義頼は歯ぎしりしつつ正恒を構えると、貞興も刀を構える。 次の瞬間、貞興は刀を振り下ろす。 義頼は何とか体を半身にする事で避けたが、それで精一杯であり反撃など出来なかった。

 それでも義頼は、何とか隙を見付けたのか踏み込むと刃を振るう。 しかしその一撃も貞興に押し留められたばかりか、弾き返されてしまう。

 その途端、義頼は膝をついていた。

 やはり今の彼では、疲労が大きい。 最終的にはどうにか優勢と思える様な状況にまで持ち込んだ謙信との一騎打ちであるが、その差も僅かだけである。 もし闘いの趨勢の天秤が僅かにでも謙信へと傾いていれば、地面に倒れ込んだのは義頼かも知れなかったのだ。

 それくらい、謙信との闘いは紙一重だったのである。 その様な闘いを経たのであるから、義頼も心身ともに疲労している。 その現状が如実に表れた上に怪我もあり、彼は踏ん張り切る事が出来ず膝を突いたのだ。

 そんな義頼の様子は、刃を交えれば貞興にも(おおよそ)だが判断出来てしまう。 だからと言って、ここで手を抜く訳にはいかない。 今更言うまでもなく、敵である者は一人でも多く討っておく必要があるからだった。

 「これもまた巡り合わせ」と己を納得させる様に呟くと、貞興は膝をつく義頼へ切っ先を向ける。 だが次の瞬間、彼に影が差した。 何かと思い視線を向けると、そこには後ろ脚で立ちあがった馬が居る。 かなりの大型馬で、迫力は相当に感じられる馬であった。

 その馬とは、義頼の愛馬である疾風はやてである。 疾風は貞興が刀を主へと向けた瞬間、その場に飛び込んだのである。 そして、貞興に対して前足を振り下ろしたのだ。

 まさか馬から攻撃を受けるとは思ってもみなかった貞興ではあるが、そこは歴戦の武人である。 彼は咄嗟に横に飛んで疾風の前足を避けていた。

 受け身を取り立ち上がった貞興は義頼を討つべく刀を構えるが、疾風は漸く立ち上がった義頼との前に立ち塞がる。 それはまるで、主を庇う様な仕草であった。


「……主人を庇うか。 天晴れな馬よ」

「退けっ! 疾風っ!!」


 義頼は愛馬に場所を譲る様に言うが、疾風は頑として聞かない。 確りと四肢に力を込めて一歩も引かず、そのまなこは貞興を睨みつけていた。

 そんな疾風を見て、貞興は惜しいと思う。 しかし邪魔をするというのであれば、容赦する気はない。 彼は疾風を排除する為、刀を構える。 そして、一気に突き出した。

 と同時に、疾風を呼ぶ義頼の声が戦場に響く。 だが突き出された刀が止まる事はなく、疾風に吸い込まれていった。 しかし、刀が肉に刺さる音はしない。 代わりに聞こえたのは、しのぎを削り合う音であった。


「疾風。 よくぞ、主を守った。 そなたこそ、真の名馬よ」

 

 そう疾風に声を掛けたのは、一人の武士もののふであった。


PVが500万越え(て)ました。

わーい(喜)


と言う訳で(どう言う訳だ?)、義頼VS謙信です。

内容には色々と思われる事もあるでしょうが、この様な形となりました。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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